~卑劣! 重い女と尻軽女~

 黄金城地下ダンジョンの三階を探索し、地上まで戻る。

 それだけ聞くと、あまり時間はかかっていなさそうだが――


「夕方か」


 外に出ると、すでに日は傾いていた。

 普通の街なら、この時間帯から活気づく色街や飲み屋。しかし、黄金城では関係ない。どんな時間帯であっても、いつだってほとんどの店は開いていて、ある程度は人がいて、飲食店の営業はある。

 まぁ、屋台なんかは仕入れや仕込みがあったり暗がりでの見えづらさもあるので、真夜中の営業は少ないけど。

 しかし、逆に真夜中だけやってる屋台というのもある。そこに客がいるのなら、逃すわけがないのが商人のサガというもの。

 商売のチャンスはどこにでも転がっているわけで。

 スキマを狙った商売は、いつだって商人が目を光らせている。


「さて、どうする?」


 セツナの言葉には色んなニュアンスが含まれていた。

 食事にするか、換金するか、はたまた別の行動か。

 というわけで俺は第三の選択肢を提案した。


「昨日パルたちが迷い込んだという地上のダンジョンを調査したいのだが……いいだろうか?」

「ふむ……」


 実のところ、地上ダンジョンは別に攻略しなくても良い。そこを調べる意義も、エルフの少女が助けを求めていようとも、俺たちに彼女を救い出す義務も義理もない。

 なにより、まだ確実に地上ダンジョンが存在すると確定したわけでもないわけで。パルやルビー、シュユがそろって幻覚を見ていた可能性だってある。

 あえて穿った視線で考えれば――

 小さな女の子三人組など簡単に騙せてしまう、と考えるヤカラが多いのがこの黄金城城下街であり。

 なんらかの魔法かアイテムを使用して三人に幻覚を見せた可能性は否定できない。

 むしろ、そんな実力がある冒険者が山ほどいるのが黄金城だ。

 もっとも――

 警戒しているルビーが同じ幻覚を見ていたので、その可能性は恐ろしく低いけど。

 それでも、全ての選択肢を否定するには材料が足りない。ルビーだって完全に無敵というわけではなく、なんなら光の精霊女王ラビアンの聖骸布を装備させるだけで燃え上がってしまう弱点はある。

 もしも『光属性の幻術』なんていうものが存在したとするのなら、ルビーの能力を抜ける可能性は充分にある、と考えられる。

 なので、懐疑的な視点は必要だとは思うが……


「どうするつもりだ?」

「もしも、エルフ少女が存在するのなら。情報収集ができる」

「ほう?」


 俺の言葉にセツナが続きを促す。


「仮に――全てが真実だと仮定した場合、エルフ少女は黄金城の関係者だと推測できる。詳細は不明だが『魔法の鍵』という存在を知っているのなら、宝物庫に関する情報や迷宮に関する情報を得られるかもしれない。そのあたり、調べておいて損は無いだろう?」


 未だ宝物庫が地下何階にあるのか誰も知らない。

 目指すべきゴールが10階なのか20階なのか、それとも50階なのかで準備すること、やるべきこと、考え方、それらがまるで違ってくる。

 それだけでも聞き出せれば、ダンジョンの攻略に多いに役立つはずだ。


「確かにそうだな……だが、シュユは置いていってくれ」

「ご主人さま!?」


 どうやらセツナは協力的ではないらしい。

 自分も調査する気まんまんだったシュユは驚いて声をあげた。


「私の目的はあくまで宝物庫にある七星護剣を手に入れること。それに関する情報なら欲しいところですが、どうにもキナ臭い気がしましてね。なにより危険そうだ」


 柔和な商人の笑顔を浮かべながらセツナは言う。

 その表情とは裏腹に、答えは完全にノーだ。

 確かに、と俺はうなづいた。


「記憶関連か」

「えぇ」


 パルたちの話を聞く限り、どうにも記憶に関する何らかの効果が発生している。いや、記憶というよりも『認識』と言ったほうが良いか。

 一階だと思っていた建物が二階だった。

 これだけ聞くと、あたかも建物が一瞬にして二階建てに変わったようにも思えるが――初めから二階建てだった可能性だってある。

 全ての建物を一階建てだと思い込まされていた。そういう認識阻害を受けていたかもしれない。

 その影響を受けている最たる者がエルフ少女だろうか。

 迷宮に囚われて脱出できない、と彼女は言った。パルが手を繋ぎ、魔力糸でグルグル巻きにしても、彼女の脱出は叶わなかった。

 認識とは、そのまま存在へと繋がる。

 人は他人を認識しているからこそ相互に存在でき、世界は人を認識しているからこそ、人は世界に存在できる。

 何者も観測していない場所が存在できるのも、そのためだ。

 むしろ『無』という概念を知ったからこそ、無は存在できているようなもの。

 認識=存在というわけだ。

 だからこそ神さまは『信仰』によって力を得るわけで。だからこそ神官は神さまからの声で奇跡を使えるわけで。

 認識の影響力は大きい。

 だからこそ、その認識に影響を与える迷宮へと近づかせないのは当たり前の話だ。

 しかしこちらには――


「ルビーがいる」

「わたしですか?」


 あぁ、と俺はうなづいてルビーの肩をポンポンと叩く。


「こう見えて、こいつは吸血鬼なんだ」

「うむ。存じている」


 だからなんだ、という視線を向けられた。

 ナユタも同じような視線を向けてくるので、俺は救いを求めるようにシュユちゃんを見た。

 かわいい。

 でも、その視線はセツナによってさえぎられてしまう。

 ちくしょう。


「吸血鬼の伝承は義の倭の国にはないのか?」

「あるでござるよ」


 セツナの後ろからひょっこりと顔を出してシュユが答えた。


「夜な夜なコウモリに姿を変えて、飛んでくるでござる。で、血を吸うのでござるよ」

「それだけ?」


 それだけでござる、とシュユは首を傾げた。

 確認するようにセツナとナユタの顔を見上げるが、ふたりとも補足はないようで、同じように首を傾げる。


「伝承が違うんですのね。海を隔てている分、仕方がありませんか」


 ルビーはそういうとパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、まるで弾かれたようにパルが『気をつけ』をする。まるで硬直した人形のように、直立不動となった。

 視線がどこにも焦点があっておらず、『操り人形』そのもの。

 ともすれば、恐ろしく不気味な状態とも言える。

 現に、シュユは明らかに動揺した表情を浮かべた。


「吸血鬼の伝承として有名な『眷属化』です。血を吸われた者は吸血鬼の手下になってしまう。この伝承が変化して血を吸われた者は同じく吸血鬼になってしまう、というものがありますが。そちらは間違いですわね」


 ルビーは指先でパルのほっぺたを突いた。

 普段のパルならば、嫌そうにするが……眷属化状態では反抗できない。


「パルヴァス、右手をあげなさい」

「はい」


 更に命令は絶対。

 というわけで、パルは素直に右手をあげる。


「そのままの状態で『師匠なんて大嫌い。もう、しょうがないんだからぁ~』と言いなさい」

「師匠なんて大嫌い! もう~、しょうがないんだからぁ~……うふふ、嘘です。大好きですよ師匠ぉ」


 なぜかクネクネと体を揺らしながらパルが言った。

 いや、精神支配を突破しないでもらえますパルヴァスさま!?

 説明がややこしくなるので!


「と、このように精神支配できている状態だ。多少の記憶や認識の上書きを阻止できる可能性がある」


 俺はそう説明したが――


「いや、危険だろう。ルビー殿自身も一階が二階に見えていたと言っていたので、その眷属化とやらは過信できまい」


 ほらぁ~。

 パルが余計な精神的強さを見せちゃうからぁ~。


「空気読みなさいよ、パルパル」

「はい、ルビーさま」


 もう遅いです。


「……ふむ。それでも、調べに行くというのなら止めはしないが……できれば気を付けてもらいたい。エラント殿たちは貴重な戦力だからな」

「分かってる。これでも逃げ続けて生きてきたんだ。今さら逃げるのに失敗して死ぬのはごめんだ」


 まぁ、そもそも――


「今まで見つかっていない迷宮だ。行ったところで入れるとは限らないし」

「確かに。そういう意味では、逆に条件を見つけておいたほうが安全か」


 しばらくこの黄金城で滞在することになるので、街の危険は把握しておいたほうがいい。

 不意に地上迷宮に入ってしまって、出られなくなったとあってはシャレにならない。


「じゃぁ、行ってくる」

「あぁ」

「気を付けるでござる~」

「は~い」

「……」

「ナユタんも何か言ってくださいな。順番だとわたしに一言あるはずですわ」

「いや、なんにもねぇなぁ。あとナユタん言うな」

「ひどいですわ!」


 そんなノンキな会話をしつつ、俺たちは日ずる区画へと向かった。

 まずはパルとルビーに案内してもらって、その見えなくなったという路地へと向かう。

 特に何の問題もなく、あっさりとその場所まで辿り着いた。


「ここか?」


 案内されたのは単なる壁。

 家の壁であり、それ以上先は無かった。


「ここで間違いないか?」

「はい。確かにここでした。だよね、ルビー」

「えぇ。ここに真っ直ぐの路地がありました」


 ふたりとも間違いない、とうなづく。


「ルビー。残していった眷属はまだいるのか?」

「はい。ちょうどこの先にいますわね」

「眷属に命令は?」

「届きます。ただし、歩けど歩けど同じ場所から動きません。これは果たして歩いているのか、それとも歩いていると錯覚しているのか。そこの判断はできませんわ」

「視線が共有できたりは?」


 いいえ、とルビーは首を横に振る。


「つながりませんわね」

「そうか」


 ふ~む。

 とりあえず登ってみるか。


「パル、屋根まで飛ばす。行けるか?」

「はいっ」


 パルは素早く下がると助走をつけて俺へ向かってきた。


「あっ、待て待て!」

「ふへ!?」


 そのままパルのジャンプを補助しようと思ったのだが、俺は直前でストップをかけた。

 馬車は急に止まれないように、パルだって急に止まれない。

 というわけで――


「むぎゅぅ」


 思いっきり抱き付かれたような状況になってしまった。

 ありがとう……!


「師匠さん、いくらなんでもそれは無しでしょう。素直に言ってくださればいくらでも抱き付きますのに。わたしでしたら時間を問わずオッケーですわ。昼でも夜でも、布団の中でも!」

「違うちがう……パル、マグを解除したか?」

「あっ……忘れてました……」


 もうすっかり加重状態が当たり前になっているパル。

 そんな状態でもパルはジャンプできるんだろうが、下で支えることになる俺の腕が死ぬ。肩がもげる。魔王城でのトラウマが俺もパルも蘇ってしまうので、是非ともそれは回避したい。

 なので、加重状態は解除して欲しい。


「えへへ。重い女になるところでした」

「尻軽女もどうかと思いますけど?」

「あたし、おしりはちっちゃいもん。師匠はおっぱいとおしり、小さいほうがいいよね?」

「胸は重要だが、おしりは分からん」

「あれ~?」


 おしりの価値を豪語する者もいるが。

 正直、俺には分からない。

 う~ん。

 やっぱり女の子は前が重要なのではないだろうか。

 うん。

 そう思う。

 おしりのちっちゃな女の子、という言葉の響きは悪くないけどな!

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