~可憐! 負けず嫌いのふたり~
「ところで名前は『不思議なダンジョン』でいいのかい?」
日出ずる区へ向かう途中、あたし達は屋台でごはんを食べながら移動していた。
その道中で『あんパン』を食べながらナユタさんが聞いてきた。あんこっていう甘いお菓子が入ったパン。甘くて美味しい。あたしも好き。
しかもあんこって豆からできてるんだって!
不思議!
「いつの間にか『不思議なダンジョン』と呼んでいますけど。ではナユタんは何かアイデアがありまして?」
ルビーはリンゴを食べながら言った。
ちなみに普通のリンゴで切られてもいなくて丸かじりしてる。路地裏時代に芯をガジガジと噛み切りながら食べてたのを思い出す。あれは御馳走だったなぁ~。
「ナユタん言うな。あたいに案なんてないよ。ちょっと気になっただけさ」
「あら残念。奇抜な名前が聞けると思ったのに」
「じゃぁおまえさんがその奇抜な名前を考えればいいじゃないか。採用されるかどうかはともかく」
「なるほど。では少々お待ちください」
ルビーは本気で考えてるみたいで、リンゴをしゃくしゃく食べながら首を左右に傾げている。
「師匠だったら何て名前を付けますか?」
師匠はサンドイッチを食べてる。
ほんと師匠ってばサンドイッチ好きだな~。
「俺か? 地上ダンジョンでいいんじゃないかなぁ」
「まったく面白味の無い答えですわ。次、シュユたん」
ルビーが容赦なく師匠を否定した。
えぇ~、と師匠が困ってる。
ちょっとかわいい。
「シュ、シュユでござるか!?」
シュユちゃんが食べてるのはおにぎり。三角形の形でノリっていう海藻で作られたなんか黒いのが付いてる。美味しそう。
「え、え~っと……ち、地上迷宮」
「痴情の姪究……なかなかやりますわね、シュユ」
「いま、なにか違う意味にとらえなかったか……?」
なぜか頬を赤らめるルビーに対して、セツナさんがツッコミを入れてる。ちなみにセツナさんもおにぎりで、シュユちゃんといっしょ。仲良しなかよし。
「気のせいですわ、セツナん。セツナんはどんな名前を付けます?」
「立ち入り禁止区域」
「くっそつまんない答えですわね。師匠さんにも劣りますわ」
「拙者に期待するほうが間違いだな。挑発されても何も出んよ」
なぜかセツナさんが勝ち誇った。
ぐぬぬ、とルビーが悔しそう。
セツナさんが勝ったことになってるのか……なんで?
「それで、ルビたんは何か思いついたか?」
「何も思い浮かびません」
ダメじゃねーか!
と、全員からツッコミを受けてルビたん、めっちゃ満足そうでした。
そんな感じで、結局ルビーのアイデアが出てこないまま『不思議なダンジョン』もしくは『地上迷宮』みたいな適当な呼び方に決まったところで、ひょこひょことぎこちなく前を歩く人を見かけた。
貴族の男性っぽいけど、丸みを帯びた体は女の人ってことが分かる。
でも一番の特徴は――右腕と左足が無いこと。
右の袖は途中からヒラヒラとなってて、左足には棒みたいな義足が見えている。
貴族のナライア・ルールシェフトさんだ。
「おはようございます、ナライアさん!」
「うん? やぁやぁ、これはディスペクトゥス・ラルヴァのサティス・パルヴァス君じゃないか!」
あたしが挨拶すると、ナライアさんは嬉しそうに笑顔を見せた。
ゆっくりと振り返ってにんまりとあたし達を見て笑う。
「今日はお休みなのかな? みんなでピクニックに行くとは仲良しでなによりだ。いいねぇ、休みの日だけでも冒険譚のワンシーンになる。冒険者の休日とは、それだけで物語性があるものだ。ついでに魔物に襲われてそのまま冒険譚となってみないかい? そんな偶発的な『物語』も私は好みだよ」
相変わらず冒険譚が大好きみたいで、あたし達に何か期待してるっぽい。
でも残念。
あたし達はピクニックには行かないよ。
「ナライアさんはどこかへ行く途中ですか?」
貴族なのに、お付きの人はメイドさんがひとりだけ。
治安の悪いこんな街で、お金持ちの貴族の女の人が歩いてるなんて危ないと思うんだけど……しかも、手と足が片方無いし。
道行く人もジロジロとナライアさんと――あたし達を見てる。
そうだった。
黒い仮面って目立つよね。
ずっと付けっぱなしだと忘れちゃう。
「なに、こんな体になってしまうとすぐに座りっぱなしになってしまってね。運動不足はいろいろと危ない。お散歩は必要だよ。それに、いつでも冒険に出られるように準備をしておかないと、いざという時に困ってしまうからね。練習の練習から始めるのは、少々もったいない」
ナライアさんは残ったほうの足で、ぴょんぴょんと跳んでみせる。
本当に、いつでも冒険に出てしまいそうな雰囲気があった。
「片腕片足の冒険者。ん~、響きはワクワクするが語感がよろしくないな。なにかいいアイデアはないかい?」
また名前のアイデアの話題になった。
「はい!」
「おっ、プルクラ・ルビー君。良い名称であればご褒美をあげよう」
さっきは何にもアイデアが出なかったくせに。
大丈夫なの?
「『片翼の冒険者』というのはどうでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、ナライアさんの顔が輝いた。
いや、ほんとに光ったわけじゃないけど。でも、明らかに輝いてる。
「喜色満面とはこのことだな」
セツナさんがつぶやく。
きしょくまんめん?
あたしが師匠の顔を見ると――
「めっちゃ笑顔って意味だ」
「あ、そのままですか」
「そのままです」
キショクマンメン。
なんかこう、きしょい、みたいな言葉があるので悪い意味かと一瞬思った。
ごめんなさいナライアさん。
「すぅ! すっばらしい! 君、君なんて名前だったか! そうだルビー君! プルクラルビー君! どこに隠してたんだいそのセンスを!」
「わたしはいつも披露しているのですけど、なかなか見つけてもらえないので困っています」
うそつけ!
さっき隠してたじゃん!
「それは申し訳ない! 片翼! 片翼の冒険者! あぁ、その言葉だけで無限に想像が広がるではないか。どうして今まで思いつかなかったのだろう? そうさ、翼は半分失っても、鳥は空を飛べなくなったとしても、まだ地面を這いずる足があるじゃないか。はっはっは! わたしにピッタリだ!」
ナライアさんは両腕――片腕だけを広げて嬉しそうに笑った。
空を飛べなくなった鳥はどうなってしまうんだろう……
きっと、自由には生きられない。
でも。
ナライアさんを見てると、それでも生きようとする生き物の強さみたいなのは感じられた。
ちょっぴり狂気が入ってるけど。
「あぁ~! 素晴らしい……! プルクラ君、素晴らしいアイデアをありがとう。褒美は何をご所望かな? 貯蔵している武器や防具の中から好きな物を持って行ってもらってもいいぞ。素直にお金と言ってもらってかまわない。もちろん、有り金を全て欲しい、というお願いは聞いてあげられないけど。私の持っている物にも限界があるからね」
「あら、残念ですわ。あなたの人生をまるごと頂きたかったのですが」
「残念。それだけは私の持っている物で唯一、他人にはあげられないものだ」
ナライアさんは少し寂しそうに笑った。
「そうですか、本当に残念です。では――あなたの持っている『物語』をお聞かせください」
「ほう?」
あまりに珍しい答えだったのか、ナライアさんは少し驚いた顔をして、興味深くルビーの顔を覗き込んだ。
カツン、カツンとゆっくり義足で歩き、腰を折るようにしてルビーの顔を見る。
「ようやくわたしを見てくださいましたわね、ナライア・ルールシェフト。あなたは個人ではなく、冒険者として人間種を見ています。さらには冒険者ではなく、物語を見ている。注意なさってください。いつか、人生に逆襲されますわよ」
「貴族みたいなことを言うんだね、君は。分かった。貴重なアドバイスを心に刻んでおくよ。我が物語の冒頭に書き加えておくことにしよう」
ルビーは肩をすくめた。
ちょっと大人の会話っぽくて付いていけない……
「それで、何の物語が聞きたいんだ?」
「まずひとつ――精霊に保護された美しい泉、鳥だけが知るというその泉は月光のみが光を受けると言われております。この泉に関する物語を知っていますでしょうか?」
それは、砂漠国の女王さまに教えてもらった話だ。
七星護剣・月に関する情報で、スペクロ・ヴェレルーナって呼ばれる泉の話。
「スペクロ・ヴェレルーナだな」
ナライアさんはよどみなく答えた。
「知っているのか、ナライア殿」
セツナさんが驚くように聞いた。
「あぁ、もちろんだ。蛇と薔薇の国・砂漠国はデザェルトゥムに伝わる鏡の泉の物語。知っているともセツナ君。この私が聞き漏らすわけがないだろう? 幻想的でステキな物語だ。月の光のみを求める泉の精霊が目に浮かぶ。詩的で美しく、どこか儚げで怪しい。怪異的、とも言えるね。そして、そんな夢物語を追い求める冒険者の話も私は知っている」
「見つかったのか」
セツナさんの言葉にナライアさんは首を横に振った。
「残念ながら見つからなかった。その冒険者は各地に伝わる月と泉の伝承を調べ、実際に訪れて旅を続けた。そして、その物語は未完で終わっているよ」
それってつまり――
「冒険者は帰ってこなかった。もしかしたら、求めていた月の泉を見つけてそこに住みついたのかもしれない。でも、そうじゃないだろうね。英雄譚でもなく、ましてや冒険譚でもない。単なる旅行記になってしまったその物語が完結しなかったのは、誰もが望んでいない結果になったからだ」
ナライアさんは悲しそうに顔を伏せた。
「だが、その結論も結果も私は好きだ。冒険者らしい冒険者の姿であることには違いない。未知を探し旅をする。なんてロマンに溢れた行動だろうか。私もそんな冒険者の後ろを歩きたいものだ。この片翼の足でね」
コツン、と義足で残ったほうの足を叩く。
片翼って言葉は相当気に入ったみたい。
「そうか、残念です」
「セツナ君はその泉を探しているのかい?」
「えぇ、そうです。何か分かれば是非教えてもらいたい」
「もちろんだとも! しかし、その代わり――」
「こちらの物語を聞かせれば良いのかな?」
セツナさんの言葉に、くふふ、とナライアさんは不気味に笑う。
「話が早い。分かっているじゃないか、セツナ君。前払いでもかまわないよ。どんな些細な物語でもいいので聞かせて欲しい。そうすれば、私のやる気は月まで届くだろう。あぁ、いつかあの月にも行ってみたいものだ!」
あたしは思わず空を見上げた。
今は月は見えない。
けど、きっとそこは魔王領に行くよりも遥かに遠くて難しそうだ。
もしかしたら神さまだって行けないかもしれない場所。
ナライアさんの夢は、遥かに高いところにあるんだなぁ~。なんて思った。
「では、もうひとつお礼を頂いてもよろしいでしょうか、ナライっち」
もう!
変な名前で呼ぶから、後ろに控えてるメイドさんの眉毛がピクって動いちゃったじゃないの、ルビー!
「なにかな? 私の知っている物語であれば何でも話そう。ふふ、ふひひひひ、嬉しいねぇ。みんな私の物語談義が始まるとイヤな顔をするんだよ。率先して聞いてくれるプルクっちが好きだ!」
「熱い告白、ありがとうございます。人間種に好かれるのは嬉しいですわ。では聞きます。エルフの少女がいる謎の迷宮の物語はご存知でしょうか? そこにいれば記憶が失われる。いずれ脱出ができなくなってしまう不思議な迷宮の話です」
おっと?
それって今からいくところだ!
なんて表情を浮かべそうになったので、必死にポーカーフェイスしておく。師匠も表情を動かさなかったし、シュユちゃんも何でもないような顔をしてるし、セツナさんもナユタさんも反応してない。
さすがだ。
あたしだけちょっとビビったのかも。
恥ずかしい。
「ん~? 申し訳ない。それは聞いたことがない物語だな。迷宮と言えば、もちろんこの地下の黄金城が有名だが……エルフの少女がいる迷宮は聞いたことがないな」
「そうですか」
まぁ、ナライアさんが知っていたら、もっともっと有名になっているはずだよね不思議のダンジョン。
誰も知らないってことは、やっぱりあたし達が幻を見せられていただけ、みたいなことなのかもしれない。
う~ん……?
「しかし、そうだな。関係あるのかどうかは分からないが……こんな物語はある」
ナライアさんは片腕だけで腕を組むようなポーズをして、記憶を探るように目を閉じながら話した。
「ハイ・エルフがまだ地上に残っている頃――つまり、神話時代と言われる頃の話だ。彼らは数々の神秘的な道具を作り出した。ある者は空を飛び、ある者は海の中に潜り続け、ある者は新しい生命を生み出した。そんなハイ・エルフたちは長く永く生きたせいで記憶がこぼれてしまった。新しいことを覚えると古いことがこぼれ落ちる。そんなこぼれた記憶が集まり、ひとつの王国になった。その国では新しいことが覚えられない。古い記憶のまま、過去の姿のままで生き続ける。ハイ・エルフに伝わっていた物語さ。少し類似性があると思わなかい?」
「思う!」
あたしは思わず答えてしまった。
「だろう! いい返事だ、サティス君。君は物語と親和性が高い。是非、君の物語を聞かせてほしいな」
「ま、また今度……」
「あっはっは! 期待しているよ。さて、プルクっち。満足のいく答えが得られたかな? 私はお礼ができただろうか?」
「えぇ、充分ですわ。ありがとうございます、ナラっち」
「どういたしまして、プルっち」
「いえいえ、ナっち」
「ぷっち」
……負けず嫌いっていうか、なんていうか。
ルビーとナライアさんの相性っていいようで悪いのかもしれない。
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