~可憐! 努々夢見ることなかれ~
気がつけばあたしは、街の中に立っていた。
「……あ、これ夢だ」
だってあたしはダンジョンから帰ってきて、美味しいごはんを食べて、みんなでお風呂に入ってからお布団の中に入ったのを覚えてるもん。
だから、こんな街中に立っているはずがない。
「ここって――地上のダンジョン?」
周囲の風景は日出ずる区に似てる。少し背の低い家が並んでて、それが真っ直ぐに並んでいて、ダンジョンの通路みたいになっていた。
空は……なぜか分からないけど白い。
「え? あれ?」
雲があるわけでもないのに、空は白かった。空っていうより天井が見えてる感じがする。
変な夢。
最近はダンジョンばっかりだから外の風景もダンジョンに見えてきたっていうことなのかな。
「また来たの?」
う~ん、と首を傾げていると後ろから声が聞こえた。
振り返ると――エルフの女の子がいた。
地上のダンジョンにいたエルフさん。
やっぱりちょっと学園長に似てる。
でも、なんか違う気がする……どこが違うんだろう……?
エルフなのに……エルフじゃないような気がした。
それがどうしてかは分からない。
ここが夢の中だからかな。
「早く帰らなきゃ危ないわ」
エルフさんはあたしの手を掴んでぐいぐいと引っ張っていく。
「ねぇ、どうやったらここに入れるの?」
あたしの質問にエルフさんは答えない。
そりゃそうだ。
だって夢なんだもん。
あたしの知らないことは、夢でも知らないから。だから答えてくれるわけがない。
「もう答えを知ってるはずよ」
「え?」
エルフさんは振り返って、そう言った。
どういうこと?
「もう来なくていいから。私の知っていることなんて大した情報じゃない。収集に値しないわ」
「それを確かめたいんだけど?」
「……そう。だったら来てもいいんじゃないかな」
夢の中のエルフさんは、振り返らない。
でも、どこか嬉しそうな気がする。
やっぱり、ひとりでダンジョンにいるのは――
「ほら、出口よ。じゃあね」
「あ……」
路地から大通りに出るところで、エルフさんはぐいっと手を引っ張って、あたしを前へと押した。
そこであたしは――
「んぅ……」
目が覚めてしまった。
「……お昼?」
窓の外ではすっかり太陽が昇った後。
部屋の中にできた影を見ると、そろそろお昼に近い時間だった。
別に寝過ごしたわけじゃない。
ダンジョンの中にいた時間が長くて、宿について眠る頃にはもう夜明けだっただけ。
「――……」
なんだか、イヤな気分になった。
路地裏で生きてる頃をなんとなく思い出してしまう。寝てる時って危なくて、夜の間は逃げ回ってて、ようやく安全なところを見つけた時には夜明けだった。
そんな時があったから、偶然思い出しちゃったのかも。
夢の中で路地を走っていたからかな。変な夢を見ちゃった影響かもしれない。
なんにしても、あたしにとってはあんまり良い思い出じゃないなぁ。
「ん~」
あたしは胸からイヤな気分を吐き出すように息を吐くと、師匠の布団の中にこっそりもぐりこむ。
気配を消して、動きを最小限におさえ、音も消す。
盗賊スキル『隠者』と『忍び足』の応用だ。
できればシュユちゃんの使う忍法も使ってみたい。
忍法『布団もぐりの術』。
もぞもぞ。
「こら」
ぴと、と師匠の腕に抱き付いたところで師匠に怒られた。
やっぱり師匠には勝てないや。
でも抱き付くのを許してくれるから、やっぱり師匠が好き。
「どうした?」
師匠はあたしを追い出すことなく聞いてきた。
優しい。
どうしてこんな優しい師匠を、勇者パーティの神官さんと賢者さんは追放したんだろう?
ちょっと分かんない。
「変な夢を見ました」
「夢?」
「地上の迷宮……あの、不思議なダンジョンにいたエルフさんに会う夢です。あたしもダンジョンの中にいました」
嘘にはほんのちょっぴり真実を混ぜればいい。
ホントは路地裏でのことを思い出しちゃって不安になったんだけど。
夢の話をしてごまかしておく。
だって本当のことを言ったら、師匠はきっとあたしを抱きしめてくれるもん。きっと、優しく抱っこしてくれて、いっしょの布団で寝てくれる。
でも。
でもそれって、なんか違う。ズルイっていうか、卑怯な気がして。
あたしはもっと、師匠に普通に抱きしめて欲しいから。
だから嘘をついた。
「……パルちゃんもでござるか」
「――!?」
突然聞こえてきたシュユちゃんの声にあたしは慌てて師匠の布団から飛び出し、自分の布団の中へと戻った。
すごい。
あたし、こんな速くて正確に動けたんだ!
レベルアップできてる!
やった!
っていう謎の感動を覚えた。
「どういうことだ?」
師匠の質問にシュユちゃんは起き上がる。頭からすっぷり布団をかぶりながら座った。
あたしも同じように座ってみる。
なんか安心感があるなぁ、これ。
「シュユも地上の迷宮に入っていた夢を見たでござる。エルフ殿に連れ出してもらった夢でござった」
「それ同じ夢だ」
「何かの暗示でござろうか?」
ふたりして同じ夢を見るなんて可能性は、たぶんきっとあるんだろうけど……学園長なら何か教えてくれそうだけど……偶然って考えるのはちょっと無理がある気がする。
迷宮の何かが作用したのかな。
「師匠は見ました?」
首を横に振る師匠。
「ご主人さまは?」
「いいや、見ていない」
どうやらセツナさんも起きてたみたいで、布団の中から声がした。
「あたいも見てないよ」
ナユタさんも聞かれてないけど答えた。
じゃぁ、残りは――とルビーが寝てる布団を見たところで……全員が驚いた。
ルビーがいない!
「さっきまで寝てたのに」
本当に寝てたかどうかは分からないけど、でも布団の中にいたのは確実。なんか布団に包まる感じでこんもりしてたし、気配はあったし。
今はその姿がなくて、布団もぺったんこになっている。
いつどのタイミングで消えちゃったのか分からなかった。
師匠もセツナさんも分かってなかったので、たぶんきっと本気出したんだと思う。
ひねくれ吸血鬼。
「どこいったの、ルビー?」
「ここですわ」
突然声がして、あたしは悲鳴をあげた。
「後ろ、いや、上か! というのをやりたかったのです」
天井からの声。
見上げれば天井に張り付くルビー。
「こわ!」
「失礼な小娘ですわね。わたしの華麗なるサプライズを『怖い』の一言で終わらせるとはセンスがありませんわ」
しゅた、とルビーは天井から落ちてきた。
そこで窓から差し込む太陽の光に触れたので、ルビーが弱体化したのがなんとなく分かる。
どっちかっていうと、吸血鬼の力を使うために逃げてたように思えた。
わざわざ、驚かせなくてもいいのに!
「残念ながらわたしは眠っておりませんでした。パルの話を聞いて不思議のダンジョンに置いてきた眷属を探っていたところです」
弱体化する前の完全な状態で眷属とコンタクトしていたみたい。
そのために太陽の光から逃げてたんだろうけど……それならそう言って欲しい。
天井に長い黒髪の女の子が貼り付いてたら普通に怖いので。
「どうだった?」
「夢との関連は分かりませんが、どうも『近くなった』ように感じます。世界が繋がった、という表現をしてしまえば恣意的ですが」
しいてきって何?
「本来は、主観的な判断、という意味だ。作為的や意図的という間違った使い方をされるときが多い。ルビーが言ったのは間違った使い方のほうだな」
「そうなんですの!?」
カッコつけるの失敗してやんの!
あたしはケラケラと笑った。
「ま、まぁいいですわ。とにかく眷属と繋がりが強くなったことを報告します。ですので、少なくとも『夢』との関連性はあると思われますわ」
ふむ、と師匠は寝ころんだまま腕を組んで考えた。
「なにかしら伝えたいことがあるんだろうか」
師匠のつぶやきに、セツナさんが答える。
「夢見とは、倭国においては予言とされることもある。また、死者からの伝言と考えられることもあるぞ」
「なるほど。今日は休みにしてくれないか、セツナ殿」
「……ふむ」
セツナさんは上半身を起こし、外を見た。
外はお昼で、にぎやかな声が聞こえてくる。
いつだって喧噪の絶えない黄金城だけど、やっぱりお昼のほうがにぎやかな気がした。
「中途半端な時間だな。時間感覚が狂うのはよろしくない。分かった、今日は休みにしよう」
「では俺たちは地上のダンジョン――不思議なダンジョンを調査する」
「分かった。気を付けてくれ」
「あぁ」
やっぱりセツナさんは協力してくれる雰囲気はない。
そのままパタリと布団に倒れるように寝ころんだ。
「……ご主人さま」
「どうした、須臾」
「シュユもパルちゃん達といっしょに調査したいです」
……シュユちゃんがセツナさんにお願いした。
ござる、を付けるのを忘れてるので、たぶん本気のお願いだ。
「ダメだ。危険過ぎ――」
「許可をもらえないなら、今からご主人さまの布団に潜り込むでござる」
「ま、待て――待つんだ須臾。ダメだ。結婚前の男女が同衾するなど――」
どーきん?
「男女が同じ布団で眠る、という意味の倭国語だ」
ほへ~。
師匠物知り~。
「いやいや、そんなことないぞ。へへへ」
師匠嬉しそう。
かわいい。
「じゃぁ、あたしがさっきやってたのは師匠と同衾なんだ」
「そうなるな」
倭国じゃダメなのかな~、って思ってるとシュユちゃんが飛び込んだ。
「どろん!」
「須臾ぅ!?」
仙術でも使うのかと思ったら実力行使に出るシュユちゃん。
セツナさんにぴっとりと抱き付く。
ただし、間に布団を挟んでるけど。
「わ、わわわ、分かった。分かったから離れるんだ須臾。じゃないと、じゃないとぉ!」
「……やめてやってくれシュユ。それは危ない。具体的に言うと、俺たちの明日が危ない」
なぜか師匠の未来も危なくなるそうだ。
なんで?
「一度溺れてみろ。二度と浮上できなくなる」
「そうなんだ……」
分かりますわ~、というキラキラとした瞳でルビーがうなづいてた。
「甘々しいねぇ。須臾も積極的になってきたじゃねーか。パルのおかげだな」
ケラケラとナユタさんが笑った。
というわけで、本日は地下ダンジョンの探索をおやすみして。
地上のダンジョン――
不思議なダンジョンの調査をすることになりました!
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