~卑劣! 黄金城地下ダンジョン4階~ 2

 ここまでの階層では、部屋の扉を開ければ次の部屋――というパターンが多かった。

 しかし、地下四階はそのパターンが外れる。


「通路か」


 扉を開けた先は長い通路になっており、ランタンやたいまつの明かりが最奥まで届かない。ただ真っ直ぐに通路が伸びているだけ。

 見えている範囲には扉もなく、無機質な天井と壁が奥まで続いている。

 こういう通路では距離感が失われる。

 いったいどれだけ歩いたのか、同じような白の石と壁が続くので、空間把握と共に距離感の正確さが必要となってくる。

 だが、それ以上に――


「罠が心配だな」


 セツナの言葉に俺はうなづいた。

 必ず通らなければならない一本の道。絶対に通らなければならない場所があるのなら、そこに罠を仕掛けない理由がない。

 というわけで、俺たちは一時的に隊列を入れ替えた。

 先頭に俺とパルとシュユが並び、後ろにセツナ、ナユタ、ルビー。

 もしも通路でモンスターと遭遇した場合は、そのまま前後を入れ替えればいいので、そういう意味ではシンプルなパーティ構成と言えるかもしれない。

 本来なら、中衛の盗賊ひとりが前に出ることになる。そういった場合、隊列の入れ替えや戦闘スタイルがちょっと変更になったりして、一手遅れる場合があった。

 その『一手』が致命的なミスとなってしまうこともある。

 もっとも。

 盗賊2ニンジャ1、なんていう構成はおススメしようにも危険過ぎておススメではない。

 まぁ、そもそもニンジャというレア職業など、探したところで見つからないのだが。


「壁には触れないように」


 俺は後ろの三人にそう伝え、前を見据えた。


「パル、左側の壁と床を。シュユは右側の壁と床を頼む」

「分かりました」

「分かったでござる」

「師匠さんはどこを見てますの?」


 後ろからルビーの声。

 さっきの命令で、俺がサボってるように思われたのかもしれない。


「全部だ」


 左右の壁と床、それから天井もチェックする。

 当たり前だろ?

 罠を見逃した場合、責任は俺が取る。

 それがパーティ行動に関しての、盗賊の役目というものだ。


「それは失礼しました」


 うふふ、とルビーは頬を押さえながら引き下がる。なんだ、と思いながら左側を見るとパルも同じような表情をしてた。


「師匠、カッコいい」

「……安いなぁ~」


 俺、この程度でモテるんだったら勇者パーティでもっと前に出ておくんだった……あ、いや、12歳以上にモテても意味ないか。

 うん。

 今が一番良い。

 うん。


「ご主人さま、今のそんなに良かったでござる?」

「拙者には分からんな」


 ……やっぱりパルとルビーの判定が激甘なだけでした。


「よし、進むぞ」


 隊列を入れ替えても地図担当はパルとシュユ。通路の長さ把握は円形の部屋に次いで難しいので、そっちにも集中してもらいつつ、ゆっくりゆっくりと歩いていく。

 ランタンの明かりで照らしながら通路を進んで行くと、行き止まりのような壁が見えた。道を間違えたかのように見えたが、右側へ直角に曲がっているだけ。


「曲がり角だ。気を付けろ」


 罠にも気を付けないといけないが、モンスターの待ち伏せということもある。角の手前で停止し、コツンと足音をワザと鳴らしてみる。

 反応無し――

 気配もなく、角から視線を通すが……そこでも問題なし。


「進もう」


 角を曲がると、またすぐに通路は左へと折れていた。

 どうやらジグザグな通路になっているらしい。罠などは今のところ見当たらないので、そのまま慎重に角を曲がった。


「――警戒!」


 ようやく真っ直ぐな通路になった、と思ったところで前方よりこちらへ向かってくる気配。


「うわっ」


 俺はパルの襟首を掴みながら後ろへと下がった。シュユも少し遅れたがしっかりと反応して後ろへ下がる。

 それとほぼ同時に暗闇からモンスターの姿が見えた。

 大型の犬――いや、オオカミよりも更に大きい!


「キラーウルフだ!」


 その巨大な体を活かすようにキラーウルフは一気に距離を詰めると飛び掛かってきた。


「お任せを!」


 アンブレランスを開き、ルビーはキラーウルフの体当たりを受け止める。爪と牙が容赦なく打ち付けられるが、ルビーはそれを防ぎ切った。


「あら?」


 しかし、キラーウルフは着地すると地面とアンブレランスの間に顔を突っ込んでくる。わずかな隙間から狙ったのは、ルビーの足。

 がぶり、と噛みつくと、そのまま後方へ引きずり倒すようにルビーの足を引っ張った。


「ふぎゃ!」


 倒れるルビー。

 しかし、その上をセツナの刃が通過した。

 キラーウルフの顔を斬り裂く一撃は――浅い!

 だが、ひるませることに成功する。ルビーの足からキラーウルフの牙が離れた。


「おらぁ!」


 そこをナユタが槍で突いた。やはり顔を狙った攻撃で、槍はキラーウルフの顔面をとらえる。まるで押し返すようにキラーウルフの顔を貫いた。

 しかし、まだ絶命させるには至っていない。


「ぐるるるるる――」


 半壊したような顔で牙を剥くキラーウルフだが――俺とパル、シュユの投擲は片目では反応できなかったか。投げナイフとクナイの攻撃が突き刺さり、キラーウルフはこちらへ向かってきながらもその場に倒れ込んだ。


「強かったですわよ。それではまたどこかで」


 トドメはルビーの一撃。

 アンブレランスを叩き付けた。

 悲鳴なき声をあげ、キラーウルフは絶命する。


「ふぅ。危なかったですわね」


 コロン、と落ちた金を拾い上げてルビーは息を吐いた。噛みつかれた足をぜんぜん気にしていないのは吸血鬼だからこそ。本来であれば、もっと苦戦していただろう。


「足、大丈夫か?」

「一応聞いてくださる師匠さんが好き」

「そういうのいいから。問題があれば言ってくれ」


 普通なら、撤退レベルの負傷だ。噛みつかれて引きずり倒されているのだ。足に穴が開いていてもおかしくはない。

 本当に大丈夫なのかどうか、いまいち判断できないのが逆に怖い気がしてきた。


「問題はありません。今すぐ魔王さまにケンカを売れるレベルで元気ですわ」

「だったらいいのだが……ケンカは売らないでくれ」

「すでに売っているようなものですからね。裏切ってますし」

「そういえばそうだった」


 こんなところでいっしょにダンジョン攻略してるから忘れがちになってしまうが。

 魔王サマとは明確に敵対していないようでいて、その実めちゃくちゃ裏切ってる最中だからなぁ。

 もしもバレたら魔王さまがこっちに乗り込んでくるんだろうか?

 恐ろしい。


「さぁ、どんどん進みますわよ~」


 ルビーが大丈夫そうなので、俺たちはそのまま進む。

 真っ直ぐになった通路を進んで行くと――左側へと進める通路と交差している場所に出た。

 いわゆる丁字路、というやつだ。


「さて、どっちに進む?」


 ランタンの明かりで見える範囲では、真っ直ぐも左の通路も先は見通せない。直感で選ぶしかなさそうだ。

 パルとシュユが地図を描いてる間に俺たちは、せーの、で指をさした。

 結果――俺とルビーとナユタが真っ直ぐ。

 セツナだけが左。


「拙者、こういうところがダメなんだろうか……やはり杖を倒すべきだった……」

「いやいや、たまたまだ。この程度で落ち込むなよ、兄弟」

「拙者を兄弟と言ってくれるのか……そういえばエラント殿は何歳なんだ?」

「28だ」

「なんと! 拙者も28だ」

「マジで!? いや、もう兄弟じゃないて双子なんじゃねーの、俺たち?」

「はっはっは、それはいい!」


 俺とセツナはガッシリと肩を組んだところでナユタが肩をすくめた。


「はいはい。仲良しなのはいいですけど、進みますわよマイ・リトルブラザーたち」


 誰がおまえの弟だ、とルビーにツッコミを入れる。


「わたし、お姉ちゃんもやってみたいと思いまして。ルビーお姉ちゃんと呼んでください」

「年下の姉というのは、こういうことを言うのかもしれないな」


 セツナが謎の概念を口にした。

 だが、意味を理解できてしまうので難しいところ。いや、そもそも矛盾しているので存在できない概念ではあるのだけど。

 とりあえずお姉ちゃんは放っておいて、先へと進む。

 多数決通り、丁字路をまっすぐに進んだ。

 通路を最奥まで歩くと、扉があった。

 行き止まりではなく一安心。

 やはり罠を警戒しながら歩くのは疲れるし、そこを引き返すのもなかなか精神的にはよろしくない。無駄足、という言葉はダンジョンで生まれたんじゃないか、と思ってしまうくらいだ。

 また、通路に罠が無かったら無かったで見逃した上に偶然大丈夫だったんじゃないか、と疑心暗鬼になってしまうので、引き返す時にもチェックは欠かせない。

 なんにせよ、引き返すのも一苦労なわけで。

 息を吐くと共に、それらの疑念を吐き出しておく。

 それから扉を開いた。


「敵、無し」


 警戒しつつ中に入ったセツナからの報告。

 後に続いて入ると、四角い部屋であり、特に特徴もない部屋だった。

 単なる通過点ではあるが――


「おっと。出番だぜエラント」


 ナユタの言葉にそちらへ移動すると、宝箱を発見する。


「鉄の箱か」


 今までは小箱や木箱といった感じだったが……今回の宝箱は金属製だ。鈍い銀色で重そうなイメージから鉄の箱と思われる。


「よし、離れていてくれ」


 俺はさっそく罠感知から始めるのだった。

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