~卑劣! とあるメイドの案内で~

 地上三階のゴール、玉座の間まで到達した俺たち。

 パルとシュユの描いた地図も問題なし。


「上出来じょうでき」

「えへへ~」


 しっかりと描けているようなので、そのまま地上一階を目指し――モンスターに遭遇することなく出口の門まで戻ってきた。


「ふへ~、外だ~」


 真っ暗な場所に長時間、しかも閉鎖的な空間だ。そんな場所で周囲を警戒しながらの行動は精神的にも思った以上に疲労度が大きい。

 今まで洞窟や遺跡を探索してきたパルでも、やはり疲れてしまったようで。


「お疲れさま、パル」

「疲れました~」


 パルは素直にそう言って、大きくため息をついた。

 ぐぐぐ、と伸びをすると同時に目をパチパチとしばたかせる。

 真っ暗な中での地図製作もしていたので、目も疲れたのかもしれないな。


「目は重要だからな。あまり無理しないように」

「はーい」


 そう声をかけつつ、門のように大きな扉を開いて外へ出る。


「おや。もう夕方でしたのね」


 ダンジョンに入っている間は外の様子が完全に分からないので、それこそ時間の感覚はどんどん狂ってくる。

 今回は短い間だったので大丈夫だったが、本番ともなるとダンジョンの規模はもっと大きくなり、探索はどうしても長時間になってくる。

 そこで問題となってくるのが、空腹と睡眠だろうか。

 気が付けば真夜中まで歩き続け、お腹がペコペコ。眠くても安全な場所が見つからない。なんていうことに成りかねない。

 まぁ、それは極端な例だけど。

 しかし、無いとも言い切れないのが黄金城のダンジョンであり、時間の感覚は大事だ。

 早々にズレてる吸血鬼さまは、どうかと思うけど。


「お待ちしておりました、ディスペクトゥス・ラルヴァさま」


 門から出たところで、俺たちは声をかけられる。

 甲冑衛兵たちがこちらへ睨みを利かせているラインに、ひとりのメイドさんがいた。

 背の高いメイドで険しい目つき。メイドさんが暗殺者になったのではなく、暗殺者がメイド服を着ているだけ、という雰囲気がある。

 もっとも――

 この治安が最悪を通り越して最低でもある黄金城に、普通のメイドさんがいられるはずもない。早々にナンパされて、下手をすれば暗がりに連れ込まれるのがオチ。気が付けば娼館に売れれていることもあるかもしれない。

 それでいくと、このメイドさんには声をかけられる雰囲気はなかった。

 まるで殺気だったケモノ。

 手負いのオオカミとまでは言わないが、それに似た空気感がある。

 まったくもって、メイド服を着ているからといって油断ならないのがこの黄金城というわけだ。


「ご主人様がお礼を言いたいそうなので、ご同行願えますか?」


 その視線は有無を言わせない迫力があった。

 むしろ、ご同行しないとぶっ殺す、とまで言いそうな雰囲気。


「ふむ。何か用事がありますかな、エラント殿」


 いつもの商人モードになっているセツナは柔和な笑みを浮かべながら聞いてきた。


「こちらは何も。パルとルビーは大丈夫か?」


 ふたりは首を縦に振る。


「決まりですね。同行したいと思います」


 助かります、とメイドさんは頭を下げた。

 その間も隙が見当たらないのはさすがと言うべきか。それとも俺たちが信用されておらず、これは罠なのか。

 まぁ、『ご主人様』とやらは助けた少女パーティのご主人様だと予想できるし、いきなり命を狙われるような目立った行動はまだしていない。

 これが未踏破領域への到達やら、物凄いお宝をゲットしたやら、そういった話になってくると別なのだが。

 今はまだ悪目立ちしているだけの仮面集団。

 そこまで警戒する必要はないだろう。


「では、こちらです」


 メイドさんはクルリと反転すると歩き始める。

 俺たちはその後ろを付いていった。


「パル、ちょっとした洞察力テストだ」

「はいっ」

「さっきのメイドさんの動きから読み取れることを述べよ」

「振り返った時にスカートが広がりませんでした。不自然ですが、違和感を覚えさせない動きです。なにかスカートに重い物が仕込んである可能性があるか、そもそもスカートが重いですし、相当に強いメイドさんだと思います」

「正解」

「にひひ」


 というやりとりをしたら、メイドさんに睨まれた。

 怖い。


「パルちゃんはそういう修行をしてきたんでござるなぁ」

「シュユちゃんはどんな修行だったの?」

「滝に打たれる修行が面白かったでござるな」

「なにそれ」


 マジでなにそれ?


「滝の下に入るんでござるよ。で、上から落ちてくる物をひたすら避けながら耐える訓練でござる。忍耐力が上がるでござるよ」

「ニンジャ凄い」

「慣れると楽しい訓練でござる。冬は地獄でござったが」


 冬でもやる修行なの!?

 ニンジャ凄い!


「そ、そそそ、そのときの服はどうなっているのか詳しく教えてくださいませ、シュユ! 複数人での修行ですわよね? 男の子と女の子が合同でやっていたんですよね!?」


 ひとり視点の違う吸血鬼がいた。

 このエロ吸血鬼め。

 ダメなヤツだよ、おまえは。

 ホントに。


「男女別でござるよルビー殿。服はこのままでござる。濡れて動きにくくなったのも合わせての修行でござるからな」


 そのままか……そのままかぁ~……そのままか!


「「うむ」」


 なぜかセツナ殿とうなづくタイミングが合致した。

 噛みしめる時間が同じだったらしい。

 あぁ。

 どうして俺たちはこんなにも出会うのが遅かったのだろうか。もっともっと早くに出会えていれば、きっと唯一無二の親友になれたというのに。

 いや。

 今からでも遅くない。

 俺たちは最高の友となれるだろう!


「「うん」」


 というわけで握手して肩を組み合った。

 ナユタが怪訝な顔をしていたが、気にしないことにする。


「こちらです」


 メイドさんに案内されたのは、黄金城からほど近い、かなり大きな冒険者の宿だった。掲げられている看板には『プリンチゥプム・レジェンダ』。

 旧き言葉のようだが――


「『伝説の始まり』、とは大言壮語ですわね」


 どうやら、そういう意味らしい。

 周囲の建物と比べてかなり大きく、中からは騒がしい声が聞こえてくる。冒険者以外の人間も中に入って行くのを見るに、どうやら食堂でもあるらしい。

 こうも騒がしければ満足に睡眠を取ることもできないだろうが……まぁ、黄金城にいる限りどこへ言っても騒がしい状態だ。

 それこそ学園都市と似ているっちゃぁ似ているが、騒がしさの意味合いがちょっと違うのでなんとも言えない。

 店内に入って行くメイドさんに続いて中へ入ると――


「いらっしゃいませー!」


 ぶわっ、とした勢いというか圧のようなものを風で感じたかと思うと、一気に情報が嵐のように押し寄せる。

 店内には冒険者たちが今日の戦果を自慢しあっていて、テーブルの上には金の山が形成されていた。それと同時に武器や防具の類までもが積まれている。

 恐らくダンジョンで手に入れた物に違いあるまい。

 そこかしこでエールが並々と注がれた樽のようなジョッキをぶつけられ、乾杯という大声と共にゲラゲラと笑う冒険者たち。

 また別の場所では賭け事が始まっている。カードをめくってお互いの持っている数字が上か下かを競うだけの単純なゲームに盛り上がっている商人がいた。

 そんな中で静かにお酒をたしなむ優雅な騎士と思われる女性もいれば、そんな女性と一晩のロマンスを狙うゲスな男たちの姿もある。

 もちろん娼婦の姿も多い。店外デートにシャレこんでいるのか、下着同然の娼婦の腰に手をまわし、デレデレに鼻の下を伸ばしている男の顔は、あまりウチの弟子には見せたくないものだ。


「冒険者さまですね! お食事でしょうか、それとも宿泊の契約でしょうか?」


 そんなふうに話しかけてきたのは、ウェイトレスの少女だった。

 獣耳種であり、ウサギの耳がちょこんと天井に向かって伸びている。網タイツをはいた黒の衣服は肩がガッツリあいており、胸もきわどい位置まで露出していた。

 よくよく見てみればウェイトレスの少女たちはみんな同じ服装であり、みんな獣耳種だ。


「バニーガールですわね」

「知っているのか、ルビー?」

「無論ですわ。ウサギの女の子ですもの。あっちはキャットガール」

「そのままじゃないか」


 獣耳種オンリーで給仕をさせる理由が何かあるのかと思ったが、ぜんぜん違った。


「この方たちはご主人さまの客人です。おかまいなく」

「おっと、そうでしたか! ごゆっくり~!」


 ウサギ耳をぴょこぴょこと跳ねさせながら、バニーガールは慌ただしくトレイに食器などを乗せて去って行った。


「すごいお店でござるな」

「あはは」


 シュユはびっくりするようにきょろきょろと見渡している。視線の先に娼婦がいると、慌てて目を反らしているが、パルはなんとなく平気そうだ。

 アレか。

 路地裏で生きてただけに、こういうのは良く見てたのかもしれない。

 娼館の並ぶ色街あたりにはゴミとか多そうだし。朝方にいけば、何かしらの食料にありつけたのかもしれない。

 悲しいことだけど。


「こちらです、どうぞ」


 メイドさんが店内を歩いて行く。

 もちろん彼女の姿は目立つので、周囲の男たちはニヤニヤと彼女を見るが、そのついでに俺たちもジロジロと見られた。

 得にナユタは種族が種族なだけに目立つ。

 いろいろとよろしくない言葉が聞こえてくるが――


「すまぬ。今は耐えてくれ那由多」

「旦那に頼まれちゃ仕方がない」


 冷静に流してくれるようだ。

 不躾な視線と言葉を受け流しつつ、俺たちはメイドさんの後に付いていき、店の最奥にあるテーブルまでやってきた。


「お連れしました、ご主人さま」

「あぁ、待ってたよ」


 メイドさんは一礼して俺たちから離れる。


「君たちがディスペクトゥス・ラルヴァか。ほほ~」


 その人物は俺たちを興味深く目を細めて見てくるが――おっと、と言葉を漏らして視線を元に戻す。


「これは挨拶をするのが遅れた。私は冒険者が大好きでね。ついつい見惚れてしまうんだ」


 そう言って、その貴族は自分の名を名乗る。


「ナライア・ルールシェフトだ。立ち上がれもできず、右手で握手もできないが、どうか許して欲しい」


 ナライア・ルールシェフト。

 男装の麗人という言葉がふさわしいほどの人物であったが――

 彼女の右手と左足に、あるべきものは無かった。

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