~卑劣! 黄金城地下ダンジョン3階~ 1

「おぉ~、なんか今までと全然違う……」


 黄金城の地下三階に降りた途端、パルは周囲を見渡しながらそう言った。

 地上階を含めて、ここまでの階層では四角い部屋が多かったのだが、地下三階に降りると待っているのはいきなりの丸い部屋。

 そこまで大きい部屋ではなく、むしろ六人もいたら手狭と感じる程度の空間だ。

 今までも丸い部屋はあったので、そこまで特別感はまだ無い。

 パルが今までと違う、と感じたのは壁や床に使用されている素材だろうか。地下一階や二階は、綺麗に磨かれた石やタイルなどが使われていた。だが、地下三階ではそれが武骨な石になっている。白い石ではあるがゴツゴツとした岩肌がそのまま。それらが敷き詰められるように並んでおり、より一層と地下の雰囲気が増したように思える。


「描けたでござる」

「あたしも~」


 地下三階のスタート地点である現在地を地図に記したふたり。

 丸い部屋に階段の位置を書き込んだ単純な地図は、まだ問題なく描けている。

 そう、『まだ』。

 記憶している限りでは、地下三階は少し厄介だったと覚えている。

 それこそしっかりとした空間把握が必要になってくるだろう。


「あのエルフのためにも、さっさとクリアしたいものですわね」


 ルビーが少し楽しそうに言った。

 それは昨日の話だ。

 パルとルビー、シュユからの報告で聞いた不思議な地上迷宮の話――


「地上の迷宮?」


 俺の言った言葉に、パルはうなづいた。


「日ずる区で見えない路地に迷い込みました。そこでエルフさんに出会って――」


 なにやら聞きなれない言葉。

 見えない路地?

 エルフ?

 俺とセツナは、より一層の詳しい説明を求めた。

 三人からの報告によると、どうやら地下迷宮の影響が日出ずる区の一部に影響を及ぼし、そこに地上の迷宮を作り出しているらしい。

 らしい、と曖昧な表現になったのは自らの意思で入ろうと思っても入れなかったこと。

 脱出した後、路地が消えてしまっており、侵入は不可となっていた。


「ルビーが残した眷属はまだ大丈夫なのか?」

「一応、存在はできています。ただし、視界がつながりませんわね。移動できているのですが、どこを歩いているのやら。まるで暗闇の中を手探りで歩かせているような気分です。吸血鬼の眷属が情けない」


 まぁ、夜に生きる存在として暗闇をおっかなびっくり歩いているので、どうにもカッコが付かないわけだが。


「そこにいたエルフは『魔法の鍵』で解除できると言ったんだな?」


 俺の質問に三人はうなづく。

 さて、ここでひとつの疑問だ。


「なぜそんなことを知っている? エルフは何者だ? なぜ宝物庫に『魔法の鍵』があることを把握しているんだ?」

「……さぁ?」


 まぁ、これに答えられるのなら苦労はない。

 そもそも疑問をぶつけたのではなく、浮かび上がってきた疑問が口から出たようなもの。

 エルフの正体を看破していなければ答えようのない質問だ。エルフ少女を信頼できるか信用してよいのか、判断も何も考えるまでもない話になってしまう。


「エルフの少女も気になるが、記憶というか認識の改竄も事実なのか?」

「はい、ご主人さま。屋根に登ったと思ったら二階建てになっていたでござる」


 セツナの質問にシュユが答えた。

 迷路をズルして攻略するのを阻止するようなもの。

 どちらかというと、幻術の類に近い気がする。

 それを当たり前と思ってしまうようになってしまうのは恐ろしい。加えて、すでに調べようとする気力を失っている雰囲気もエルフから感じ取ったようで。

 記憶や認識に影響を及ぼしているのは確実か。

 できれば実際に調べてみたいところだな。

 本当に二階建てになったのかどうか、を。


「パル。もしも『次』があったら、今度は入口付近に魔力糸を設置してから進め。それで迷わなくなる――という保障はできないが、やらないよりマシだ」

「あ、はい! 分かりました」

「合言葉は『糸持った?』だ」

「了解です!」


 もしかしたら二度と入れないかもしれないが。

 それでも予備知識は持っておいたほうが良い。

 なんなら、入口はひとつとは限らないわけで。

 この黄金城周辺全域が迷宮の影響下にあると言っても過言ではない。

 留意しておいたほうが良い案件だ。


「その話を信用するにせよ、白昼夢と切って捨てるにせよ、拙者たちのやるべきことはひとつのようだ」


 セツナの言葉に俺はうなづく。


「全ては宝物庫に辿り着かない限り、無意味」


 侵入方法が謎の地上の迷宮よりも。

 時間制限有りで探索し、模索するよりも。

 地下ダンジョン攻略のほうが、よっぽど楽に思えた。

 もっとも――

 未だ誰も踏破していないのだが。


「うげ、次も丸い部屋!?」


 地下三階からフロアをふたつ抜けた先でついにパルが悪態をついた。


「こ、これは難しいかもでござる」

「ぐぬぬ」


 書き記していた地図とにらめっこするパルとシュユ。

 四角い部屋と違って、丸い部屋はバランスが難しい。大きさも違ってくるし、位置関係も微妙になってくる。

 正確に記していかなければ部屋同士が重なってしまい、地図が破綻してしまう。正確な空間把握が求められ、より正確な地図を描かなければならないのが地下三階というわけだ。


「大丈夫かい、おチビたち」


 ナユタがふたりの地図を覗き込む。


「だ、だいじょうぶ……たぶん」

「ナユタ姐さまは前を警戒していてください」

「分かってるよ。頼もしい限りで結構だが、あせるな。じっくりやれ」


 ぐしゃぐしゃとふたりの頭を撫でたナユタ。ありがとう。ロリっ子に優しいあなたが好き。


「なんだよ、エラント」

「好き」

「お、おう……え?」

「すまん。言葉が足りなかった。パルに優しいところが好きだ」

「お、おう……ありがとう。ありがとう? んん?」


 しまった。

 仲間を混乱させてしまった。

 聞いていたルビーがクスクスと笑う。


「さぁ、先に進みますわよ。目指せお宝! 一攫千金ですわ~」


 すっかり目的が違ってきてるんですけど……まぁ、いっか。

 さてさて、次の扉を開けると――


「警戒!」


 次の部屋ももちろん丸い。

 だが、その中央に何か大きな物が鎮座していた。

 それはこちらに気付くと、のっしりと腰をあげるようにして四つ足で立ち上がった。


「クマだ!」


 セツナの言葉によって、より正確に姿を把握できた。

 文字通り、というか見た目通り、それはクマ。ただし、モンスターのクマ。正確には動物のクマと区別するために『ベア』と呼ばれている。

 クマとベアにそれほど違いはないが、一番わかりやすいのは人間だけを襲うかどうか、だ。

 動物クマは雑食であり、人間も襲うことはあるが、積極的ではない。場合によっては接触を避けてくれるので、こちらの存在さえ知らせれば近寄ってくることはなかった。

 対してベアは積極的に人間を襲ってくる。

 周囲に美味しい木の実や野菜、肉、魚などがあったとしても気にしないし、食べない。人間のみに襲う、分かりやすいほどにモンスターらしい存在だ。


「ボフッ」


 まるで野太い犬のような声をあげてベアは一直線にこちらへと走り込んできた。

 速い!

 俺たちは散会するように避ける中、唯一ルビーだけがその場に残ってベアの突進を受け止めた。


「どっこいせー!」


 女の子があげちゃいけない声をあげながら受け止めるルビー。

 ベアの顔面を掴むようにして突進を受け止めた。

 正直、惚れる!


「今だ!」

「はい!」


 俺の声に遅れることなくパルは投げナイフを投擲する。もちろん俺も投擲したのだが、ベアは皮膚に軽いナイフが刺さった程度ではひるまない。


「ブァ!」


 安物の盾なら、それだけでひしゃげてしまいそうな凶悪なベアの攻撃。そこに技術の欠片もない剛腕での大振り。

 それをアンブレランスで受け止めるルビーだが、簡単に弾き飛ばされてしまう。


「ふっ!」

「はぁ!」


 そんな大振りの隙を突いて、セツナの刀の一閃とナユタの槍がベアを斬り裂く。バシュ、と血が空中に広がりベアをひるませた。鈍い声をあげ、ベアが後退する。


「やぁ!」


 そこへシュユがクナイを投擲した。正確な一撃はベアの片目に命中し、視界を奪い取る。


「せーのっ!」


 ルビーがアンブレランスを振り上げながら戻ってきた。

 大きく走り込み、少しのジャンプで体を浮かすと――


「えーい!」


 遠慮の欠片もない大振り。

 大上段から床を叩き割るような勢いでベアの頭に振り下ろす。部屋の埃を全て舞いあげるような風が衝撃となって伝わり、ベアを床へと叩きつけた。

 油断なく警戒するが――ベアはそのまま消失した。

 ふぅ~……


「地下三階でこの強さですか。これはなかなか歯ごたえが出てきましたわね」


 コトン、と落ちた金を拾い上げるルビー。

 その大きさは彼女の親指の爪ほどの大きさだろうか。


「確かに結構な強さだな。地下五階まではひとりでも余裕かと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。エラント殿を誘っておいて正解だった」


 セツナの言葉に俺は苦笑しておく。

 まだ余裕がある。確かにベアは強いが、実力的には充分に倒せる相手だった。

 どちらかというと、ルビーが遊んでいるのが問題と思われる。手加減にムラがあるというか、力を安定させていないというか。

 戦う相手に合わせている気がするので、なんとも頼りにくい。

 もっとも――

 俺とパルだけでは、すでに無理な状況に近いんだけどね。

 投げナイフだけではちょっと厳しいかなぁ……弓矢でも用意しておくか? いや、でもあんまり使ったことないし、後ろからルビーに当てちゃったら喜びそうでイヤだからなぁ。


「ふ~む」


 パルからシャイン・ダガーを貸してもらうという手もあるが。

 セツナとナユタのいる前衛に加わるのは、本気で足手まとい過ぎる。むしろ後ろにいるほうが邪魔になってなくて役立てるくらいだ。

 ……結局、ここでも俺はあんまり活躍できないのかもしれないなぁ。


「おーいエラント、宝箱があったぞ」


 部屋の中を探索していたナユタが宝箱を発見したらしく、呼んできた。パルは地図を製作中だし、ここは俺の出番か。

 というか、ここでしか活躍できそうにないので頑張ろう。


「離れていてくれ」

「了解」

「中身はなんでしょう? 楽しみですわ~」


 ウキウキするルビーの期待を背負いつつ、宝箱に近づく。

 まずは周囲を確認。

 ――特に怪しい部分や違和感は無し。

 安全を確かめた上で宝箱に近づく。今回の箱は木製のようで、フタはしっかりと閉じていた。鍵穴などは見当たらないので、開こうと思えばいつでも開けるようだ。

 さてさて、とまずはコツンと叩いてみる。

 反応なし。

 ならば、とナイフを取り出し、フタの隙間に刃を入れた。そのままフタの周囲をなぞるようにして確認するが、手応えはなし。

 フタを開くことによって発動するタイプの罠ではないようだ。


「開けるぞ」


 そこまで確認できたので俺は木製のフタをゆっくりと開いた。

 予想通り罠はなく、無事に開くことができる。

 中に入っていたのは――またしても茶色の小瓶。


「うへ。また毒ですの?」


 後ろから覗き込んだルビーが顔をしかめながら言った。


「どっちかというとメインはこっちだな」


 小瓶の下には空間があり、そこには金が三つほど転がっていた。先ほどベアを倒して手に入れた大きさと同じくらいであり、そこそこの儲けだ。


「ふ~ん。このあたりから『美味しい』のでしょうか?」

「良いバランス、なのかもしれんな」


 モンスターを問題なく倒せて、収入が安定する。

 そんな三階なのかもしれない。

 もっとも――


「こ、これくらい?」

「シュユはこれくらいで描いたでござる。パルちゃんのと同じくらいでござるよ」

「よ、よし、大丈夫……と、思う」

「たぶん……だいじょうぶでござろう……」


 地図の難しさが充分にあるので。

 そこは注意しないといけないのかもしれない。

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