~卑劣! 人生をカけた趣味~

 ナライア・ルールシェフト。

 やっていることのイメージから勝手に男性だと思っていたのだが……目の間に座っている貴族は女性だった。

 しかも美人。

 きっちりとしたパンツルックに黒髪を丁寧に後ろに縛っている。そこそこ長い髪であり、腰まで届きそうな程だろうか。

 キリリ、と整った顔立ちは貴族らしさを越えて、むしろカッコいいと思えるほど。

 下手をすれば、イケメンよりも整っているかもしれない。

 もちろん着ている服は一級品であり、汚れひとつ無い豪奢なものだが……普通にあるはずの右手と左足が二の腕と太ももあたりで閉じられており、ある種の不自然さを感じさせる。

 だが、彼女の表情に痛ましさはない。

 むしろ、その状態を誇るように隠すことはしていなかった。


「リリアのパーティを助けてくれたのは君たちか。感謝する」


 少し低い声だが聞き取りやすい。喧噪の激しい店内でも良く通る声だ。

 そのあたりはさすがの貴族と言えるだろうか。

 人との『会話』で物事を有利に進めるのが貴族の生き方ではあるのだが……いかんせん、ナライアの欠損した肉体が気になり、どうにも評価が曖昧になってしまう。

 貴族として彼女は正しいのか。

 そうでないのか。

 どうにも判断ができない――いや、判断をさせてくれない雰囲気があった。


「感謝するよ。大切な冒険譚が聞けなくなるところだった。いや、むしろ面白くなったというべきか。本来なら立ち上がり握手を求めたいところだが……申し訳ない冒険者たちよ。そちらから来てもらえないだろうか」


 立とうと思えば立てるが、片足で近づいてこられるよりもこっちから近づくほうがよっぽど早い。

 ナライアは自分で動くことはせず、こちらへと要求してきた。


「ひとつ聞かせてもらってもよろしいでしょうか」


 物怖じしないというか、臆する必要のない種族というか、ルビーが率先してナライアに近づくと彼女の左手を両手で握りながら発言した。


「あぁ、なんでも聞いてくれたまえ。ただ、私と初対面の人間の質問は決まっているようなものだが」


 肩をすくめる男装令嬢。

 まぁ、質問することなんてひとつだろうな。


「では遠慮なく聞きますわね。その服は特注でしょうか?」

「そっち!?」


 というツッコミを全員で叫んだところで、ルビーは冗談だと笑う。


「あはは! これだから冒険者は好きだ。初対面の貴族相手に遠慮なく冗談を飛ばせるとは、なかなかのツワモノだなぁ、君は」

「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』所属、プルクラですわ。もちろん冒険者でもあります。ルビーと呼んで頂いてもよろしいですわよ」


 ルビーはナライアに冒険者の証であるプレートを見せる。

 レベル1のプレートでもナライアは満足そうにうなづいた。


「ほうほう。なかなか複雑な事情がありそうで興味が尽きないが……先にルビー君の質問を聞いておこうか」

「では改めまして。その手足はどうしたんですの? 食べられました?」


 誰が食べるんだよ、とは思ったが――


「食べられたよ」


 果たしてナライアは肯定した。


「私は昔から冒険譚が大好きでね。それこそ冒険者に憧れた。家を飛び出し、名前を隠し、冒険者になって、仲間を手に入れ――そして、手足と共に全てを失った」


 あぁ――なるほど。

 どうやら冒険者としては『よくある最後』を迎えてしまったようだ。

 よくある『最期』でなかったのが幸いとも言えるが。


「それでも私の冒険欲は収まらなかった。世に出ている冒険譚を読み漁った。しかし、それは大成功したものばかりだ。中には小説まがいのものまである。私が聞きたいものは、そんなものではなく『本物』だ。本物の冒険譚からしか、私の満足感は得られない。だから私は、冒険者を育てることにしたのだよ」


 まるで熱に浮かされたかのように。

 ナライアは片手を広げ、壮大な演説をするかの如く語る。


「初心者が好きだ。ルーキーが好きだ。何も分からない少年が一生懸命に剣を振るのが好きだ。初めての戦闘を震えながら乗り越えるのが好きだ。仲間と共に強くなっていく場面など心が踊る。少女が魔法で牽制するのも好きだ。仲間を守るために懸命に少ない精神力で魔法を行使し、マインドダウンでフラフラになるところも好きだ。盗賊が好きだ。まだまだおぼつかない足取りでおっかなびっくりと罠を解除するところは愛しささえ感じる。騎士が好きだ。仲間の盾になり、敵の最前線に飛び出していく彼らのことを愛せない者はいまい。神官が好きだ。神と言葉を交わし、神の奇跡を代行してくれる。神官魔法で傷が治っていく様は、まさしく私は神に愛された瞬間だと思ったよ」


 ナライアはすでに俺たちを見ていない。

 俺たちの後ろ――遥かに広がる自分の世界を見ていた。

 狂ってはいない。

 ギリギリで正気を保っている。

 それが、なんとも――恐ろしい。


「ピンチが好きだ。不意打ちされて魔物の種類も分からず逃げ出す瞬間が好きだ。背中に迫る魔物の声に悲鳴をあげながら逃げるのも好きだ。罠が好きだ。落とし穴の開いた瞬間、一瞬だけフワリと体が浮いたような感覚と共に絶望の感覚が襲い掛かってくるのがたまらない。敗戦も好きだ。勝てないと分かった以上、逃げる選択を選ばざるを得ない状況が好きだ。刻一刻と判断を迫られ、その選択を取るかどうかで迷っている瞬間が好きだ。決断が遅く、仲間を犠牲にしないと逃げられない時など、心が張り裂けそうになる」


 だが――

 と、ナライアは続けた。


「仲間の死は嫌いだ。共に強くなり、共に生きてきた仲間を失うのは嫌いだ。自分の身はどうなってもいい。右手を失おうとも左足を失おうとも、例えミノタウルスの巣に放り込まれ、凌辱の限りを尽くされたとしても。そこに仲間がいさえすれば、耐えられる。共に苗床にされたとしても、そこに友がいるのなら希望が持てる。そこから逃げ出す冒険譚が生まれる」


 それは――

 どこまでが事実で、どこまでが彼女の妄想なのだろうか。

 それは分からないが。

 嫌いな事というマイナスの発言をしたことによってナライアの気分は落ち着いたらしい。

 ようやく視線が俺たちに戻ってきた。


「――あぁ、すまない。何の話だっただろうか」


 ナライアは思い出そうとするが、すっかりと話の骨子を忘れてしまったらしい。


「食べられた話だったよ。それから冒険者を育てるっていう話」


 パルの言葉に、そうだった、とナライアは顔に笑みを浮かべた。

 自分の手足の話なのに嬉しそうなのは……なるほど、あらゆる意味で『冒険者狂い』というわけか。

 ときどきいるんだよね、こういう『本物』が。

 冒険者とは未知を開拓している者たちを意味する言葉であり、無謀とも言える挑戦をこなしてきた者たちに与えられた称号だ。

 彼らがいなければ、人間種はまだまだ南の安全なところに住み続けていたかもしれない。エルフ族やドワーフに出会うこともなく、神さまだって存在しなかった可能性もある。

 ハーフリングは、単なるバカという蔑称で呼ばれていたかもしれないなぁ。

 まぁ、なんにしても貴族では珍しいタイプ。

 きっと生きるのに苦労しているだろう。

 あらゆる意味で。


「私は手足を失ってもなお、冒険への欲が止まらなかった。でもこうなってしまっては歩くことすらままならない。誰かにおんぶに抱っこでは、それは冒険ではなく旅行だからね。残されたのは冒険譚を楽しむことだけ。だからこそ、私は新鮮な冒険譚を求めて冒険者を育てることにしたんだ」


 おいで、とナライアは手招きをする。

 俺たちの後ろの席に控えていた少女が立ち上がり、ナライアのそばまでやってきた。


「先ほどはありがとうございました。無事に帰ることができて、ご主人さまに『冒険譚』を話すことができました」


 ありがとうございます、と頭を下げたのは黄金城地上2階で出会ったパーティのリーダー少女だった。


「改めて私からもお礼を言うよ、ディスペクトゥス・ラルヴァの諸君。おかげで今までに無い新しい冒険譚を楽しむことができた。くくく、ふふふははは。いやぁなんという劇的な出会いだろうか。集団戦で体勢を立て直すために逃げた先に滅多に出会うことがない別パーティと出会うなんて! これはもう運命と言っても過言ではないじゃないかな! どうだろうか、諸君。私に雇われてみないか!」


 雇う?

 どういうことだ?


「断ります」


 話を聞く前にセツナ殿が断ってしまった。

 判断が早い!


「待て待て、話を聞いてくれ白仮面君」

「私はセツナと申します」

「よろしいセツナ君。何も私の下で働けとは言っていない。私に冒険譚を聞かせて欲しい。それだけで報酬を渡そう」

「……それって雇うと言っていいんでござるか?」

「ござるよ、ニンジャ君」

「シュユでござる、ナライア殿」

「シュユ君だね、覚えたでござる。ニンジャなんて珍しい職業の女の子だ。そんな君の話を優先的に聞かせてもらいたい。だからこそ、そこにお金を払おう。聞かせてもらえなくてもお金を払おう。つまり、君たちの生活費は私が面倒を見る。そのかわり、毎日なんでもいいから話を聞かせて欲しいんだ。だからこれは『雇う』なんだよ」


 なるほど。

 確かにそういう意味では、雇っていると言えるな。

 しかし――少し不思議だな。

 どうしてナライアは真っ先にナユタの話題に触れないのだろうか? いや、ニンジャが珍しいと知っていても、シュユが触れるまで彼女に一切話をしなかった。

 冒険者は好きと言っておりながら、どうにも不可解な気がするなぁ。

 俺はちらりとナユタを見ると……ナユタ自身もそこが気になったのだろうか、みずから話題を切り出した。


「あんた、あたいをどう見る?」

「あたい君かい?」

「失礼。あたいは那由多だ」

「ナユタ君か。君の容姿は多いに人目を惹く。それは私も同じだからね」


 ナライアは残された右腕をあげてみせた。

 二の腕あたりは残っているらしい。


「ジロジロ見られる不快感を私は知っている。それでも君を見つめたほうが良かったかね? できれば君の生い立ちから根掘り葉掘り聞いてみたい衝動はある。だが、それを喜ぶ人間なんていないことは、私が良く知っているよ」

「……ご配慮、感謝する」


 思った以上にマトモな理由だったので。

 ナユタは素直に頭を下げた。

 このあたり、『義』の倭の国の住民らしい。


「申し訳ないナライア殿。私たちは事情をあまり話せないのだ。あなたの望む答えは得られないだろうし、嘘をつくことになってしまう。それでお金をもらうのは申し訳ない」


 セツナ殿はそう言って頭をさげた。


「そうか……そうかぁ……非常に残念だ」


 目に見えて落胆するナライア。

 この女性は、『冷静』と『情熱』が隣り合っているような性格をしているらしい。段々と興奮する、のではなく、いきなりトップレベルに興奮状態になる、ような感じだろうか。

 なんにせよ、激情家という言葉が似合う女性ではあるようだ。

 それこそ、冒険者にふさわしい性格をしていたんじゃないだろうか。

 もちろん本来の意味での『冒険者』だが。


「セツナ君にシュユ君にナユタ君。そして、そっちの黒髪の子がプルクラ・ルビー君で、可愛いお嬢ちゃんの名前を教えてもらえるかい?」

「あたしはサティスです。パルヴァスって呼ばれてます」

「『小さくて可憐』……なるほど、ピッタリな名前じゃないか!」


 サティス・パルヴァスをそのまま現代の言葉にするとそうなるな、確かに。


「で、そっちの黒仮面のお兄さんが?」

「エラント・ディスペクトゥスだ」

「こっちは『卑劣な彼らはさまよう』? もっと上手い名前はなかったのかい、エラント君」

「都合上によりこう名乗っている」

「つまり本名があるわけか」


 しまった。

 余計な情報を与えてしまったな。


「ふふふ、君にも興味が出てきたぞエラント君。君が生まれてここまでどうやって生きてきたか私に話してみる気はないかい? 君が望むのならたっぷりと謝礼金を用意しよう」

「遠慮しておくよ。女性とふたりっきりで話すのは苦手だ」

「おや、奥手なのかい? 卑劣なテクニックを持っていそうなのに」

「師匠は童貞ですよ」


 弟子が余計なこと言った……


「ぶふっ」


 ナライア女史が吹き出した。


「――し、失礼した。そ、そうか。私では力になれそうにないが……あ~……知り合いの娼婦を呼んでやろうか?」

「遠慮する」

「申し訳ありませんナライア。師匠さんは意気地なしなんですの。わたしやパルがいながら、なかなか手を出してくれませんので」

「あぁ~、そうか。エラント君、時には冒険も必要だと私は思うぞ?」


 思うぞ? じゃねーよ!


「俺は堅実にやるタイプですので」

「そうか。でも遠慮なく言ってくれたまえ。冒険譚ひとつで娼婦ひとりを君に与えよう。あぁ、安心してくれたまえ。この娼婦は私が契約している者だからな。残念ながら冒険者になれなかった者ではあるが、そっちの才能があってビックリしたよ。いるんだなぁ、天才って」


 ナライアは片腕で腕を組むポーズをしてみせ、うんうん、と噛みしめるようにうなづいた。

 ……娼婦の天才ってなに!?

 ちょっと気になっちゃうじゃないですか、やだー!


「ふふ、男の子だねぇ~。ふたりとも」


 ちらりとナライアがこちらを見て笑う。

 横を見ればセツナ殿もちょっと気になっている様子。


「むぅ~」

「ご主人さまぁ」


 そんな俺たちを、パルとシュユが睨みつけてくるのでした。

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