~可憐! そこは不思議の~

 あたしは、ルビーとシュユちゃんといっしょに日出ずる区画にやってきた。

 師匠とデートするのもいいけど、友達と遊びに行くっていうのも楽しい。

 わりと憧れだったのかも?

 ベルちゃんともいっしょに来れたら良かったけど、さすがにお姫様といっしょに遊びに行くのは難しいよね。


「んふふ~。ねぇねぇ、なに食べるなに食べる?」

「ちょっと落ち着きなさいなパル。女の子がよだれを垂らしてるところを好む殿方は多いですけど」

「多いんでござるか!?」


 シュユちゃんがびっくりして声をあげてた。


「男性って、いっぱい食べる女の子が好きなんです。シュユっちは線が細いですわね。もっと食べたほうがセツナも喜ぶと思われますが」


 シュユちゃんは確かに痩せてる。

 でも、あたしより遥かに力持ちで、ダンジョンにいる間は巨大なバックパックを背負ったりしてるので凄い。

 しかも忍術を使って見えなくしてるので、尚更すごいと思う。

 痩せてるっていうより、食べてる量を遥かに超えてる消費量っていう感じ?


「え~っと、そのぉ、シュユの国では女の子はお淑やかにするほうがモテるでござる……あんまり食べると、その、お淑やかではない気がして……」

「あたし、シュユちゃんの国には行けない……ごめんね……」


 あんまりごはんを食べられない国には行きたくない……!


「大丈夫ですわよ、おパル。他の男の視線など気にしなくて良いのですから。あくまで師匠さんの視線が全てです」

「あ、そっか」

「ですので食べまくりましょう。おデブちゃんになっても師匠さんが愛してくださるか、実験です。お腹をぶにょぶにょにしてくださいまし」

「それはイヤだ」


 たぶん愛してくれるけど、なんかちょっと違う気がするので。

 というか、盗賊が太っちゃったらスキルとか上手く使えなくなるのでダメ。指が太かったりしたら針とかの扱いがもっともっと難しくなっちゃうし。


「シュユちゃんは太ってもセツナさんは愛してくれると思う?」

「そう思いたいでござるが……シュユも太りたくないでござる。ルビーちゃんが太れば全て解決するでござるよ」

「言いますわねニンジャ娘。あそこの御札、剥がしますわよ」

「や、やめるでござる!?」


 前垂れを引っ張るルビー。それに抵抗するシュユちゃん。そんなことをしていても、周囲の冒険者たちはぜんぜん注目してこない。

 だって。

 周囲には普通に下着同然の姿で娼婦が歩いているし。真昼間だっていうのに、もう夜中の色街みたいな雰囲気の場所もある。

 酔っ払った冒険者もいるし、昼も夜も関係なく盛り上がってる。

 そもそも。

 あたし達みたいなちんちくりんな『お子様』に反応するのはロリコンの人だけで。

 今ここであたし達が全裸になったとしても、普通は心配されるだけで襲われたりはしない。

 それが普通。

 この黄金城であっても、それが普通。

 忘れがちだけど、師匠ってダメな大人なんだなぁ~。

 って思った。

 ついでにセツナさんもダメな人なんだと思っちゃったので、ちょっとシュユちゃんに心の中で謝っておく。

 ごめんね。


「さて、なにを食べましょうか?」

「いきなり普通の話をしないで」

「急に話題を変えるなでござる」

「いつまでもえっちな話をしていたのでは食事もままなりませんわ。いえ、大好物なのには違いありませんが。では、いっそのこと男娼を買ってみます? おごりますわよ」

「シュユちゃんって何が好きなの?」

「そうでござるな、久しぶりにうどんが食べたい気分でござる」

「ちょっとぉ! 無視しないでくださいまし!」


 そもそもえっちな話してたっけ?

 ルビーにとって太ることってえっちな話だったのかな。

 吸血鬼って、ちょっと意味わかんない……

 まぁそれは置いておいて。


「うどんって美味しい?」

「美味しいでござるよ。いわゆる麺料理でござる。ぱすた? の太いヤツでござる」

「ぶっといパスタ……すごい噛み応えありそう……」

「そこまで太くないでござるよ。柔らかくてもちもちした物もあるし、少し固めでシコシコとした触感の物もあるでござる」


 吸血鬼が、シコシコ、と静かに繰り返した。

 無視ムシむし。


「じゃぁ、ウドンを食べようよ。売ってるのかな」

「あるはずでござる。屋台もあるけど、お店の中で食べたい気分でござるよ」


 賛成~、とあたしは同意した。

 ごはんはウドンに決定。

 屋台じゃなくてお店ってことなので、あたし達は『日ずる区』のお店を見てまわることにする。

 食に関しては本当にいろいろあるお国柄らしく、道具屋や武器・防具店よりも遥かに飲食店のほうが多い。見たこともないような料理もたくさんあった。

 でも――


「ごめんね、いま満席なの。ちょっと待っててもらえる?」

「すまん嬢ちゃん達。ちょっと待っててくれ」


 どこも冒険者たちでいっぱいで、なかなか空いてるお店が無い。

 ウドン屋さんって、人気っぽいのかな。


「タイミングが悪いみたいですわね。どうしましょうか?」

「素直に屋台で食べるでござる?」

「う~ん、でもあたしは美味しいウドンが食べてみたい……あっちのほうとか、何かないかな」


 あたしが指差したのは、大通りから外れる通り道。

 狭い路地にもお店があったりするかもだし。


「行ってみるでござる」


 あたしとシュユちゃんはいっしょにそっちに向かったんだけど、ルビーはなぜかその場で止まった。


「どうしたの?」

「ちょっとお待ちください」


 なんか目が悪い人みたいに路地をにらむルビー。

 何かいるのかな、とあたしとシュユちゃんも路地を見るんだけど……別に何にもいないし、特に危なそうには見えなかった。


「気のせいかしらね」

「何か見えた?」

「むしろ、見えなかった、というべきでしょうか」


 どういうこと?

 と、質問する前にルビーが歩き出したので、あたし達は慌ててルビーの後を追いかける。


「何が見えなかったの?」

「この路地ですわ。一瞬だけ、ここの通りが見えませんでした」

「ボケちゃった、おばあちゃん?」

「最近目がかすんできてねぇ……パルちゃんや、メガネを取っておくれぇ……はいはい、ありがとうね。よっこらしょ……あぁ~、良く見えるねぇ~……じゃ、ありませんわ!」


 ノリツッコミが長い!


「あははは! あはははははは!」


 シュユちゃんがめっちゃ受けてる。


「あはははは! ル、ルビーちゃん面白いでござる」

「そこまで受けると逆に不安になってしまいます。で、冗談の類で済ませましたが――わたし、これでも吸血鬼ですので。見間違え、など滅多に起こさないと自負しております」


 そういうと、ルビーは紅い瞳を収縮させるような動きを見せた。

 気持ち悪っ!


「何か見えたでござるか? いや、見えなかったでござる?」

「いいえ、ハッキリと路地は見えています。では、こちらで――」


 今度は紅い瞳の周囲に金色の輪が出現した。

 魅了の魔眼だっけ?

 ルビーの特殊スキルのひとつなんだけど、ほとんど効かないので使うことは滅多にない。

 ただ、相手の能力を解除させることもできるらしいので。

 その目的で使ったんだろうけど――


「ん~、変わりませんわね。やっぱり気のせいでしょうか?」


 結果は同じく、路地は見えたまま。らしい。

 それが当たり前なんだけど、ルビーは納得していない様子だった。


「もしも危ない話があるんだったら、師匠が言ってくれてるはずだし。大丈夫じゃない?」

「そうでござるな。シュユもある程度の情報収集はしたでござるが、見えないのに見える路地、なんて話は聞いたことがなかったでござる」

「そうですわね。一応わたしが警戒しておきますので、おふたりは自由に振る舞っていてください。安全は保障します」


 魔王直属の四天王が安全を保障するっていうのだから、大丈夫なんだけど……いまいち信用できないのがルビー。

 いや、強さの心配をしてるんじゃなくて、ときどきすっごいアホだから心配。


「何か言いたげですわね、おパル」

「なんでもないよ、おルビー」

「お、おシュユは大丈夫でござるよ?」

「そうでオシュルか」


 無理に混ざってくるシュユちゃんかわいい。


「オシュルって言うと、おしりに聞こえますわね」

「シュユはおしりじゃないでござるっ」


 なんて。

 そんな会話をしつつ、あたし達は路地へと入った。

 もちろん人通りは普通にあるし、なんなら建物もあって普通に人が出入りしている。特にこれといった不審な物や場所は見つからなかった。


「ほんとに気のせいだったんじゃない?」

「ほんとにそうかもしれません」


 ルビーは肩をすくめた。

 そのまま、あたし達はお店を探しつつ路地を進んでいった。通りをいくつか横切る感じで進んで行くと屋台のある場所へと出る。


「ここは空いてるでござるね」


 さすがにメインの大通りから離れると、人の姿はまばらになるみたいで。倭国と同じようなキモノを着た人たちが屋台で何か話をしている。


「すいませーん。この近くでウドンを食べられる店ってあります?」


 あたしが屋台の人たちに聞くと、おじさん達は振り返った。


「なんでぃお嬢ちゃん。うどんが食べたいのか」

「うんうん。食べたことないから食べてみたい~」

「だったらあそこだ、あそこ。スクガがいいな。あそこのうどんがここでは一番だ」


 知ってる? とシュユちゃんに聞いたら首を横に振る。


「ここを真っ直ぐに行った先にあるよ。看板が出てるからすぐ分かる」

「ありがと、おじさん」


 あたし達はお礼を言って、言われたとおりに真っ直ぐに歩いた。

 でも、ルビーが後ろから待ったと声をかけてくる。


「なぁに?」

「今の人たち、何を食べてました?」

「え?」


 言われてみれば……何か食べていた様子は無かった。

 そもそも、何の屋台だったんだろう?


「単純におしゃべりをしていた様子でござったが……?」

「日出ずる国では、おしゃべりをする屋台なんて物があるのでしたら納得するのですが」


 そんなものは聞いたことがない。

 おしゃべりするのにお金が必要なんだったら、さっきあたしが話しかけただけでもお金を取られることになっちゃう。


「もっとも、おしゃぶりにお金を払うのは――」

「なにいってんの、変態吸血鬼!」

「あら、赤ちゃんのおしゃぶりのことを言っていますのですが……おやぁ~? あらあら~? なにを勘違いしてしまったのでしょうねぇ、むっつり小娘」

「ぐ、ぐぬぅ……あたしむっつりじゃないもん! 普通にえっちだもん!」

「じゃぁここで脱いでみなさいな。普通にえっちな小娘だというのなら、全裸になるくらい平気ですわよね」

「分かった!」

「分かったじゃないでござるよ!?」


 ……良かった。

 シュユちゃんが止めてくれなかったらとんでもないことになってた。

 セーフせーふ。


「そもそも往来で全裸になっては露出狂でござる。普通のえっちな人じゃないでござるよ」

「「確かに」」


 納得のいくツッコミだった。

 さすがシュユちゃん。

 ぱんつをはいてないだけはある。


「あれ?」


 あたし達はそのまま真っ直ぐに歩いて行くと、路地を抜けて大通りに出た。そこは丁字路になっており、真っ直ぐ向かう道はこれ以上は無い。

 その大通りに出て、あたしは左右を見渡してみるんだけど……


「真っ直ぐ行くとスクガっていうお店があるんじゃなかったっけ?」


 スクガという店の看板は見当たらなかった。

 そこそこ遠くまで見渡せるというのに、それらしきお店すら無い――


「そもそも、ここ。大通りですの?」

「あっ」


 大通りを遠くまで見渡せる。

 それはつまり――誰もいないっていうことだ。


「あれ!?」


 黄金城では、どこに行っても冒険者の姿がある。それは昼夜問わず、路地裏であってもそれは変わらない。

 それにも関わらず、この大通りでは誰の姿も見えなかった。

 ふと気になって黄金城を見上げる。

 確かに、街中にその姿はあり、問題なく見えるんだけど……なんだか雰囲気が違う。さっきまで見ていた黄金城より、なんかちょっと綺麗なような?


「あっちに誰かいるでござるよ」


 シュユちゃんが見つけたのは、大通りを歩くひとりの人。

 ピンと尖った耳の特徴からエルフと思われた。


「すいませ~ん!」


 あたしが叫ぶと、エルフの人は足を止めてこちらを振り返る。

 それは、とても綺麗な女の子のエルフだった。

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