~卑劣! 仮面~
すっかりと暗くなってしまった黄金城の城下街を歩く。
学園都市とはまた違った賑やかさ……表現するのならば『下品な喧噪』だろうか。やはり夜ともなると娼婦の姿が目立つので、昼間のそれとは少し雰囲気も違う。
もちろん冒険者の姿は多く、そこかしこで彼らのゲラゲラと笑う声は聞こえているし、ケンカも起こっている。
それにも関わらずみんな平気な顔をしているのは、少し異様とも言える街だった。
「あまり楽しい光景ではありませんわね」
「ルビーがそんなこと言うとは珍しい。気に入らないのか?」
「なんというか、これだけ、という感じなんです。冒険者が騒いでるだけ。わたしはもっと多種多様な人間種が見たいのです」
「ふむ。ルビー殿の言いたいことは分からなくもない。ここが中央通り、だからだろう。もっと奥に行けば居住区もあるので人々の暮らしも見られるぞ」
セツナのアドバイスに、なるほど、とルビーはうなづいた。
「では遠回りして帰りましょう」
ルビーの提案に全員で、却下、と答えた。
「みんなしてわたしをイジめる……うぅ、今夜は師匠さんに慰めてもらうしかないですわね。具体的には抱きしめられながら寝たい気分です。どうぞ、抱く枕吸血鬼ですわ」
「それも却下」
俺ではなくパルが却下した。
いや、俺も却下だけど。
「小娘に決定権はありません。わきまえなさい、第一夫人」
「あたしのほうが立場が上じゃん。そっちこそ遠慮してよ、第一愛人」
むきー、といつものように顔を突き合わせてにらみあうふたり。そして、ちゅーしてくる吸血鬼を避けるパル。
いつものケンカ風景だった。
「止めなくていいんでござるか、エラント殿……」
「いつものことだ。仲良しだろ?」
「あれが仲良く見えてるのなら、あんたらもう家族だろう」
ケラケラと笑うナユタに、なるほど、と俺はうなづいた。
「シュユはナユタとケンカしないのか?」
「しないでござる。ナユタ姐さまは優しいでござるから、シュユは怒ったことないでござるよ」
「ケンカはしたことないなぁ。年齢差があるし。かわいい妹みたいなもんだ。それに、あたいは旦那を狙ってないからな。須臾も安心してるのさ」
ちらりとセツナを見ると、少し照れてる様子でコホンと咳払いしている。
シュユっちとラブラブなようでうらやまし――いや、ウチも似たようなもんだし、状況的には俺のほうが上か。
「ふっ」
「勝ち誇った笑みを浮かべるのはいいが、そのうち刺されてもしらないからな」
セツナが仮面の下から俺をやぶにらみしてくる。
「いや、まぁ……」
避ける自信はあるけど、本気で刺してくるパルなんか見てしまうと立ち直れないかもしれない。
というか、マジで嫌われたらヤバイのがルビーだったりする。
だって魔王直属の四天王だし。
すでに眷属化されてる俺だから、一瞬で終わってしまうだろう。
……気を付けよう。
いや、何に気を付けたらいいのか分からんが。
むしろ、逆にルビーに媚を売り始めたら一瞬で嫌われてしまいそうだ。
そんな気がする。
「むう……うぎゃ!? ぺっぺっぺ!」
「勝ちました。師匠さん褒めてくださいまし」
どうやらパルが抑え込まれて強制的にキスされてしまったらしい。
なんちゅうケンカ方法だ。
というかそれ、パルの勝利条件がないのでダメだと思うんですけど。
「はいはい。今日はルビーの勝ち。周囲に迷惑をかけずに良く状況を納めました。花丸です」
ルビーの夜に溶け込むような黒の髪を梳くようにして頭を撫でてやった。
「うふふ。満足ですわ」
「ししょう~」
「はいはい、パルも負けてあげるなんて器量の良さを見せたな。えらいえらい」
ルビーとは違って、少し乱暴にパルの頭をグシグシと撫でてやる。
「えへへ~」
まぁ、これだけで機嫌を取り戻すことなんて、本来は有り得ないので。ちょっとしたパフォーマンスみたいなものだ。
いつもの仲良しケンカという感じか。
気軽にちゅーできるのがうらやましいけど……
「エラント、あんたいつもこんな事やってるのか」
なんか呆れた表情でナユタにそう言われてしまった。
「やってる」
「躊躇なく答えやがった。子守りも大変だな」
「むしろウェルカムだ」
「うぇる……なんだって?」
おっと。
倭国の人はあまり使わない言葉だったか。
「歓迎という意味だ」
「おまえさん、本物だなぁ」
「どういう意味だ?」
「本物のロリコン。ウチの旦那もガチだが、おまえさんも違った方向でガチだ」
「「うっ」」
俺への言葉だったはずなのに、セツナにまでダメージが及んでしまった。
申し訳ない。
トボトボと歩いているうちに倭国区画まで戻ってきた。
独特の雰囲気は夜になっても変わることはなく、どこか他の区画とは違って落ち着いているようにも見える。
と言っても、冒険者は多く歩いているし、娼婦の姿も多い。
落ち着いていると感じるのは、そんな彼らがどことなく大人しいからだろうか。そういえば、と見渡してもケンカをしている者は見当たらない。
逆に、酔っ払いの姿は多く見られるが。
「ふむふむ。こっちのほうが面白いですわね。同じ冒険者でも種類が違う気がします。セツナの言うとおりですわ」
同じ冒険者と娼婦でも、区画が違えば雰囲気も変わる。
それを目にして、ルビーは満足そうにうなづいた。
「納得してもらえて嬉しいよ」
「えぇ、褒めてさしあげます。お礼に背中でも流しましょうか?」
「い、いや、遠慮します」
セツナは照れるように逃げ出した。
「あら、かわいい。師匠さんも見習って欲しい可愛さですわね」
「俺も遠慮してるぞ?」
「師匠さんのは、どちらかというと『我慢』です。セツナは『逃避』。少し違いますわ」
「言わんとしていることは分かる」
足早に逃げていったセツナとそれを追いかけるシュユ。
そんなふたりに追いつくように冒険者の宿『風来』へと戻ってきた。
「おかえりなさい!」
看板娘たるマイがにこやかに頭を下げて出迎えてくれた。
「皆さん、無事でなによりです。どうぞお風呂で汗を流して、ぐっすりと眠ってくださいね」
「お風呂があるの?」
「あるよ~、金髪ちゃん」
「パルヴァスだよ、パルヴァス」
「パルばス……ぱるヴぁス……ごめん。パルちゃんでいい?」
「みんなそう呼んでる」
ふひひ、とパルは嬉しそうに笑った。
「そっちの紅目ちゃんは?」
「わたしは黒髪ちゃんではないのですね?」
「あはは。あたしも黒髪だからね~。で、紅目ちゃんの名前は?」
「ルゥブルム・イノセンティア・サティス・ディスペクトゥスですわ。はい、復唱!」
「え? え? る、るーぶ、え?」
嫌がらせのように名前を名乗りやがった……
「ご、ごめん、もう一回言って」
「ルゥブルム・イノセンティア・ディスペクトゥス・ラルヴァ・サティス・サピエンチェです」
さっきと違う名前を名乗ってるぞ、おい。
さらりと魔王サマからもらった名前を混ぜんな!
「る、るーぶるむ――」
「長いのでルビーと呼んでください」
「最初からそっちを名乗ってよぉ」
「ほんの戯れですわ。これからお世話になりますわね、マイ」
「お金の続く限りお世話してあげるわ、ルビー」
はははは!
なかなか言うじゃないか、この看板娘。
もっとも。
このくらいの気概がなければ、こんな街で冒険者の宿なんてやってられないだろう。こんなふうに仲良く話してた相手が、明日は帰らなかった、なんてことはよくある話で。
小さい頃からそんなものを見続けたんだ。
強くもなる、というもの。
もしくは――すでにぶっ壊れてしまっているのか。
後者でないことを願うばかり。
それでもルビーはマイのことを気に入ったらしく、頭から足までじっくりと舐めるように見た。
「気に入りました。あなたのことを覚えておくわ」
「そ、そう? どうもありがとう」
こんな反応を見せる客も珍しいのだろう。
マイはおずおずと返事をした。
「ほれ、そろそろ部屋に戻るぞ。あんまり旦那と須臾を待たせると間違いが起こっちまう」
「……それだとむしろ遅れたほうがいいのでは?」
「世の中、みんなおまえと同じと思うなよエラント」
あれ?
そうなの?
「気まずくなっちまって、あたいが仲間外れにされちゃうじゃないか。いやだぜ、今さら置いていかれるなんて」
「あぁ、そうなるのかもしれんな。疎外感というか、邪魔者扱いされるのはキツいからなぁ」
「経験有りって感じだな。どうした?」
「前のパーティでちょっとな」
「そ、そうか……ま、まぁ元気だせ。な? ほら、パルとルビーもいるじゃねーか」
今さらのことのように慰めてくれるナユっち。
優しい。
「君が十代前半だったら惚れてたところだ。ありがとう」
「褒め方が気持ち悪い」
「えぇ~」
最大限の賛辞を気持ち悪いと言われてしまった……
「パルちゃん、いっしょにお風呂に入るでござるよ」
そうこうしていると、先に行ってたシュユがお風呂セットを持って迎えにきた。桶の中に石鹸が入っており、あとはタオルが入っている。
ちらりと見える紙というか御札は……もしかして下着なのだろうか。
もうえっちなのかえっちじゃないのか、サッパリ判断つかない。
「あ、いくいく。ナユちゃんもいっしょに入ろうよ」
「ナユちゃん言うな。今度はあたいの体、触んなよ?」
「ふひひ、いっぱい洗ってあげる。ルビーはどうする?」
「わたしも入りますわ。皆さまにわたしの体を洗う権利をさしあげます」
「「「「いらない」」」」
「師匠さんまで否定なさらなくても!」
まぁ、そんな感じで女性陣がキャッキャと騒ぎながらお風呂に行ったので、俺もセツナを誘ってみることにした。
「いっしょに風呂でもどうだ?」
「そうだな。入っておくか」
というわけでふたりして男湯に向かう。
それなりに大きな浴場があり、冒険者が多く利用していて少々混雑していた。入れないことはないし、なにより汗は流しておきたい。
適当な棚に服を脱ぎ入れ、浴室に入ろうと思ったのだが――
「セツナ殿」
「なんだ?」
「仮面は外さんのか」
顔の上半分を覆っているセツナの白い仮面。まるでオーガのような角の付いた仮面を付けたままで風呂に入ろうとしているのを見て、思わず声をかけてしまった。
「あぁ、これか」
コツコツ、と自分の仮面を叩くセツナ。
そのまま浴室に入って行くので、俺は後を追いかける。
「少々事情があってな。素顔は見せられん」
「俺でもか」
「エラント殿と恋人になった覚えはないが?」
「別に詮索するつもりはなかったんだが……気になったのでな」
確かにそうだろうな、とセツナは笑う。
「傷か、それとも火傷でもあるのか?」
「ハハハ。もっと酷い物かもしれんぞ。この仮面の下がバケモノのようであったら、エラント殿はどうする?」
「びっくりするだろうなぁ。ただ、怖がったりはしないと思うぜ。これでも恐ろしい目にはいろいろあってきてるからな。普通のバケモノ程度では俺の心を引かせるには足らんぞ」
なにせ、魔王と会ったりしてるので。
今さら素顔がバケモノ程度で付き合いが疎遠になったりはしないだろう。というか、仮面をしてても分かるイケメンオーラのようなものを感じるんだが?
やはり酷い傷でもあるのかねぇ。
「……そうだな。エラント殿ならば受け入れてくれるやもしれぬ」
「お。恋人になってくれるか」
「フハハ。須臾を泣かせるわけにはいかないから、エラント殿と恋仲にはなれんな。申し訳ない」
「残念。まぁ、そのうち機会があれば見せてくれ」
「うむ」
「イケメンだったら殴ってやる」
「その時は、傷物にされた、と須臾にでも泣き付こうか」
ふたりして笑っておいた。
というわけで。
セツナとちょっぴり仲良くなった気がしたお風呂タイムだった。
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