~卑劣! 不思議なダンジョンの入口~

 パルのマグによる加重効果を解除してもらって、俺は屋根の下で待ちかまえる。


「いいぞ」

「はーい」


 今度こそ、とこちらに向かって走ってくるパル。

 屋根に向かってジャンプする足場になるため、俺は両手を重ねた。


「とう!」

「ほいっ、と!」


 パルを上に向かって跳ね上げるようにして手をあげる。

 加重状態でなければこの程度、問題なし。

 見上げれば、無事に屋根にまで手が届いたらしく、バタバタと足を揺らしながら屋根へとよじ登る太ももとお尻が見えた。

 うむ。

 絶景だな。


「ルビーも行けるか」

「では、補助をお願いします」


 ひとりでも充分に飛び乗れるくせに……とは思うものの、こんな往来で不自然に飛び上がる美少女なんぞ、恐ろしく目立ってしまう。

 ただでさえ仮面を付けて屋根に登ろうとしている奇妙な集団なので。容姿以上に目立つことは、現時点ではあんまりしたくない。

 冒険者の中には、ディスペクトゥスの噂をすでに耳にしている者もいるとは思うが。

 まずは『良い意味』で目立つことが重要だ。

 まぁ、屋根に登る程度のおかしな連中は、黄金城にそこそこいるので。目立つことは目立っているが、攻撃対象となるような目立ち方ではないので大丈夫。

 たぶん。


「いきますわーん」


 わーんってなんだよ、わーん、って。

 なんて思いつつもパルと同じようにルビーの足場となって、屋根に向かって跳ね上げた。


「よし、頼む」

「はーい」


 パルに魔力糸を顕現してもらい、俺はそれを掴んだ。手に巻き付けて、二歩だけ下がる。


「ふっ」


 短い呼気を吐き、初速を最大限に加速させて俺は壁に向かって走り、壁を一歩だけ駆け上がる。


「ふぎっ!」


 パルがマグを利用して、自分の体重を増やし俺を支えてくれた。その間に手早く魔力糸を引くようにして体を持ち上げ、屋根へと手をかけた。


「ふへ~」

「ありがとう、パル。よくできました」


 トン、と屋根の上に登った俺はパルの頭を撫でる。えへへ~、と嬉しそうにパルは目を細めた。

 それにしても――


「まったく手伝ってくれないのな、ルビー」


 俺とパルは吸血鬼をヤブ睨みした。


「師弟の間に入るのは野暮というものですわ」

「ベッドの中に入ってくるくせに?」


 パルがツッコミを入れる。

 そのベッドとは、俺のベッドなのかパルのベッドなのか。

 それによって物凄い違いが発生してしまうのだが、俺は黙っておいた。


「ご要望とあらばいつでも」

「「呼んでない」」


 弟子と声がそろってしまった。


「あら、仲良しですわね。うふふ、そんな人間種同士の仲良しを見るのも悪くありませんわ。さぁ、続けて続けて」

「何を続けるんだよ、何を」


 はぁ~、と息を吐きつつ――俺は屋根の上から見える景色を確認した。

 日出ずる区の建物は、倭国と似ていることもあるが、ほとんど一階建てが多い。

 いま、屋根の上に乗っている家も一階建てだが、他の建物よりも背が高かった。

 これが意図的に高い建物として作られたのかどうかは、微妙なところだ。年代を特定するにはドワーフの見識眼が必要となる。

 そこまで古いものではないが、これが地上の迷宮と関係するか、と問われれば判断はできない。


「ふむ」


 屋根の上から黄金城の位置を確認する。その方角を頭の中に入れつつ、屋根の上を調べてみた。

 カワラと呼ばれる陶器で作られた物が並べられた屋根。黒く鱗のように重ねて並べられたそれらには経年劣化が見られ、場所によっては酷く傷んでいる。

 しかし、これといって怪しい感じではなかった。


「ルビー、魔力は感じるか?」

「いいえ。ひとつも感じませんわね」


 パルに視線を送ったが――首を横に振った。

 俺も魔力を探ってみるが……何も感じるところはない。

 何者かが魔法をしかけていた可能性はあるにしても、今の段階ではそれが無いようだ。

 パル達が迷い込んだ時点ではどうだったのか。

 気になるところだな。


「迷い込んだ路地っていうのは、この方向に真っ直ぐだったのか?」


 俺は手で方向を示した。

 大通りに対して垂直に交わる形だが……今はそこに建物が並んでいる。むしろ路地を作る隙間なんてひとつもなく、建物同士の間があるかどうかも怪しいほどだ。

 とてもじゃないが路地があったと見間違うわけがない。

 しかし――


「はい、この方向でした」

「えぇ、間違いなく」


 ふたりの美少女はハッキリとうなづく。


「ふ~む」


 そうなると――勘違いではない、と断言できるか。

 しかし、入口と思われる路地が無いので、どうしようもない……


「どうしたものか」


 俺は屋根の上を真っ直ぐに進み、建物のはしっこまで来た。見下ろせば隣の家との間に地面が見える。が、そこは子どもひとりがなんとか入れる程度の隙間。

 そんなところに迷宮の入口があるとは思えない。

 むしろ、大人では侵入不可となってしまう。


「残していた眷属は、分かるのか?」


 ルビーに聞いてみると、彼女は俺の隣に並んで指をさした。


「あのあたりにいる感覚があります」


 三軒ほど隣の家の中をルビーは示した。


「行ってみるか」


 はい、と返事をするパル。頼もしい限りだ。

 俺たちは屋根の上を伝ってルビーが示した家の屋根へと移動した。

 ジロジロと見られてしまうが、すぐに興味をなくす冒険者たち。この程度の奇行に走る者は、黄金城では普通にいる。珍しくもないので、逆にスルーしてもらえるのだろう。

 好都合といえば好都合だが……地下ダンジョンの攻略が進むとそうも言っていられなくなる。

 悪目立ちではなく、良い意味で目立ち始めると――こうして屋根の上を伝っていることに意味を見い出されてしまう可能性だってある。

 今しかできない調査というわけだ。


「このあたりですわね」


 ルビーが足を止めたのは、何も無い屋根の上。この真下にいる、ということなんだろうが……やはり魔力的なものは何も感じなかった。

 この建物も普通の家っぽいので、まさか入るわけにもいくまい。他人の家に勝手に入るなど、勇者であっても許されるはずがなかった。


「眷属は動かせるか?」

「えぇ、可能です。どうしましょうか?」

「あっちに動かせるか?」


 俺は家の前にある道を示した。狭い路地だと聞いていたので無理かもしれないが、一応は可能性を探りたい。

 分かりました、とルビーはうなづく。

 が、しかし――


「……無理ですわね。移動できている感覚がありませんわ。壁があるのかも?」

「そうか。左右への移動は無理……そうだとすると、奥へ進んでもらうしかないか」


 このまま屋根の上を伝っていくと、いずれ向こう側の通りに面するはず。

 ルビーに眷属を奥へ向かって進ませてもらって、それと同時に俺たちは屋根の上を移動していった。

 上手くいけば、向こう側の通りで合流できるはず。そこで眷属が見えるかどうか、感じ取れるかどうかを試したかったのだが……


「あら?」


 途中でルビーが足を止めた。


「どうした?」

「どんどん眷属と離れていってます。いま、眷属はあのあたりにいるのですが……進んでいるはずなのに、進んでおりません」


 ルビーが示したのは俺たちの後方。

 歩くスピードが遅いのではなく、そもそも進めていないという状態なのかもしれない。


「一応こっちに向かわせてくれ。俺たちは先に進んでみる」

「分かりました」 


 屋根の上を伝って進んで行くと、やがて通りに面した家へと辿り着く。そこから飛び降りて家の壁を調べるが……やはり、普通の壁であって迷宮の入口や、魔力的な仕掛けなどは見つからなかった。


「眷属はどのあたりだ?」

「だいぶ向こうです。壁などにはぶつかった感覚はありませんが、保障はできません。一応は、前へ前へと進んでいるはずなんですが……」


 どうやらこっちの世界では進めていないらしい。

 いや――


「迷宮だからか?」

「なるほど。その可能性は大きいですわね」


 真っ直ぐ進んでゴールできる迷路など、迷路とは言わない。

 同じく、迷宮やダンジョンと呼ばれるものを真っ直ぐ進むだけでクリアなどできるわけもなく。見えている目標に辿りつけないからこそ、迷宮は迷宮となる。

 ましてや魔力的な作用が及んでいると予想できる空間だ。

 同じ距離を歩いたつもりでも、そこに齟齬が発生するのは、むしろ当たり前と言えた。


「こりゃ『こちら側』からアプローチするのは無理かもしれなんな。入口を探すほうが早い」

「でも、どうやって探すんですか師匠?」

「それが問題だよな」


 とりあえず元の建物の位置まで戻る。

 もう一度念入りに壁を調べてみるが……やはり入口などは見つからなかった。


「入る条件などがあるのでしょうか。例えば、時間とか?」

「その可能性はあるが、そうなると出られる時間も限定されるはずだ」


 とある時間だけ入ることができるのなら、それはそのまま同じ時間の間だけ出ることを許されるはず。

 そうなっていないのであれば、考えにくい。


「入れた時と同じ行動をやってみるっていうのはどうですか?」


 パルの提案に俺はうなづく。


「そうだな。それをやってみよう」

「どこから再現するのです?」

「念には念を。黄金城から再現してくれ」


 どの行動がトリガーとなるか分からないので、念のためにスタート地点からやってみるのが一番だ。

 なんなら一度ダンジョンに入ってから出るのが良いかもしれないが……まぁ、そこまでの条件が必要だとすると、むしろ『地上迷宮はやめておいたほうが良い』となる。

 放置されている理由がそれの可能性もあるからな。

 なんにしても『魔法の鍵』というアイテムさえあれば迷宮を解除できるという話だ。わざわざ地上迷宮に入る必要はない。

 もっとも――

 情報収集のためにエルフ少女と話がしたい、という目的と手段と結果が意味不明な状況になってしまうのだが。


「よし、できるだけ思い出してくれパル」

「がんばりますっ」


 瞬間記憶のギフトがあったとしても、そこそこ厳しい条件だ。パルは目を閉じながらも、通った道を思い出しながら歩いて行く。

 その後ろを俺とルビーは付いていった。


「そろそろ日ずる区画ですわね」


 周囲の建物が変化し始めた。

 さて、このあたりから更に注意しないといけないな。


「ウドン屋さんを探していました。屋台じゃなくて、お店のウドンを食べようってなって……店を渡っていった感じ?」


 その時は運悪くどこの店も満員だった。

 なので、ズルズルと日ずる区画の奥へと向かっていくことになったらしい。

 そして――


「ここから……あそこにあった路地に入ったんですけど……う~ん?」


 大通りに面したひとつの家。

 その壁は、さっき何度も調べた場所だった。

 つまり、地上迷宮への入口は開いていない。


「ダメか」


 完全に再現されたわけではないが、一応は同じ道を通ってきたはず。


「理由はなんだ? 何が条件となる?」


 腕を組んで考えるが……そもそも答えなんて出るはずもない。


「大きな違いは師匠さんでしょうか?」

「ん?」


 どういうことだ?


「わたしとパルとシュユで来たら入口がありました。ですが、今はシュユの代わりに師匠さんです。キーとなるのは、師匠さんの存在か、もしくはシュユか」

「ニンジャの何かが必要だ、と?」


 確か忍術を使用するには『仙骨』と呼ばれる生まれつきの骨が必要らしい。

 それがないと、どんなに修行したところで忍術は会得できないそうだ。


「ニンジャパワーが鍵ってことか」

「もしくは、師匠さんが邪魔」


 なにそれひどい。


「子ども専用の迷宮があってもいいと思いません? 十二歳以上は進入禁止。中にいたエルフも子どもでしたし」

「いや、おまえは子どもじゃないだろ」

「……ハッ!」


 ハじゃねーよ、ハッ、じゃ。

 というか、子どものつもりだったのかよ、このロリババァ。だったらえっちなことしないでくださいますぅ?


「やっぱりアホのサピエンチェだ」

「分かりました。迷宮にはアホしか入れないんですわ、きっと。師匠さんは賢い御人ですから、進入禁止なんですの」

「あたしまでアホって言われてるんですけど!?」

「パルだけではありません。シュユもアホです」

「堂々とシュユちゃんまでアホって言った!?」


 またいつもの仲良しケンカが始まった。


「はぁ~。まぁなんにしても条件が分からんままでは入れそうにないな。シュユはセツナ殿に禁止されたし、しばらくはノータッチになるかもしれん」


 俺は肩をすくめる。

 記憶や認識を歪める危険な迷宮ではあるので、できれば入ってしまう条件などを調べておきたかったが……

 むしろ、ここまでやって入れないとなると気にしなくて良いレベルなのかもしれない。

 偶然に偶然を重ねないといけないのであれば、それはむしろ存在しないのと変わらない。

 だからこそ、誰も気づいていないんだろうけど。

 いや。

 気付いていても、認識が歪んでいるのかもしれない。

 俺たちも、本当は迷宮に入ったのだが――その事実を認識できなくなった可能性は無いだろうか……


「ふむ」


 やはり、少しは気にしておいたほうがいいか。


「よし、なんか美味いものでも食べて帰ろう」

「あたしお肉!」

「わたしは甘味を。アンコというものが食べてみたいです」

「では、お店を探してこーい」

「はーい」

「了解ですわ」


 さて、どうしたものか。

 それを考えつつ、楽しそうにお店を探すパルとルビーを追いかけるのだった。

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