~卑劣! 夜はみんなでふんふふふん~

 お風呂でサッパリとした後、エントランスまで戻ると――


「こんばんは~」


 にこやかに看板娘であるマイが挨拶してきた。

 夜ということもあって少しくたびれた様子もあるが、にこやかな表情を浮かべている。まだまだ若く見えるといってもやはり商人だ。


「お風呂あがりですか?」

「今日もいい湯だったよ」

「それはなにより。ふふふ」


 自分の家を褒められた嬉しいのか、マイは嬉しそうに笑う。


「夜まで仕事とは大変だな」


 そう話しかけると、マイは首を横に振った。


「いえいえ。ほとんど何にもしてませんから。ただ立ってお客さんを出迎えて、見送るだけ。あとは軽い掃除程度。みんな無事に帰ってきますように、とどこかの神さまに祈ってるだけです」


 楽な仕事ですよ、と彼女は冗談っぽく言った。


「夜は寝ないとお肌に悪いそうだぞ」

「えぇ、気を付けてます」


 むにむに、と自分のほっぺたをつまんでみせるマイ。

 パルよりは硬そうな頬だが、それでも柔らかそうなので思わずつまみたくなってしまう。

 それはセツナも同じだったのか、少々反応していた。

 つまり――可愛らしい。

 やはり、この年頃の少女というものは素晴らしい存在であり、ここから世間を知ってしまったり男を知ってしまったりすると、途端に美しさを損なってしまうのはなんなんだろうな?

 残念だ。

 非常に、ひっじょう~に、残念だ。

 もっとも。

 おばあちゃまになると、またその美しさを取り戻したりするので女性という存在は油断はならないが。

 いや、長命たるエルフは除くとして。

 そもそもエルフのおばあちゃんとか見たことないし。

 世界最古のハイ・エルフはまだ幼女だ。

 恐ろしいことに、あの学園長は精神的にも未熟だったりしそうで怖い。知識ばっかり蓄えるとあんなことになってしまうのかもしれないので、勉強はほどほどに。

 圧倒的に人生経験が足りないのではないか。

 長命種にそんなことを思ってしまった。

 まだ処女だって言ってたし……ホントかよ……実は子どもが千人くらいいても驚かない自信はある。

 ごめん嘘。

 めっちゃビビる。


「お客さんもしっかり眠って、明日に疲れを残さないでくださいね」


 了解だ、とセツナ殿とふたりでうなづき、部屋へと戻った。


「そういえば、それなりに広い部屋だったが。俺たちが来ることを見越して取った部屋なのか?」

「あぁ、そのつもりで契約した。まぁ、どの部屋もこれくらい大きいが」

「それもそうか」


 冒険者の基本は6人パーティ。

 ということもあって、基本的には大きな部屋が多い。武器や防具などを置いておくスペースも必要だろうし、その点で言うとむしろ小さい部類になるのかもしれないな。

 もちろん、男女共に寝るのを是としない者もいるし、なんならひとりの部屋が良い、という人間だっているので小さな部屋もちゃんとある。

 なにより、ほとんどのルーキーは馬小屋同然の納屋で寝るのが常というものだ。ほとんどタダに近いこともあって、ベテランであっても利用する者は多い。

 女の子にはおススメしないが。

 男女別のスペースになっているわけがないので、もう、どうなっても知らないぞ……というのが馬小屋だ。

 パルには絶対に利用させられない。

 ルビーは喜んでお泊りしそうで怖い。

 部屋に戻ると、セツナは仕込み刀である杖の点検を始めた。正式には暗器に値する武器なので、しっかりと管理しないと壊れる可能性は高いのだろう。

 隠している分、本来の武器とは違っていろいろと無理をさせている部分があるからだ。

 それでも尚、壊すことなく扱い切れているのはセツナの技量の高さゆえだろうか。


「どこで鍛えたんだ?」

「ん?」

「セツナ殿の強さはかなりのもの。それこそ俺が出会ってきた人間の中で確実にトップレベルに入る」

「褒めても須臾は渡さんよ」

「もらえるのならもらうが、お断りする。あの子はセツナ殿に惚れてるだろ」


 俺がもらったところで誰もしあわせにならん。

 セツナは肩をすくめる。


「……まぁ、必要だったからこうなった。それだけだ」


 あまり語りたくはない事実がそこにはあるらしい。


「それは仮面にも関係するのか?」

「うむ」


 うなづくだけで言葉は出てこない。

 今度は俺が肩をすくめた。


「こちらも質問していいかな?」

「パルならやらんぞ」

「それこそ、彼女はエラント殿を好いておる。拙者がもらったところで不幸になるだけだ」


 俺は苦笑しておいた。


「質問なら何でもどうぞ」

「勇者とはどういう関係だ?」


 おっと。

 いきなり核心か。

 まぁ、面倒で遠回りな話をするよりよっぽど良いか。


「幼馴染だったんだ。俺もあいつも捨て子で、同じ孤児院で育った。でもって、ある日突然、精霊女王ラビアンさまに言われたんだ。勇気ある者よ、優しき者よ、って」

「それが勇者殿というわけか」


 あぁ、と俺はうなづく。


「で、俺もあいつの仲間として付いていくことにした。昔から手癖が悪かったんで、そのまま盗賊になってしまった。騎士にでもなれればカッコ良かったんだがなぁ」

「ふむ……では、なぜ別行動を?」

「追放された」


 セツナの眉根がいぶかしげに寄る。

 そりゃもう、そんな顔になってしまうのも仕方がない。

 勇者パーティを追放?

 なにをやったらそんなことになるんだ?

 という話でもあるわけで。


「裏切ったのか?」

「まさか。俺が裏切る前に裏切られた……というのは言い過ぎか。女の嫉妬にやられた」

「どういう意味だ? 話が見えん」


 そりゃそうか、と俺は苦笑の色を濃くした。


「勇者パーティの神官と賢者がさぁ、勇者のこと好きなんだよ。んでもって、俺がずっと勇者の護衛をしているわけだ。ずっと監視してるようなもんだから邪魔になったんだろうな」

「色恋沙汰か」


 それ、と俺は指をさして笑った。


「しかもあいつら、俺より年上」

「マジか」


 マジだ、と俺は答えて――


「「これだからババァは嫌だ」」


 と、ふたりして声をそろえてゲラゲラと笑った。


「お風呂入ってきた~」

「ただいまでござる~」


 そんなふうに笑っていると、お風呂上りでほっこりとしたパルとシュユが戻ってきた。ちょっぴり髪が濡れているので、ちょいちょい、と手招きをする。

 すでに分かり切ったように、パルは俺の前にちょこんと座った。そんなパルの髪を俺はタオルでワシャワシャと拭いていく。


「んふふ~」

「いいでござるな、パルちゃん。ご、ご主人さま、シュユも……」

「おまえは髪が短いし、すでに乾いているだろ」

「くっ。シュユも髪を伸ばすでござる……!」


 なにやら決意をかためたらしく、シュユっちは拳を握りしめた。


「師匠はセツナさんと何を話してたんですか? 笑い声が廊下まで聞こえてましたよ」

「いや、なに。ちょっとした意見の一致が面白かっただけだ」

「意見?」

「パルがカワイイってことだな」


 うんうん、と俺がうなづく隣でセツナ殿もうなづいている。


「もちろん須臾も可愛いぞ」


 うんうん、とセツナ殿がうなづいている隣で俺もうなづいた。


「よし、これくらいでいいか」


 濡れそぼっていたわけではないが、そこそこ髪の水分は取れた。これで寝ころんだとしても、まぁぐっしょりと枕が濡れたりしないと大丈夫だろう。


「この部屋ってベッドが無いけど……どこで寝るの? このまま?」

「布団を敷くでござるよ」


 部屋にある扉をシュユが開くと、中に布団が折りたたんで入れてあった。それを毎回取り出したり、わざわざしまったりするシステムになっている。

 義の倭の国だけでなく日出ずる国でも同じような文化がある。

 この両者は似ている国なので、同じ民族として扱われることもしばしば。本人たちも特に気にしている様子はないので、本当に同じ民族なのかもしれない。

 ただ、日出ずる国は食べ物にうるさい。

 そして、倭国は義にうるさい。

 どっちとも、それらをないがしろにすると恐ろしい目に合うという共通点はある。

 そういう意味でも、やはり同じ民族なのかもしれない。


「お布団、おっふとん~」


 パルとシュユはごきげんに布団を敷いていく。楽しそうでなにより。

 ところで――


「ルビーとナユタはどうしたんだ?」

「お風呂上りに、って言ってジュース飲んでましたよ」

「あっちはあっちで仲いいなぁ」


 いや、むしろナユタが面倒見がいいというか、なんというか。ルーキーに訓練をしていたこともあるし、パルにも良く肩車をしてあげている。

 小さい子や若い子が好きっていうよりかは誰かの面倒を見るのが好きなのかもしれない。

 そういう意味では、ロリババァの介護をしているニュアンスなんだろうか。

 まぁ、ルビーに対して悪態もついていたので、どっちかというとノリを合わせているだけなのかもしれないが。


「師匠ししょう」

「なんだ?」

「師匠はどこで寝ます?」


 布団が二列で三つ並んでいる。

 さて、どこを使うのが良いか……ふむ……


「一番入口に近いところで」


 監視というか、警戒するのには入口の扉付近が良い。

 廊下の気配もギリギリで読み取れるかもしれないしな。


「じゃ、あたしここ~」


 俺の隣の布団にパルが座った。


「ご主人さまはどこで寝ますか?」

「ふむ。では、窓際のこちらで寝るとするか」


 セツナが選んだのは俺の対角線上の端っこだった。意図的には、窓からの侵入者を警戒する、というところか。


「じゃぁ、シュユはみんな殿の真ん中で寝るでござる。パルちゃんとも近いし」


 いまいち言い訳がましい言葉でシュユが選んだのはセツナの隣。

 素直に隣で寝たいって言えばいいのに。

 かわいい。


「んふふ~。シュユちゃんといっしょにお泊り会だ」

「よろしくお願いするでござるよ、パルちゃん」


 ふたりは枕を近づけておしゃべりに興じるらしい。

 かわいい。


「ただいま~」

「いま戻りましたわ」


 そうこうしているとナユタとルビーも戻ってきた。

 部屋に入ると、すでに布団が敷かれているのでルビーが瞳を輝かせる。


「斬新な寝室ですわ! わ、わたしはここで寝てもいいのでしょうか」


 ルビーは俺の頭側の布団を選ぶ。床に敷かれた布団がそんなにも珍しいのか、上にちょこんと座って、さわさわと触っていた。


「じゃ、あたいは残ったここか。まぁ、文句はないけど」


 パルの隣でセツナの頭側。それでもって窓際という位置にナユタはどっかりと座ってあぐらをかいた。


「ナユタさんって寝相悪い?」

「悪くはないと思うが……まぁ、パルだったらいいだろ。明日の朝、しっぽが絡まってても許してくれよ」


 なにそれ、ちょっとうらやましい。

 いや、絡まれるほうじゃなくて、しっぽを絡めるほう。


「そういうのもありますのね」


 何かルビーに余計な知恵が付与されたような気がしないでもない。

 これからは、見えないしっぽに気を付けよう。


「では、寝るとしよう」


 セツナ殿の言葉に、おやすみなさい、と挨拶をして。

 みんなで眠ることになった。


「ふひひひひ」

「くふふふふ」


 まぁ、遅くまでパルとシュユのこそこそ話が聞こえてたけどね。

 いいよいいよ、自由の話しなさい。

 少女の特権です。

 でも、夜更かしはお肌に悪いのでほどほどにね。

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