~卑劣! 黄金城地下ダンジョン3階~ 4

 回転床のフロアで無作為(杖)で選んだ扉。

 扉の先もまた丸い部屋であり、別紙に新しく地図を描き記すパルとシュユを待って次の部屋へと進むことにした。

 いつものように聞き耳を立て――


「む」


 どうやら扉の先には何かがいる。

 何者かの動く気配を感じた。

 俺は指の動きだけで扉のすぐ近くに何かがいることを伝えると、セツナは理解うなづいた。

 モタモタしていては相手が扉から離れてしまう可能性がある。

 ここはスピード勝負だ。

 俺は指を三本立て、次いで二本にした。

 カウントダウンの合図。

 それが伝わったのか、人差し指だけを立てた状態になった時、全員の戦闘準備は整う。

 ――ゼロ。

 俺が拳を握り込むと同時にセツナが扉を蹴り開けた。

 その勢いを殺さないように、間髪入れずルビーが先頭となって突撃する。


「えーい」


 不意打ち成功!

 扉付近にいたモンスターをルビーが叩き潰す。まるで柔らかい物のように、それだけで本当に潰れてしまった。

 部屋の中にいたのは――ゾンビだ!


「ああああああ……」


 もともと反応が鈍く動きが緩慢なモンスター。そんなやつらに不意打ちとあらば、こちらが俄然有利となる。

 次いで部屋の中に入ったナユタが槍を振るって一方的に攻撃を仕掛けた。

 俺も部屋に入ると同時に投げナイフを投擲する。ゾンビは動きが遅いのだが、それなりに集団で行動する。むしろ、物量で押しつぶしてくる系だ。

 その特性はダンジョンの中でも同じなのか、確認できる6体ほどがこちらへ腐った顔を向けた。


「うひぃ、きもちわるい!」


 パルはそう言いつつも正確にナイフを投擲している。

 感情と行動が結びついていない。

 素晴らしい。

 あとで褒めてあげないと。


「クナイを投げたくないでござるなぁ」


 シュユもゾンビに向かって投擲している。女の子的にはゾンビの見た目は生理的に厳しそうではある。

 ゾンビ汁とか、ちゃんと消失するので大丈夫なのだが……あとで武器のお手入れタイムを設けるのもいいかも。

 最後に扉を蹴り開けたセツナが合流すると、ゾンビの数は3体まで減っていた。不意打ちサマサマだ。マトモに戦っていたら、こう上手くはいかないだろう。

 これならば余裕で対処できる。

 毎回、こうありたいものだが……いかんせん、相手を確認しないで踏み込むことになるので注意も必要ではある。

 意気揚々と突撃したら、相手がドラゴンだった。

 なんてパターンもあるかもしれない。無いとは言い切れないのが、この黄金城ダンジョンなわけで。階層が深くなればなるほど、モンスターの強さがアップしていくという話。

 前人未踏の階層には、いったいどんなモンスターが待っているのか。

 まだ誰もしないのだから。


「ああああああ」


 ゾンビのうめき声。それを聞きながらもセツナは仕込み杖を一閃させる。意外とタフであるゾンビの首がごろんと落ちる様は、少し恐ろしい。

 一応はゴースト種であるのだが、やはり首を落とされて生きていられる存在は少なく、ゾンビはそのまま倒れて消えていく。

 ナユタの槍での一撃もゾンビの体に穴を穿ち、絶命させた。


「よいしょ」


 もっとも気合いの入っていないルビーの攻撃を最後に、ゾンビは全滅した。


「ふぅ~、やりましたわ。死体が残らないのが幸いですわね」

「もともと死体だけどな」

「おっと、そうでしたわね。おほほほほほ」


 何が楽しいのやら。

 ルビーはご機嫌に笑う。

 とりあえず戦闘は無事に終了したので、部屋の中を見渡した。


「四角い部屋だな。ここは正解ルートなのか?」


 丸い部屋ばかりが連続していたので、四角い部屋にくると何だか落ち着いてしまう。

 そんな部屋のそれぞれの壁には扉があった。

 四枚のドアのある部屋だ。


「俺の記憶では――こっちの左側の扉だった……かな?」

「曖昧だな」

「かなり前の記憶だからなぁ。すまん」

「いや。拙者も昔一度だけ訪れた街を案内しろ、と言われても思い出せる自信はない。仕方がないことだ」

「そう言ってくれると助かる」


 ひとまずゾンビの落とした金を拾いつつ、パルとシュユが地図を描き終わるのを待つ。

 四角の部屋なので、描きやすく、それはすぐに終わった。


「では、まずエラント殿の記憶チェックといこうか」

「イヤな言い方をするなぁ」

「カカカ。冗談だよ」


 冗談か。

 まぁ、仲良くしてくれる証でもあるので、ちょっと嬉しい。冗談を言い合える仲というのは、それだけ信頼されているということだ。

 賢者や神官に冗談を言っても無視されるか鼻で笑われて終わりだろう。逆に、あのふたりが冗談を言っている姿も思い浮かばないくらいだし。

 扉のチェックと、気配探知。

 向こう側に動く者の気配が無かったので、俺は扉を開いた。


「ふむ。どうやら俺の記憶は正確なようだ」


 扉の先はまたしても丸い部屋。そんな部屋の中には柱が円形に並んでおり、螺旋階段のように地下へと降りていく階段があった。


「おぉ~、ゴールだ」


 まぁ、地下三階のゴールではあるのでパルの言葉は間違いではない。


「拙者の杖も、たまには良い仕事をする」


 セツナは仕込み杖の頭をナデナデした。

 ちょっぴりうらやましそうにシュユがそれを見ているが、その隣でナユタは肩をすくめている。

 どちらかというと、仕事をしてしまった杖に対する感情のようだ。

 つまり、余計なことを……みたいな思い。

 これからも道に迷った時は、仕込み杖クンの出番がやってくるに違いない。

 その結果まで責任を取ってくれないのが、仕込み杖クンのダメなところなんだろう。


「さて、問題は帰りですわね。どうします?」


 ルビーの言うとおり、回転床で現在地を見失っている状態だ。

 言ってしまえば、迷子状態。

 いざとなったら転移の腕輪で帰ることはできるのだが、それでは地図が未完成のまま。

 明日、再び回転床で困ることになるので、ここはきっちり調査を終えておきたい。


「何か対策はできるのか、エラント殿」

「いくつか方法はある」


 とりあえず、一番マヌケな方法を提示した。


「回転床の部屋に入ったら、扉にしがみ付く。床が回転しようが、壁に張り付いていれば関係ない」

「採用ですわね。それでいきましょう」


 却下、とルビー以外の全員が口をそろえた。


「次いでマヌケな方法その2。見ておく」

「見る?」


 パルが首を傾げた。


「入ってきた扉を回転している間、じ~っと見ておく。目がまわるし、バランスを崩してしまうので、かなりの練度が必要だ」


 理論的には可能。

 ただし、意外と難しかったりする。

 何も無い状態で、どんなに高速でまわることができても、景色の変わらない狭く丸い部屋でやってみると、意外と目がまわってしまう。

 もっとも――そこまで回転床の速度は速くないので、訓練次第ではできるものと思われた。


「しかし、確実性がない。ミスを起こさない方法が一番だ。ということで、扉に印を付けるのが一般的な攻略法だな」

「印はどうやって付けるんですか?」

「入ってきた扉にバツマークでも描けばいい」


 俺はパルが持っている黒鉛の筆を指差した。


「あ、そっか」

「もしくは投げナイフを刺しておいても良い。傷を付けてもいい。分かるものなら、なんでもいいんだ」


 なるほど~、とパルは納得する。


「印の痕跡というのは、やはり消えるんだろうか」


 セツナの疑問に俺はうなづいた。


「消えてるな。そうでなければ、今ごろ扉は印だらけになっていて逆に難易度が上がっている」


 真っ黒になって、傷だらけになってしまった扉に印を付けるのは難しいだろう。

 むしろ消えてくれたほうがありがたい。


「とりあえず、四角い部屋の残りの扉を調べておくか」

「了解でござる」


 残りの扉を開けて、その先にあったフロアを調べて地図に記しておく。もちろん、その際にモンスターと遭遇して、戦闘となったが――無事に倒せたので問題なし。

 ベアとは早々に出会わないものらしい。

 運が悪かったのかも?


「描けました」

「シュユもできたでござる」


 四角い部屋の先は全て丸い部屋で、扉もなく行き止まり。全てのフロアを地図に記せたので、俺たちは回転床の部屋まで戻ってきた。


「扉を開けて、ナイフを刺しておくぞ」


 全員で中に入ると、俺は入ってきた扉を閉めず、ナイフを刺す。木製の扉ではあるので、問題なくナイフが刺さった。

 念のためにナイフの尻をコツコツと殴りつけてから、扉を閉める。

 すると――


「廻り始めましたわね」


 床が回転する。

 分かっていても、奇妙な感覚と体が弾き飛ばされるような重力魔法を喰らったかのような変な感覚は慣れそうにもない。

 しばらく我慢すると床の回転は止まった。

 扉の位置を確認する。

 投げナイフの刺さっている扉が、いま入ってきた扉だ。それ意外の三つの扉の中から帰り路の扉を当てなくてはならない。


「さて、どれが正解か」


 セツナが再び杖を立てた。

 倒れた先は―左。

 俺たちは左の扉を見る。

 もちろん、見た目にはどれも同じなので、それが正解かどうかは開けてみないことには判断できない。

 俺は扉に刺した投げナイフを回収し、左の扉を開ける。


「残念。ハズレだ」


 その先のフロアは丸い部屋。ただし、奥へと続く扉がひとつもなく行き止まりとなっていた。

 あまり広い部屋ではないのでランタンの明かりだけで全体が見渡せる。

 フロアの中には宝箱もなく、モンスターの姿もない。

 がっくりと肩を落とすセツナっちに、まぁまぁ、と声をかけつつ。

 俺は再びその扉にナイフを刺した。

 扉を閉めると再び回転する床。再び、当てずっぽうの時間となった。


「えっと。いまナイフが刺さってるのが行き止まりの部屋で、その部屋から見たら右側の部屋が正解ルートだから、残りは真正面か左ってことだよね」

「そうでござる。パルちゃんはどっちに賭けるでござる?」

「ん~、じゃぁ正面に師匠のハグを賭ける」

「じゃぁわたしは左側に師匠さんのキスを賭けます」


 勝手に俺を賭け事の商品にしないでくれ。

 というかそれ、ハズレたらどうなるの?

 シュユちゃんにすることになるの?

 セツナ殿にぶっ殺されるんですけど?


「じゃぁ、シュユはご主人さまと添い寝を正面の扉に賭けるでござる」


 セツナも微妙な表情を浮かべて、俺をチラチラと見ている。

 気持ちは分かる。

 いや、どっちかっていうとシュユっちと添い寝をしているところを想像したのかもしれない。

 気持ちは分かる!

 いいよね!


「わたしだけが左ですか。でしたら、ナユタっちも左ですわよね。左に賭けますわよね。一蓮托生、いっしょに賭けてくださいな」

「あたいを巻き込むな。賭けるもんがねーよ」

「そう言わず。しっぽを撫でる権利でもいいので」

「誰になんの得があるんだ、その賭けは」


 なんていいつつ、付き合ってくれるナユタっち。

 好き。

 勇者パーティにナユタのような女の子がいてくれたら、俺の運命も変わってたんだろうなぁ~、なんて思った。


「じゃぁ、どっち開ける?」

「そちらに譲りますわ。真正面を開けましょう。師匠さんのキスはわたしの物ですので。ついでにナユタんのしっぽも触り放題。夢が広がりますわね」

「べ~、だ。師匠に抱っこしてもらいつつ、キスしてもらうもんね。ついでにナユタさんのしっぽも触りまくるから」


 あたいのしっぽをなんだと思ってんだ、というナユタの抗議が届いているのかいないのか。

 パルは正面の扉を開ける。

 その先は――


「丸い部屋だ。正面に扉……これって正解?」


 どうだろう?

 と、全員で首を傾げた。

 一応、地図を描きつつ、その先を進んで行くと――床が濡れてるフロアに到着する。

 つまり、ウォーター・エレメントが残した痕跡だ。

 乾きつつあるが、まだギリギリで残っていたらしい。

 運が良い。

 つまり、正面が正解だった。


「やった! シュユちゃんもセツナさんと添い寝できるよ!」

「やったでござる! ご主人さま、よろしくお願いします!」

「……え、マジで?」

「マジでござる!」


 ちょっぴり追い詰められるセツナ殿だった。


「あらら、外れてしまいましたわね。ごめんなさいね、ナユタん。あなたのしっぽは、もうあなたの物ではなくなってしまいましたわ」

「そんな重い賭けだったのかよ!?」


 果たしてナユタが自分のしっぽの権利を取り戻せる日は来るのだろうか?

 ギャンブルは怖い。

 そう思った第三階層の攻略だった。

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