~可憐! エルフと魔法の鍵~
どこか違和感のある周囲の風景。
人がいない大通り。
黄金城の城下街なのは確かなんだけど、でもなんだか黄金城じゃないような……
そんな街中で――その女の子は歩いていた。
尖った耳に美しい顔立ち。
色素の薄い真っ白な肌は、学園都市にいるハイ・エルフの学園長を思い出させた。見えている肌はほんとに白くて、まるで血が通っていないようにも見える。
エルフって基本的には身長が高い。でも、歩いていたエルフは背が低い。そんなところも学園長に似ている。
もしかしてハイ・エルフなのかも、と思ったけど……もしも本当にハイ・エルフだったら、学園長が『唯一』と言われるわけがないので、『エルフの子ども』なのかも。
「すいませ~ん!」
あたしがそう呼びかけると、エルフさんは足を止めてくれた。
いや、止めたっていうよりはびっくりしたような雰囲気かな。突然声をかけられて驚いたみたいな感じがあった。
「あなた達、どこからきたの?」
いきなり出身地を聞かれた。
なになに?
日出ずる国の人間じゃないとダメってこと?
「え~っと、パーロナ国だけど……?」
「シュユは義の倭の国でござる」
「わたしはノーコメントで」
ルビーは意味深にくちびるに人差し指を当てている。
魔王領出身です、なんて言っても信じてもらえないだろうなぁ。そもそもルビーってば魔王領で生まれた確証とか無いみたいだし。
「そういう意味じゃなくて……いえ、いいわ」
なんか質問の意図と答えが違ったみたい。
「早く帰りなさい。ここにいると帰れなくなるから」
「え?」
どういうこと?
そう質問する前にルビーが口を開いた。
「やはりここは『普通』ではないようですわね。説明をしていただいても?」
「その時間も惜しい。ついてきて」
エルフさんはあたし達が歩いてきた方向に進む。
何がなんだか分からないけど、とにかくエルフさんに付いていくことにした。
誰もいない不思議な場所なのは確かだし、なにより帰れなくなっては困る。エルフさんに敵意のようなものは感じないので、素直に付いていくしかない。
なにより、奥に進むのではなく戻る方向に案内されているので。
エルフさんがウソをついていたとしても、ひとまず大丈夫な方角ではあるはず。
たぶん。
むぅ~……でも、こういう時って判断が難しい……
状況が不自然だし、エルフさんは説明してくれない。
怪しい?
何が怪しいのか、それすらも判断できなかった。
「急いで」
早足で歩くエルフさんに合わせて、あたしも早足で付いていく。
シュユちゃんは周囲を素早く見渡しているので、あたしも観察するようにもう一度見渡してみたけど……やっぱり奇妙に感じるだけで、ここがおかしい、みたいな明確なことは何も分からなかった。
エルフさんは敵なの?
味方なの?
やっぱり判断できない。判断する材料が少なすぎるし、判断をする時間を許してくれてない。
もしも。
もしも師匠がいたら――
師匠だったらどう判断するかな……って考えてみたけどダメだ。
だってエルフさん、可愛くて小さな女の子なので、師匠は無条件に信じちゃう。
あたしが、あたしがしっかりしないと!
「走らないということは……まだ余裕がありそうですわね。ほんの少しでいいから説明してくださらないかしら?」
あっ、確かに。
さすがルビー!
たまには良い着眼点を持ってる。
「――ここは『迷宮』よ。あなた達はそこに迷い込んだ」
チラリと振り返りながらエルフさんは言った。
「迷宮でござるか!?」
驚くシュユちゃんの言葉に、あたしはもう一度周囲を見渡した。
迷宮って言ったら壁に囲われてるイメージがある。薄暗くて、地下にあって、方角が分からなくなるような同じ景色ばかりが続くような感じ。
でもここは『日出ずる国』の街並みで、迷宮らしさはどこにもない。
路地が入り組んだみたいになっているだけで――あ、でも、これってそういう意味では確かに迷宮なのかも。
路地が迷宮の通路で、建物が壁になっている。
そう考えると、この場所は『迷宮』らしい気がした。
でもでも――
「屋根に登ったら見えるんじゃない?」
誰もが迷路で一度は考えるやつ。
壁を乗り越えてゴールに向かって一直線に進めばいい。
それと同じことができるはず。
「登れないのよ」
「ど、どういうこと?」
「歩きながらやってみるといいわ」
あたしとシュユちゃんはうなづき、建物に走り寄る。助走を付けてジャンプすると、なんとか屋根に手が届いた。日出ずる国の屋根は低いのでなんとかなかった。
シュユちゃんは余裕で届いてる。
やっぱりニンジャって凄い!
屋根のふちに手をかけると、勢い良く体を持ち上げた。
そのまま屋根の上で立ち上がって周囲を見渡そうとしたが――
「あれ?」
屋根の上にはもうひとつ屋根があった。
おかしい……おかしいおかしい!
あたしが登ったのは、確かに一階建ての屋根だった。三角形の屋根で、そんな特徴的な建物じゃなかったはず。
なのに!
いつの間にか二階建てになってる!?
「どうなってるの!?」
「わ、分からんでござる……」
「ルビー、どうなった!? 何が起こってた?」
あたしは下から見ていたルビーに聞いてみる。
「こちらからでも理解が及びませんでした。ふたりが屋根に登った瞬間、その建物が二階建てになりました。いえ、今では『初めから二階建て』だったような気がしています」
そう言われてあたしは二階の屋根を見上げる。
あ、あれ?
どうしてか『一階』だった頃の形が思い出せなくなってる……?
え、さっきは屋根の形がどうのって思ってたはずなのに?
あれ?
「どうなっているでござるか……」
シュユちゃんも同じことを思ったのか、疑問に眉根を寄せていた。
下では、厄介ですわね、と口元に手をやるルビー。
「シュユちゃん、降りてみよ」
「そうでござるな」
もしかしたら、二階建てだったのか一階建てに戻るのかも?
そう思って屋根から飛び降りて振り返ってみるけど……建物は二階建てのままだった。
でも、それが不思議と違和感がなく、ルビーが言うように初めから二階建てだったような気がしてくる。
むしろ一階建てのほうが違和感がある気がする。
え~!?
なにこれ、怖い!
「分かった? ここにいるのが危ない理由」
「つまり、何が本当なのか分からなくなる、ということでしょうか」
「そんな感じ。ここにいるのが当たり前みたいになって、やがて何もできなくなる。何もしないのが当たり前になって、死んでいく」
そうなる前に出て行って、とエルフさんが言った。
「あなたはどうして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ」
「え?」
「ここにいて、ここに迷い込んだ人間を助けるために生きてる。あなたはそれを『生きてる』と定義できるかしら?」
……定義。
定義って言われると、難しい……
「単なる『看板』と変わらないわけですわね。ただ動いておしゃべりができるだけの看板」
ルビーの言葉にエルフさんは苦笑した。
「いっしょに迷宮から脱出するでござるよ。シュユたちが出れるのであれば、いっしょに出れるはず」
「そうね。連れて行って欲しいぐらいよ」
エルフさんはそう言った。
「でもダメなの。外に出たと思ったら迷宮の中に戻ってる。私はもう、迷宮の一部になってしまっているわ」
そんなことないよ……と、無責任な言葉が出てしまいそうになって。
あたしは慌てて口をつぐんだ。
何にも知らないけど、なんだかそれでは申し訳がない。
そう思うけど、なんにもできない。
そんな気分だった。
「手を繋いでいたらダメなの?」
あたしは、それでも、とエルフさんに手を差し出してみる。
「やってみる価値はあるけれど。あまり期待はしないほうがいいわ」
この迷宮には長くいられない。詳しい話を聞くにも、詳しく状況を調べるのも時間がない。
そんな状況で出来ることは限られてくる。
だから、今思いついたことだけでもやってみよう。
あたしはエルフさんの手を握り、その上から魔力糸を巻き付けた。
ほどけないようにしっかりと巻き付ける。
「迷宮という限り、ゴールはあるのでしょうか?」
「あるのかもしれない。今のところ、あのお城には誰も辿り着けていないわ」
建物の隙間から僅かに見える黄金城。
エルフさんの視線につられて見上げた。
どこかさっきまで見ていた黄金城と違う気がしていたんだけど、分かった。
あたし達が見ていたものよりも『新しい』気がする。
古ぼけた印象じゃなくて、まだ閉鎖したばっかりといった感じがした。
「出口が見えてきたわ」
狭い路地から先に――大通りが見えてきた。そこには人々が行き交う姿が見えている。そちらとこちらの境界なんて見当たらない。
ほんと、ただの路地を一本入っただけなのに。
どうしてこんな場所に迷宮が……?
「何か欲しいものはありますでしょうか? 差し入れくらいはできそうですが」
「ふふ。見た目と雰囲気と違って優しいのね、あなた」
「助けてもらったお礼はしないといけませんもの。少年がお好み? それとも壮年のおじさまがお好みかしら?」
「訂正。見た目と雰囲気通り、あなたは邪悪な存在のようね」
「良く言われますわ。誉め言葉として」
いま、物凄い無駄な時間が流れた気がするけど、どうするの!?
情報収集の貴重な時間を浪費しちゃったよね!?
「では、お詫びに何でも言ってください。これでも割りと権力を持っているので、ある程度のお願い事は叶えてさしあげられます」
「もしそれが本当なら――」
路地から出る直前でエルフさんは足を止める。
そして、あたし達の顔を見た。
「魔法の鍵を探して」
魔法の鍵?
「それはどういうものでござる?」
「迷宮を解除できるアイテムよ。お城の宝物庫にあると聞いたことがあるわ」
もしかしてそれが――
「迷宮を作り出しているアーティファクト?」
「アーティファクト……? 聞きなれない言葉ね。どういう意味?」
エルフさんは首を傾げた。
古代遺産・アーティファクトは、誰でも知っている単語だ。孤児だったあたしだって知ってるし、別の国から来たシュユちゃんだって知っている。魔物種のルビーだって知っているような単語だから……それを知らないのはおかしい……
でも、エルフさんがふざけているようには見えなかった。
「古代遺産という意味合いで使われています。聞いたことありませんか?」
「ごめんなさい。もしかしたら、それすらも迷宮から知らない物と定義されてしまったのかもしれないわ」
一階だった建物が二階建てになってしまったように。
この迷宮では『古代遺産』『アーティファクト』が存在しない物、となっちゃうのかもしれない。
だったら、あたしが装備しているシャイン・ダガーはどうなっちゃうんだろう?
師匠が渡してくれた聖骸布も――あ、そうだ。
この聖骸布を使えば、師匠の場所が分かるんだった――
「さぁ、もう時間が無いわ。ゆっくりしてるとあなた達まで忘れちゃうかもしれない」
エルフさんがあたしの手を引っ張る。
「あっ」
魔力糸でぐるぐる巻きになった手を引かれながら、あたしは路地から往来の激しい大通りへと出た。
途端に静かだった空気が喧噪で溢れる。
今まで耳が聞こえていなかったような感覚にゾッとしながらもあたしは振り返った。
そこには――
「路地が無い……」
建物の壁があるだけで、そこにあったはずの一本の路地がどこにも無かった。
「ど、どうなっているでござる?」
「分かんない……」
シュユちゃんといっしょに壁に近づいて触ってみるけど……手がすり抜けたり、幻の壁だったりするわけもなく。
ただただ、本当に家の壁になってて通り抜けたりするようなことはできなかった。
「パル。手を」
ルビーに言われて、あたしは思い出したようにエルフさんの握っていた手を見た。
そこには垂れ下がる魔力糸があるだけで、エルフさんの姿はどこにもない。確かに握っていたはずなのに、エルフさんだけが外に出ることができなかったみたい。
「え、えぇ~……」
まるでさっきまでの出来事がウソのようにも思えるけど、確かに魔力糸はあるし、なんなら緩んでいる部分が女の子ひとり分でもあるし、なによりあたし達三人が同じものを見て記憶しているのだから、ウソじゃない……はず。
「な、なんだったの、今の?」
「夢や幻、幻術の類ではありませんわね。ただ精神感応系の何かが働いているのは確実でしょう。無許可でしたが、一応はわたしの眷属を置いてきました。どこまで維持できるか分かりませんが、確かにわたしの影はあの場所にいます」
「そうなの?」
「えぇ、感覚的にはわたしの影に潜む能力と似ていますわね。影の中は地面の中というわけではありません。あくまで影の中です。それと同じように……この先に知覚できない空間があるようです」
ルビーはコンコンと建物の壁を叩く。
そこに見えない空間があると言われても、まったく分からない。でも、確かにここに路地があって、あたし達はそこを通ったことは間違いない。
「どのような条件下で『迷宮』に行くことができるのか。それは分かりませんが……なんにしてもダンジョンをクリアする目標が新たにできましたわね」
「「魔法の鍵!」」
あたしとシュユちゃんは同時に声をあげた。
「それさえ見つければ自由に行き来できる……というよりも、迷宮を消去できる。恐らくですが、地下ダンジョンを形成している力が漏れ出たのではないでしょうか? 人と出会わないことや、罠のように勝手に変わる建物。どうにも『人を惑わす』という事象が、地下迷宮と同じように思えます。さてさて、途中で聞いたウドン屋さんの情報も『罠』だったのではないでしょうか」
ルビーにそう言われると、ホントにそうだった気がする。
なんにしても、不思議な経験をしてしまった。
「師匠に報告しないと」
「それがよろしいでしょう。師匠さんは優しいですので、エルフの女の子がピンチと聞くと必ず動いてくれますわ」
「……そう言われるとなんか言いたくないような気がする」
「シュユもご主人さまに報告したくなくなるでござるな……」
お互いに好きな人がロリコンだと大変だ、と肩を落とした。
「うふふ。安心なさってください。あのエルフがどれだけ美少女であろうとも問題ありません。なにせエルフですので、見た目と年齢は合致しませんわ。あの方、とんでもないババァかもしれませんので」
それはそうなんだけど……
でもなぁ~。
「あのエルフさん、なんていうか幼い感じがしたよ?」
「分かるでござる。あれ、本物でござろう」
「だよね?」
「うんうん」
あたしとシュユちゃんはうなづきあった。
「なにそれ、どういうことですの?」
ルビーはそういうところを見てないからダメなんだよ、とは思う。
「なんていうか、無垢っぽい」
「ま、待ってくださいまし。つまり本物の幼女ってことですの? エルフのロリ少女なんて師匠さんに見せてごらんなさい。終わりますわよ、わたし達」
「終わるのはルビーだけにしておいて、ロリババァ」
「確かにわたしはロリババァですけども!?」
「あぁ~ん、わらわだけ仲間外れはイヤなのじゃ~、って言ってみて」
「懐かしいですわね、そのノリ。最近師匠さんが言ってくれないので寂しいのじゃ~……じゃありませんことよ!」
「ぶふっ」
「笑ってる場合じゃありませんことよ、シュユっち!」
とにかく師匠に報告しないといけない。
ダンジョンの外にも迷宮がある。
そして、それを解除するには魔法の鍵が必要だということを。
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