~可憐! 参加資格と条件~

 あたし達は『日出ずる区』までやってきた。

 昼間ということもあって、人通りは多い。冒険者だけじゃなくて、商人たちもいっぱいいるんだけど、やっぱり独特の雰囲気がある。

 慣れてきたので、なんとなく倭国と日ずる国の違いが分かってきた。

 義の倭の国は、ちょっと大人しい。同じキモノでも色合いが地味っていうか、大人しい感じがする。

 対して日出ずる国のキモノは装飾品が付いてたりして派手な感じ。でも、大人しいキモノの人もいるので、あんまり明確じゃないかもだけど。

 まぁ、そんなことより――


「いいにおい~。うへへ……」


 屋台からただよってくる甘じょっぱいにおい。

 めっちゃ美味しそう~。

 なんだろう、これ。


「うごっ」


 何が売っているのか確かめようとしたら首が締まった。じゃなくて、師匠が後ろからあたしの服を引っ張った。


「目的を見失ってるぞ、弟子」

「……そうでした、師匠」


 ついついにおいに釣られちゃって……


「美味しい物を食べさせてあげる、と言えば誰でもパルを誘拐できそうですわね」

「あぁ、付いていっちゃうかも」

「……否定なさい」


 ルビーが大真面目に言ってきた。

 後ろで師匠が大きなため息をついてる。

 大丈夫だもん!

 美味しい物を食べてからちゃんと逃げるもん!


「ははは。帰りにみんなで食べるとしましょう。さて、件の通りはどこですかな?」


 商人モードのセツナさんがにこやかに周囲を見渡している。

 仮面の集団なのですっごい目立つあたし達だけど、他にも真っ赤なマントを装備した冒険者パーティもいるし、なぜか背中に旗を差してるパーティもいるし。

 仮面くらい平気へいき。

 すぐに通り過ぎていく人たちの視線が外れていく。


「こっちでござる」


 シュユちゃんが先導して歩いて行くので、あたしもその隣に並んだ。あの時の道を思い出して、その通りに進むと――大通りに到着する。


「ここでござる」


 で、やっぱり不思議なダンジョンに入るための道は無かった。建物の壁があるだけで、そこに空間も路地も見当たらない。


「ここか」


 商人モードからサムライモードに変わるセツナさん。

 ちょっとビックリするよね、この変化。

 セツナさんは、前に師匠と来た時のように壁を触ってるけど、やっぱり何にも見つからない。

 その場でしゃがみ込んで地面も触ってるけど、建物の間に隙間が空いてたりもしない。

 しっかりと地面と建物はくっ付いている。

 いや、くっ付いてるわけじゃないんだけど、どう考えても動かしたりする隙間みたいなのは見つからない。


「魔力的な物も感じられないか……それは地下ダンジョンでも同じだったな」


 そういえばダンジョンでも魔力的な要素はいっぱいあったのに、肝心の魔力はまったく感じ取れなかった。


「……このブーツといっしょ?」


 あたしは成長するブーツを履いた足を、ちょっとだけ持ち上げる。

 成長する武器と同じ技術で作られた成長する防具。

 ドワーフの技術で作られた物で、あたしの成長に合わせて大きさや能力が変わっていく。自動的に足音を消してくれたり、滑りにくくしてくれたり。

 その自動的な部分とか、大きさがあたしに合わせて変わるって部分が、なんだか似てる気がした。


「なるほど、確かに」


 師匠もうなづいてくれる。


「つまり、迷宮それその物が『成長するアイテム』ということでしょうか」


 ルビーの言葉にみんながうなづいた。

 まぁ、だからといって――


「入れるか入れないのかは関係なさそうだがな」


 ナユタさんは肩をすくめる。

 迷宮の正体がそれだったとしても、入口が見つからないのでは意味がない。


「ひとまず、ナライア女史の助言を参考にしてみるか」

「女の子だけですか?」


 あたしは師匠を見上げた。


「うん。俺とセツナ殿は離れておく。パルとルビーとシュユ、それからナユタの四人で試してみてくれ」


 分かりました、とあたし達は返事をして、日ずる区に入るあたりまで戻った。


「念のために」


 師匠はあたしの服に針で魔力糸を通す。

 なんでもないように糸を縫うみたいにしたんだけど、その動作に一度も止まることがなかったのが凄い。

 針を取り出して、あたしの服に刺す時にはすでに魔力糸を通してあるんだから。

 さすが師匠。

 あたしもこれくらいはできるようになりたい。


「この魔力糸、誰かに踏まれて引っかかりませんか?」


 あたし達の間に誰かが通っちゃったら、切れちゃいそう。


「かなり緩めておく。まぁ、足を取られても転ばない程度の強度にしておくよ」


 師匠は人差し指で親指の間に魔力糸を顕現させた。

 ルビーがちょんと指で触れると切れてしまう。

 絶妙な糸の強度。


「すごい」

「おまえもそのうちな」


 ぐりぐりと師匠が頭を撫でてくれるので、あたしは目を細めた。


「しかし、これだと女だけって判断されないんじゃないのかい?」


 ナユタさんの言葉に、確かに、と師匠はうなづく。

 あたしの頭を撫でたままなので、ぐいんぐいんとあたしの頭は動いた。

 シュユちゃんが面白そうにあたしを見てる。


「その時はまたやり直せばいい。まずは安全な方法からだ」

「そりゃそうか。なんなら、あたいがいることもダメかもしれないからな」


 最初に不思議なダンジョンに入った時にはナユタさんはいなかった。どんな条件かは分からないけど、ナユタさんがいたらダメって可能性もある。


「では始めよう」

「はーい」


 というわけで、あたし達は不思議なダンジョンに入るために行動を開始した。

 だけど――ダメだった。

 結論から言うと、二回失敗した。

 師匠の魔力糸付きでやった一回目と、魔力糸を外しての二回目。

 そのどっちとも不思議なダンジョンに入ることはできなかった。


「じゃ、今度はあたいが抜けてみるよ」


 これで不思議なダンジョンに入った時といっしょの状態となった。

 でも――


「やっぱり入れないでござるな」


 建物の壁があるだけで、そこに路地や通路は無かった。


「……そもそもおかしい」


 そんな壁を何度も見たせいか、セツナさんが仮面の下で難しい顔をしている。

 いや、セツナさんの仮面の下を見たことがないのでホントにそんな顔をしているのか分かんないけど。


「何がおかしいんだ?」


 師匠の質問に、セツナさんは建物自体を指差した。


「この建物の入口だ。普通は大通りに面して側に入口を作らないか? わざわざこちらの狭い方の通りを入口にしている。そもそもこの建物は何なのだ?」


 セツナさんは建物を観察する。

 あたし達もそれに付いていくけど……建物はお店とかじゃなくて、ちょっと大きめの家っていうか、倉庫みたいな感じ?


「蔵か? しかし、一等地に建てるにしてはもったいない使い方だ」

「順番が逆だったんじゃないか? こいつを建てた後にここが大通りになった」

「そういうこともある……か。ただ使われている様子がまったく無いのも気になる。随分とくたびれている様子だしな」


 セツナさんは扉を開けようとするが、鍵がかかっているみたいで開かなかった。


「窓もない。これが何かを調べるのが先のような気もする」

「その線もあるか。どうにも見えない路地に気を取られていたな……だが、もうひとつだけ試してもらいたい」


 師匠はあたし達を見て――ワザとらしく視線を反らした。


「次は完全にパル達から視線を外しておく。観察や監視をグループと捉えられている可能性は否定できない。視線には力があるからな」


 それは分かる。

 見られてるって感覚。視線っていうのは、肌にチリチリと感じるものだ。

 それは路地裏にいるころから感じていた。

 なんかこう、ほっぺたに当たる感じとか首の後ろがムズムズする感じとか、おでこがジンジンしたりする。

 嫌悪感を向けらえると、それがより一層と感じられた。だから、そんな視線から逃げることは簡単だ。

 でも、悪意のある視線はちょっと違う。

 半分好意的な視線だから。

 メリットがあるから、あたしに近づこうとしてくる視線。

 でも。

 イイ人なのか、悪い人なのか、それを判断する必要はない。

 だって。

 路地裏で生きてる人間にとって、味方なんているはずもないんだから。

 だから視線からは全て逃げていた。

 それが正解だったと思う。

 だから視線には力があるのは間違いない。

 師匠に見られてるとドキドキするし。

 だから、離れていても繋がっている感じがあるのはそのとおりだと思う。


「完全に須臾たちに任せるのか」


 大丈夫か、とセツナさんは心配そうにシュユちゃんを見た。


「ご主人さま。シュユは立派な忍者でござる。無事にパルちゃんとルビーちゃんを守り通してみせるでござるよ」

「その点でしたらわたしも小さいですけど胸を張って言えますわ。これでも魔王さま直属の四天王、知恵のサピエンチェですもの。そして、ルゥブルム・イノセンティアという名もあります。紅き清廉潔白の名において、約束しますわ。パルとシュユは無事に帰す、と」

「え、えっと、えっとあたしは……がんばります!」


 うぅ。

 あたしだけ何にも自信がなーい!


「よしよし」


 またしても師匠がぐりぐりと頭を撫でてくれた。

 同情的な頭を撫でるやつ。

 嬉しくないけど、うれしい……!


「じゃ、師匠。行ってきます」

「気を付けるんだぞ」

「行ってきますわ、師匠さん」

「パルを頼んだぞルビー」

「ご主人さま、ナユタ姐さま、行ってきます」

「入ってもすぐに戻るように」

「無茶はするなよ」


 というわけで、あたしはルビーとシュユちゃんといっしょに日ずる区の中を歩く。

 もう何度も通ってきたので、思い出す必要もないくらいに同じルートを通っていき――


「あっ」

「ありましたわね……え、ホントにありますわよね」

「びっくりでござる」


 何かの見間違いじゃないか、ってくらいにさっきまで無かったはずの路地がそこにはあった。

 不思議なことに誰の視線もあたし達に向いていない。

 大通りにいるはずなのに、すでに不思議なダンジョンに入ってしまっているような感覚がある。


「こっちの建物、大きさは変わってないでござるな。空間ごと押し広げられた感じでござる」

「建物と建物の隙間を大きく広げた感じでしょうか……どうなっているのか、さっぱり分かりませんわね」


 ルビーはわくわくしている感じで建物のまわりを調べている。


「ね、ねぇ」


 そうこうしている間に、あたしは気付いた。


「誰もいなくなった」

「え?」


 大通りに人はたくさんいた。商人や冒険者がひっきりなしに通っていたはずなのに、いつの間にか誰の姿も見えなくなった。

 お店も開きっぱなしだけど、そこに店員の姿はない。

 喧噪もなくなって、日ずる区の中がシンと静まり返っている。


「……これも認識の変化なのでしょうか。人がいるのに、人を認識していない可能性があります。音も聞こえているのに聞こえていないのかもしれませんわね」

「ど、どうするでござるか? まだ不思議なダンジョンの中に入っていないでござるよ」


 このまま引き返したら、なんだかイヤな予感がする。


「前回と同じ行動を取るのが安全でしょうか。ダンジョンに入って、ある程度を進んで引き返しましょう。その際にエルフ少女に出会えれば幸いです。パル」

「あ、うん」


 ルビーの差し出した手を握り、魔力糸でぐるぐる巻きにした。


「シュユちゃんも」

「分かったでござる」


 反対の手もシュユちゃんと握って、ぐるぐる巻きにした。


「では、いざ進みますわよ。意思を強く持ってください」

「うん!」

「分かってるでござる!」

「帰ったら師匠さんとセツナにいっぱい撫でてもらう。これを忘れなければわたし達は無敵です」

「無敵だね!」

「むて、え、えぇ!?」

「ではしゅっぱーつ」

「おー!」

「お、お~……?」


 あたし達は三人で手をつないで。

 不思議なダンジョンに突撃するのだった。

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