~卑劣! 失言するリーダー~
転移の腕輪を利用してのショートカット。
その場の情報をしっかりと記憶に刻みつけて、俺たちはドラゴンズフューリーの皆さんがいる下り階段付近へと戻る。
どうやら水分補給とポーションで回復できたようで、それなりに動けるようになっていた。
ただし、本調子にはまだまだ遠い。
この状態でダンジョン探索を続けるのは、それこそ自殺レベルだ。
地下街で回復を待つのもいいが、それでは資金が尽きてしまう恐れがある上に……少々、別の意味で危険でもある。
なにせ『力こそ全て』な雰囲気がある地下街。
攻略組で、更には実力者であるドラゴンズフューリーが弱っているとなると、よからぬことを考える者もいるだろう。
なにせドラゴンズフューリーの装備品は一級を通り越して特級。使い込まれてくたびれたように見えるが、それでも価値のある品に違いない。
武器ひとつ盾ひとつ失っても立て直すには苦労するし、その際に命を狙われる可能性だってあるわけで。
一旦、地上へ戻ったほうが良いとアドバイスするまでもない。
「何から何まで申し訳ないが、地上まで連れて行ってもらえないだろうか」
リーダーたるエリオンの言葉に俺とセツナはうなづく。
「私たちも戻るつもりでしたので。そのついでです。なので問題ありませんよ」
柔和な笑顔を浮かべながらセツナは了承した。
当初の予定では、五階である地下街で休憩し、四階へ戻って地図の空白部分を埋める、だった。
どちらにしろ地上に戻る予定だったので、ドラゴンズフューリーと同行するのになんの問題もない。
むしろ、彼らに地下四階の地図を見せてもらったらしく、シュユが補完していた。すでに地下四階の地図は完成しているので、あとは帰るだけだ。
「あとでパルちゃんにも見せてあげるでござるよ」
「はーい。で、どうだった?」
「さすが攻略組の描いてる地図でござる。見やすくて正確だったでござるよ」
シュユ曰く、ブロック単位で薄い線が引かれており距離感が正確に計れるとか、なんとか。
ただし、良い紙質の物と特殊なインクを使わないとダメらしい。
線が重なって見えにくくなりそうなので、それなりの準備と投資が必要そうだ。
「では戻ろうか」
ドラゴンズフューリーの面々がある程度動けることを確認してから、俺たちは地上へ向かって出発した。
パーティふたつの大所帯。
地下四階の通路は狭く、隊列も縦に伸びてしまう。
俺たちは今まで通りの隊列で、前衛と後衛の間にまるまるドラゴンズフューリーに入ってもらった。
もともとセツナもナユタもかなりの実力者であるし、ルビーもいる。
大抵の相手はこの三人でなんとかなる。
あとはバックアタックに備えるだけで、すでに罠の位置は把握済み。
地図を見ながら、気を付けて進めばさほどの問題はないだろう。
だがしかし……
なるほど、パーティの人数が6人がデフォルトになったというのも納得できる状態だ。こんな人数ではまともな連携も取れない。
まぁ、今は護衛していると思えば問題はないか。それに、ドラゴンズフューリーはまだ戦えるような状態ではない。連携も共闘もあったものじゃない。
歩くだけでもジワジワと体力を失っているように思える。
水分を失うっていうのは、相当に危ない状態らしい。まったくもって、即死を狙ってこない罠の恐ろしいところだ。
そんな罠になんの意味があるかというと、警告となる。
わざと生き残らせて、周囲に伝えさせるわけだ。
こんなに危険だから近寄るなよ、と。
いわゆる抑止力。
宝物庫に近づけば近づくほどに危険になっていくわけで。
本来は泥棒避けなんだけど、モンスターが発生してしまう今となっては『ダンジョン』と呼ぶにふさわしい状態になってしまっている。奥に行けば行くほどモンスターは強くなって、金の大きさが上がってしまうので。
なんとも皮肉というか、なんというか。
世の中、何が起こるか分かったものではない。
「大丈夫か?」
地下三階の回転床の罠で、盛大に具合を悪くしてしまうドラゴンズフューリーの皆さん。
そりゃ体調が悪いところで思いっきりぶん回されてしまってはどうしようもない。
もともと立っていられないほどの回転だ。フラフラな今の状態で耐えられるはずもなく、ぐったりと座り込んでいた。
「も、問題ない……と言い切れないな……」
俺は肩をすくめるしかない。
「さ、お水ですわ。飲んでくださいな」
ルビーは魔導書を起動させ、手のひらサイズの水球を人数分つくりだした。それをぷかぷかと顔の前に浮かせている。
もともと眷属を操っていたルビーからしてみれば、この程度の動作は簡単なのかもしれないが……器用なものだな。
「ありがとう。便利な魔法ね」
魔法使いさんが青い顔に笑顔を浮かべた。
「あなたは使えないのかしら? え~っと、お名前を教えてくださる? ちなみにわたしはルゥブルム・イノセンティアと申します。プルクラとお呼びしてもらってもかまいませんわよ」
「リリアナです。残念ながら水系統は覚えてなくて……こんなことなら初級の水魔法だけでも覚えておくんだったと後悔してるとこ」
魔法使いリリアナはがっくりと肩を落とす。
初級の魔法でも覚えていない限り、魔法は使えるものじゃない。
魔法の覚え方は、勉強と訓練だと実習だ。
それなりの勉強をして魔力運用の理論と基礎を覚え、訓練を繰り返し、ようやく発動に至る。というのを聞いたことがある。
魔力の少ない俺ではどんなに勉強して訓練しても発動させるのは無理。いきなりマインドダウンしてしまうのがオチだ。
せいぜい初めてでもできる魔力糸の運用程度。なにせ魔力を外に放出するだけで糸になるんだから、簡単かんたん。
やろうと思えば赤ちゃんでもできてしまう。
まぁ、そんな赤ちゃんは天才なので怖いけど。
「何の魔法が得意ですの?」
「私は炎系統ばかりで……風と組み合わせて爆発系統を覚えた時には、舞い上がって喜んだものだわ」
……さ、さすが攻略組のトップクラス魔法使い。
考え方がアッパー方向だった。
上昇志向じゃなく、殴られるという意味で。
「あなたのような乙女、嫌いじゃないですわよ」
ルビーが瞳をキラキラとさせた。
さすが人間大好き吸血鬼。
こういう面白い人間を見るのが大好きなんだろうなぁ~。気持ちは分からなくもないけど、なんか分かりたくないような気もしなくもない。
言葉がややこしくなってしまった。
しばらく回転床の部屋で休みを取り、動けるようになったところで再び地上へ向かって行動開始。
幸いなことに通路でモンスターから襲撃を受けることなく、進んでいけた。部屋の中に出現しているモンスターは前衛組がきっちりと倒していく。
「師匠、宝箱がありましたけど……」
「無視だな」
「はーい」
どうせ地下の浅い階層ではロクなものが入っていない。金もそれなりに手に入っているので、ここで無理をして宝箱を開ける必要はない。
ちょっとした『いしつぶて』程度なら俺の頭がカチ割れる程度でいいのだが、仮に混乱や幻覚作用のある毒ガスを発動させてしまったら終わってしまう。
十二人が入り交じって混乱したらもう最後。
被害は甚大、を通り越して、確実に全滅、だ。
誰かに骨を拾ってもらえたら御の字、という結果になってしまうだろう。
はてさて。
第二階層を突破すれば、後は第一階層だけ。
「もう大丈夫……とは思わないことだ」
ドラゴンズフューリーのリーダーたるエリオンのありがたい言葉に俺はうなづく。
その後ろで、もう大丈夫、と思っていたらしいパルとシュユがそっぽを向いた。ついでにナユタもそっぽを向いたので俺は見なかったことにする。
まだ大丈夫は帰り時、とは言うが。
もう大丈夫は死に時、と言えるかもしれないな。
「油断せずに行こう」
第一階層で気合いを入れなおす、というのも奇妙な話だが。
それでも最後の最後でゴブリンに不意を打たれて死んでしまうのは冗談でもイヤなので。
俺たちはしっかりと注意しつつ、地下一階層を進む。
もちろん、出現するゴブリンとコボルトをしっかりと倒して進み、問題なく地上階への階段まで辿り着いた。
「生きた心地がしませんでした」
階段を登りながら言ったのは神官のセリーナさん。
どこの神を崇拝しているのかは知らないけれど、落ち着いた雰囲気がある。
もしも勇者パーティにセリーナさんが加わっていれば、俺の運命は変わって――いや、ダメだわ。どうせセリーナさんも勇者に惚れてしまって、なんやかんやがあって俺が追放されるに違いない。
そう思った。
地上階にまで到達すると、あとは一直線に出口へと向かうだけ。
足早にならないように気を付けつつ、モンスターに遭遇することなく大きな城門のような扉を開き――俺たちは無事に外へと出た。
「おぉ……!」
「星空が愛しいと感じるとは……」
そんな声を漏らしたのはドワーフ戦士のトールガルとエルフで弓使いのエレンディル。
まるで重い荷物を捨てるように、ふたりは背負っていたバックパックをその場に下ろし、座り込んで空を見上げた。
時間は夜。
ダンジョンの中と同じく暗い空なのだが、そこに星が見えるだけで全然違っている。残念ながら月は見えなかった。
なるほど、神の加護が無かったわけだ。
ツキに見放される、とは良く言ったもの。
こんな日は、ダンジョン探索をするべきではない。
「良かった……ホントに良かった……」
盗賊ガラードくんがハラハラと涙を流して泣いていた。
「気にするな、というには無理があるが。それでも気にするなよ」
俺はそう言って、彼の肩に手をまわした。
強めにガッシリと肩を組む。
こういう時は痛いくらいが丁度いい。
「ありがとう……同じ盗賊に言ってもらえるだけで、なんか、助かる……」
「俺もこれまで何度もミスしたし、なんならパーティから追放されたこともある。それでもこうやって盗賊として生きてるし、弟子までいるんだぜ?」
俺の話を聞いていたパルが、にひひ、と笑顔を見せた。
「だから、まぁ、ちょっと落ち込んだら立ち直れよ」
「ありがとう……ありがとう……」
ぐしぐし、とガラードくんは目をこする。あぁ~、目が真っ赤になるのでやめたほうがいいけど……今日は仕方がない。存分に泣きたまえ、同胞よ!
「世話になった、ディスペクトゥス・ラルヴァ」
リーダーのエリオンが頭を下げる。
「いえ、こちらも有益な情報が手に入ったので。運が良かった」
攻略はここからが本番。
なにせ、俺も地下六階には足を踏み入れていないので、ある程度の情報はあったほうが良い。
情報の価値はお金より重い。
それこそ、知らなければ今回のような罠にハマってしまうわけで。
未知を既知とするのは重要だが、無知を未知とするところまでは持っていきたいものだ。
「これはお礼だ。受け取ってくれ」
エリオンはバックパックから金塊を取り出した。ざっと見ても拳より大きい。相当な重さだろうが、それを平気で持っているというのも驚きだな。
さすが攻略組トップ。
というか、地下七階ではこんなのを落とすモンスターがいるのか……
やべぇな……
「別に良いのだが……と、断っては借りを作ってしまうことになるな。ありがたく頂戴する」
セツナは金塊を受け取り、頭を下げた。
「これで私たちとドラゴンズフューリーには貸し借りは無し。次に会った時は対等にお頼み申す」
お互いの関係はフラットになった。
セツナはそう言って、笑顔を浮かべる。
「人が良い。我々に一生の恩を売っても良いと思うが?」
「なに。そんな汚い人間に落ちぶれるつもりはないのでね」
セツナは肩をすくめた。
その超重量級の金塊を持ったままで器用なことをする。
どいつもこいつも超人だらけだな。
まったくもって、才能もなく死に物狂いで勇者の背中にしがみついていた人間としてはイヤになってしまうなぁ。
あんなの片手で持てないぜ、普通?
「シュユはあの金塊、持てるのか?」
なんとなく聞いてみた。
「余裕でござる。というよりも仙術で肉体強化できるでござるよ。そのおかでげ荷物がいっぱい持てるのでござる」
なるほど。
ニンジャすごい。
仙骨、欲しかったなぁ~。
いや……無い物ねだりをしてもしょうがない。
俺には俺にできることをしよう。
持ってる武器で戦うしかない。
「では。またどこかで出会った時はよろしく頼む」
ドラゴンズフューリーの皆さんは、俺たちに笑顔を向け、頭を下げてから自分たちの宿へとフラフラな足取りで戻っていった。
しばらく休暇が必要そうだ。
まぁ、その分の蓄えは充分にあるだろうし、無理をしてもしょうがない。
しっかりと休んで欲しいところ。
「ねぇねぇ、セツナさん。それ持ってみたい」
「ふむ。大丈夫かなパル殿。かなり重たいぞ」
セツナはパルに金塊を渡す。
パルは両手で受け取ったが……おもたーい、と叫ぶことになった。
「ハハハ。荷物持ちは女の子に任せられないな」
「ご主人さま、シュユは女の子です」
「……失礼。言い方を間違えました」
「むぅ~!」
セツナ殿の失言にほっぺたをふくらますシュユちゃんだった。
かわいっ!
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