~卑劣! 黄金城・地上最上階~ 2
パルの地図製作は、それなりに上手くいっている。
「どうですか師匠?」
「問題なし」
よしよし、とパルの頭を撫でてやる。
シュユの描いた地図とほとんど変わらない出来栄えになっているので任せても大丈夫そうだ。これも瞬間記憶のギフトが影響しているのかもしれない。
記憶力が良いのだから、空間を把握した情報が頭に残る。その情報をそっくりそのまま紙の上に俯瞰して落とし込める。
ふむ……
「パル、ひょっとしてスキル『俯瞰の目』が地図製作に役立ってるんじゃないか?」
「あ、そうかもです」
盗賊スキル『俯瞰の目』。
周囲の地形や土地を把握するスキルであり、起伏や物陰になっている場所を想像的に補うものである。死角の多すぎる森の中では使えないのだが、平原や草原においてモンスターの潜んでいそうな場所をあらかじめ把握しておくのは、斥候の重要な役目だ。
「砂漠に行ったのが良かったのかもしれないな」
起伏の多いデコボコの土地ではあるが、逆に木や植物といった物陰がない極端な土地。
そんな砂漠での行動がパルのスキルレベルを向上させていたのかもしれない。
なんでも経験しておくものだ。
全ての行動は全てに繋がる、とは良く言ったものだ。
「えらいえらい」
「えへへ~」
もう一度パルの頭を撫でながら地図を覗き込む。地上三階の地図はほとんど出来上がっていた。
地上一階や二階と違って、三階は左右対称になっているらしく部屋の構成は同じだった。
そのおかげで地図を描きやすかったのもあるだろう。
もともと王族の私室などに使われていたような形跡があるので、あと少しで『玉座』に辿り着けるはず。
「エラント、そろそろ『休憩の訓練』を切り上げていいか」
セツナの微妙なニュアンスの言葉に苦笑しつつ、あぁ、と答えた。
休憩の訓練。
本来は休憩に訓練など必要ないのだが、いかんせん迷宮の中に安全を保障された空間は、ほとんど無い。
いつどこでモンスターが襲ってくるのか分からないし、罠だってある。場合によっては冒険者と出くわすことだってあるだろう。
というわけで、警戒をしつつ休憩する、という状態を作らないといけない。
その点であれば、俺たち盗賊は家でも宿でもやっているので心配はない。なんなら迷宮の中で眠ることも可能だ。
加えて、人間種ではないルビーは休憩も必要ないはず。
それでもしっかり床に座って、休憩をしているのはルビーらしいと言えばらしいのだが。
「あら、もう休憩はおしまいですの?」
両足をだらーんと伸ばして、後ろに手を付いて座っているルビー。
まるでお人形さんのようだが……警戒している様子はゼロ。むしろ油断し過ぎているような気がしないでもない。
まぁ、いざとなればこの場の誰よりも強いので文句の言いようもないのだが。
「師匠さん、何かわたしの顔に付いてます?」
「あ~、いや。え~っと、ルビーはどの程度の見通しができるのかと思ってな。夜目」
黄金城の中は完全な暗闇だ。
夜には月や星明かりがあるが、ダンジョンの中では完全に外部からの光が遮断されているので本物の闇となっている。
スキル『夜目』であっても、光源が無ければ役に立たないレベルなので、そのあたりが気になった。
「夜目ですか。かなり抑えています。師匠さんと同じくらいでしょうか」
「なぜ、わざわざ……」
「ロマンが足りませんもの」
あ、はい。
そうですね。
「夜目は抑えていますが、そのかわり『嫁』は抑えていませんわ。全力で今も師匠さんのお嫁さんを実行しています」
「愛人のくせに?」
「いやん、揚げ足を取らないでくださいまし」
バシバシと叩かれた。
痛くないのが怖い。なにその完璧な身体制御。今さらながらに怖い。
「ほれ、イチャイチャしてないぞ行くぞ人外夫婦」
「俺まで人外に含めないでくれ、ナユタ」
ケラケラと笑うハーフ・ドラゴンに追いつき、俺は肩をすくめた。
「で、吸血鬼ってのはマジなのか?」
「マジですわ。故郷に帰れば王様ですわよ」
「こんなのが王様だとわ。住民には同情するよ」
まぁひどい、とルビーは笑っている。
本来、おそろしいほどの侮辱発言なのだが、ルビーが笑っているのならいいか。普通の王様なら激怒しているぞ、ナユっち。気を付けて!
「パルちゃんも勇者に会ったのでござるな。どんな人だったんでござる?」
「う~ん。なんか面白い人って感じ」
「おもしろい人でござるか……勇者ってもっとこう、厳格というか、ご主人様みたいな人だと思っていたでござる」
「あはは、セツナさんのほうが勇者っぽいよね」
俺たちの事情は全て話した。
もともとセツナたちを取り込むつもりは満々だったので勇者関連はバラしていたし。なにより、こちらの実力や状況、やれることを共有しておかないと迷宮クリアは夢のまた夢。
なにより加えて――
「転移の腕輪か。なるほど、これはありがたい」
俺の持っている手札で、迷宮における最高の切り札となっているのが転移の腕輪だ。
本来、迷宮探索は『帰り』のことを考えないといけない。
限界まで進んでしまうと、もちろんその場で終わってしまうわけで。半分以上の余力を残して迷宮を進まなくてはならない。
これが黄金城が攻略されていない理由でもある。
どこまで行けばゴールなのか、その見通しが立たない以上は無茶はできない。モンスターも呆れるほど強くなるので、一度の戦闘で引き返すことになると聞いたこともある。
全力全開で戦っては帰りに力尽きてしまうわけで。
死んでしまえば終わりともなれば、慎重になるのも無理はない。
だが。
転移の腕輪があればいつだって脱出することができる。
その上――
「場合によっては、迷宮を続きから攻略することもできる」
スタート地点はみんな迷宮地下一階から。
そこを捻じ曲げられるのが転移の腕輪だった。
もっとも――
「その使い方をすると、再使用までそれなりに時間が必要なので注意しないといけないけどな」
「いやいや、これほど心強いアイテムはない。エラントに出会っておいて良かった。まさにこれは運命と言えるやもしれぬ」
「お互いに趣味も似てるし」
「うむ」
俺たちは力強くうなづきあった。
少女万歳。
これほど力強い仲間は、きっと世界のどこを探しても二度と見つからないだろう。
少女万歳。
「こっちだよね」
「こっちでござるな」
パルとシュユの地図で、まだ描かれていないのは中央にある扉の先だった。ちょうど左右対称になっている三階の真ん中にある部屋で、そこそこ大きい空間。
ここでは先ほど戦闘があり、ボガード三体と戦った。前衛の三人がボガードの攻撃を受け止めている間に俺たち後衛がそれぞれ投擲でダメージを与え、トドメを前衛が刺す。
という理想的な形を取れたので、良い戦闘ができたと思う。
「再びモンスターが現れる、ということはないのでしょうか?」
部屋の中はガランとしていてモンスターも宝箱も無い。当たり前と言えば当たり前なのだが、迷宮内ではほとんどが闇状態なので、モンスターが発生しやすいのは確か。
「時間が短すぎる上に俺たちが近くにいたからなぁ」
「それもそうですわね」
しかし、疑問はある。
本来なら魔物の石を残して消滅するモンスター。
それがどうして、この迷宮内では金を残して消滅するのだろうか。
いや、逆か。
どうして迷宮内のモンスターは金を核として発生しているのか?
というのが、正しい疑問の抱き方のように思えた。
「外の魔物と迷宮内の魔物では、また別なのでは?」
俺の疑問にセツナが考えを述べる。
「というと?」
「魔王の仕業でモンスターが出現するようになった。それは分かるのだが、この迷宮と外では明らかに違いがある。つまり、別物と考えられるのではないだろうか」
外のモンスターと迷宮のモンスターは別物。
う~ん……
「それはどうだろうか……別物か? モンスターの種類も強さも共通しているぞ」
「ふむ。ちょっと発想が突飛過ぎたか。すまぬ、忘れてくれ」
問題ない、と俺は答えておく。
そのあたりどうなんだ、と視線でルビーに訴えてみるが……
「魔王領でもモンスターは発生しますわ」
なんか、良く分からない返答があった。
通じてないな、こりゃ。
まぁ、ルビーが何か知っているのなら教えてくれるはず。そうでないというのなら、何も知らないのだろう。
中央の部屋から、まだ進んでいない方向の扉を開ける。
その先は少し幅広の通路があり、奥に大きめの扉があった。
「なんか『ゴール』っぽい」
「確かにそれっぽいでござるな」
パルとシュユがつぶやいたのも理解できる。
どうにも重要そうな扉。
この先が『玉座』である可能性は高い。
つまり、地上三階の最終到達地点であり『ゴール』だ。
大昔なら、この通路に豪奢な絨毯が敷かれていたのかもしれないが、それも過去の話。とっくに回収されたか盗まれたか、今では普通の通路が残っているだけ。
しかも真っ暗なので、威厳ではなく不気味さが漂ってくる。
王族が財を捧げて作り上げた城も、こうなっては逆効果だな。そもそも自室近くに玉座を作るっていうのが、なんとも嫌らしい感じじゃないか。
自慢したいのがミエミエになっている。
まぁ、黄金城から魔物が湧き出た後の対応は素晴らしいので、結局のところは良い王様なんだろうけど。
今も残っている一族だし。
「行くぞ」
ナユタが重そうな扉を開く。
あまり開けられていることがないのか、ギギギ、というこすれる音を響かせながら扉は開いた。
もちろん、ナユタの隣ではルビーとセツナが警戒するように武器をかまえている。
騎士職がいれば盾でナユタを守るのだが……偏りまくってるパーティだ。
仕方がない。
扉を開けたところで不意打ちはなく、また罠の類も無かったので全員で中へと入った。
「玉座?」
パルが部屋の中を見渡して首を傾げた。
玉座とは王様の座る椅子のことであり、転じて謁見の間などを意味する言葉でもある。
もしくは城の重要人物を集める会議室などを示す場合もあるが、まぁ、後者は稀有なパターンだろうか。
絢爛豪華だったはずの玉座の間。
それが今では単なる四角い大きな部屋になっている。そんな部屋を奥へと向かって進んで行くと、玉座が置かれていたであろう場所が見えてきた。
階段状になって、高くなっている。
本来なら膝を付いて顔を伏せなければならないが、今ではその必要はない。
「――何かいるな」
そんな玉座の場所に、白くて小さい何かがいた。
置物かと思ったが、どうにも息遣いのようなものがある。なかなか気付かなかったのは、その小ささゆえか。
「ウサギ?」
「ウサギですわね」
「ウサギでござるな」
「ウサギだな」
パル、ルビー、シュユ、ナユタがそれぞれウサギの名前を言ったように。
玉座の間に鎮座していたのは、果たして本当にウサギだった。
白くてふわふわした毛並みのウサギであり、小刻みに体を揺らすように呼吸をしている。目が真っ赤なので、それが異常に目立つような気もしたが――
「やべぇ」
俺は思わずつぶやいてしまった。
「知っているのか、エラント」
「迷宮でウサギに出会ったら油断するな。そんな言葉があるくらいに有名なモンスターだ」
俺の言葉に、モンスターなの!? と、一同はびっくりしている。
そう。
どう見ても普通のウサギにしか見えないのだが……あれは確実にモンスターだ。
それも見た目に騙されて油断してはいけないモンスターの中でも群を抜いて一位。
森で会ったら確実に危ないモンスター部門でも堂々と第一位!
「ヴォーパル・バニーだ!」
通称『首狩りウサギ』がそこにいた!
「気を付けろ、あいつは一撃で首を刎ねてくる!」
俺が警戒の声をあげるのと同時にヴォパル・バニーは立ち上がり、素早く跳ねるようにしてこちらへ向かってきた。
「とりゃ!」
それに対してパルが投げナイフを投擲するが――避けられる。もちろん牽制の意味での投擲だったのだが、軽く避けられてしまったので首狩りウサギの突進速度は落ちない。
ヴォーパル・バニーの狙いは――
「わたしですか」
一直線にルビーへと向かう首狩りウサギ。ダダダ、と加速するように近づくと、ルビーの首を切断するための前歯が、ランタンの明かりを反射して怪しく光る。
まるで抱き付くようにヴォーパル・ラビーがジャンプしてルビーの首を狙った。
「残念。実は盾ですの」
アンブレランスをガチャリと開き、円形の盾となったそれをルビーは突き出す。
さすがのヴォーパル・バニーもその機構は読み取れなかったらしい。
ジャンプ中に軌道を変えるのは不可能であり、そのままの勢いでアンブレランス盾へと頭からぶち当たった。
ごちん、と鈍い音がしてズルルと床へ落ちる首狩りウサギ。
「よっ、と」
そこをナユタが赤槍で貫き――絶命させる。
戦闘はあっけなく終わった。
「所詮はケモノ。この程度の知性ですわ。おーっほっほっほっほ!」
「なかなかの機転だ、素晴らしい! ちょ、ちょっとその武器を見せてくれないか」
「すごいすごい、すごいでござる! なんですか、そのカラクリは!」
「あ、あら?」
意外にもセツナとシュユに高評価。
想像していた反応と違ったらしく、ちょっぴり戸惑っているルビーが面白い。
「おぉ~、師匠見てみて。ウサギさんの落とした金、めっちゃ大きいですよ」
パルは地面に落ちた金を拾って俺に見せてくれた。
小指の先くらいの塊だろうか。
なかなか大きい。
今日一番の収穫だな。
「よっしゃ、これで地上階はクリアだな。ふい~、帰って酒だ酒。祝いに豪華な食事といこうぜ、エラント」
テンションがあがったのかナユタが俺の肩を組む。
赤銅色の鱗がヒンヤリとして気持ちいいな。
だが――
「離れてくれナユっち。俺は十二歳以上は受け付けないんだ」
「……」
なぜか殴られました。
「今のは師匠が悪い」
「えぇ~?」
なんにしても地上階はクリアした。
連携や地図製作に問題なし。
無事に迷宮攻略を始められそうだ。
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