~可憐! 現実が物語になるまで~

 うふふふふふ、と不気味に笑い合うルビーとナライアさん。

 お互いの後ろで保護者が微妙な顔をしている。

 つまり、師匠とメイドさん。

 師匠は分かるけど、メイドさんもそれなりに苦労しているのかも。

 ナライアさんは片手と片足が無いので、誰かに襲われたらひとたまりもない。だから、メイドさんはかなり強い人だと思う。

 今も呆れているような表情を浮かべてるけど、ぜんぜん気を緩めている雰囲気はない。むしろスカートひとつ揺れていないのだから、凄い。

 今この瞬間、ナライアさんに向かってナイフを投擲しても叩き落される気がする。

 そんな雰囲気があった。

 ていうか、そんなことを思っただけなのにメイドさんの視線があたしを貫いてくる。

 すごい。

 嘘です嘘です、そんなことはしません。

 えへへ、と笑っておいた。


「では、ナライア・ルールシェフト。ここからは対等な冒険者の友人としての質問ですわ」

「ほう。そう言われてしまうと私も弱い。なんだろうか、ディスペクトゥス・ラルヴァのプルクラルゥブルム」


 名前を短くする対決では引き分けだったけど、長く呼ぶ対決ではナライアさんが圧勝した。

 そりゃそうだ。

 調子にのって色んな名前を持つルビーが悪い。

 やっぱりアホのサピエンチェだ。

 あっはっは!


「ぐぬぬ」


 悔しそうな顔を浮かべたけど、すぐに笑顔に戻る。

 遊びはおしまい、っていう感じだった。


「ちょっとしたリドルと思ってくださいな」

「ふむ。冒険譚ではないのが残念だが、謎解きも冒険に付き物のひとつ。物語における中盤の醍醐味ではある。是非とも聞かせてくれたまえ。まさか、朝は四本足――なんてことは言わないよな?」

「わたし、夜には三本足になるというあのリドルをえっちな意味だと思っていました」


 えっち?

 ……あぁ~、そういう意味かぁ――

 え?

 だったら四本足って何?


「いや、俺を見上げられても困る」


 思わず師匠に答えを求めちゃったけど、師匠はぶんぶんぶんと顔の前で手を振った。

 そりゃそうだ。

 間違った答えだから師匠が知ってるわけがない。


「あ、そ、う、うん……そ、そうだね」


 なぜか真っ赤になってそっぽを向いちゃうナライアさん。

 なんで?

 娼婦とかなんとか、普通に話してたのに?


「はは~ん。あなたも同じことを思っていたのですね、このムッツリ貴族」

「誰が貴族だ。私は冒険者だ。ムッツリ冒険者と呼べ」

「あ、そっち」

「小さい頃に自信満々に間違えたことがあったんだ。若気の至りというやつだな」

「至ってしまいましたか」


 あぁ、とナライアさんはちょっぴりほっぺたを赤くしながら、楽しそうにうなづいた。

 なんでも楽しめる人なんだなぁ~、なんて思う。

 そりゃ手と足を無くしても人生を諦めていないはずだ。

 あたしなんて路地裏で生きてて絶望してたのになぁ~。死にたくはなかったけど、でも、もう一生あたしに幸せなんて来ないと思ってた。

 ナライアさん凄い。

 自分の境遇に、こんな明るい人なんて初めてだ。

 きっと、ナライアさんだったら孤児院でも生きていけたんだろうなぁ、なんて思う。

 イジメられたりしなくて、男の子に無理やり命令されたりしなくて、夜に襲われたりしないんだ。

 そんなイジメっ子たちと戦える人。

 貴族じゃなくても、そんな人になったと思う。

 見習えるかな?

 見習いたい。


「それで、リドルってなんだい? 難しいと嬉しいねぇ」

「難しいですわ。なにせ、わたし達もまだ解けていないのですから」


 楽しみだ、とナライアさんは自信満々に笑った。


「わたし達は隠された迷宮を発見しています。ですが、その侵入条件が分からないのです」

「発見したのに、分からない?」

「偶然に発見したのです」


 ルビーは絶妙にボカしながら不思議なダンジョンのことをナライアさんに語った。

 後ろで聞いているメイドさんも興味深そう。


「なるほど。それで君たちは黄金城ダンジョンに来た、というわけだな。先ほどのエルフ少女の質問はここに繋がるわけか」

「はい。物語として語られていないのであれば、それはわたし達が独占できるということを示しています。ですが、再入場できなければ意味がありません。その方法と『魔法の鍵』と呼ばれるアイテムを求めて黄金城へ来ました。さて、そこで質問です。不思議なダンジョンに入る条件とはなんでしょうか?」


 ルビーの質問にナライアさんは、う~む、と腕を組んだ。


「現在持っている情報はそれが全てです。もちろん、詳細が分からないようにある程度の部分はボカしておりますので、そのあたりはご容赦ください」

「分かっている。未発見のダンジョンなど、宝の山だからな。おいそれと誰かに漏らさないことを誓おう。いや、こういう場合は先に誓わせるものだぞ、プルクラ君」


 ルビーは余裕そうに肩をすくめた。

 でも、あたしは知っている。

 いまルビーの背中は冷や汗が滝のように流れて、ぱんつまでぐっしょりのはず。あとで師匠とセツナさんに怒られる、と思っているに違いない。

 うんうん。


「ふむ。確認しよう」


 ナライアさんは人差し指を立てた。


「プルクラ君、サティス君、シュユ君の三人では入れた。次の調査ではシュユ君の代わりにエラント君だと入れなかった。そうだとすると、単純に男子禁制のダンジョンであると思われるな」

「そんなのあるんだ!」

「そんなのありますの!?」


 あたし達は驚いて声をあげた。

 師匠もきっと仮面の下で眉根を寄せている。ちょっと仮面から見える目の部分が違ってるもん。あたしには分かる。


「うむ。これもまた物語にされているが、きっちりとした伝承だ。とある神さまの遺跡さ」

「神の遺跡……」


 思わずつぶやいたら、ナライアさんはこっちを見てうなづいた。

 あたしは『純』を司る神・アルマイネさまを思い出した。綺麗な水の遺跡だったけど、そこはお墓でアルマイネさまの体が眠っていた。

 あんな感じの、綺麗な遺跡なのかな?


「なんでもその神さまは『女』が嫌いらしい。苦手ではなく、嫌い。見るのもイヤ、という話が残っているし、実際に遺跡には女性が立ち入ることができない」

「入ろうとすると、どうなるの?」


 あたしは聞いてみた。


「入口の石の扉が閉じるらしい。女がその場からいなくなると、扉は自動的に開くそうだ。まったくもって不思議な扉だよ。私も閉じるところを見に行きたいものだ」


 入れないのは、もっと残念だがね。

 と、ナライアさんは肩をすくめて苦笑した。


「ところでナライアさま」

「急に丁寧になったな、プルクラ君。私を貴族扱いすると不機嫌になるぞ?」

「ただのおべっかですわ。お気になさらず。で、わたしの質問なのですが……」

「おっと、そうだった。不思議なダンジョンへの入り方――」

「そっちはどうでもいいです」


 どうでもいいって言っちゃった!?

 このアホ吸血鬼!


「その神というのは、ももも、もしかして『男色』を司る神では?」

「そうだが?」

「師匠さーん! 次の冒険地が決まりましたわ!」

「決まっとらん」


 師匠のチョップが吸血鬼の頭に叩き落された。

 やっぱりアホ吸血鬼だった。

 いや、変態吸血鬼なのかもしれない。


「行ってどうすんだ、おまえさん。入れないだろう」

「違いますわ、ナユちゃん!」


 ちゃんはやめてくれ、とナユタさんは複雑な表情をした。

 他の呼び方より照れてる感じがする。


「男色を司る神を巡礼にきた男性を見物するためですわー!」


 ルビーは両手を広げて、アピールする。

 なるほど。

 遺跡に来る人って、言ってしまえば信者の人とか神官とかだ。もしも美味しいお肉を司る神さまがいるんだったら、あたしもお礼をしにお墓に行きたいって思うし。

 だから、その神さまの遺跡を訪ねる人はみんな男色ってことだ。


「ふむ。残念なお知らせがあるプルクラ君」

「え、なんですの?」

「その遺跡は君みたいな女性が多くてね。しかも貴族のご令嬢たちだ。目的の物はあまり見られないかもしれないよ?」

「な……!?」


 ルビーはがっくりと膝を付いた。


「なんてことでしょう……! ガッカリです。ガッカリですわ! こんな人間種は滅ぼしましょう。わたし、初めて魔王さまに共感しました。滅ぼしてしまいましょう、人類」

「やめろ」


 師匠が大真面目な顔をしてルビーを見下ろした。


「あ、はい。言って良い冗談と悪い冗談がありました。今のは言ったらダメな冗談ですわね。ごめんなさい、反省します」


 ルビーはすごすごと頭を下げて後ろへ下がってしまった。

 すぐに謝れるイイ子。だけど、あたし達より遥かに年上なので、どうしたらいいのか分からない。やっぱりアホだ。


「それで――ナライア女史の考えでは、女性のみで訪れると扉が開く、と?」


 質問を引き継いで師匠がナライアさんに聞いた。


「もしくは年齢制限か、だ。エルフの少女が関係しているのならば、入れる者はエルフの少女と同じくらいの年齢が入れる、という条件かもしれない。エルフという種族の年齢は私たちのような人間にはあまり分からないが。少なくとも十歳前後という条件なのかもしれないね」


 それは間違ってる。

 だってルビーって何百年か生きてるババアだもん。

 でも、ナライアさんはルビーのことを普通の人間種だと思っているので仕方がないのかも。


「それくらいかな。何か他に思い出したことや思いつくことがあれば伝えるよ。その際には、是非ともお礼が欲しいところ」


 ナライアさんへの『お礼』は、冒険譚。

 それこそアルマさまの遺跡の冒険を話してあげると喜ぶと思う。


「貴重な意見、感謝する」


 セツナさんが頭を下げた。

 どうやらここで切り上げるみたい。


「こちらこそ楽しかったよ。やはり冒険者と話をするのは楽しい。冒険譚を聞くのも楽しいが、『冒険中』に一役買えるのはもっと嬉しいねぇ」


 あっ、と思ったらナライアさんは手をあげてニヤリと笑った。


「では諸君。がんばってくれたまえ」


 にっこりと笑って、ひょこひょこ、とナライアさんは歩き去って行く。メイドさんは頭を下げてから、そんなナライアさんの後を追っていった。


「バレてたでござるな、ルビー殿」


 シュユちゃんが苦笑する。


「……わたし、話の持って行き方が下手でした?」

「状況が状況だからな。もうちょっとボヤかす必要があったかもしれん。しかし、ボカすとヒントがもらえん。難しいところだ。例え話のほうが良かったかもしれんな」


 師匠も肩をすくめる。


「例え話ですか。例えば、どんなでしょう?」

「そうだな。魔王領での噂だ、とか前置きしておきつつ、エルフの森にするとか、かなぁ……なんにしても黄金城周辺で未知の迷宮という話題を出せば、おのずと周辺の話につながってしまうのも仕方がない」


 師匠は諦めたように息を吐いた。


「なんにしても、黙っててくれるらしいな。いっそのこと広めてもらったらどうだ?」


 セツナさんの意見に師匠は難しい顔をした。


「そのほうが安全かもしれんが……なんにしても条件と状況が見つかってからだろ。パルとシュユが見た夢とどう関連するのかもまだ分からん。事の次第によっては、不思議なダンジョンに入った全員が同じ夢を永遠に見続ける……なんて可能性もあるだろ」

「なにそれ!?」

「エルフの少女は夢魔だった、なんてオチだってあるんだからな」


 夢魔。

 もしくは夢馬。

 淫魔と似たようなモンスターで、夢の中に入って精気を吸い取っちゃう。えっちなことをしてくるのが淫魔で、夢魔とか夢馬のほうは普通に夢の中で人を襲っちゃうタイプ。

 じわじわと影響が出てくるので気付かれにくく、気付いた時には手遅れ。なんていう話がいっぱいあって、なかなか厄介なモンスターだ。


「ど、どどどうしたらいいんですか師匠!?」

「落ち着け。それを今から調べに行くんだろう」

「そ、そうでした」

「あと、本当に夢魔が犯人だったらルビーが気付くだろ」

「お任せください。インキュバスの類でしたら、パルとシュユが手遅れになったところ助けてさしあげます」

「「さっさと助けて!」」


 うふふ、とルビーは笑う。

 まったく信用ならないんですけど!?


「はぁ~。頼む、ルビー。そういう時は普通に助けてやってくれ。じゃないと、俺はおまえの敵になる。もう二度と血を飲むことは許さん」

「ちょ、ま、待ってくださいまし! おねがいです師匠さん! そんなこと言わないで~!」


 あ~ん、と泣き付くルビーの頭を師匠はガシっと掴んだ。


「マジで頼むからな」

「あ、はい」


 わりと本気でお願いする師匠でした。

 えへへ~。

 あたしのために本気になってくれてる~。

 心配されるのって嬉しい~。

 でもちゃんと気を付けよっ、と思うあたしでした。

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