~可憐! 不思議なダンジョン・2回目~
不思議なダンジョン。
あたしとルビーとシュユちゃんは、手をつないでダンジョン内を走っていた。
「さてさて、どれくらいの間いられるのかしら」
「ルビー実験してよ」
「いやですわ。わたしは師匠さんと愛を育むのに忙しいのです。記憶をいじられる訳にはいきませんもの」
このダンジョンでは記憶というか、認識というか、そういうのが狂ってしまう。
あまり長くいちゃうと、それこそダンジョンの一部みたいに取り込まれて、脱出不可能になっちゃうみたい。
「あれ?」
「どうしたでござる?」
あたしは思わず足を止めた。
シュユちゃんは止まってくれたけど、ルビーは進もうとしたので、あたしはグイっとルビーの手を引っ張る。
「はうあっ」
ルビーは自分の腕をびーんと伸ばして、わざとらしくその場でひっくり返った。
あたしの腕、ぜんぜん引っ張られてないんですけど?
器用に転んでみせる吸血鬼だなぁ、もう。
「あいたたた。道草を食べているヒマはありませんわよ、パル。お腹がすいたのであれば、後でいくらでもおごってあげますので」
「それは嬉しいんだけど……こんな道あったっけ?」
あたしは両手がふさがっているので、視線だけで示した。
前に来た時は、まっすぐな路地がしばらく続いていたはず。
でも、今は右側に直角に交わる一本の路地があった。建物と建物の間に、一本の道が続いている。
その先には建物が見えるけど、どうやら左右に道が分かれてるみたい。
つまり、別の路地と路地をつないでる感じ。
「……無かったはず、でござるよな?」
「わたしも覚えていません。いいえ、覚えていたかもしれませんが、覚えていないことにされているのかもしれませんよ?」
「あっ、そっか。じゃ、じゃぁ帰り道も忘れちゃうかも?」
「だからこうして急いでいるんです」
「そうだった」
あたし達は止めていた足を動かして、もう一度走り始めた。そういえば、前回は屋台とかあった気がする。そこで話を聞いたりしたんだけど……もしかして、それも記憶違い?
あぁ、もう何を思い出していいのやら。
何が本当で、何が違うのかが分かんなくなってくる!
「大通りが見えましたわ!」
路地の終わりが見えてきた。
この先は大通りになっていて、そこでエルフさんと出会った――はず。
とりあえず、そこまで行って引き返せば、ちゃんと帰れる。と、思う。
うぅ、曖昧でハッキリしたことが言えないって困るぅ~。
でもでも。
全部が嘘じゃないはずなので、三人が覚えていることを信じてみよう。
「あのエルフさん、いるかな?」
「いなければ、それこそ記憶違いかもしれませんわよ」
「それはそれで怖いでござるな」
あたし達は大通りへと走り込んだ。
ふぅ、と息を吐きつつ、左右を確認――
「えぇ!?」
思わずあたしは驚いた声をあげてしまった。
いつだって冷静に、という師匠の教え。声をあげてしまう、ということは無駄な呼吸と行動をしたという証だ。
想定外には慣れておけ。
それが経験というものだ。
なんて言われていたけど――
「警戒! 敵でござる!」
シュユちゃんが『敵』と言った。
分かる。
分かるんだけど――
「人間!?」
それは、人の形をしていた。
人間種だ。
それは、確実に人間だった。
大通りにいた人間は、こっちを見る。
「うっ……」
あたし達の姿を見ると、明らかな視線をこっちに向けてきた。
「な、なんで――」
どういうこと、どうなってるの!?
と疑問を叫ぶ前にルビーが答え合わせをしてくれる。
「違います! 人の気配ではありませんわ!」
「じゃぁなに!?」
「それを今から調べるんですのよ!」
なになに、どうなってるの!?
時間が無いっていうのに新しい出来事を出されても困る!
あたしがちょっとパニックになっている間に、ルビーが腕を下から上にあげる。
すると、あたし達の影がせり上がった。
水柱みたいに立ち上がった影が弾けるように消えると、その中からオオカミが顕現する。
眷属召喚だ。
なんでルビーだけじゃなくてあたしとシュユちゃんの影にもオオカミさんが潜んでいるのよ!
なんて文句を言う前にオオカミさんは人影に襲いかかった。
「――!」
人影はオオカミに襲われても声を出さない。
どうにも曖昧な感じな理由が分かった。
それが人っていうことは分かるし、なんとなく戦士っていうことは分かるし、男の人なんだろうな~っていう感覚はあるんだけど……
なぜか顔が認識できなかった。
目と鼻と口はあるのに、それがボヤけてるっていうか、個人を区別するための重要な部分が認識できないような感じ。
「シュユちゃん、あの人の顔って分かる?」
「分からないでござる。まるで目が悪くなった気分でござるよ」
そうそう、そんな感じ。
人間の形は分かるし、髪型も分かるし、どんな装備をしているのかも分かる。
でも、顔だけは分からない。
そんな人間は剣を振り回すけど、影オオカミに腕を噛みちぎられた。
血は……出てない。
人間は、そのまま倒れるようにして消滅した。
モンスター……みたいな感じなのかな。
そんなに強くないみたいだし、死体は残らなかった
「おや、これは――金ですわね」
ズズズ、という感じでルビーは自分の影を伸ばして、モンスター人間が倒れた場所から小さな金を拾い上げた。
「ちょ、ちょっとちょっとルビー殿、そんなことできるんでござるか!?」
「できますわよ?」
普通にうなづくルビー。
「え、えぇ~……なんで今までやらないんでござる?」
「これでは興覚めもいいところですわ。わたし、ダンジョンは楽しみたい派ですので。攻略したいとは思いますが、それとこれとは別ですわ」
えぇ~、とシュユちゃんは複雑な表情を浮かべた。
「シュユちゃんシュユちゃん。ルビーはちょっと頭がおかしいので相手しちゃダメ」
「な、なるほど。分かったでござる。パルちゃんも大変でござるな」
「もう慣れたので大丈夫」
「聞こえていますわよ、小娘ども。ナイショ話と陰口は本人のいないところでなさい。それがマナーでしてよ」
そんなマナーは聞いたことがないけど、魔王領にはあるのかもしれない。
でもまぁ、目の前でナイショ話とか陰口とかされると傷つくのは分かる。
陰口は影でするから陰口なのであって、分かるように言うのは悪口だ。
つまり――
「今のは聞こえるように言ったからナイショ話とかじゃなくて、悪口だよ」
「あ、なーんだそうでしたの。ルビルビ、間違えちゃった。てへっ」
「きっしょ」
「ぶっ殺しますわよ、パルヴァス!」
あ、ちょっと本気で怒ったっぽい。
「ごめんなさい!」
「む。謝るのであれば許します。きしょいとかキモいはやめてください。マジで傷つきますので」
「吸血鬼も傷つくんでござるか」
「当たり前ですロリロリニンジャ。これでも乙女ですので。うっふん」
「「きっしょ」」
「今のは許しますわーん!」
ルビーは上機嫌で嬉しそうに叫んだ。
かまってもらえるのが嬉しいっぽい。魔王領ではみんなに無視されてたのかも。かわいそうな吸血鬼。
でも、鬱陶しい。
絶対ルビーが悪い。
「さて、エルフの姿も見当たらないことですし、さっさと引き返して――おやぁ?」
大通りの真ん中から、路地を振り返ると……モンスター人間がぞろぞろと歩いて向かってきていた。
「むむ。人間の気配があるところにはモンスターは発生しないのではなかったでござるか?」
「どうなってるの?」
「わたしに聞かれても困ります。とにかく蹴散らして帰りますわよ!」
ルビーがパチンと指を鳴らした瞬間、あたし達の影がズンっと盛り上がった。
「ふぎゃん!」
ルビーが新しくオオカミを眷属召喚したんだけど――オオカミの背中が思いっきりお股に当たって、ちょっと痛かった……
「あいたー!? な、なにするでござるか、ルビー殿ぉ!」
シュユちゃんもお股の下から出てきたオオカミが痛かったみたい。
「イヤでもそのうちセツナにやられるのですから、これくらい我慢おし!」
シュユちゃんの顔が真っ赤になった。
「パル、手を離しますので魔力糸の解除を。ふたりは手を繋いだまま、振り落とされないようにしてくださいまし」
「分かった」
あたしはルビーと繋いでいる魔力糸を解除し、手を離す。ぶんぶん、と手を振って手の感触を確かめたあと、念のために投げナイフを持っておいた。
「行きます」
ルビーがそう言うと同時に影オオカミが走り出した。ちょっと後ろに転がりそうになったけど、足で挟んでなんとか耐える。
シュユちゃんと手を繋いだまま並走してくれる影オオカミ。
走る速度はぴったり一緒なので、落ちちゃう心配は無さそう。
「ふんっ」
前方ではこっちに向かって走ってくるモンスター人間をルビーが一撃で潰していく。そのあと、しっかりと金を拾っているのだから、なんというか、律儀?
でもやっぱり、倒したら『魔物の石』じゃなくて金を落とすってことは、ここは地下ダンジョンと確実に関係があるってことだ。
「そうだルビー殿!」
「なんですかシュユ、おトイレならそのあたりでしてくださいまし」
「そんな場合ではないでござる! シュユたちを屋根の上へ登らせられるでござるか」
「了解ですわ!」
もちろん手を繋いでいるので、あたしもいっしょ。
ぐいん、という感じで引っ張られるように影オオカミは同時にジャンプして路地にある屋根の上へと着地した。
でもやっぱり、気が付けばそこは一階の屋根で上を見れば二階になっている。
「まだでござる! 更に上へ」
「分かりました。落ちないように気を付けてくださいまし!」
影オオカミはぐぐっと体を沈ませたかと思うと、一気に二階へと登り、そのまま二階の屋根を蹴って三階へと登った。
「うわわわわ」
あたし達がいる建物だけ高くなる。ちょっとした異常な状態だ。
どうやっても屋根を伝って反対側へ行かせてくれない感じ。
違和感しかないような状況なのに、スっとその感覚が無くなっていく。この建物だけが最初から高い高い建物だった、と認識してしまう。
「だけど、周囲が観察できるでござる」
「そ、そっか!」
まわりはそのままで、あたし達が高い。
あたしは一気に下界を見下ろすように不思議なダンジョンの全容を確認した。
「……!」
分かったのは、ここは路地が迷路のように入り組んでいて、行き止まりがたくさんあること。
建物はすべて日出ずる区画の物で、どれだけ遠くを見てもそれは変わらない。
つまりここって――
「どこまでいっても果てが無いでござる……!」
地下ダンジョンって、一番外側には壁はある。それぞれの階によって、全体の大きさは違うし、形もぜんぜん違うけど、はしっこは必ずあった。
でも。
この地上ダンジョンは、はしっこが無い。
どこまでいっても街の様子が見える。
むしろ、見えなくなるまで街が続いて――
「シュユちゃん!」
「パルちゃん!」
あたし達は同時にお互いの名前を呼んだ。
それは、シュユちゃんの後ろに人影の姿が見えたからで――きっと、あたしの後ろにも人影が見えたんだと思う。
突然モンスター人間が発生した!
「くっ!」
ナイフを投擲して牽制すると、シュユちゃんもクナイを投げた。
一撃では倒せない。追撃を、と思った瞬間に影オオカミは屋根の上から飛び降りる。
「ひいぃええええええええ!?」
思わず声をあげてしまった。
なんかお股がひゅぅって感じで冷たくなる感じ!
落下って怖い!
「ふぎゅぁ!」
影オオカミはトスンと安全に落下の勢いを殺して着地してくれる。でも、やっぱり衝撃は凄くって、影オオカミの背中にべったりと抱き付くような感じになってしまった。
「どうやら別の意味で長居はできそうにありませんわね。攻略させる気ゼロではございませんこと?」
「あいたたた。って、うわぁ、囲まれてる!?」
顔をあげたら、いつの間にかモンスター人間たちによってあたし達は取り囲まれていた。
普通の人間もいるけど、ドワーフとか獣耳種、有翼種の姿もある。
でも、こんなにも人間がいるのにエルフの姿はない。
どういうことだろう……?
あぁ、あとハーフリングもいないっぽい……
「まっすぐ帰りますわよ……で、どっちでしたっけ」
「そっちじゃない、あっちあっち!」
ルビーは大通りへ向かって進もうとしていた。
「冗談ですわ。さぁ、急ぎますわよ」
もう力の制限はしない、ってくらいにルビーの気配が大きくなった。
ハッキリ言って怖い。
いつの間にか服も冒険者装備から黒いドレスに変わってて、足元の地面が真っ黒に染まっていくほどに影が濃く濃く広くなっていく。
黒い液体で満たされるようにして、ルビーの影が広がっていった。
これが、ルビーの本気……なのかな。
「つまらない人間に用事はありません。わたし、面白い人が大好きですので」
まるで飛ぶようにモンスター人間に近づくと、次々に地面から槍のように影が突き出した。
それらは一撃で人影を霧散させ、金へと変えていく。
「……」
あたしとシュユちゃんは、何にも言えない。
ルビーの吸血鬼らしいところっていうか、不真面目無しの本気っていうか。
なんかそういうのを見せられて。
いつもワザと茶化してるように生きてる理由が、なんとなく分かった気がする。
だってこれじゃぁ――つまんないもんね。
「カエルは鳴いておりませんが、帰りましょう」
なんて言いつつ、とーんとーんと意味が分からないほど優雅に速く飛ぶように移動するルビー。
それを追いかけて眷属オオカミも走る。
「あっ」
路地を駆け抜けていく途中で、直角に交わっていた別の路地を見た。
そこに唯一の白い人影を見つける。
「エルフさん!」
その路地にはエルフさんがいて、こっちを見ていた。
「かまわず行って! いいから!」
エルフさんはそう叫ぶ。
人影がエルフさんを襲うかもしれない。
でも、そんなことを気にしていられる状況でもなかった。
「また来るからね!」
あたしはそう叫んで前を向いた時――不思議なダンジョンの出口が見えた。
「出ますわよ!」
「うん!」
「分かったでござる!」
あたし達は躊躇なく『出口』と認識したそこをくぐり――
「……パル!」
そう呼ばれて、慌てて周囲を見渡した。
あたしは大通りで、シュユちゃんと手をつないで立っていた。
「大丈夫か、須臾」
「は、はい。大丈夫ですご主人さま。……はぁ~、すごい体験でした」
師匠とセツナさん、ナユタさんが心配そうにあたし達を見下ろしてた。
「あれ、ルビーは?」
「ここですわ」
ルビーの姿が無い、と思ったらあたしの影から声がした。
「ちょっと目立ち過ぎる姿ですので、とっさに隠れさせてもらいました。しばらくここにいさせてくださいまし」
「そうなんだ。師匠の影じゃなくていいの?」
「お気遣いありがとうございます。ふふ、パルの影でも充分でしてよ」
あたしには影の違いは分かんないけど。
ルビーが大丈夫って言ってるんだから、あたしの影でもいいんだろう。
今さら遠慮するようなルビーじゃないし。
まぁ、それはともかく――
「ふへぇ~」
あたしは大きく息を吐いた。
不思議なダンジョン。
めっちゃ手ごわい!
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