~卑劣! 黄金城地下ダンジョン3階~ 3

 水浸しフロアを後にして元の部屋へ戻る。

 今度は進むほうの扉を開けると、その先もやはり丸い部屋がだった。


「ふむ……」


 三階層の探索速度はあまりよくない。その上、先ほどの影響で足元は濡れてしまっている。

 足が濡れたまま、というのは冒険者にとっては良くあることなのだが……だからといって気にしないもの、というわけではない。

 多少の影響が出てしまうこともある。

 なにより、地下ということもあって気温は低いわけで。

 女の子にとって冷えはよろしくない。

 ということで、ここで一旦休憩を取ることにした。


「ご主人さま、どうぞ」

「ありがとう須臾」


 不可視の忍法を解除して、シュユは背負っていた荷物入れから布を取り出してセツナに渡した。同じようにナユタにも渡している。


「エラント殿もどうぞでござる」

「俺にもいいのか?」

「もちろんでござるよ」


 ありがとう、と俺は布を受け取った。

 まぁ、それなりに良いブーツを装備しているので、そこまで染み込んでるわけじゃないが……使わないというのも失礼か。

 ありがたく使わせてもらった。。


「パルちゃんもどうぞでござる」

「あたしのブーツ、ぜんぜん濡れてないから大丈夫だよ」

「そうなんでござるか?」

「んふふ~。師匠が特別なのを作って、プレゼントしてくれたの。成長するブーツちゃん」

「おぉ、成長する武器の亜種でござるか。忍具にもあるでござるよ、それ」

「どんなのどんなの~?」


 金髪ポニーテールと黒髪単発美少女が仲良く会話している。

 この状況だけで気力は全回復した。

 明日の朝くらいまでは問題なく活動できるだろう。


「分かる」


 何も言っていないのにセツナ殿がうなづく。

 分かってもらえて嬉しい。

 俺たちはいつものように硬い握手をした。


「あのふたり、無駄に仲がいいと思いません?」

「……あたいに聞くのかよ、それ」


 こそこそとルビーが会話をしている。

 いちばんびしょびしょに濡れているルビーはブーツを脱いで、足の指を広げたりしている。

 なんかちょっと、イイ……!


「もしや、師匠さんはロリコンではなく男色の気が……」

「それだとウチの旦那もそっちになっちまうのでやめてくれ」

「あら、ナユっちはセツナと恋仲になりたいのですか? でしたら応援します。がんばりましょう!」

「ナユっち言うな。あたいじゃなくて須臾が可哀想だろ」

「あ、はい。ナユタん優しいですわね……」

「ナユタん言うな」


 ルビーとナユタも仲が良さそうでなによりだ。。

 いや、まぁ、一方的にルビーが盛り上がってる気がしないでもないが。というか、あらぬ疑いをかけられたような気分だ。

 俺が好きなのは少女である。

 美少年は、範囲外だ。

 たぶん!


「ついでに軽く食べておくか?」

「そうだな」


 セツナの申し出にうなづき、買っておいた携帯食を食べることにした。

 乾燥させて薄くスライスした干し肉。いわゆるジャーキーだ。かなり濃い目の味付けがしてあるので、満足度は高い。

 喉が乾いてしまうので、水分の残量には注意しないといけないが。


「あたし、このガジガジして噛むの好き」

「シュユは柔らかい食べ物が好きでござる。ふわふわの綿あめを食べた時は感動したでござるな~。めっちゃ甘かった」

「美味しいの、それ?」

「美味しいでござる。いっしょに食べるでござるよ」

「うんうん!」


 かわいい。

 ウチの弟子とニンジャ娘がひたすらかわいい。

 なんかもうこの娘たちに、ひたすら美味しい物を食べさせてあげたい。でろっでろに甘やかして、好き放題に生きてて欲しい。

 そう思った。

 そして、それを見届けて、死にたい。

 そう思った。


「よし、そろそろ出発しよう」


 セツナの言葉に全員で返事をして、ダンジョン三階層の攻略を再開する。

 現在地をパルとシュユの地図で確かめて、次のフロアへと進む。


「ん……?」

「どうしました、師匠?」


 何か記憶に引っかかるものがあった。

 え~っと――


「そういえば……確かこのあたりにもうひとつ罠があった気がした」

「どんな罠ですか?」

「なんだったか……罠というよりもギミックに近かったような――」


 そこまで大した物では無かったのを覚えている。

 だからこそ、記憶が曖昧というか、あまり覚えていない。

 しかし、何かあったような気がするので、気を付けたほうがいいのは確か。


「曖昧ですまん」

「ふむ。なんにしても用心したほうが良さそうだな」


 警戒しながらも進んで行くと――。

 少し広めの丸い部屋に正面と左右にひとつずつ扉があるフロアに到着した。

 入ってきた側とを合わせて合計4つ。

 それぞれの正面になるように扉が設置されてる。

 特別な特徴は無いフロアだったが、全員で中央まで移動してきたところで――

 パタン、と後ろで扉が閉まった。


「え?」


 シュユが疑問の声をあげた瞬間――体が強引に横へと投げ出されるような感覚に襲われる。まるで石臼をひくような音が聞こえ、重力魔法を受けたような気分になった。


「なんですなんです!?」

「敵か!?」


 ルビーとナユタが慌てる中、俺はその感覚を味わってようやく思い出した。


「罠だ」

「罠なんですか!?」


 立っていられないような奇妙な感覚と、めまいのようにフロアの中が揺れてみえる。

 転ばないようにしゃがんで床に手を付いた。

 しばらくすると音が止み、横に引っ張られるような感覚も収まる。

 ふぅ、と息を吐いて立ち上がった。

 とりあえず全員無事。

 転んでブザマに頭を打つ者はいなくて一安心だ。


「回転床か」


 立ち上がったセツナは、きょろきょろとフロアの中を見渡し、顔をしかめながらつぶやいた。

 そう、そのとおり。


「今、床が回転した。どの扉から入ってきて、今どの方角を向いているのか。進むべき道が分からなくなる罠だ」


 もちろん、知っていたら簡単に対処できる罠だ。

 入ってきた扉になんでもいいので印を付けておけばいい。それだけで、どんなに高速で回転しようが無意味にできる罠。

 二度は通用しない。

 だが、初見には恐ろしく効果を発揮してしまう。

 この罠のためだけに三階層は丸い部屋だけにしたんだろう。そう思わせる程度には迷宮を作り出した存在は意地が悪い。


「こ、こういう場合はどうすればいいんですか?」

「ふむ。一番いいのは――」


 俺はルビーを見る。


「却下ですわ、師匠さん。わたしの能力を使ってのズルはしません。ここは精一杯、罠に落ちたことを楽しむ場面です」


 だよなぁ~、と俺は肩をすくめた。


「パル。おまえ記憶力が良かったよな」

「え、た、たぶん……」

「さぁ、入ってきた扉はどれだ?」

「えぇ~!?」


 パルは四つある扉を慌てて見渡す。

 残念ながら俺には全て同じ扉に見えた。そりゃ細かい傷などはあるだろうが、そこまで特徴的な傷はなく、並べて見比べたとしても、その違いは分からない。

 もっとも。

 そんな細かい傷をじっくり観察したわけでもないので、パルにだって分からないだろうけど。


「ギ、ギブアップです」


 一通り扉をチェックしたパルは部屋の中央に戻ってきて両手をあげた。


「残念」

「うぅ~、ごめんなさい師匠ぉ~」

「いやいや、問題ないぞこの程度。ほら、とりあえず地図を描いとけ」

「は~い」


 パルの頭を撫でておいて、さてどうするか、とセツナの顔を見た。


「同時に四つの扉を開いてみる、というのはダメなのか?」

「扉を閉じた瞬間、また床が回転する仕組みだったはず。取り残されてバラバラになる危険性があるぞ」

「正解ルートはどんな感じだったんだい?」


 ナユタの言葉に俺は目を閉じて記憶を辿る。

 確か――


「階段の手前に四角いフロアがあったはず。そこに繋がっていて、え~っと、確かそこにも四つの扉があった。それは覚えてる。この回転床のフロアから……左、だったか?」


 おぼろげな記憶を何とか呼び覚ます。

 すくなくとも、回転床のフロアは直進ではなかった……はず。

 う~む。記憶が曖昧だ。

 正面の扉でなかったことは覚えているが、それが左か右だったか……地図を管理していたのが賢者と神官だったので、余計に覚えていない。

 見せて、と言える間柄じゃなかったからなぁ~……

 いま思うと、もうちょっと親しくしても良かったんじゃないか? いや、でも向こうも俺のことを嫌ってたし……仕方がない仕方がない……

 ダンジョンの中でもあいつら勇者にべったりだったし。

 ……よく考えたら、なんであいつら前衛の勇者にべったり隣をキープしてんだ?

 というか、罠探索役として俺が前に出されてたような記憶が蘇ってきたぞ……?

 いや、まぁ、正解だけどさ。

 隣に並んでくれた戦士のありがたさが今ごろになって身に染みるなぁ~。


「よし――こんな時はコレだな」


 セツナは杖を部屋の中央にカツンと突き立てるようにして、上部分に手を沿えた。


「ま、まかさ!?」

「それって、あの伝説の!?」

「な、生で見れるんですのね!? アレが!」


 俺とパルとルビーは興奮する。

 でもシュユとナユタは、あちゃ~、みたいな顔をしていた。

 たぶん、何回もやってきたんですね。


「当たるも八卦、当たらぬも八卦。というやつだ」

「ご主人さまは一回も当ててないでござる」


 シュユちゃんのツッコミ。半眼でご主人さまをにらみつけてる。かわいい。


「ええい、うるさい」


 セツナはパっと杖から手を離した。

 さすが達人。

 まったく重心を移動させることなく手を離したものだから、少しだけ杖はバランスを保ったまま直立した。

 しかし、それもすぐにグラつく。

 そのままガランガランと倒れた杖の方向に近い扉を全員で見つめた。


「あっちだな」


 自信満々にうなづくセツナ。


「おぉ~」


 俺とパルとルビーはパチパチと手を叩いた。


「いやぁ、杖なんて持ってないし迷うこともないので見たことがなかったのだが。ホントにやるんだなぁ~、これ」

「困った時のなんとやら、だ。役に立つぞ」


 後ろでシュユとナユタがぶんぶんと手を首を横に振っている。

 役には立たないらしい。

 ……でしょうね。


「まぁ、なんにも指針がないしな。これで決めてしまって、誰も文句がない状態なのが一番かもしれない」


 責任のなすりつけ合いが始まるよりはよっぽどマシ。

 ……しかし、まぁ、本当のところはセツナの腕ひとつで杖の倒れる方角を決められることは分かっている。いくらバランスを取ったとしても、仕込み杖の重心が真っ直ぐ中心を貫いているとは限らないわけで。

 いつまでもグダグダと迷っている時間を省いてくれたのだろう。

 リーダーらしい振る舞いだ。

 というわけで、杖が示した扉の先の気配を読み、問題ないことを確認してから扉を開いた。


「む」


 その先にあったのは……丸い部屋。

 もちろん、回転床に入る前のフロアも丸かったので、同じようには見える。

 が、しかし――


「別の部屋なのは確定か」


 前のフロアは正面同士で扉があった。

 しかし、扉の先にある丸い部屋は扉が右側にある。

 別の部屋であることは確定だが――


「これ、どこに描けばいいんだろう?」

「む、難しいでござるね」


 地図製作をしているパルとシュユには難しい問題。回転床フロアのどの扉の先なのか、まだ確定できていないわけで。


「ひとまず保留だな。別紙に描いておくといい」


 あとで整合性を合わせて描き直すしかあるまい。


「とりあえず進んでみるか。四角いフロアがあれば正解だったな」

「俺の記憶が正しかったらの話だけどな」

「拙者の杖の正しさも証明できるやもしれぬ」


 どこか冗談めいてセツナが言う。

 カカカ、と笑う彼の後ろでナユタが肩をすくめるのだった。

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