~卑劣! 黄金城地下ダンジョン3階~ 2

 地下ダンジョン三階はフロアが丸い。

 普通に踏破するには何の問題もないのだが、地図を製作する者にとってはそれなりに厄介。

 大体の人間は、それなりに真っ直ぐに線は引けても、綺麗な円を描くのはかなり苦労をする。

 それこそ芸術家たるララ・スペークラは言っていた。


「円ひとつ、まともに描けない……あぁ、美しい少女のこの曲線を正確に描くことができたならば……」


 と。

 つまり、超一流で世界に名を馳せる変態――じゃなくて、画家でさえも円を描くのは難しいのだ。

 まぁ、本業は彫刻家なんだけど。

 そもそも絵のほうが有名っていうのも、どうかと思うけども。

 というわけで、パルとルビーは地図製作に非常に難儀していた。


「ズレる……ズレる~ぅ~」

「あぁ、紙がくしゃくしゃになってきたでござる……うぅ~……」


 そんなふたりに、まぁまぁ、と俺は声をかける。

 イビツな線になったとしても、迷わない程度の正確さがあれば良い。


「なんなら、丸を四角と仮定してもいいしな」

「そんな裏技が!?」


 俺の言葉にパルが驚きの声をあげる。

 しかし……


「まぁ、おススメはしない。あとでどんな齟齬が起きるか分からんしな。正確であれば正確なほど地図は優秀だ」

「うは~い……シュユちゃん、どう?」

「あとで描き直したいでござる。めっちゃ描き直したいでござる」


 描いては消して、描いては消してを繰り返すシュユ。

 眉間にシワが寄ってしまっているのをセツナは慈悲の表情で見守っていた。


「ご主人さまが嬉しそうでござる……なんで?」

「いや。須臾の困った顔が珍しくて、つい……」


 さすがセツナ殿。

 レベルが高い。

 しかし分かる。理解できる。

 ときどきパルを困らせて、ちょっぴり困ってる顔を愛でたいのは、凄く分かる!


「むぅ。パルちゃん、後でいっしょに清書しよ?」

「うん。綺麗に描きたいよね~」


 人に見られる物、というこだわりがふたりにはあるのかもしれない。

 進むスピードは遅くなったが、それでも確実に三階層を進んで行く。扉を開けてはモンスターを倒し、宝箱を発見し、探索をして次へと進んで行く。

 今のところ新しく出たモンスターはベアだけで、きっちり対応できていた。


「む……」


 次のフロアへと扉を開けると、セツナが少し警戒するような声をあげた。


「どうした?」

「水だ」


 扉の先はやはり丸い部屋になっているのだが……その半分ほどが水たまりのように濡れていた。

 先へ進むための扉はふたつ。

 ひとつは左側にあり、水には濡れていない場所。

 もうひとつは奥にあって、そちらの扉は水たまりになっている。


「地下水でも漏れだしたのか?」


 警戒しつつもナユタが床の水に触れてみた。

 親指と人差し指の間でこするようにしてみて、においを嗅いでみるが――


「普通の水っぽいな」


 特に変わったところはないらしい。

 まだ毒の可能性やら罠の可能性は捨てきれないが、触れた瞬間に何か起こるわけでもなさそうだ。

 というか、危ないのでいきなり触るのはやめてほしい。


「気を付けてね、ナユタさん」

「すまん」


 ちょっぴり落ち込み気味のナユタっちがパルに謝ってる。

 素直で可愛らしいのが彼女の魅力だな。


「好き」

「……なにか言ったか、エラント」

「パルに謝ってるところが好き」

「あ、はい」


 ナユタっちがちょっと引いた。

 なんでさ!?


「師匠さんは何か覚えていませんの? 以前にこんなところがあったとか」

「覚えてない……というか、前にはこんなところ無かった気がする」

「じゃぁ、やっぱり地下水が漏れてきたとか?」


 パルの言葉に全員で首を傾げる。

 迷宮には、なんらかの魔力的作用が働いているのは確かだ。自動で罠が増えたり、再設置されるのはもちろん、扉は勝手にしまるし、ギミックは元に戻る。

 それに加えて、地上部分にも影響を与えると分かった今――この水が地下水が漏れだした物と考えるのは、ちょっと噛み合わない気がする。


「なんらかの罠、と考えるのが普通か」


 セツナが右手の親指で顎を支えるようにしながらつぶやいた。


「水の罠、というよりも水のモンスターがいるのではないでしょうか? ほら、ウォーターゴーレムみたいな」


 純を司る神アルマイネの遺跡で遭遇したゴーレム。

 魔物でもないしモンスターでもないのだが、確かにあのゴーレムがいるのなら、この水浸しも納得できる。


「なるほど、そう考えると中にいるのは――」

「はいはいはい!」


 なぜかパルが手をあげて発言を主張する。

 かわいい。


「はい、パルヴァスくん」


 無視するとかわいそうなので、ちゃんと指名してあげた。


「ウォーター・エレメントです!」

「正解」


 ウォーター・エレメント。

 属性の塊のようなモンスターであり、どっちかというとゴースト種に近い。というのも実体を持っていない魔力だけが浮いているような状態で、魔法で攻撃をしてくる。

 そんなに強いわけではないが、遠距離攻撃がメインなのでパーティ構成と状況によってはピンチになってしまう。

 なにせ、相手は宙に浮いて永遠に距離を取ってくるので。

 ずっと遠距離から魔法攻撃をされ続ける状況では、どんなに強く屈強な戦士であろうとも勝てないわけで。逃げるしかない状況においやられてしまう。


「どうするか」


 扉はふたつある。

 推定ウォーター・エレメントがいるであろう水びたしの扉と、それとは関係のない扉。


「二手に別れましょう。わたしと師匠さんが水のほうへ進みますので、皆さまは左へお進みくださいな。あぁ、びしょ濡れになってしまいますわね。まずはお互いに服を脱がせ合いましょうか」

「却下」


 ルビーの頭にチョップを叩き落す。

 甘んじてそれを受け入れるルビーは放っておいて、俺は意見を述べた。


「とりあえず確認だけしてみないか? 本当にウォーター・エレメントがいるのかどうか。数はいくつで、部屋の大きさと状況はどうなのか。それらを確認して一旦逃げてくる。そういう手もあるぞ」

「ふむ。逃げる前程の作戦か」


 セツナは納得したようにうなづいた。


「それでいってみよう。準備を」


 俺たちはうなづき、武器の準備をする。

 逃げる前程ではあるが、それでも武器をかまえずに突入するなど愚の骨頂。どんな状況かも分からない状態なのだ。最大限に準備するべきである。


「よし、いくぞ」


 足元の水が抵抗となるが……まぁ、足首あたりまでの水たまり程度なら問題あるまい。

 セツナのカウントダウンに合わせて――俺は扉を蹴り開けた。

 前衛組のルビーを先頭にセツナ、ナユタの順番に入り、次いで俺も部屋の中に入る。パルとシュユが後に続いて入ると同時に俺は声をあげた。


「想定通り! 数2!」


 ウォーター・エレメントが二体、丸い部屋の奥でチカチカとその核らしき物を青色の魔力で瞬かせた。

 まるで水属性のトゲトゲのウニみたいな存在がウォーター・エレメントだ。実体があるように見えるが、魔力が凝固したような物なので、実際に掴もうとするとぐにゃりと空間に滲んでしまう。

 触れるが、触れていない。

 そんな奇妙な存在。

 ガスクラウドに似ている部分もあるが、レベルとしてはこちらのほうが上。熱風ではなく、水の攻撃魔法が飛んでくるので、その危険度がそのままレベルに反映された感じだろうか。

 その数は2。

 思ったより少ない。

 しかし、すでにウォーター・エレメントは攻撃体勢になっていて、魔法が今にも飛んできそうな雰囲気。

 どうやら足元の水を通して、隣のフロアにいたウォーター・エレメントにバレていたのかもしれない。

 不意打ち状態だ。


「あら、この程度でしたら――」

「退避!」


 ルビーがなんか言っていたが、俺は叫ぶようにして退却する。


「あら?」


 なんかルビーが言ってた気がするが、元のフロアまで戻るとセツナがバタンと扉を閉めた。


「ちょっとぉ!? わたしを置いていかないで――ふぎゃあああああ!」


 隣の部屋からなんかルビーの悲鳴が聞こえたが……俺たちはそれを『見守る』ならぬ『聞守る』しかなかった――って、いやいやいやいや!


「あいつ何やってんの?」


 ナユタのごもっともなツッコミである。


「退却っつっただろうが、アホ吸血鬼!」


 慌てて扉をあけると、そこにはぜぇぜぇと息を吐くルビーがいた。

 不思議なことに足元の水は全てなくなっており……いや、足元の水が全て天井付近に移動していた。

 まるで重力が逆転したみたいになっており、ウォーター・エレメントも天井に押し付けられているように、ガクガクと揺れていた。


「危なかった。危なかったですわ。わたしでなければ致命傷を負うところだったでしょう」


 ふひ~、とルビーは汗をぬぐうジェスチャーをする。

 いや、実際には水魔法をモロにくらったらしく、全身ずぶ濡れで、顔とかちょっと赤くなってるし、なんならアンブレランスが部屋のすみっこに吹っ飛ばされてるんですけど?


「どうなってんだ、こりゃ? これも吸血鬼の能力なのか?」


 天井に浮かんでる水を見てナユタが聞く。

 部屋の中で自分たち意外が逆さまになってしまったような状況だ。


「魔導書『マニピュレータ・アクアム』です。よいしょ……これですわ」


 影からズズズと分厚い一冊の本を取り出すルビー。

 水を自在に操れる魔法が記述された魔導書なので、『水』であるウォーター・エレメントも容赦なく操れた、というわけだ。

 もっとも。

 水の攻撃魔法を思いっきり喰らった後みたいだけど。


「おぉ~、すごい! 奥の手でござるかルビーちゃん」

「いえいえ、わたしの奥の手はこんなものではないですわよシュユっち。見たいですか?」

「見たいでござる!」

「では、今夜お布団の中で疲労して……いえ、披露することにしましょう」

「やっぱ遠慮するでござる」

「なんでですの!?」


 誰だって遠慮する。

 俺だって遠慮する。


「ええい、くっ付いてくるなでござる。濡れて気持ち悪いでござるよぉ! ご、ご主人さま助けて~!」

「いや、拙者に言われても……」


 セツナが逃げて、それをシュユが追いかけ、更にそれをルビーが追いかける。


「おおい、遊んでもいいけどこいつはどうすんだよ」


 ナユタが止めに入ってくれて良かった。

 俺はこの『ほのぼの空間』を永遠に見ていたくなっていたので。

 だって勇者パーティにいた頃には、こんなの絶対見られなかったし。賢者と神官が仲良く追いかけっこ? どう考えても罠だろそれ。

 きっと見ただけで呪いにかけられるんだ。

 そうに違いない。

 しかし、あのふたりは今、多少は若くなっているからな……まぁ、それでもアウトだけど。18歳くらいだっけ? 充分にアウトだな。

 うん。

 パルやシュユにはかなわないし、ロリババァでもないのでルビーにも劣る。


「おっと。いつまでも天井に貼りつけられていては可哀想ですわね。倒してしまいましょう」


 天井に貼りついた状態のウォーター・エレメントだけを地面に叩き落すルビー。今度は地面に張り付いた状態になったので、ナユタがそれにトドメを刺した。

 しっかりと落とした金を回収して、戦闘終了だ。


「宝箱もなーい。ハズレの部屋だ」


 残念。

 最後にパルとシュユが、ぐぬぬ、と唸り声をあげながら地図を製作するのを待って部屋を出る。

 ようやく魔法解除できるとあって――


「はふぅ~」


 と、息を吐くルビーなのだった。

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