~卑劣! 黄金城地下ダンジョン4階~ 4
探索を再開し、まだ通っていない方向の通路を進む。
やはり通路は長く、先が見通せないほど暗い。シュート以外の罠がまだまだ設置されている可能性が多いにある。
なので、後衛組が先頭を務めた。
パルとシュユには地図を描きながら、という負担の多い場面となったのでより一層とゆっくり進む必要がある。
できるだけ補助をしてあげよう。
そう思いつつ通路を進んで行くと……
「警戒――敵だ!」
通路前方に気配。
他の冒険者ではない!
俺とパルとシュユは素早く後列へ下がり、隊列を入れ替える。前に出た前衛組は――いきなり各々の武器を振るった。
「矢だ!」
セツナが叫ぶ。
前衛三人の足元には折れた矢が落ちたが――まさに『矢継ぎ早』に次の矢が飛来してきた。
「くっ」
その数は三本より多く、前衛が叩き落とせるにも限界がある。
俺は投げナイフを取り出し、自分に向かってくる矢を刃の腹で弾いた。
「パル、大丈夫か」
「は、ははは、はいっ!」
暗闇から突如出現するように向かってくる矢。
避けるにせよ防御するにせよ、かなり難易度が高い。軌道予測と到達予測が、それこそまばたきひとつの猶予もない。
パルも投げナイフをかまえて、矢の防御に専念していた。
「よっ、ほっ」
対してシュユは普通に避けてる。
余裕があるなぁ。
さすがニンジャ。
それにしても――矢の数が多い。
俺たちはその場に釘付けにされてしまった。
光源の届かない距離に敵がいる。
しかし、まぁ……
おぼろげに見える距離から矢を放ってくるとは――
「おのれ、卑劣な!」
ナユタが叫ぶ。
三人並んで戦闘できる程度の通路幅はあるものの、やはり大きく動くには支障があった。
左右に動くと味方と衝突する。
だからといってひとりで突出すると、集中して矢が放たれる。
こんな真っ直ぐな通路で矢で攻撃されてはたまったもんじゃない。
せめて部屋の中で遭遇したいものだな、こういうモンスターってのは。
「弓矢ってことは、亜人系?」
パルの疑問に、おそらく、と俺はうなづく。
いわゆる『人の形』をした魔物を、人間種は亜人系と種類を分けて呼んできたが……今となっては『魔物種』がその亜人系であったわけで。
なかなかどう呼んでいいのやら、微妙なところだな。
「このままでは埒があきませんわね。では突撃します。後ろへどうぞ」
亜人系代表の吸血鬼がアンブレランスをガチャンと開いた。
そのまま大きな盾として、前方へと突っ込んでいく。
矢を放たれようがおかまいなしに突っ込んでくる相手というのは、射手からすれば脅威だろうな。
そう思いつつ、俺たちは陣形を縦にしてモンスターとの距離を詰めた。
「ギャギャギャ」
という声は聞き覚えがある。
「ゴブリン・アーチャーか」
ようやく明かりが届く範囲で見えてきたのは、弓矢を持ったゴブリン。モンスターとしては脅威でもなんでもない相手なのだが、環境によってここまで変異するとは――ダンジョンという場所はつくづく恐ろしい。
「乱戦になりますわよ!」
相手の正体は分かったが縦列から外れるわけにもいかず、俺たちは縦列のまま敵陣に突っ込むハメになった。
あぁ~ぁ~、完全に乱戦だ。
まぁ、アーチャーが相手なのでこれが正解なんだけど。
しかもゴブリンだ。
近接戦闘であっても、早々と遅れは取るまい。
「ふっ!」
手持ちの武器は投げナイフしかないので、これで戦うしかない。なんとも心許ない攻撃範囲だこと。
俺は殴るようにゴブリン・アーチャーに攻撃する。
「うりゃぁ!」
パルはシャイン・ダガーで戦ってる。頼もしい。
「ハッ!」
シュユは七星護剣・炎を振るっていた。過剰な気がするけど、パルのシャイン・ダガーもゴブリン・アーチャー相手と考えると過剰だし、まぁいいのか。
接近すれば、あとは圧し潰すだけ。
俺たちは一気にゴブリン・アーチャー・パーティを倒した。合計12体。そりゃ絶え間なく矢が飛んでくるわけだ。
「まさかゴブリン相手にこんなに手こずるとはねぇ」
ナユタが、ふぅ、と息を吐いた。
最弱種はコボルトだが、その次に弱いとされるゴブリン。配置次第ではなかなかの強さを発揮するようだ。
どれだけ弱い相手の攻撃といえど、切られれば傷を負うし、矢が刺されば深手となる。
場所によっては、それだけで終わってしまうので。
そりゃ避けることに特化した盗賊など、怖くて魔王領に連れていけないという勇者の言葉もうなづけるというもの。
「なんということでしょう! ゴビリン・アーチャーの落とす金は普通のゴブリンと同じようですわ」
通路に落ちた小さな小さな金を見つけてルビーは肩をすくめた。
12体ともなると探すのも大変だし、そもそも乱戦状態。どこに落ちたのかも分からないので、俺たちは無視して先に進むことにした。
「もったいない気がしますわ。金を操る魔導書でもないでしょうか」
そうすれば簡単に見つかるのに、とルビーはぼやく。
諦めきれないらしい。
魔王領の領主さまでもあるくせに、わりとみみっちぃ吸血鬼だ。
一般民の俺から見ると、好感度は高いけど。
「水で洗い流してみたら? 集まるかも?」
「なるほど! さすがパルですわ。やってみましょう」
パルのアイデアでルビーは水筒の水をだばーっとこぼす。地面に広がったのを見て、再び水を集めてみるが……
「ありませんわね」
残念ながら砂や埃ばかりで金は見つからなかった。そうそう上手くはいかないらしい。金が重く、水の流れ程度では運びきれない……とかなのかなぁ。
もしくは、床に敷き詰められた石と石の間に引っかかってる可能性もある。
なんにせよ、簡単に回収するのは無理そうだ。
「はぁ」
ルビーはため息を吐きつつ、水を再び浮かび上がらせて、水筒の中に戻した。
「……それ、飲むつもりなのか」
「え? えぇ、ちゃんとゴミは取り除いております。むしろ綺麗なお水ですわよ」
そうは言うけど……
めちゃくちゃ印象が悪い。
「ルビーが全部飲んでいいよ」
「ルビーちゃんに全部あげるでござる」
パルとシュユに次いで俺も、うんうん、とうなづいた。
「いえいえ、ホントに綺麗ですわよ? ほら、川の水を平気で皆さん飲まれるじゃないですか? あれより遥かに綺麗ですわよ?」
いらない、とパルとシュユに言われてちょっぴり落ち込むルビーだった。
かわいい。
「綺麗なお水ですのに~」
かわいい。
さてさて――
ちょっとの時間ロスを含めて、俺たちは再出発する。
罠の可能性に加えて遠距離攻撃をしかけてくるモンスターまでいるとあれば、警戒もより一層と深くなってしまう。
真っ直ぐに続く通路をゆっくりゆ~っくり確実に進んで行くと、ようやく扉が見えてきた。
「ふへぇ~」
疲れたのかパルが息を吐く。
その声に、何人かの息が漏れたのが分かる。
これは危ないな……
「休憩場所じゃないぞ。中にモンスターや罠がある可能性があるのを忘れるな」
「そ、そうでした」
集中力が切れたパルの背中をポンポンと叩く。
弟子に注意したことにすれば、悪印象はもたれまい……
ごめんね、パル。でも集中力が切れたのは事実なので、注意してね。
「エラントの言うとおりだな。ならば、深呼吸をしよう。油断したのは拙者も同じ」
セツナが率先して息を吐く。
なかなかのリーダーっぷりだ。
助かる。
俺たちは一度大きく深呼吸をしてから、前方に見えてきた扉へと向かった。切れかけていた集中力を再び高めて、中の様子を探る。
扉に罠はない。
中に気配は――あるな。
ただし、わずかに感じられる程度。不意打ちができると考えないほうが良い。
「いる」
静かにそう告げると、俺はハンドサインでカウントダウン。全ての指を握り込むと同時に扉を蹴り開けた。
前衛組が扉をくぐり、パルとシュユに続いて部屋へと入った。
そこは長方形の奥行きのある大きな部屋。
中央あたりの左右壁際に柱があり、死角がある。
注意が必要だ。
「キシャアアア」
部屋の構造を確認すると同時に甲高い声があがった。
奥からやってきたのは――人型のモンスター。
いや、違う!
かなりの前傾姿勢に鞭のように細く長いしっぽ。なにより特徴的なのは、口から飛び出す二本の前歯。
「ワーラットだ!」
言ってしまえば『人鼠』。
二本足で立ち上がる巨大なネズミ。
それがワーラットだ。
素早い動きでこちらに肉薄し、その鋭い前歯で攻撃してくるモンスター。足の速さの割りに腕が貧弱なので力は弱いが、気を付けないといけないのはしっぽでの攻撃。
鞭のように振り回し、かなりの威力がある。
中距離攻撃でもあるので、不用意に近づくのは危険だ。
「キィーィー!」
甲高い声をあげて迫るワーラット。
その数、3!
鋭い前歯で噛みつき、切断を狙ってくるワーラットを後衛組の俺たちが投擲で牽制する。多少のダメージと速度は落とせたものの停止させることはできなかった。
「フッ!」
短い呼気を吐き、セツナが仕込み杖から刃を抜き一閃。それに次いでナユタも赤の槍をワーラットへ突き放つ。
その一級品の攻撃に、ワーラットは止まらざるを得ない。
だが――
「そーれっ」
重量級のルビーの一撃は避けられた。
ガツン、と地面を打つアンブレランスの音。空振りの虚しい音が残響したかと思うとルビーに掴みかかり、ワーラットは美しい吸血鬼に穢れた前歯を突き立ようとする。
「あなたと恋人になった覚えはありませんわよ!」
ワーラットの顎を下から殴り上げるルビー。
ぴぎゃ、という悲鳴は喉から出たものではなく、腹の底から漏れ出たような声だった。
ルビーは空中から落ちてきたワーラットを蹴り飛ばす。
遥か後方に吹っ飛んでいくワーラットを見送るようにパンパンと汚れてもいないブーツの埃を払った。
「ハハ! おまえさん武器を持っていないほうが強いんじゃないか?」
鞭のように振られたしっぽを槍で防御しながらナユタが笑う。
「否定はしませんわ。お手伝いしましょうか、ハーフ・ドラゴン」
「援護不要!」
ナユタは素早く一歩を踏み出すと槍を地面から跳ね上げるようにして突いた。変幻自在の穂先を避けられるわけもなく、ワーラットは槍に刺され後方へと浮かび上がる。
「おおッりゃっ!」
更にもう一歩踏み出したナユタは槍を大上段から振り下ろした。
空中で避けられるはずもなく、ワーラットは斬られながら地面へと叩き落される。ガツン、と床を叩いたのは槍の音ではなくワーラットの体が叩きつけられる音だ。
素晴らしい連撃。
とてもじゃないが相手はしたくない。
「おぉ~、ナユタさん凄い」
ぱちぱちぱち、とパルが拍手を送る。
やっぱり集中力が切れてるなぁ。危ない。
だが――
セツナもすでにワーラットを倒しているので問題ないか。
特に面白味のない攻撃で敵を倒してしまっているのは、逆に言うと実力の高さの証明でもある。
通常技というか、普通の攻撃で倒してしまえるのだ。
普通に強い。
「パル、まだ戦闘中だぞ。ほら、そこの柱の陰に何か潜んでいるかもしれん」
「ハッ……そ、そうでした。でも師匠、気配も何も無いですよ?」
「ほう。ならばパルに命令だ。先行して探ってこい」
「え、えぇ~」
まぁ、何もいないだろうってことは俺も分かっているので。そもそもこの戦闘中に姿を見せない時点でモンスターも何もいないだろう。
隙を突くにしても遅すぎる状態だ。
でも、俺がわざわざ命令するってことでパルが警戒をしてしまった。
自分では探れないほど気配を断つ技術が優れているモンスターがひそんでいるのではないか。
そんな疑心暗鬼。
おっかなびっくりと歩いていく愛すべきの弟子の後ろ姿がカワイイなぁ~。
「エラント殿も人が悪い」
「なにせ盗賊だからな」
セツナにそう返したところでパルが柱の後ろを覗き込んだ。
なんにもいないのを確認して、ホっと胸を撫でおろしてる。
「大丈夫です~。なんにもいませんでした」
よろしい、と俺はうなづく。
「あっ」
と、部屋の奥を見たパルが声をあげた。
「どうした?」
俺は急いでパルの元へと駆け寄る。
「あ、いえ、階段がありました。地下五階への階段です」
「おぉ」
どうやらここが最後のフロアだったらしい。
最奥には幅の広い階段があり、暗闇の中に沈むように設置されていた。
これで四階層はクリア。
「順調だな」
セツナの言葉に、俺は大きく息を吐きながら応えるのだった。
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