~卑劣! 縁は異なもの味なもの~
「んひひひ、んぐ、にゅふふふ、ふへへへへ。んぐんぐ、んっ、ぷはぁ!」
笑いながらごはんを食べる美少女を知っているだろうか?
俺は知っている。
というか、いま目の前にいる。
もちろんそれは俺の愛すべき弟子であり、かわいいかわいいパルパルちゃんである。
「おっと」
いかんいかん。
パルのあまりの可愛さに思考がおかしくなっていた。
「君は美味しそうに食べるなぁ、パルヴァス君。そんなに美味しいのかい?」
「おいひい。ほへ、めっひゃおいひい!」
貴族であるナライア・ルールシェフトから『雇われないか』という申し出を断った俺たちだが、少女パーティを救ったお礼はしたいということで夕飯をご馳走になっている。
なんでも注文してくれ、ということで遠慮なく注文したパルがめちゃくちゃ嬉しそうに料理を食べているのが現状だ。
遠慮を知らないというか、なんというか。
まぁそこがカワイイんだけど。
「むしろ喜ばしい。やはり冒険者はこうでなくては」
ナライア女史も嬉しそうなので、いいんだけど。
パルが注文したのはジュージューと音を立てて運ばれてきた分厚いステーキ。上に乗っているバターがとろ~っと溶けていて、見るからに美味しそうな一品だった。
刃なんか付いていないはずのナイフがす~っと肉に入っていき、簡単に切れている。
恐ろしく分厚いのに恐ろしく柔らかい肉だ。
それを大口をあけてもっきゅもっきゅと食べていくパル。
「んふふ~、しあわせ~」
めっちゃ嬉しそうな顔なので良い。
ほっぺたを突っついて吸い付きた――いや、なんでもない。
「美味しいですわね。ちゃんと冷やしているからでしょうか」
ルビーはフルーツの盛り合わせ。しあわせそうにチェリーを舌の上に乗せてゆっくりと食べている。
「れろれろれろ」
ぜったいワザとなのであえて無視したいと思います。
「ふふ、師匠さん。れろれろれろ~」
あえて無視してると分かっているので、ルビーは嬉しそうだった。
はぁ~。
「ほらパル、ソースが口に付いてるぞ」
「ふひへ~」
「食べながら喋らない」
もぐもぐ、ごっくん。
よく噛んで飲み込みましょう。えらいえらい。
そんなパルの口を拭いてやる。
まったく。
かわいいなぁ、もう!
倭国組はみんな魚を注文していた。ショー油というタイワ国で作られている調味料で味付けされているらしい。なんとも香ばしいにおいがする。
倭国ではもっともポピュラーな魚の食べ方らしい。
塩かショー油かで意見が分かれるそうだ。
しばらく故郷を離れているので、その味が嬉しいのだとか、なんとか。
島国から外に出るのは大変なのかもしれないな。
「ふひひひ」
その点、パルはどこへ行っても大丈夫そうなので心強い。
まぁ、路地裏でゴミをあさり、泥水をすすって生きてきたんだ。どこへ行こうとも普通の食事ができるだけで嬉しいのかもしれないな。
「エラント君はそれで良かったのかい?」
俺の前に置かれているのはサンドイッチ。きゅうりにレタスにハムにたまごに、豚肉を油であげたものもあるし、デザートのフルーツサンドもある。
食堂を兼ねた冒険者の宿だけあって、サンドイッチでさえも豪華だった。
「好物なので、これで充分です」
「それなら良かった。遠慮されてしまうとおごり甲斐が無いからね」
ナライア女史の言葉に、俺は肩をすくめる。
パルみたいに遠慮なく注文するのは、少し申し訳ない気もするのだが。おごる方からの立場では、むしろ嬉しいのかもしれない。
まぁ、限度ってものがあるだろうけど。
そのステーキ、いったいいくらなんだろうか……値段を見るのが怖い……ここ黄金城だぞ? たぶん、物凄い値段だと思う……
「お酒は飲まないのかい?」
「たしなむ程度なら出来ますが。泥酔するつもりはないので」
「ふふ、熟練の盗賊らしい言葉だ。だが、たまには心を休めるつもりで飲むことも必要だ。冒険者の宴といえば酒だ。乾杯とジョッキをぶつけ合えば仲も良くなるというもの」
「えぇ。その時は、ご一緒願います」
もちろんだとも! と、ナライア女史はごきげんにうなづいた。
「冒険の後に冒険者が飲みかわす酒! 明日をも知れぬ職業だからこそ、今日の稼ぎを使って一晩の興じにふける。あぁ~、やはり冒険者は最高だぁ~」
お酒なんて一滴も飲んでないのにナライア女史は、まるで酒に酔ったかのような恍惚の表情を浮かべた。
ちなみにナライア女史が食べているのもサンドイッチ。
片手で食べられる物が食べやすいんだろうな。仕方がないことだけど。
まぁ、その気になればメイドさんに食べさせてもらえるだろうし、貴族ともなれば食べやすいように切り分けて用意してもらうことも可能だろう。
こんな目にあってまで、まだ冒険者と関わろうとするとは。
酔狂な女性だな、まったく。
「楽しかったよディスペクトゥス・ラルヴァの諸君」
食事が終わると、俺たちは倭国区画の宿に戻ることにした。さすがに自分たちの宿を取っているのに、こっちに泊まるわけにはいくまい。
「残念だ。寝物語に君たちの冒険譚が聞きたかった……」
むしろ貴族さまの寝室に――しかも女性の――入り込むわけにはいかないだろう。常識的に考えて。
「ねぇねぇ、ナライアさんの好きな冒険譚って何?」
「いい質問だ、パルヴァス君! その質問にはこう答えるようにしている」
パチン、とナライア女史は指を鳴らした。
「勇者物語。私の一番好きな『冒険者』たちだ」
その言葉に俺は思わず――
「なぜ?」
と、聞き返してしまった。
勇者物語。
それは過去、全ての勇者たちを『ひとり』の存在として描かれたものであり、各地で起こる問題を解決している今現在も更新され続けている物語でもある。
過去に存在したあらゆる勇者の英雄譚でもあり、それはどこかで失敗した結末を想起される物語でもある。
なにせ――勇者として魔王を討伐した者は、まだひとりもいないのだから。
「好きなんだよ、勇者が。勇気ある者が。人々の期待をひとりで背負って、仲間たちと共に前へ前へと歩いて行くその姿が、私は大好きなのさ」
「……そう、なんですね」
「あぁ、そうだとも! 此度の勇者殿は今はどこにいるのだろうか。噂ではついに魔王領へ到達したと聞くこともある。最遅の勇者と揶揄されることもあるが、そんな暴言に私は騙されないぞ。なにせ、その分だけ各地に物語として刻まれるのだから! 知っているかい? 勇者もこのダンジョンに挑戦したという話が残っているんだ。なんでも地下五階の街に取り残された者を救助しに来たというが……勇者であれば、きっとダンジョンを攻略できただろうね。その結末も知りたかったものだ」
うんうん、とひとり納得するようにナライア女史はうなづく。
まぁ、知ってるも何も勇者パーティの一員だったので。
言わないけど。
なにがなんでも寝物語を強制されそうなので。
あのメイドさんが拉致ってくるかもしれない。
おぉ、こわいこわい。
「あぁ今度こそ! 今度こそ勇者としての悲願を達成できることを願っているよ。なにせ、勇者物語が完結する瞬間に立ち会えるんだから」
物語は、完結しなければ完成とは言えない。
終わったからこそ、良かったものとして迎え入れられる。
いや、逆に――
永遠と語り継がれ、脈々と受け継がれているのが勇者物語であり、だからこそナライア女史の心に触れたのかもしれない。
ちゃんと終われなかった彼女だから。
冒険者としての最後は迎えたが、冒険者らしい最期は迎えられなかったのだから。
「見送りもできず申し訳ない。良ければいつでも訪ねてきてくれ。もちろん、その時はごはんをおごらせてもらうよパルヴァス君」
「はい!」
狙い撃ちされてるじゃないか、パル。
盗賊が弱点をさとられたらおしまいだぞ――と、思ったけどパルに即行ロリコンだと見抜かれた俺には何も言う資格が無かった。
ぐぬぬ。
「何で顔をしかめていますの、師匠さん?」
「ちょっと自分の未熟さを憂いていただけだ」
「まさかあの女の魅力に!? 欠損フェチに目覚めましたの!?」
物凄く失礼なことを言ったので、ルビーを殴っておきました。
いや、俺に対しての『失礼』じゃなくてナライア女史に対して、だ。
「はははは! かまわないとも。冒険者の中には、私の残った手足も邪魔だという者がいるぞ? 生意気な小娘には残った手足も必要ない、とね」
「あぁ~、ダルマだな」
なぜかセツナ殿が理解を示した。
ダルマってなに!?
分かるぅ、みたいな顔をしてうなづいてるシュユっちとナユっち。
え、倭国では常識なんですか、それ!?
こわっ!
「痛いのはダメだよぉ~」
「……そうだな。悪かったパル殿」
パルにたしなめられてセツナは頭を下げる。
そんな様子を興味深くナライア女史は観察していた。
何か思うところがあったのかもしれない。
「ふふ。それじゃぁまた」
手を振るナライア女史に別れを告げて、俺たちはにぎやかでうるさいくらいの冒険者の宿『プリンチゥプム・レジェンダ』から出た。
もっとも――黄金城は外も冒険者たちでにぎやかなので、外に出た程度では静けさは味わえない。それこそ、ダンジョンの中が一番静かなんじゃないかな。
そんなところで落ち着けるわけもないが。
「あ、あの!」
外に出たところで待っていたのは6人の少女たちだった。
ナライア女史に雇われた少女パーティたち。今は装備を外してはいるが、戦士職のふたりはきっちり帯剣している。
感心感心。
「今日はありがとうございました。そ、それから、あの――」
リーダー少女はちらりとナユタを見上げる。
「ほ、ほんとに訓練をつけてもらえるのでしょうか?」
「おぉ。あたいは嘘つかないよ。と言っても、空いてる時間だけどな」
「それでもよろしくお願いします!」
前衛の少女三人がナユタに頭を下げた。
そして、盗賊職の少女が俺とパルの前まで来た。
「あ、あの……ウチも本当に訓練してくれるのでしょうか?」
「ナユタと同じように、時間の空いてる時だけになるけど」
「はい!」
そんな彼女にパルが手を差し出した。
「よろしくね。あたしパルヴァス」
「あ、はい。よろしくお願いします! エリカです!」
盗賊職の子はエリカという名前か。
名前までは聞きたくなかったなぁ……
情が移るというか、なんというか。それこそ、みずから望んでダンジョンに向かっているのか、それとも生きるためなのか、その感覚が曖昧になっているような気がする少女だ。
いつ終わりが来てもおかしくない。
そんな少女の名前は――できれば、もう二度と思い出さなくなるまで知りたくなかった。
「んふふ~。師匠は渡さないからね」
「え? は、はぁ……」
「なに牽制してんだ、パル」
余計なことを言う愛すべき弟子の頭を叩こうとしたが、避けられた。
む。
やるじゃないか。
「師匠のもとで頑張ると、これくらいできるようになるよ。頑張ってね!」
「はい、分かりました! がんばります!」
ふたりは両手を星空に突き上げて、おー、と気合いを入れている。
むぅ。
カワイイので怒れないじゃないか……
「こうなってくるとわたしも後輩が欲しいですわね。ちょっとそこのニンジャ娘」
吸血鬼が余計なことを思いついてる。
「シュユでござるか?」
「ちょっとわたしから教わってみない?」
「シュユは忍者でござるよ? ルビーちゃんとぜんぜん戦い方が違うでござる」
「誰がそっちを教えると言いました?」
「ひょ?」
「男の堕とし方よ」
「ルビー師匠。よろしくお願いするでござる」
待て待て待て、と保護者が止めに入った。
「須臾に余計なことを教えないで欲しいルビー殿。手出し無用で頼む」
「あら、邪魔をするだなんて。よっぽどわたしの色仕掛けが恐ろしいらしいわね、セツナ」
「いや。須臾は今が一番可愛いので、余計なことをして最高の状態から損ねないでもらいたい」
「あ、そっち」
ガックリと肩を落とすルビー。
ケラケラとナユタが笑っていた。
「残念。ですが……どうやらわたしも役に立ったみたいですわね。良かったわね、シュユ。ご主人様の告白が聞けたじゃない」
「あうあう」
紅くなった頬をおさえているシュユ。
超かわいいんですけど~。
今やパルパルやルビルビにはなくなってしまった新鮮な反応。
ん~んんん。
ごちそうさまです!
「よし、そろそろ帰るか」
というわけで。
ナライア・ルールシェフトと彼女が雇う少女パーティたちと出会い――
縁を繋いでしまったのだった。
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