~卑劣! 先を行く者たち~

 黄金城ダンジョン攻略組。

 彼らはお金を稼ぐためや腕試し、または訓練や修行ではない目的でダンジョンにもぐっている。

 迷宮のゴールを目指す者たち。

 その目的は、宝物庫の無限に金を生み出す壺とも言われているが――恐らくそれは二の次だろう。

 ただただ単純に彼らは『冒険者らしい冒険者』であるだけ。

 未知を既知とする好奇心。

 地図にない世界へ旅立つ旅人のように。

 かつての英雄が空を行くドラゴンに挑んだように。

 歴史に名を刻む栄誉と名誉を得るために。

 彼らは『冒険』をしている。

 純粋たる実力を持った少年少女たち。

 それが攻略組だ。


「ドラゴンズフューリーのリーダーを務めているエリオンだ」


 カスれた声と震える手。

 弱々しい挨拶ではあるが。

 それでもエリオンは笑顔を浮かべて、震える手で握手を求めた。


「無理をするなエリオン殿。しばらく休むがいい」


 セツナはその手を握り、握手というよりも支えるようにして彼を座らせる。ナユタもそれを手伝って、彼はぐったりと地下六階への階段横に座り、倒れ込んだ。

 水分をすべて失う罠。

 もっとも、本当に全てを失ったとあれば体の中から血液すらも消えると思うので、ある程度の水分と考えられる。

 そんな罠を発動させてしまった彼らは命がけでここまで戻ってきたんだろう。道中、モンスターに出会わなかったのは、奇跡とも言える。

 リーダーのエリオンは地下街に到着した後に、水を求めて歩き続けた。恐ろしい胆力と共に仲間を思う強さのような……数字では表せないようなものを見せてもらった。

 これが『攻略組』というやつか。

 お金や名誉ではなく、伊達と酔狂で動くとも言われるが。

 どこかひとつ、普通とは違うものを感じる。

 それは、良い意味で、だ。


「すごいな」


 思わずそう声をかけてしまい、そんな俺の声を聞いたエリオンは口を笑みの形にした。

 言葉は返ってこないが、俺の称賛を受け入れてくれたらしい。


「エラント殿。彼らに回復薬をあげてもいいだろうか」


 セツナの意図は――情報収集か。

 逡巡したが、俺はうなづいた。

 得られる物はある、か。それはポーション以上の物ではるはず。


「あぁ。俺たちのも使ってくれ」


 持っていたポーション瓶を彼らに手渡した。

 いくら水分を取れたといっても、一瞬で回復するわけではあるまい。体の隅々まで水が行き渡るには時間がかかる。

 ここは、神さまの奇跡が付与されたポーションを飲むのが一番だ。

 お腹がたぷたぷになりそうだけど、そこは頑張って飲んで欲しい。


「ありがたい……」


 相当に喉が乾いたからだろうか、ドラゴンズフューリーのメンバーはポーションを難なく飲み干していく。

 砂漠で滞在した時でさえ、ここまで水は一気飲みできなかったなぁ。水分を失い、さらには水を渇望する呪いでも付与されたのだろうか。

 なんにしても恐ろしい罠だ。


「すまない。すまない……本当に助かる……」


 ポーションの回復効果もあって、エリオンはそれなりに声が戻ってきた。いくぶん顔色も良くなった気がするが、精神的な負荷もあってかまだまだ本調子には程遠いようだ。


「本調子ではないところを申し訳ないが、いくつか質問をしてもいいだろうか」

「あぁ、答えられるものなら何だって答えよう」


 俺の隣でルビーの表情がパッと明るくなったので、俺は首を締めるようにして腕をまわし、黙らせた。


「うごっ。な、なにをなさいます師匠さん。まだわたし、何も言っていませんわ」

「ぜったいロクな質問をしないと思ってな」

「どちらの女性と付き合っているのか聞きたかっただけですのにぃ~」


 ドラゴンズフューリーの女性メンバーは魔法使いと神官のふたり。そういう問題はパーティが瓦解しかねない質問なので、できるだけしないで頂きたい。

 というわけで、ずるずるとルビーを引きずって後ろへと下がる。


「ルビー」

「な、なんですの?」


 えらく静かな声でパルがルビーに話しかけた。

 いつになく真面目な雰囲気。

 さすがのルビーもちょっとビビってる。


「エリオンさんが女性好きとは限らないと思うの。男の人と付き合ってるかも」


 こっそり聞いていたシュユちゃんが衝撃を受けた表情を浮かべた。

 悪い影響だ。

 ごめんなさい、セツナ殿。


「……あなた天才って言われない?」

「ルビーにときどき言われてる気がする」


 んふふ~、と笑い合っているウチの弟子たちは放っておいて、俺はセツナ殿がする質問に集中した。


「攻略組とは聞いたが、なぜここにいる皆さんは、あなた達に水を分けなかったのですか?」

「ハハ……それは手厳しい質問だ……」


 エリオンは自嘲するように顔を手で覆った。


「別に攻略組は尊敬されたり畏怖であったりするわけじゃない。地下街の王様ってわけじゃないからね。どれだけ困ってようが、どれだけ助けを求めようが、俺たちも単なる冒険者だ。正義の味方じゃない……」

「なるほど……」


 セツナの視線が俺へと向く。

 俺は、間違いない、とうなづいた。

 確かに攻略組の心意気というか理念というか、そういうものは尊敬されるべきだ。崇高とも言えるかもしれない。

 でも、それとこれとは別問題。

 どんなに素晴らしい相手でも、そんな彼らを助けたところで自分たちに与えてくれる恩恵はあるか?

 ――ハッキリ言って、無い。

 自分たちが死にそうな時に助けてくれた相手に礼を返すのならまだしも、この先の人生において攻略組とは縁が無いというのが現実だ。

 貴重な水を分け与えるメリットは、それこそ本当に無い。

 むしろ謝礼として手持ちのお金を全額貰う、というぐらいだろうか。酷く足元を見る行為ではあるし、場合によっては恨みを買う。

 助けたことによるデメリットが大きくなってしまう。

 むしろ助けた相手に恨まれるなんて、本末転倒もいいところだ。

 加えて、攻略組は死ぬ。

 なにせ人間種未踏の地を目指す愚者でもあるのだ。

 ここで助けて恩を売ったとしても、彼らは明日には死んでいる可能性がある。

 そんな相手を助けるメリットは本当に少ない。

 ドラゴンズフューリーを誰も助けようとしなかった一番の理由とも言えた。

 まぁ、それらの情報を知っていたとしても、人間大好き吸血鬼は彼らを助けたと思うし。なんならみんなが飲もうとしなかった『イメージの悪い水』だったので余計かもしれない。

 それに――

 もしも勇者だったら――

 あいつだったら、容赦なく躊躇なく助けただろうな。

 そんなふうに思った。


「では、罠について教えてもらいたい。それは地下七階での話だろうか?」

「あぁ。地下七階に仕掛けられていた罠だ。地図を記している余裕は無かったが、部屋の中に仕掛けられていた。そうだな、ガラード」


 ガラードと呼ばれたのは盗賊職の男だった。

 軽装備の身なりだが、俺とは違って腕や足のスネに軽めの防具を付けている。恐らく、動きを邪魔しない高品質の防具だろう。いいな、うらやましい。まぁ、魔王領あたりの凶悪なモンスターの一撃は受け切れるものではないので無意味だけど。

 武器は……短剣か。腰に吊るされているホルダーから柄が見えている。使い込まれた感じのあるので、愛用なんだろう。投擲するタイプではないところから相手の背後を取る近接タイプか。

 ふむふむ、そうなると使用スキルは『影走り』や『隠者』、『無音』『無色』の使い手か。なるほど、一番しっかりとしている装備品はブーツだな。それなりにくたびれて見えるが……確かに品質は良さそうだ。


「……あ、あぁ」


 ガラードは伏し目がちに返事をする。

 顔をあげられないのは、水分を失ったダメージだけではなさそうだ。

 まぁ、そりゃそうか。

 罠の詳細を聞くことは、自分の責任を攻め立てられているようなものだからな。

 酷な話だよ、まったく。


「……部屋の床に仕掛けられていた。魔物との戦闘に気を取られて、意識が向かなかったのが原因だ。くそっ……どうして見てなかったんだ……!」


 ガラードは悔やむように拳を作り自分の額を叩くようにした。

 幸い、力は入っていない。

 弱った体で、自分で自分を傷めつけることもできなくなっていた。


「それはどんな罠でした?」


 それでもセツナは容赦なく質問する。

 追い打ちをかけるような行いだが、エリオンも咎めることはなかった。

 しっかりと他人に傷をえぐってもらえたほうが、ガラードのためになる。そう思ったのかもしれない。他人に容赦なく責められたほうが、下手に仲間によって慰められるよりも効果がある。

 もしも俺が同じ立場だったら、むしろありがたいと思えた。


「踏むと発動するタイプだった。偽装された床に設置されていて――そこまで到達できる盗賊だったら、見分けがつくと思う。魔物や宝箱に気を取られさえしなければ」


 皮肉を交えて自分を揶揄するガラード。

 俺はそんな彼の肩を叩いた。


「……あぁ、すまない」

「気にすんな」


 同じ盗賊だ。

 仲間の命を預かっている身としては、充分に彼の気持ちは理解できる。なんなら、追放された経験もあるので、それ以上に理解できるつもりでもある。

 ここからどう立ち直るのかは彼次第ではあるのだが、なんとか頑張って欲しいものだな。

 仲間はそこまでおまえのことを責めてないぞ、とも言いたいが……

 実際のところは分からない。

 なにせ、俺。

 賢者と神官には嫌われていたし。

 ドラゴンズフューリーの魔法使いさんと神官さんが、良い人であることを願うばかりだ。


「こちらからも聞かせてもらっていいだろうか」


 エリオンがセツナに質問した。


「もちろん」

「七階の情報を聞いてくるということは……君たちは攻略組なのかい?」

「うむ。まだこの地下街に初めて到達した若輩者なれど、宝物庫を目指しているのは間違いない」

「そうか。君たちの名前を聞かせてくれ」

「『ディスペクトゥス・ラルヴァ』です」

「なるほど、仮面か……しかし、卑劣とは正反対に高潔な方々だ。改めて礼を言う。ディスペクトゥス・ラルヴァの皆さん。あなた達の行く末に祝福を」


 ありがとう、とセツナは笑顔を浮かべて礼を述べる。


「もしもこの先、なにか困ったことがあれば何でも言ってくれ。必要とあらば地下六階と七階の地図も提供しよう。君たちは命の恩人なのだから」

「ふむ。では注意点だけでも聞かせてもらえるだろうか」


 セツナとエリオンが話し込むのを見て、俺はナユタに告げた。


「ちょっと別件で動いていいか?」


 貴重な情報を聞けるのはありがたいが、それはそれとして別件で動いておきたいことがある。


「ん? 分かった。危ないことはするなよ」

「気を付ける」


 俺も子ども扱いされてるのかねぇ、と苦笑しつつパルとルビーを伴ってその場から離れた。


「何をするんですか、師匠」

「転移先に良い場所がないか、ちょっと探そうと思ってな」


 この先、中継地点として地下街を利用することは多くなるはず。地下一階からスタートして、この五階層に到着するには時間も必要になるし、無駄な消費でもある。

 なので、転移の腕輪で一気に地下五階まで転移してからダンジョン攻略をするのが一番良いのだが……


「誰かに見られるのは、まぁ百歩譲って問題ないとしても。誰かと『重なって』しまった場合のことが恐ろしくてな」


 転移した際に誰かと重なった場合。

 いったいどうなってしまうのか、実験もできてないわけで。

 間違ってもそうはならないような場所を地下街で見つけておきたい。


「できれば、俺が覚えやすい特徴的なところがあればいいんだけど」


 転移先は記憶頼り、ということもある。

 行ったことがあるからといって、ボヤけた記憶で転移するとどうなるのか、これも実験をしていないので怖い。

 転移が発動しなかった、のならいいんだけど……ぜんぜん知らない場所に飛ばされた、とかシャレにならないからなぁ。


「だったら街の範囲外でしょうか。フロアの壁際なんかどうです?」

「そうだな。それが無難か」


 俺たちは街の外を目指すように歩いて行った。

 しばらく地下街を歩いて行くと、村や集落とは違って、ある地点を境にパッタリと建物が無くなる。

 もちろん畑や牧場なんかがあるわけがなく、ここから先はもうダンジョン内部、といった感じだ。真っ暗闇が広がっていて、何も無く、ただただ広い空間だけが見渡せる。

 人が常駐しているおかげでモンスターは発生しない。

 なので柵や壁がいらない、というのは分かるが……なんとも不安になる。

 五階層はまだまだ広く、それこそ壁際なんか人気は少ない場所となるわけで。そこらあたりでモンスターが発生しても不思議じゃない。

 まぁ、そのときはそのときで、冒険者がいっぱいいるんだ。なんとかしてくれるだろう。


「さてどうするか」


 残念ながらフロアの端っこはここからでは見えなかった。明かりが無いと見えないほど遠い、というのは確かに良いかもしれないが……ちょっと不便な気がする。

 もうちょっと近いところがいいなぁ。


「師匠、あそこらへんとかどうです?」


 パルが指差したのは建物の裏手。

 少し密集している感じがあり、そこが壁のようになっていた。

 人目は確かに避けられそうだ。


「行ってみよう」


 街の外、という感じの場所を通って建物の裏へ移動してみる。


「ふ~む」


 確かに良い場所だし、視線は通らない。そもそもこんな場所に用事があるようなヤツはいないし、なんならこの建物もごろ寝するような粗悪な宿。

 周囲から視線が通っている様子もなかった。

 しかし……ちょうど良い感じの場所だが……いかんせん、特徴が無さすぎる。

 記憶するには、なんとも自信がない。


「ルビー。なんかちょっと特徴を付けられないか? 目印みたいなものがあればいいんだが」

「目印ですか。では――」


 ルビーはワザとらしく指を鳴らすと影がせり上がる。それが建物の壁に張り付くようにべったりと覆い尽くすと、ズルズルと地面へと流れていった。

 そして残ったのは――赤い文字。


「『銀の寝床に残る猫、金の布団に眠る犬。どちらを愛し、どちらに恋する?』……なにこれ?」


 パルが文字を読み上げた。

 なにこれ?


「目印です。これなら見られても大丈夫でしょ? 特に意味のない、いま思いついただけの文章ですわ」

「犬派か猫派か。それを聞いてるだけの文章だな」

「ちなみに師匠さんは猫派ですか? 犬派ですか?」

「俺は猫だな。かわいいし」

「わんこもカワイイですわよ? もちろんマン――」

「いわせねーよ!?」


 危ない。

 こんなところで、ド定番の下ネタをぶっこまれるところだった。

 危ない。


「ほら、ルビー。おさんぽに行くよ。首輪つけて首輪」

「わんわん。へっへっへっへ……ってどうしてわたしが犬なんですの、おパル!」

「ルビーは犬っぽいと思うんだけどなぁ」

「まぁ、犬になれと言われればなりますが。わんわん、ご主人さま、命令してくださいワン」


 なんで俺に来るんだよ。

 まぁ、いいか。


「お手、おかわり、三回まわってぎゃふんと泣け」

「それ命令ちがいません!?」

「ほらほら、ルビルビ。師匠の命令は絶対だよ~」

「他の命令にしてください」

「おまえ、アレ言わせようとしてるだろ……」

「な、なんのことでしょう?」

「パル。言ってやれ」

「ちんちん」

「オを付けてくださいましー!」


 吸血鬼が嬉しそうでなによりです。

 あとパルの命令がちょっと可愛かったので、なんかこう、クセになりそう。


「師匠がえっちなこと考えてる。サイテー」

「ほんとほんと、サイテーですわね」


 嬉しそうにパルとルビーが俺の顔を覗き込む。

 おまえらが言うな!

 と、叫びたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る