~卑劣! 世界一愛されない神になる~
ダンジョンから無事に帰ってきた俺たちは、他のパーティと同じく、換金所でお金を交換してから解散となった。
「パル、日ずる区へ行きますわよ。美味しい物を食べましょう」
「あ、うんうん! 行く行く~。師匠も行く?」
「ふたりで楽しんできたらどうだ? 俺がいると何かと説明してしまう。未知を既知とするのも良い訓練になるぞ」
なんでもかんでも教えてしまうのは良くない。
知らないことを自分で調べて分かるようになる、という経験を積むことは貴重だ。なにより盗賊の基本である情報収集というスキルは天井知らずでもある。
それをマスターできた、なんて言ってるヤツがいれば、それはきっと全知全能の神なのだろう。
学園長が鼻で笑うレベルの、な。
まぁ、だからといって何にも知らない者をダンジョンに放り込むような真似は危険なので、推奨はできないわけで。
バランスというものは難しい。
「じゃぁ、師匠とのデートの下見にしてきます」
「そいつは楽しみだ」
俺はパルの頭を撫でた。んへへへ、とパルは嬉しそう……というより、だらしない笑みを浮かべる。
可愛いから問題なし。
「須臾も行ってきたらどうだ?」
「い、いいのですか?」
「もちろん」
「で、では! パルちゃんルビーちゃん、シュユも付いていくでござる~」
「いいよ、行こう行こう」
三人の美少女は嬉しそうに日ずる区へ向かっていった。
「いい光景だ」
「分かる」
俺とセツナはうなづき、がっつりと握手した。
「あの子らも仲いいとは思っていたが、実は旦那たちのほうが仲良しかもな……」
ナユタが呆れながらそう言ったので俺たちは肩をすくめて苦笑するしかない。
真なる友情とは、早々に見つかる物ではない。
ましてや、なろうと思って親友になれるわけでもない。
きっと。
これは奇跡の出会いに違いない。
セツナと出会えたことを神に感謝しよう。
まぁ、そんなことを祈られても精霊女王は困ると思うけど。
いないの?
ロリコンを司る神。
美少女を愛でることを司る神でもいいや。
いないの?
だったら俺がなろう……!
世界中の正しい義を持つロリコンの心を!
って、一瞬だけ思ったけどやめておく。
ロリコンとは秘めるモノであり、祈りを捧げるモノではない。
イエス・ロリ、ノー・タッチ。
神の祝福が、そこにあっちゃいけないんだ。
そう。
つまり、俺たちはあくまで愛でるだけ。
そこに愛があっても、行為があってはいけない。
そういう意味では、無垢と純粋を司る神ナーさまこそロリコンの神ではなかろうか!
ご本人もちっちゃくて可愛らしいし!
「……」
いま、ちょっとナーさまの声が聞こえたような気がした。
神官的な意味じゃなく、悪い意味で。
というかたぶん怒られる。
ごめんなさい。
「どうした、エラント殿」
「いや、なんでもない」
思わず空を見上げてしまったが、もちろんそこに神さまの姿もなく。サンサンと輝く太陽だけが見えている状態だった。
つまり、日はまだ高い。
今日という日を終わらすには、ちょっと早すぎる時間帯だ。
「じゃ、あたいは新人どもの訓練でもしてくるか」
ナユタがそう言うので、特にやることもない俺とセツナも同行することにした。
「旦那はまだ分かるんだが、エラントもついてくるとは。ヒマだったらあの子たちに付いてきゃいいのに」
「かわいい子には旅をさせろ、という言葉が倭国にはあったと思うが?」
「あんた物知りだな。過保護なのか放任なのか、分かりゃしない」
ナユタは肩をすくめる。
「バランスがいいのさ。おんぶに抱っこでは俺が嬉しいだけだ」
「分かる。拙者も須臾をおんぶしたいし抱っこもしたい」
「だよな」
「あの体温の高さがいいんだよな」
「さすがセツナ殿、話が分かるぅ~」
子ども特有の体温っていうのかな。
ちょっと熱いんだけど、その熱が信頼の証というか、なんというか。
嬉しい。
あと、ちょっぴり興奮する。
「うへへへへ」
「ぐふふふふ」
「いい加減にしろよ、ヘンタイども」
「「あ、はい」」
ナユっちに怒られたので俺たちは黙って付いていくことにした。
緩み切った表情を両手でゴシゴシとぬぐって、さっぱりとした無表情に作り変える。ポーカーフェイスは盗賊の基本。感情を読まれては簡単なウソもつけない。
セツナ殿も、ごほんごほん、と分かりやすい咳をして商人然とした柔和な笑顔にした。
「それはそれで気持ち悪い」
ナユっちには不評だった。
ひどい。
訓練場に着くなりナユタは早速槍をドスンと地面に鳴らした。
「よし、おまえら。訓練して欲しいやつから掛かってこい」
その何気ない槍の動作だけでも、ズシンと重く地面を伝わる。
実力を示すのは充分な行為。
さっそく何人かの少年が木剣を構え、ナユタと対峙した。
「セツナ殿は訓練する側にはならないのか?」
「情けない話だが、私のこれは完全に我流でな。教えても意味はないだろう」
セツナは杖を持ち上げる。
その腕前が『情けない話』なのではなく、仕込み杖での戦闘を意味していた。
「正式な訓練は受けていない、と」
「まぁな」
「俺も似たようなものだ。見様見真似、というやつだな」
「私も普通に剣を取れば良かったのだが。生憎と手元にあったのはこいつでな」
杖をコツン、と地面に付けた。
どうにも不本意な結果らしい。
セツナがどうして旅をしているのか、どうして七星護剣という物を探しているのか。それとどういう関わり合いがあるのか。
話してもらっていない事柄が多いが。
本人に語る様子がない以上、こちらから踏み込むわけにはいくまい。
「私に教えられることは何も無い」
そうか、と俺は肩をすくめる。
教えられない、とは果たして剣のことだったのか。
それとも事情のことなのか。
俺には知る由もない。
そうこうしている内に少年たちはバッタバッタとナユタに薙ぎ倒されていった。面白いように人ひとりを槍で投げ飛ばしていくナユタ。
すごい技術だなぁ、それ。
簡単そうにやっているから困る。
真似しようと思ってできる技術じゃないだろ。
「そらよ、っと!」
あまつさえ、槍で剣を巻き上げて弾き飛ばした。思わず真上を見上げてしまった少年の額を、トンと指で突く。
「こら。戦闘中に余所見をするやつがあるか。そういう場合は距離を取れ。下がって全体を俯瞰しろ。もちろん、それを許される状況かどうかも判断しろよ」
「は、はい!」
しっかりと状況訓練までしてくれるので優良だなぁ。
「ほれほれ、集団でもいいぞ。あたいに一本入れたヤツには夕飯をおごってやる。好きな物を食べていいぞ」
ナユタの提案に少年たちのやる気がパワーアップした。
色気よりも食い気、ではないけれど。
やっぱり美味しい物は食べたいもんな。
まぁ、残念ながら集団になったとしてもナユタに一撃入れるのは至難のワザ。どれだけ背後を取ろうとも、どれだけ同時に攻撃しようとも、やはり実力差がありすぎて一撃どころかカスリもしない。
まぁ、こういった実力差がある相手というのも経験しておいたほうがいい。
なにせ、逃げる指標になるからな。
彼我の差が分からない場合の悲惨さは語ることはできない。
なにせ経験した者は全て死んでいるからだ。
それくらいなので、知っておいたほうが良い領域というものがある。高みというものを肌に触れて経験するのは特別だ。
ここにいる少年少女は運が良い。
とりあえず、無駄死にだけはしないだろう。
たぶん。
「あ、あの!」
そんなふうにナユタの訓練を見学していると、声をかけられた。
「おっと。エリカか」
貴族ナライア女史に雇われた新人冒険者パーティ。
その中のひとり、盗賊のエリカだった。
「はい! く、訓練をお願いします!」
「今日の冒険は終わったのか?」
「はい。地上階の地図を完成させることができたので、今日は早めに切り上げました。よ、よろしかったら訓練をお願いします」
「ふむ……では――」
俺はエリカに手を伸ばす。
もちろん、何にも持っていない無手。エリカは少し疑問に思いながらも、俺の伸ばしてくる手を見つめて……そのまま頭を撫でられた。
「はい、アウト」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられるエリカ。
「え!?」
少しくすぐったそうに目を細めつつも、疑問の声をあげた。
「いま俺が無手だったから安心しただろ」
「は、はい」
俺はエリカから手を離すと、その手を見せてやった。
「あ、あれ!?」
エリカはそれを見て驚く。
俺の手には投げナイフがあった。
「このように、相手が無手だからといって油断するな。全てに警戒しろ、とまで言うのはおおげさだが。だがしかし、全ての行動に意味はある。少しでも変だと思った行動に関しては警戒しておいて損はない」
移動している人間には、必ずそこに意味があるように。
世の中、無意味な行動をしているヤツは、そんなにいない。
身近にアホみたいに好き勝手している吸血鬼がいるので、あんまり強く言えないけど。
大体の人間とモンスターは、ちゃんと理由を持って行動してるので。
例外を『例』に出してはいけない。
「ど、どうやったんですか?」
エリカは驚きつつも興味津々なようだ。
俺は苦笑しつつ、簡単だぞ、と種明かししてやる。
「まず後ろ、もしくは腰に仕込んでおいた投げナイフを指に挟む」
俺は分かりやすいように、ゆっくりと腰のベルトから投げナイフを取り出すところを見せてやった。
「こんなふうに手の甲側に挟むと――そっちからは見えない」
「あ、ホントだ」
「自然な感じで挟めるようになると良いが、徒手空拳で戦う『闘士』が使う、手のひらを相手に向けてかまえるヤツでも使えるな」
俺は少し腰を落として、左の手のひらを前に突き出すような『構え』をした。右手を腰あたりに沿えて、それっぽくかまえてみせる。
相手との距離を計る意味や牽制として使われる防御主体の『構え』だ。
そんな左手に投げナイフを相手から見えないように仕込んでおく。
「相手はこっちに武器はない、もしくは闘士だと勘違いさせておき……油断したところを投擲する。そんなワザもある」
「べ、勉強になります!」
エリカは目を輝かせて自分のナイフでちょっと練習している。
「なるほど、向いてるな」
俺はエリカの姿を見て苦笑した。
「そうなのか?」
隣で聞いていたセツナがそう言ってくるので――
「セツナ殿はどう思った?」
と、聞いてみた。
「卑怯だ、と思ったよ」
「それが普通だ。不意打ちや騙しのテクニックを見て面白がるヤツは向いてるんだ、盗賊に」
なるほど、とセツナは肩をすくめる。
「よし、訓練を始めるぞエリカ。まずは魔力糸の訓練だ。付いて来い、走りながら俺と同じように魔力糸を顕現してみろ」
「は、はい! お願いします師匠!」
「俺のことは先生と呼べ」
「はいエラント先生!」
「よろしい。まずは太くて硬いのからだ」
「いきなりですか!?」
「我慢しろ、大丈夫。優しくするから、安心しろ。エリカならできる」
「が、がんばります……んぅ……!」
「いいぞ、あせらなくていい。ゆっくりでいいからな」
「は、はぃ~……んっ、あ、で、エラ、エラントせん、せい……!」
「安心しろ、ちゃんと見てるから」
「は、はい……!」
なぜかセツナ殿が両手で顔をおおっていた。
あれ?
俺、なにかしちゃいました?
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