~卑劣! 吸血鬼の笑えないジョーク集~
おはようの挨拶は殺気から。
「ッ!?」
というわけで、俺たちは一瞬にして目を覚ますと一足で壁際まで下がった。シュユに至っては天井にまで張り付いているし、ナユタはすでにソレに向かって槍を突き出している。
「おはようございます、皆さま方」
穂先を中指と親指で挟み込みながら、ルビーはのんきに挨拶をした。
「……おはよう、ルビー。こんなことを言って申し訳ないのだが――」
「あら。師匠さんの言葉に申し訳ないものなんてひとつも有りませんわ。どうぞ、ご自由におっしゃってくださいまし」
「加減しろバカ!」
俺は感情のままにナイフを投擲し、ルビーは避けることなく額にスコーンとナイフが刺さった。
朝の不定期的な日課であるルビーからの訓練。
まさかセツナたちも巻き込んで実行するとは思わなかったので、彼らには何の予告もしていなかった。
申し訳ない、ウチの吸血鬼がホントのバカで。
「……殺されたかと思ったでござる」
シュユはヘロヘロと天井から落ちてくるように布団の上に着地した。
「こんな訓練を毎日やっているのか、エラント殿」
「いや、毎日だと慣れてしまうからな。不定期にやってもらってる」
なるほど、とセツナは肩をすくめるが……どっちかというと呼吸を整えているに近い。
「あたいの槍が軽く受け止められたのはショックなんだけど?」
「軽くではありません。ギリギリです。良い腕ですわ、ナユタ。もしもわたしが普通の魔物種であれば今ごろは頭を貫かれているでしょう」
額にナイフを刺しながら言うセリフではない……
だがしかし。
確かに、穂先はルビーの『目』の前まで接近している。反撃を予想していなかったとしても、ルビーにここまで攻撃の手を迫れたのは、素晴らしい腕と言えた。
とは言うものの、どうしても種族の差である『力』はどうしようもない。
なにより、まだ朝日が昇る前。
吸血鬼としての力の前ではハーフ・ドラゴンと言えど及ばないようだ。
「おまえさんが普通の魔物種だったら、そんな殺気は出せんだろ」
「それもそうですわね」
ナユタは槍を引いて、壁に立てかける。
くやしさのようなものは感じていないっぽいので、それなりに満足する結果が得られたのかもしれない。
「ルビーは一回ちゃんと怒られたほうがいいと思う……今度、魔王サマに叱ってもらってよ」
「なんですかパル。わたし、そんな怒られるようなことしました?」
したよね、と全員がうなづいた。
「心外です。ダンジョン攻略に油断しないようにと弾みを付けたかっただけですのに」
それこそ心外だ。
ダンジョン攻略初日に油断する者がどこにいる。
いや、まぁ、いるからこそダンジョンでは毎回死人が出るわけだし、ルーキーがコボルトに殺されることだってあるだろう。
「なるほど、そういう理由であったか。ルビー殿の心遣い、痛み入る」
セツナが頭を下げて感謝した。
「え、えぇ。感謝しなさいな、セツっち」
めっちゃ動揺してるじゃないですか、ルビっち。
その場の感情で物事を決めるの、やめてもらっていいですか?
「はぁ~」
ため息をひとつ。
ダンジョン攻略初日の朝につくため息の種類としては最低だ。
とりあえず、各々で朝の準備を終えてから朝食を取ることにした。
冒険者の宿『風来』では食堂もあるので、義の倭の国でよくある朝食セットをみんなでそろって食べることにする。
お米の炊いた、通称ご飯と呼ばれる物とミソ汁と呼ばれるスープと目玉焼きとキャベツと焼き魚。
「うまっ」
思わずそう言ってしまうほどに、なんかこう、美味しかった。ミソ汁の塩分が丁度いい感じだし、目玉焼きの半熟の黄身をつぶしてキャベツと混ぜて食べるのも美味しい。
魚の身をほぐして、それをおかずにしてごはんを食べてみるのも最高だった。
「あたし、将来は義の倭の国に住む」
「俺もそっちに行くことになるのか」
「来てくれないのなら、師匠とさよならしないと……」
「行くから捨てないで」
泣いちゃうので。
「美味しいですけど、パンも食べたくなってきますわね」
何故だか分からないけど、ルビーとごはんって全然似合わないのがなんか面白かった。
それこそパンのほうが似合っていると言える。
「その辺の屋台で売ってるだろ」
「ではお昼ごはんに買っていきましょう」
ダンジョンの中でも、もちろん食事は必要だ。お腹がすいたままでは、それこそ力が出ないわけで。
手軽に食べられるパンや携帯食がダンジョン近くの屋台で売られている。
もちろん、めちゃくちゃ高い。
こういう必需品はどうしても高くなってしまうのが、つらいところだ。
「装備点検、開始」
「はいっ」
朝食を取り終えた後は、全員で装備をチェック。
これは、どうしても俺たち盗賊が一番時間が掛かってしまうので手早く終わらせたいものだ。
もっとも、そこであせってしまってポーションとスタミナ・ポーションを取り間違えたり、シーフツールの中身の確認を怠ったりすると肝心な時にやらかしてしまうので、慌てず急いで正確に行う必要がある。
「問題なし」
「問題ないです」
「問題なしでござる」
俺とパル、シュユの装備確認を待ってセツナはうなづく。
「では、参ろう」
部屋から出て宿のエントランスに向かうと、朝食時にはいなかったマイが火のついたイロリの世話をしていた。
新しく炭を追加したらしい。
チリチリと燃えている音がする。
「あ、おはようございます。ダンジョンへ向かわれるのですか」
セツナが、あぁ、と答えると――
「それでは、無事を祈っております」
パンッ、とマイは勢いよく手を合わせて小気味良い音を打ち鳴らした。
ちょっとした儀式みたいなものか。
「いってきます」
全員でそう答えて、俺たちは宿を出る。
その際、マイはずっと頭を下げていた。
……帰ってこない者もいるので、その姿を見たくないのかもしれない。もしくは、そうならないように祈っているのかもしれない。
そう思いつつも前を向き、宿から離れていく。
まだまだ夜明けから間もないというのに、街の中には冒険者の姿が溢れていた。ダンジョンの中では昼夜関係がないのだが、やはり商人の生活もあるわけで。
そうなると、朝食を取る商人たちを狙って屋台もオープンする。そこでは出来立ての美味しいい食事が取れるので、やっぱり冒険者も集まってくる。
結局のところ、ダンジョンの中以外は通常の生活サイクルがあったりするものだ。
「あっ、あれがいいですわ」
好みのパンを見つけたのだろうか。
ルビーはとてとてと走っていく。
「そういえば、ルビー殿はお金を持っているのか?」
「多少は持っているだろうが……あ、戻ってきた」
「お待たせしました」
「マジか……」
どうやらお金は足りたらしいが……こいつ、バゲットを買ってきやがった……
「硬くて太いパンですわ。うふふ」
スリスリ、と意味深にパンを撫でるエロ吸血鬼。
もしかして、そのネタのためだけにダンジョン探索に確実に邪魔になるであろう大きくて長いバゲットを買ってきたんですか?
バカじゃないの?
「失礼ですわね。ちゃんと他の用途もあります」
「いや、食べ物に他の用途ってなんだよ……」
「ゴブリン程度ならこれでも倒せるでしょう」
「食べ物で殴るなんて言語道断!」
パルが大反対した。
うんうん、とセツナとナユタ、シュユもうなづいている。
「冗談ですわ。でも、硬いパンって好きなのは本当です。こう、牙を削りたくなる気分の時ってあるじゃないですか」
ないけど?
「歯がかゆい感じです。これが本当の歯がゆい。なんちゃって」
あ、ぜんぜん面白くないですぅ。
そもそも俺たち人間種に牙など無い。
「あらぁ?」
今さらそんなことに疑問を持たれても困るんだが。
「それだとカツオ節をかじればいいんじゃないのか」
ナユタが思いついたように言う。
「なんですの、それ?」
「めっちゃ硬い魚の乾燥させたもので、削ったり粉末にしたりして食べる調味料だ。削る前の物はめちゃくちゃ硬い」
「バゲットよりも!?」
「おまえさんの中でのバゲットの位置づけが気になるところだなぁ、それ」
ナユタが呆れている。
なんかこう、申し訳ない気分になってきた。
「どこで売っていますの?」
「このあたりの食品を扱う商人なら持っていると思うけど、削る前の物となると日ずる区画か」
「分かりました。パル、あとでいっしょに買いに行きましょう」
「行く」
行くんだ、パルパル。
まぁ、食べ物に関しては興味津々だからなぁパルは。
「ほれ、探索を始める前に終わった後のことを考えていると、それこそ足元をすくわれるぞ。気を引き締めろ、ふたりとも」
「はーい」
「了解ですわ」
いつもの返事を聞いて、俺たちはダンジョンへの入口たるお城を目指す。
ワイワイガヤガヤと冒険者たちの中に混じって歩くのは、どうにも気分が高揚してきてしまうな。
なんだかんだ言って、黄金城へ挑戦するのは男の子の憧れみたいなところもあった。
冒険者とは違った人生を歩んできたが、それでも夢見てしまう程度には俺もまだまだ若いのかもしれない。
まぁ、男なんて生き物は『少年』と『老人』しかいないと思ってるんだけどね。
「あ。おはようございます、ディスペクトゥス・ラルヴァの皆さん」
入口まで近づいてきた時。
見知った少女たちがこちらへ近づいて挨拶してきた。
まぁ、仮面を付けた集団にプラスしてハーフ・ドラゴンという種族がいるパーティなど悪目立ちするので、時間さえ合えば彼女たちが俺たちを見つけるのも簡単だっただろう。
ましてやルビーが長いバゲットを持ってる状態だし。
悪目立ち以上の悪目立ちをしている気がする。
「おはようございます」
彼女たち――ナライア・ルールシェフトに買われた少女たちは、今日もダンジョンに挑むべくやってきたようで。
俺たちにみんなで挨拶をしてきた。
「おはよう。地上階の攻略か?」
「はい。今日こそ三階の玉座を目指します」
リーダー少女、リリアがそう言って、ハッキリとうなづいた。
勇むのではなく、明確な意思を持っている表情だ。
心配はいらなそうだな。
「エリカ」
俺は盗賊職の少女を呼ぶ。
「は、はい」
「落ち着いていけ。無理だと思ったら宝箱はスルーしてもいい。それもひとつの勇気だ」
「分かりました」
言われるまでもないし、言うまでもないことだが。
それでもあえて言っておく。
大事なことだ。
盗賊のミスひとつで、パーティが全滅してしまう程度には、責任がある。
「では、お先に行ってきます」
「あぁ」
他の冒険者パーティといっしょに、黄金城の大きな入口を開けて中に入って行く少女パーティを見送った。
「では、今日の目標確認だ」
ダンジョンに入る前に行う、最終確認。
今日の目標を明確にすることで、無茶をしたり、深追いすることを抑止するためでもある。
もちろん士気を高める意味でもあるので、俺たちはセツナの言葉にしっかりと耳を傾けた。
「地下一階を踏破し、地図を完成させる。最低でも地下二階への階段を確認したい」
「分かった」
序盤としては無難な目標だ。
まぁ、本日は初日。
ここでいきなり地下三階を目指すようでは、手綱を引っ張る必要があったが……さすがにセツナ殿はわきまえているようだ。
「くはっ、一階の踏破かよ。見た目だけのようだな」
近くで聞いていた冒険者が俺たちを見て笑っている。
「そんなんじゃすぐにスッカラカンだぜ、仮面集団。バゲットが最後の昼飯かもな」
ゲラゲラと笑う他パーティたち。
笑われてるぞ~。
特にルビー。
「そうかもしれんな」
ケンカを売られてはいるが、買うつもりはない。
ま、笑わせておけばいい。
ダンジョン前でケンカするほど、愚かな行為はない。
彼我の差が、圧倒的でもな。
なにより――
他人に笑われた程度で終わってしまうほど、俺の人生は悪いモノじゃないのでね。
「フン。腰抜けどもが」
行くぞ、とケンカを売ってきた冒険者が去って行く。
周囲には、それこそケンカが始まるんじゃないかと期待した者たちが集まってきたが、つまらんな、とすぐに解散していく。
「治安が悪いというのは本当ですのね」
「ま、仕方がない。冒険者なんて、言い方を変えればただの荒れくれモノだからな」
「それではロマンがないですわ。もう!」
憤るルビーを、まぁまぁ、となだめつつ。
「だが笑われた原因は、おまえのバゲットにある」
「……なんのことでしょう?」
ルビーは目を反らした。
この吸血鬼。
いつか泣かす。
まぁ、ともかく、だ。
俺たちは黄金城の中へと歩みを進めるのだった。
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