~卑劣! 黄金城地下ダンジョン4階~ 3
フロアにあった鉄の箱。
いわゆる『宝箱』。
冒険者をダンジョンに誘うために迷宮側が用意したと思われるもので、どういう仕組みでどうやって置いているのか、誰もそれを見たことがない。
まぁ、魔法的な物で顕現されているんだろうけど。
「離れていてくれ」
俺はそう声をかけ、ゆっくりと近づいた。
鉄の箱の周囲を観察する。
特にこれといって罠がありそうには無い。角度を変えてみたりしても、細い糸が連動していたりする、ということはなかった。
次いで投げナイフを鉄の箱に向かって投擲する。
刺すというよりも、振動を与える目的だ。
カツン、と当たって宝箱に振動が起こるが……それで発動する罠もなし。
「よし」
慎重に宝箱に近づくと投げナイフを回収。
そのまま鉄箱の後ろを確認するが、そちらも問題はなし。持ち上げてみるのもいいが、それなりの重量だったので、むしろ動かさないほうが良いと判断した。
「さて」
ここから本番。
ここからが重要。
俺は鉄の箱のフタ部分にナイフの刃を入れる。隙間に刃を通し、そのまま縁に沿って刃を慎重に動かした。
手応えは――無い。
フタ付近に糸などで作られたトラップは無し。
ナイフを引き抜いて、刃部分を確認。フタと本体部の間に接着や塗布されているような毒の形跡も無かった。
「……」
しかし、どうにもイヤな予感がする。
鉄の箱で、冒険者を期待させるような大きさ。さすがに武器は入ってないだろうが、それなりに大きな箱なので、中身は金だけではない、と思われる。
だからこそ、より慎重に開けるべきだ。
「ふぅ~」
大きく息を吐いてから――ほんのわずか、フタを押し上げた。もちろん、体の位置は箱の正面からズラしている。
フタを開けた瞬間に毒針や麻痺針を射出してくる罠もある。単純な物なら石を飛ばしてきて額をカチ割ってくる単純な物まである。
それらの罠が発動する雰囲気はなく、仕掛けられていない。
「……」
わずかに開いたフタの間から、慎重に宝箱の中を覗いた。
なにか――あるな。
フタから繋がる一本のライン。どう考えてもアイテムではなさそうな『線』が見えた。
糸か紐か。どちらにしろ、投げナイフの刃が短かったので届かなかったようだ。
「何か薄くて長い物はないか?」
指を入れるのは怖いので、ラインをたぐり寄せる何かが欲しかった。
「これでいいか?」
ナユタが渡してきたのは……槍だった。
いや、まぁ、確かに穂先は薄くて長いけど。
「いいのか、こんなことに使って」
それこそ武器を己の命のように扱う冒険者もいる。思い入れがあったり貴重なマジックアイテムであった場合、それは分かるのだが。
武器を神聖視するあまり、その武器を諦めきれずに死んでしまう話も聞いたことがある。
落とした剣を取りに戻ったり、なんて話だ。
それに比べたら、罠解除に使用してしまうくらいに適当に扱うほうがマシ……とも言えるのだろうか?
投げナイフを投擲しまくる戦闘スタイルの俺には、ちょっと分からん感覚だ。シャイン・ダガーもパルにあげてしまったし。
「問題ない。でも折らないでくれよ」
赤の槍を受け取り、片手で持ってみるが――重い。こんなのを良く自在に振り回しているものだ。
なんて思いつつ、穂先を鉄箱の中に入れてフタから垂れ下がる紐のような物をたぐり寄せた。
指で引っかけて確保しつつ……フタをあける。
「ふぅ」
罠解除成功だ。
俺は赤の槍をナユタに返しつつ、罠の全容を確かめた。
紐の先には金属棒が結び付けられている。フタを開けた場合、その金属棒が箱に設置されていたハンマーを持ち上げ、一定ラインで金属棒がハンマーから外れ、ハンマーが下の物を叩く仕組みだ。
ハンマーの下にあったのはガラス瓶。
中には液体が入っている。見た目では何の液体かは分からないが……罠として設置されているのだ。恐らく空気に触れると毒ガスのように部屋の中に充満すると思われる。
「もらっておくか」
罠の一部ではあるが回収しておき、改めて箱の中身を確認した。
「金がいくつかと……これは、ダガーナイフか?」
「おっ、武器まで入ってるのか。気前がいいな、黄金城ってのは」
ナユタは俺の手元を覗き込みながらごきげんに言った。
鞘に納められたダガーナイフ。それなりの装飾がされており、武器というよりもお守りや儀礼用のように思われた。
そこまで高価な物ではなさそうだが、普通のダガーナイフよりかは価値がありそうに思える。
鞘から引き抜き、刀身を見てみると――
「……」
どうやら新品ではなさそうだ。
わずかに使用感がある。
「これは、落とし物かもしれんな」
「落とし物? なんで宝箱に入ってるんだ?」
ナユタの言葉に俺は肩をすくめつつ答えた。
「ダンジョンには冒険者が挑戦するが、帰ってこないヤツもたくさんいるだろ?」
「……なるほど。ひでぇ話だ」
真相は分からない。
だが、ダンジョン内で倒れている者など滅多に見かけない。
彼らは確実にそこに倒れているはずなのに、誰にも知られない内に朽ち果ててしまう。
ならば、彼らが持っていたアイテムや装備品はどうなるのか?
その答えが、この『宝箱』なのかもしれない。
「弔うか?」
ナユタが手を合わせながら俺に言った。
義の倭の国の文化だったか。
そうだな、もしも違ったとしても無意味になるだけで問題はあるまい。
俺はナユタといっしょに手を合わせてダガーナイフの持ち主であった者の魂に祈りを捧げた。
彼、もしくは彼女が神さまの元へ行けたことを願うしかない。
「よし。で、どうするんだ?」
「売る」
「身も蓋もねーな」
これはこれ、それはそれ。
不必要な武器を持っていても仕方があるまい。
なにより、俺が持ってると投擲してしまいそうだからな……
「ルビー、持っていてくれ」
「分かりました。いざとなったら後ろからこれで刺せばいいんですね」
「違っ……いや、それも有りか」
「冗談ですわよ?」
「……すまん」
やっぱり吸血鬼は盗賊職に向いてると思うんだけどなぁ。
まぁ、力が強かったりその他の能力が高すぎるせいで、わざわざ盗賊スキルを身につける意味がないわけで。
こっそり後ろから刺すより、真正面から堂々と倒すほうが早いし楽だし、なにより畏怖を与えられる。
支配者としては重要な要素だしな。
「次に進もう。問題ないか?」
大丈夫、とセツナに答えて俺たちは先へと進んだ。
扉の先にはまた長い通路。再び隊列を入れ替えて慎重に進んで行くと、またしても丁字路になっており、多数決となった。
その結果――なんと満場一致で左へ進むことが決定。
「ふふ。拙者も成長した」
「他人と協調して、つまらない人間になってはいけませんわセツナ。個性は大事です。没個性こそ人類史から見れば没ですわ」
「な、なるほど?」
セツナ殿、そのアホ吸血鬼に言いくるめられないでくれ。
それはともかく、真っ直ぐに続く正面の道をランタンとたいまつの明かりが届く範囲で一応確認しておき、俺たちは左へと曲がった。
「また丁字路になってるな」
地図がなければ、頭の中がややこしくなってくる作りだ。ダンジョンらしい、迷宮らしい、と言えばらしいのだが。
「大丈夫か、パル」
「バッチリです」
問題なし、とパルは地図を見せてくれた。丸い部屋ばっかりの三階よりよっぽど描きやすいらしく、自信満々のようだ。
「おっと、止まるでござる」
地図を描きつつもシュユがストップをかけた。その視線の先は丁字路の床。道が交わるちょうど中央あたりか。
「罠があるでござる」
「あ、ホントだ」
パルも気付いたらしい。
ランタンの明かりに、うっすらと見えるライン。床に敷き詰められて並べられている石にも多少の違和感があった。
「落とし穴か」
床に仕掛けられた定番の罠といえば落とし穴。
丁字路の真ん中に仕掛けてあるので、気付かなければ確実に踏んでいたはず。
俺たちは慎重に進み、罠の手前でしゃがんで確認した。
床をコツコツと叩くと、どうにも薄い板だけのような反響。石ではなく絵に描いただけの床板のような物で、押してみれば開いた。
どうやらバネが仕掛けられているようで、上に乗れば体重で床板が開いて落ちる、という単純明快な罠。
しかし、これがダンジョン内の薄暗さも加わり、丁字路の連続という状況によっては気付かずに落ちる可能性も高い。
「落とし穴ってことは地下五階に繋がってるのかな?」
パルは床板を開いて中を覗く。
「あれ? 師匠ししょう」
「どうした?」
「これ、すべり台になってますよ」
俺もいっしょに覗いてみると……確かに穴が縦に空いているのではなく、すべり台のようにナナメになって坂道のようになっていた。
しかもテラテラと明かりを反射しているところを見るに、油がぬられているようだ。
落ちたら最後、立ち上がるヒマもなく強制的に滑ってしまう仕掛け。
つまり――
「落とし穴ではなく『シュート』と呼ばれる罠だな」
「シュート?」
「この滑り台の先がどうなっているのかは分からないが、滑っている途中に頭部を狙った罠があったりする。もちろんおしりを狙った場合もあるだろうし、滑って落ちた先に針山が待っていることもあるだろう。なんにせよ、落とし穴と違ってナナメに移動させられるのがポイントだな。例え運良く助かったとしても、上に残った仲間からは助けられない。なにせ、見えないのだから」
落とし穴の場合はギリギリ生きてたとして、引き上げてもらえる可能性がある。
シュートはそれがほぼ不可能であり、同じ系統の罠としてはシュートのほうが殺意が高いと言えた。
まぁ、どっちにしろほぼ死んでしまう罠なので、落ちた者にとっては関係ないのかもしれないけど。
地図にシッカリと『シュートの罠』の位置を記して、今度はまっすぐに進む。
すると――
「戻った」
「戻ったでござるな」
角を曲がり突き当たりまで来ると、どうやら地図が繋がったらしい。最初の丁字路の位置へと戻ってきたようだ。
逆に言うと、ふたりの地図を描写する能力と空間把握能力が正確であることを示している。
よくできました、と俺はパルの頭を撫でた。
「ご主人さま」
「う、うむ」
シュユもセツナに頭を撫でられた。
幾度となく俺たちのスキンシップを見せつけた成果が出た。出てしまった。
「ふ、ふおおぉぉぉ……」
なんかシュユっちが変な声だしてる。
そして、真っ赤になった。
セツナ殿の顔も真っ赤になってる。
わりと覚悟もなくノリでやってしまったらしい。
「かわいいですわね。ナユタん、わたしのことを撫でてください!」
「なんでだよ! エラントに撫でてもらえよ」
「そうでした! 師匠さん!」
いや、間違えんなよそこは……
「理由もなく褒めるつもりはないが?」
「生きてるだけで偉いんですよ、人間は」
「おまえは吸血鬼だ」
「似たようなものです。さぁ、早く! じゃないとさっきのシュートに飛び込みます」
「「どうぞどうぞ」」
なぜかパルと言葉が重なった。
俺たちは視線を合わせて、にへへへ、と笑う。
「おまえ、完全に負けてるじゃねーか……」
「やっぱりナユタんが撫でてください」
「あたいで良ければ撫でてやるよ」
ナユタんが同情してルビーの頭を撫でる。
かわいいなぁ。
ナユタん。
「ほれ、エラントも撫でてやれ。かわいそうだろ、こいつ」
「でもこいつ俺より年上だぞ? 俺が撫でられるほうなのでは?」
「そういえばそうか。こいつ見た目通りの精神性でやべぇな」
「分かる。こいつ、扱いが難しくてなぁ」
俺とナユタんは『こいつ』を見下ろした。
「ちょっとちょっとぉ、コイツって言わないでくださいまし!」
めっちゃ嬉しそうな『こいつ』の表情を見て、俺とナユタんはいっしょに頭を撫でてあげるのだった。
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