~卑劣! 黄金城地下ダンジョン4階~ 1

 冒険者の宿『風来』。

 夜明け前より支度を整え、ダンジョンへ向かおうとしていると――


「おはようございます! 今日も頑張ってくださいね」


 看板娘のマイと出会った。

 まぶしい笑顔とは、こういうものを指すのだろうか。

 もしくは屈託のない笑顔。

 朝から気持ちの良い挨拶を受けるのは、気分が向上する。冒険者の宿らしい看板娘と言えた。

 某巨乳看板娘は笑顔よりも胸に目がいってしまうからなぁ。

 やはり人類は『巨』よりも『虚』のほうが優れていると気付くべきだ。

 俺は、うんうん、と後方でうなづく。


「師匠~」


 ジロリと弟子ににらまれる。


「な、なんだ?」

「……なんでもない」


 プイ、と顔をそむける愛すべき弟子。かわいい。

 しかし勘違いしているな、パルパルめ。

 俺は看板娘のマイの笑顔に見惚れたのではない。

 マイの笑顔を通して、少女の素晴らしさを再認識しただけだ!

 というわけで、パルほっぺたを突っつく。

 ぷにぷに。

 やわらかくて気持ちいい。


「んにに。やめてください師匠」

「良いではないか良いではないか」

「むにゅにゅ」


 両手でほっぺたをむにむにと掴む。

 ちょっぴり横に伸びてしまう弟子の顔が愛しい。

 どんな顔になってもカワイイなぁ~。


「今日は地下四階の攻略をしますので、場合によっては帰ってこない可能性があります。そのあたり、ご容赦を」


 セツナが柔和な笑顔でマイにそう告げている。

 順調に攻略は進んでおり、今日から地下四階の探索だ。しかし、このあたりから探索のやり方は少々違ってくる。

 モンスターが強くなるのはもちろんなのだが――問題は時間だ。いきなり地下四階に進めるわけもなく、地下一階から順番に進んで行かなくてはならない。

 当たり前といえば当たり前の話だが。

 だが、場合によっては地下四階に到着する前に消耗してしまう可能性もあるわけで。そうなってしまうと四階に到着する前に引き返すことになる。

 無理に進んで良い結果が出せるわけがない。

 加えて、時間だ。

 慎重に進めば進むほど時間というものは必要となり、四階に到着するのにも時間がかかる。そうなってくると、自然と増えるのは休憩時間であり『食料と水』の問題も出てくる。

 荷物の量も増えるので、余計に探索の障害となってしまうのだ。

 いつも違う荷物量を運ぶ。

 それだけで、今までは簡単に攻略できていた三階のモンスターに手こずってしまう、なんていうことも考えられるわけで。

 ダンジョン攻略の明確な『壁』が四階の攻略なのかもしれない。


「あ、そうなんですね。じゃぁ今夜は皆さんが帰ってこなくても心配しなくて大丈夫ですよね」


 マイがそういうのも仕方がない。

 冒険者が帰ってこない、ということはそういうことなのだから。

 事前に伝えておけば、余計な心労はかけまい。


「地下五階の街、宿が空いていればいいのだが……」

「どうなんでしょうね。いったことないので分かんないんですよね~」


 セツナ殿のつぶやきにあっけらかんと答えるマイ。

 まぁ、黄金城に住んでたとしても、誰でも地下五階に行けるわけじゃないからなぁ。むしろ、地下五階で店を営む商人の『商売根性』の凄さを余計に感じる。

 まぁ、アホみたいに値段は高いけど。

 宿代も、恐ろしい値段だけど。

 利用しないと死んでしまうので足元を見られてるっていうのはある。しかし、そもそも地下五階まで物資を運んでいるという事実は無視できないコストだ。

 商人の中には無理をしてダンジョンで命を落とした者もいるんだろうなぁ、と思うと。その値段の高さにも納得するしかない。


「いってらっしゃーい」


 にこやかに送り出してくれるマイに手を振って、俺たちは冒険者の宿を出た。

 ふと後ろを見ると、マイは丁寧に頭を下げて見送ってくれている。

 どこかの神さまに祈ってくれているのかもしれない。

 それに気付かないフリをして、俺はダンジョンへと向かった。

 黄金城入口。

 大勢のパーティがいる中で、やはりジロジロと見られる視線を受ける。

 その数も減ってきたような気がする。

 そろそろ『見慣れたパーティ』の一員になれたのだろうか。


「先も言ったとおり、場合によっては地下五階を目指す。だが、基本的には昨日までと同じ。地下四階にて階段を見つけるのを優先。その後、地図を埋めよう。各々、油断しないように」


 セツナの言葉にしっかりとうなづき、俺たちはお互いの装備を点検する。最終チェックは他人の目。これが一番だ。


「よし、問題なし」

「師匠もオッケーです」


 盗賊組、完了。

 セツナとシュユもチェックを終え、ルビーとナユタが軽口を叩き合っていた。


「鱗の一枚を忘れていませんか? ちょっと脱いで確認してみましょう」

「てめぇ、ぶっ飛ばすぞ吸血鬼」

「おっと『逆鱗』に触れてしまったようですわね」

「上手いこと言ってんじゃねーよ」

「昨日の夜に考えていました」

「悪くない言葉遊びだ」

「はい、ナユタんの装備に問題ありませんわ」

「ナユタん言うなって。ほれ、ルビ男も問題ねーよ」

「ルビお!?」


 仲が悪いのか仲良しなのか、微妙だな~。

 面倒見の良いナユタだから許されてるのかもしれない。これでルビーの見た目が大人だったら容赦なく殴られていたのではないか?

 なんて思ってしまう。


「おっ――」


 ジロジロと視線を受ける中で、貴族ナライア・ルールシェフト女史に雇われた少女パーティのみんなが混じっていることに気付いた。


「おはようございます」


 リーダーのリリアが近寄ってきて挨拶した。装備がちょっと良くなっているところを見るに、冒険は順調のようだ。

 できればこのまま黄金城を去り、普通の冒険者になって欲しいところ。


「調子はどうだ?」


 ナユタの言葉にリリアは勝気な表情を浮かべ、大丈夫です、と答えた。

 ふむ。

 それは――


「一番危ない頃合いだな」


 ナユタの言うとおりだ。


「大丈夫、なんて思っている時が一番危ない。少し不安な程度が一番安全だ。忘れんな」


 少し厳しいナユタの口調。

 ぐい、とリリアに顔を近づけて警告した。

 元より迫力ある美人系の顔立ちにハーフ・ドラゴンという稀有な種族ゆえか、結構な威圧感がある。


「うっ……は、はい!」


 リリアは気圧されながらも――それでもハッキリとうなづいてみせた。

 なるほど、パーティリーダーらしい。


「エリカちゃんも頑張ってね」

「は、はい。パルちゃんも気を付けて。あ、あの先生も……気を付けてください」

「おう。肝に銘じておく」


 俺は少女パーティの盗賊職エリカの言葉にうなづく。

 彼女の言葉は何も特別ではない。

 ましてや、当たり前のものでもない。

 ナユタの言った、大丈夫と思った頃合いが一番危ない、というのは。

 それこそ俺たちにも当てはまるのだから。


「ではわたしはそんな師匠さんの銘じられた肝を食べておきましょうか」

「こういうヤツが真っ先に死ぬからな。覚えとけよ」


 俺はルビーの頭の頂点を人差し指でトントントントンと高速で叩いた。

 そもそも肝を食べるって表現なんかするな。

 普通に怖い!


「はい!」

「遠慮なくうなづきましたわね、この小娘。なんですか、盗賊って性格の悪い女しかいないんですの?」

「「……」」


 パルもエリカも黙った。


「否定しなさいな!」


 吸血鬼は否定されたかったらしい。

 にへへ、とパルとエリカは顔を見合わせて笑っている。あら、仲良し。というよりも、盗賊に性格が悪いというのは、むしろ誉め言葉なのかもしれない。


「気を付けてね~」

「はい。パルちゃんも」


 という感じでそれぞれパーティに戻って黄金城へと入る。

 あとは地図に従って四階まで進むのみ。

 モンスターと遭遇しつつ、俺たちは的確に進んで行き――三階の回転部屋を間違えないように対処しつつ――無事に地下四階へと辿り着いた。

 ふぅ、と全員で一息。


「少し冷えるな」


 地下四階までもぐると、さすがに外からの熱は完全に届かなくなのか。それともそういう『仕掛け』なのか。空気がもう一段階冷えたような気がする。

 息は白くならない程度ではあるが、肌に感じる寒さが強まった。


「大丈夫ですかナユタん。鱗が冷たくなると動けなくなるとかありません?」

「あたいはトカゲじゃねぇ。龍族だ。龍が寒くて動けなくなるのを見たことあんのか、吸血鬼?」

「ありませんわね。ですが、知り合いのドレイクは寒いのを嫌っていましたよ」


 知り合いのドレイク……愚劣のストルティーチァか。

 龍に変身できるんだったか、人間に変身しているのだったか。何にしても、あのイケメンも寒いのは苦手らしい。


「軟弱者って言っておいてくれ。あたいは違う」

「分かりました。今度会った時に伝えておきますわね」


 へいへい、とナユタは肩をすくめる。

 まかさそれが魔王四天王のひとりとは思うまい。好色らしいので、ストルティーチァは喜んでナユタのことを口説きそうで、なんか怖い。

 いや、ナユタの反応が怖いという意味で。

 ドラゴン同士、話が合ったりしたらどうしよう……


「描けました」


 パルとシュユが地図を描けたところで、先のフロアへと進む。最初の扉の先に気配は無し。それでも油断せずに扉を開けると……そこはいくつも柱がある部屋だった。

 広めの部屋で明かりは奥まで届かない。

 等間隔に柱が並んでおり、死角だらけの見通しが最悪の部屋だ。


「警戒!」


 セツナが声を出す。

 反射的に投げナイフを取り出し、身構えた。

 柱の陰から現れたのは――


「ドラゴンフライ!」


 ドラゴンのことを考えていたからか、それとも偶然か。

 柱から羽音を立てて出てきたのは大型の昆虫とも言えるモンスター、ドラゴンフライだった。

 名前にこそドラゴンという文字が入っているが、本物のドラゴンとは似ても似つかない姿をしている。どちらかというと巨大なトンボ。

 ビッグトンボとかジャイアントトンボとか、そんな名前のほうが似合っているのだが……ドラゴンフライと名付けられてしまったのだから仕方がない。

 それらが次々に柱の陰から現れて、こちらへ向かって飛んできた。


「ひぎゃー! 気持ち悪い!」


 パルが悲鳴をあげるのも無理はない。

 デカい上にギチギチと顔を小刻みに動かしているのだから、俺だって気持ち悪いって思ってしまう。

 顔に止まられたりしたら最悪だ。


「来ないでぇ!」


 悲鳴をあげつつもパルの的確な投擲はドラゴンフライの羽に当たる。しかし、高速で羽ばたくその羽にダメージはあまりなく、牽制くらいにしかならなかった。

 だが、その牽制のおかげでドラゴンフライの動きが少し単調になる。


「ふっ!」


 その隙を狙って、セツナの仕込み杖が一閃された。鞘鳴りの音が後から聞こえてくるほどの速さ。

 羽が切断され、地面に落ちたドラゴンフライをルビーがアンブレランスで叩き潰す。


「ほーらよ!」


 同じく、俺とシュユの投擲したナイフとクナイによって動きが鈍ったドラゴンフライをナユタの槍が上から叩き、地面へと落とす。

 槍と地面に挟まれたドラゴンフライは一撃で倒せたようで、そのまま消失した。


「ふふん、余裕そうですわね。ではわたしも」


 颯爽とルビーは部屋の中央へと進む。まだ潜んでいるかもしれないドラゴンフライを誘い出してくれるらしいが……少々突っ込み過ぎだ。


「下がれ、ルビー」

「おっと……そうですわね」


 ルビーの顔に取りつこうとしたドラゴンフライを叩き落し、ルビーは引いてくる。良い感じにオトリになってくれたので、柱の陰に隠れていた残りの羽虫が出てきてくれた。


「よろしい。殲滅の時間ですわ」


 残り五匹。

 なかなかの数だが――同じ戦法で難なく倒すことができた。

 パーティ構成が偏っているだけに、まだまだ余裕がありそうだが――そう思った時こそ危ない。ダンジョンに入る前に肝に銘じたのを思い出しておく。


「あたし、てっきりルビーが『やられ芸』でも披露してくれるのかと思ったのに」

「なんですのよ『やられ芸』って。わたしは大道芸人ではありませんわ」

「違ったんでござるか?」

「シュユっちまで!? ええい、剥がしますわよ股間のそれ!」

「だ、ダメでござる!」


 わぁわぁきゃぁきゃぁとハシャぐ娘たち。

 おいおい。

 油断するな、って言ってたんだけどなぁ~。

 まぁ、ほどよく力が抜けていいのかもしれない……たぶん……いや、どうなんだ?


「どう思うセツナ殿」

「イイ」

「……そのイイは問題なしという意味なのか、それともキャッキャウフフと戯れる美少女たちのことか、どっちだ」

「後者――いや、なんでもない」


 ダメだこいつ。

 早くなんとかしないと。


「おらぁ、おまえら! あんまり調子に乗ってるとあたいが後ろから刺しちまうぞ!」

「「「は、はいぃ!」」」


 ナユタがびっしりと締めてくれた。

 ありがたい。

 まぁ、問題は――魔王直属の四天王・知恵のサピエンチェまでもがナユタの言葉に『気をつけ』をしてお説教されているところだ。

 いやぁ、魔王サマ。

 よくこんな娘を四天王にしましたね?

 大丈夫でした?

 まぁ、実質の支配者はアンドロさんなのかもしれない。

 頑張って、アンドロさん。

 今度、なにか美味しい物を差し入れします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る