~卑劣! 迷宮地下街には正式名称がある~

「さて、どうするか」


 セツナの言葉に、俺たちはまずパルとシュユが描いた地図を覗き込む。

 現在地は四階層のゴール地点。つまり、地下五階への階段があるフロアにいる。

 ただし、地図はまだ未完成状態で空白になっている場所があった。


「せっかくなので地下五階で休憩してはいかがでしょうか? さきほどパルパルの集中力も切れていたようですし」


 言われて、パルは逃げるように俺の影に隠れた。叱る役目は俺なんだけど、まぁいいか。

 しかし、ルビーの提案も分かる。

 分かるのだが……


「おまえさんは地下五階の街が見たいだけじゃないのか?」


 ナユタのツッコミにルビー以外の全員がうなづいた。


「あら、わたしの意見は間違っています?」


 ルビーの視線に、俺は肩をすくめながら答えた。


「間違っていないから、なんか釈然としない。正直に地下五階にある街が見たいと言えば納得したんだが?」

「嘘と建前は必要ですのに」


 処世術としては確かに必要だ。

 嘘と建前。

 商人や貴族が得意そうな話術ではあるので、支配者であるルビーが使っていても問題はない。

 でもなんかこの場合は違うよなぁ~。


「ルビーは嘘が透けて見えてるのがダメなんだよ。生きるのが下手っぴ」

「生きるのが下手!?」


 パルの言葉に、ルビーは思いっきりショックを受けたらしい。

 目と口をまん丸にした。

 この中では圧倒的に最年長である吸血鬼。

 ときどき、思いっきりモンスターからの攻撃を受けてるもんな。ワザとじゃなくて、本気で油断してるっぽい。

 生きるのが下手というパルの言葉も、なんか納得できる言い回しだ。


「ではこうしよう。地下五階で休息を取り、帰りに地下四階の空白地を埋める」


 セツナの案に異論は無い。

 異論も出なかったので、俺たちは地下五階へと向かうことにした。

 幅の広い階段で、六人が横並びでもまだ余裕がある。一段一段の高さは小さく、二段飛ばしで下りていって丁度くらいだ。


「師匠は地下の街には来たことあるんですよね。どんなところなんですか?」


 以前に来た時は、俺がまだ勇者パーティに所属していたころ。その目的は人探しであり、目的の人物が地下五階の街にいた。

 その時の印象は――


「う~ん……あんまりこれといった印象が残ってないなぁ。まぁダンジョン内ってことで危険な場所にいるってことは忘れるな」

「そうなんですか?」


 俺は過去の記憶を探りつつ、あぁ、とうなづいた。

 足元の白い階段に、段々と足跡が目立ってくる。往来の激しさを思わせるようでいて、まるで矛盾を感じるような足跡だ。

 ここまで痕跡が残るのであれば、もともとのフロアだって足跡だらけになるはず。それにも関わらず床に足跡や汚れなどは見つからない。

 奇妙なダンジョンだよ、まったく。


「モンスターが街中で出てきたり?」

「いや、そういった危険じゃない」


 俺は苦笑しつつ答える。


「まず暗いことだ」

「当たり前なのでは?」


 ルビーのツッコミに俺は、いやいや、と手を横に振る。


「意外と大事なことだ。安息地にならないっていうか、時間の感覚がとにかく狂う。それに加えて陰になる場所が多い。つまり、死角が増える」

「危険なのは人?」


 そのとおり、と俺はうなづいた。


「治安は最低と思ってくれ。あと、帰れなくなった商人が行き倒れていることもある。無理やり連れてこられる娼婦もいる。奴隷まがいの商売もあると聞いた。加えて――」


 普通の街とは唯一違っているところ。

 それは――


「冒険者が『一番偉い』街だ」

「どういうことでござる?」


 シュユが眉根を寄せて聞いてきた。


「冒険者がいないと成り立たない街だから、だ。モンスターを撃退する力が無い限り、この街には辿りつけない。そして、ここから帰ることもできない。だからこそ、自然と力がある者の言動に注目され、やがて明確な地位となる」


 なるほどでござる、とシュユがつぶやいたところで俺たちは黄金城地下街へと到着した。

 地下ダンジョン五階。

 そこは、他の階層とは大きく異なる作りになっている。


「ひろーい!」


 そう。

 パルが思わず両手を広げて声を出したように、この階層は1フロアしかない。

 柱も仕切りの壁もなく、大きく外枠の外壁しかない広大な空間。光源の明かりがまるで届かない先まで広がっている、何も無い空間が地下五階層だ。

 だだっぴろいフロアがひとつ、という造りになっており――そんな条件を利用して、冒険者たちはここに街を築きあげた。

 最初は単なる休憩場所的な集まりだったんだろう。

 それが積もり重なっていき、次第にひとつの街になっていった。誰かが観測していれば、ダンジョン内に変化は起こらないし、消失もしない。

 常駐している冒険者や商人がいるからこそ、この場所は発展していった。

 今では宿もあるし、店もある。なんなら露店まで開かれており、ここに住み続ている商人も少なくはない。仕入れはまた別の商人の仕事だ。

 まだまだ拡張性は残されていて、五階層のフロアは使いきれていない。もしかしたら、今も新しい建物が立てられようとしているのかもしれないが、ここまで建築資材を運んでくるのも恐ろしい話だ。

 地下街にはあちこちにランタンの灯が灯され、まるで夜の街にいるような錯覚を起こす。地下ダンジョンにいるよりよっぽど明るいのだが……逆に、そのせいで余計に夜っぽく感じられた。

 天井はそれなりに高く、地面と同じく舗装されたように石が敷き詰められている。圧迫感は無いものの、やはり星空には程遠い空だ。

 あまり長くは滞在したいと思わせない程度には、陰鬱さを感じる。

 どんなに居心地が良くとも、やっぱり太陽の光を浴びたくなるのは、そこに神さまがいるから、かもしれない。


「……」


 そう考えると、この地下ダンジョンには神さまの声は届くのだろうか。

 神官が奇跡の代行である神官魔法を使えるところを鑑みるに、こんな地下深くでも神さまは見てくださってるみたいだけど。


「どこか店でも入るか……って、店はあるよなエラント殿?」

「あるにはあるが値段が恐ろしく高い。そのあたりで何か買って、適当な場所で休むほうがいいと思う」


 こんな場所に食材を命がけで運ぶのだ。

 値段が高くなるのは仕方がないが、快適に休める椅子や、それこそベッドなんかがある場所は更に値段が高くなる。

 加えて、こういう場所の店は大抵『縄張り』となっていたりするので……余計なトラブルを起こさないためにも新参者は遠慮したほうが良い。

 休憩するのならば、そのあたりに座ったり寝ころんだりしているほうがよっぽどマシだ。


「なるほど。では適当に食べ物を買って集合するとしようか」

「いや、解散するのもおススメしない。パーティ単位で動いたほうがいい」

「おっと。そこまでの場所ということか」


 俺はうなづく。

 早々と因縁を付けられることは無いとは思うが……それでも、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものじゃない。

 なんなら、いきなり刺されても不思議じゃないわけで。

 バラバラに行動して対処不能におちいるよりかは、全員で行動しておいて、いざとなったらさっさと逃げるという選択肢を持っておきたい。


「分かった。――では皆さん、はぐれないように。欲しい物があれば自由に言ってください」


 途中からセツナは『柔和な商人』へと表情を変えた。

 商人の視察とその護衛、という雰囲気に見えなくもないか。まぁ、仮面の集団なのでやっぱり目立つことは目立つんだけど。


「セツナさん、あたしお肉食べたい。硬いヤツ」

「ではわたしはフルーツを。今はぶどうの気分です」

「シュユはおにぎりが食べたいでござる。うめぼしが入っていると嬉しいでござるな」


 美少女三人組が各々、食べたい物を主張した。


「はいはい、分かりました。エラント殿は何か食べたいですか?」

「みんなに合わせるよ」

「あたいも」


 というわけで、俺とパルはお肉の串焼きを。ルビーはフルーツ盛り合わせ。シュユ、ナユタ、セツナはおにぎりセット。

 それぞれ屋台で購入した。

 高い。

 黄金城の城下街でも高いが、地下街はさらに値段が高い。


「滞在するとなると、これは覚悟がいりますね」


 財布の中身を確かめながらセツナ殿が苦笑している。

 これもまた、ダンジョンが踏破されない理由なのかもしれないな。

 食べ物を買い終わると、俺たちはどこか安全に休める場所を探しながら歩いていく。

 街中では、それこそ座り込んで頭をあげない冒険者や、死体のように転がっている商人の姿もあった。

 娼婦の姿も多くあり、隙間だらけのオンボロ安宿から嬌声が漏れ聞こえてくる。


「よし、離れよう」


 セツナ殿がスタスタと離れていくのは、ちょっと面白い。シュユちゃんは気になるようで、チラチラと見てた。


「ふふん」


 路地裏で生きてたパルは、平気へっちゃら、という態度を俺に示す。


「逆効果だぞ、パル。ここはウブなほうがモテる」

「あれ~?」


 ロリとは、無知というのも重要な要素だ。

 語れば長いので割愛する。

 さてさて――

 街の中央あたりにあるちょっとした空き地に到着した。

 そこには看板らしき物が適当な木材を使って立てられていた。

 看板に書かれた文字はすでにカスれており、かろうじて読める程度しか残っていない。


「五番街……でしょうか?」


 共通語で『五番街』となんとか読むことができた。


「街の名前かな?」


 パルが首を傾げながらつぶやいた言葉に、


「だろうな」


 と、俺は答えた。


「誰もそう呼んでないけど。これが正式名称かもしれんな。単純に『地下街』とか『地下の街』って呼ばれてるほうが多い」

「命名した人、かわいそう」


 パルはケラケラと笑った。

 誰がこの看板を立てたかは知らないが、意図をハズしてしまったことが永遠と明白にされ続ける人生というのはどんな気分なのか。

 確かに、かわいそうだなぁ。

 あと恥ずかしい。

 俺なら看板を引っこ抜いて徹底的に破壊して燃やす。

 生き恥をさらしたくない。


「ふむ。このあたりでいいですかね」


 空き地にはちらほらと他パーティの姿が見えた。みんなそれほど疲れてる様子はなく、小休止という雰囲気。もとよりそういう目的で作られた空き地なのかもしれない。

 いわゆる休憩場所。

 俺たちはさっそく空いてる場所に座った。


「ふへ~」


 パルは座ると、大きく息を吐いた。やはり、それなりに疲れは出ているようだ。

 休憩で正解だったな。


「シュユは大丈夫ですか?」

「はい、ご主人さま。まだまだ平気でござる」


 対してシュユは余裕がありそう。

 このあたり、実力の差ではなく経験の差だろうな。

 今のところパルとシュユの負担はかなり大きい。なにせ四階層では前方を警戒しつつ、罠探知しつつ、地図を描く。とんでもない仕事量だ。

 これで疲れないほうがおかしい。

 恐らくシュユは、そのあたりに『慣れ』がある。前方警戒か、それとも罠探知か。なんにしても、パル以上に『慣れ』ているのであれば、負担はぜんぜん違うだろう。


「ゆっくり安め、パル。なんなら寝てもいいぞ」

「その前に食べます!」


 眠気よりも食い気。

 買ってきたお肉の串焼きを、さっそく美味しそうに食べるパル。

 食べる元気があるのなら、まぁ大丈夫か。


「ふむ」


 俺も串焼きを食べてみたが……硬い。

 しっかりと焼かれた肉なので、かなり硬い。

 そりゃダンジョン内だもんな。あんまり肉の質にはこだわれないのだろう。


「ふひひひひ」


 ガジガジガジと肉を噛みながらパルはしあわせそうに――いや、どっちかっていうと嬉しそうに笑った。

 食べるの好きなんだなぁ~。

 かわいい。


「ご主人さま、中身何でした?」

「うめぼしですね。須臾は?」

「同じです。えへへ~」


 シュユとセツナ殿がおにぎりの中身を見せあってラブラブしてる。

 微笑ましい。

 見ればナユタの中身も同じ赤い物が入っているけど、あえて何も言わないで食べていた。

 配慮。

 配慮が素晴らしい。

 空気を読む力が長けているナユタっち。

 好き。


「ねぇねぇ、シュユちゃん。一個交換しよ~」

「あ、いいでござるよ」


 そんなラブラブ空間に踏み込んでいく我が愛すべき弟子よ。

 色気より食い気!

 ちょっとは遠慮しなさいよ~、と言いたいところだが。

 仲良し美少女を見ているのも悪くない。

 うんうん。


「師匠さん」

「ん? どうしたルビー」

「わたしのことも見てください」

「あ、はい」


 ルビーが嫉妬したようだ。

 これはこれで可愛らしいので、オッケーということにしておこう。


「い、いえ、そんなマジマジと見られると困ります」

「難しい注文だな」

「だ、だから、そんな見ないでくださいまし」

「ちょっと、わらわのバナナを食べるところなど見てどうするのじゃ? って言ってくれ」

「久しぶりですわね。それ」


 こほん、とルビーは咳払い。


「わらわのバナナの食べるところなど見てどうするのじゃ、人間。ん? んふ。おぬしのバナナもなかなかの代物。わらわが特別に食べてや――」

「そこまで望んでませんけど!?」


 サービス精神旺盛な吸血鬼だった。

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