~卑劣! 黄金城・地上2F~ 3
扉の先にはルーキーと思われるパーティ。
装備も経験も貧弱である彼女たちをどうするべきか。
助けてもいい。アドバイスを送ってもいい。懇切丁寧に迷宮での生き残り方や罠解除の方法を教えてもいい。当面の生活費として手持ちのお金を彼女たちに与えたっていい。
逆に――
無視してもいい。彼女たちと俺たちには、未だに縁は無い。一方的なものだ。明日にでも忘れてしまうだろう。その程度の関係性でもある。
もしくは――
襲って、装備と金を奪ってもいい。見たところ装備はほぼ新品の状態だ。売れば金になる上にここまで倒してきたモンスターの金だって持っている。
もっとも、装備品に関しては小さな女の子用に仕立て上げられている物なので、あまり良い値は付かないだろう。しかし、需要が無いわけではないので、数日の食事代くらいにはなるかもしれない。
用意された選択肢は三つ。
それらが全て許されているのが黄金城の迷宮であり。
同時に俺たちも同様のリスクを背負っていることをアリアリと示してくれる存在でもあった。
さぁ、どうする?
どんな選択を取る?
どの選択肢を選んでも俺たちに損は無い。
「あたいが決めるのかい? う~ん……?」
決定権はナユタに託された。
さぁ、俺たちパーティの行く末はどうなる――と、迷っている間に残念ながら時間切れを起こした。
三つの選択肢以外の結果が、俺たちに訪れたのだ。
「逃げて!」
ドタドタと物音が響いてきたかと思うと、扉が勢いよく開く。最初にこちらの部屋に飛び込んできたのは盗賊らしき女の子。かろうじて盗賊だと分かったのは、ダガーナイフを持っていたから。
彼女は目と口をまん丸に開いて驚いた表情を浮かべるが、後ろから神官服を着た女の子と魔法使いらしき女の子が背中にぶつかり、慌てて部屋の中に転がり込んだ。
「いいよ、ミア! みんな逃げれた――えっ!?」
戦士らしきショートソードを装備したふたりの女の子が入ってくると、扉の外にそう声をかけた。もちろん、逃げた先に別のパーティがいるなど想定外で驚き固まってしまったのは、まぁ、仕方がないことなのかもしれない。
他パーティに遭遇するなど、ほとんど有り得ないというのに。そもそも、地上階を攻略するパーティもほとんどいないっていうのに。
想定の範囲内のことが起こり、混乱するのも無理はない。
「なに!? どうしたの――いぃ!?」
最後に騎士らしき大型の盾を装備した少女が入ってきて、再び驚いたところでゴブリンの声が迫ってきた。
「ギャギャギャ!」
逃げる彼女たちを追ってきたのだろう。
計らずとも、彼女たちのやったことが『トレイン行為』となってしまった。
トレインとは『訓練』を意味する言葉ではあるのだが……そこには『向ける』という意味もある。
つまり、モンスターを引き連れて他パーティに押し付ける行為だ。迷宮では他パーティに遭遇することが滅多にないので、ほぼ起こらないが――外では、ときどきやられている。
モンスターを引き連れ、わざと他パーティとの混戦に持ち込み、他パーティを挟撃。その後、疲弊したモンスターを倒すという悪質な行為だ。
職業ではない、いわゆる本物の盗賊団がやったりするので注意が必要である。
まぁ、どの程度のモンスターをトレインしてくるかによるのだが――
「パル」「シュユ」
俺とセツナは同時に呼んだ。
「はいっ」「心得てござる」
それに言葉で答えると同時に行動に移しているパルとシュユ。俺たちが言う前に予備動作は終わっていたようで、扉から入ってきたゴブリンにはナイフとクナイが刺さり、後ろへとバッタリ倒れた。
そんな倒れたゴブリンを踏みつけるようにして、後続のモンスターが襲い掛かってくるが……俺たちの敵ではない。
「ほっ、と。オラオラ、どこからでもかかってこい」
ナユタが赤い槍を叩き落し、ゴブリンの頭を床に叩きつけると、そのままの勢いで串刺しにする。
「ふんっ!」
その隣でルビーに飛び掛かっていくゴブリンもまたアンブレランス(極太)に貫かれ絶命した。
そんな様子を見て躊躇するゴブリンもいたのだが、残念ながらその首はセツナが切り落としてしまう。
少女たちが苦戦し、逃げてきた相手をアッという間に倒してしまったからか……少女パーティ一同は、ほへ~、と感心するように口をあけたまま、ぺたり、と座り込んだ。
「た、助かったぁ~……」
座り込んで油断するにはまだ早い、と言いたいところだが……果たしてアドバイスをしてもいいのかどうか。
というわけで、俺はワザとらしくパルとルビーに命令する。
「ルビー、そのまま警戒を。パルは隣の部屋を探索してこい。油断はするな」
「須臾、おまえもパルを手伝ってこい」
は~い、と可愛らしく返事をするパルとシュユを見送り、俺とセツナは視線を合わせる。
よしっ。
邪魔者はいなくなった――
あ、いやいやいや、違うちがう!
そうじゃなくて!
「大丈夫か?」
俺はぺたんと座り込むリーダーらしき少女のそばに屈んだ。
見たところ、少女たちには斬られた傷が複数見られる。防具をほとんど装備していないので、服が切られて血が滲んでいた。
しかし、そこまで重要な傷ではない。ポーション、もしくは神官魔法で傷も綺麗に治るだろう。
まぁ、だからといってこのままの状態で戦い続けるには少しばかり厳しいか。指先ひとつ切っただけで料理すらやりにくくなるし、ナイフを投擲する感覚も狂う。
かすり傷をバカにしてはいけない。
むしろ、よく逃げるという判断ができたものだ。
「も、申し訳ありません。まさか逃げた先に他のパーティがいるなんて思いもよらず……」
「それは仕方がない。私たちも想定外なのですから」
セツナ殿が商人モードでにっこりと話しかけた。
オーガの仮面はあるが、柔和なイケメン的な雰囲気がある。
いいなぁ~。俺も同じような仮面を付けてるのに。
イケメンの雰囲気は出てないよなぁ。
「私たちはナライア・ルールシェフトさまにお世話になっている冒険者です。このたびは危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
ある程度の現状確認ができたのだろうか、リーダーらしき少女が丁寧に挨拶をした。
まるで『そう言うように』教育されている雰囲気がある。
「ナライア・ルールシェフト?」
聞き覚えのない言葉……察するに人の名前のようだ。俺はセツナに視線を送ってみるが、どうやらセツナも知らないらしく、首を横に振った。次いでナユタを見てみたが、彼女も首を横に振る。
もちろんルビーが知るわけもない。
「誰ですの、そのナライアという人間種は」
「私たちのご主人様です。孤児である私たちを引き取って冒険者にしてくださいました。私たちの大恩人です」
「――」
思わず、俺は何かを言いそうになったが……何も言葉として出てこなかった。
それは――
それは、果たして――『正しい行い』なのだろうか。
言葉に詰まってしまうかのように、考えに詰まってしまった。
非難したかったのだろうか。
それとも称賛したかったのだろうか。
――こんな幼い少女たちを冒険者にして、いったいどういうつもりだ!
――明日をも知れない孤児の少女たちに経験と仕事をさせてやるとは素晴らしいじゃないか!
どちらも正しく、どちらも間違っているような気がして。
俺は何も言えずに少女たちを見下ろすだけになってしまった。
「あとからナライアさまよりお礼があると思います。このたびは助けて頂き、ありがとうございました」
まるで決められた定型文を読み上げるようなリーダー少女。
それに対して、異を唱える者もおらず……そう言うようにと、ご主人さまに決められているようでもあった。
「そうですか。ならば、今日のとろこは引き返したほうがいい。まだ行けるはもう帰り時、という言葉もあるようですので」
セツナの言葉は、迷宮探索に重要なものだ。
引き際を間違えたパーティの運命など、手に取るように分かる。
まだ行ける、そう思った時点で帰るべきなのだ。
なにせ、進むごとに帰り道は伸びていく。帰りにだって罠はあるし、モンスターは出現する。余裕を持って帰れるぐらいにしておかないと、少しのミスが全滅に繋がってしまう。
まったくもって酷い迷宮だ。
どうりで迷宮攻略を目標とするパーティが少ないわけだよ。
そう思う。
「ご助言ありがとうございます。えっと、すいませんがパーティ名を教えて頂けますか?」
「パーティ名か」
そういえば、決めてなかったな。
「ふむ。エラント殿、なにか案はありますかな?」
「う~む……」
俺はちらりとルビーを見る。
こういう時は旧き言葉をそれなりに知っている吸血鬼さまを頼るのが良い。
「ディスペクトゥス・ラルヴァでどうでしょう? 『卑劣な仮面』という旧き言葉ですわ」
仮面、ね。
6人中4人が仮面を付けているのなら、そりゃ『仮面』の名前は必要か。加えて、ディスペクトゥスの名前を売る必要もあるし。
ルビーにしては、かなりマトモなネーミングではある。
「もしくは『エラント・ルビー夫妻と愉快な奴隷たち』でもかまいませんわ」
「大却下だ!」
余計な案を付け加えなければ評価はあがるっていうのに、この吸血鬼はぁ!
「ディスペクトゥス・ラルヴァでいいか、セツナ殿」
「こちらはそれで問題ありません」
むしろ、良いカモフラージュになる――と、セツナは小さく分かるようにつぶやいた。
「決まりだな。というわけで、俺たちは『ディスペクトゥス・ラルヴァ』というパーティ名だ。そのご主人さまとやらによろしく言っておいてくれ」
「分かりました」
そう答えてから、リーダー少女は大きく息を吐いて――少しだけ砕けた表情になった。
「遭遇したのが皆さまのような人たちで良かったです。私たちは運がいいですね」
おっと。
ここからが本音というわけか。
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。ここは迷宮だ。運がいい、というだけで生き残れるような場所じゃないぞ。本当なら訓練所でもっと実力をつけて、装備品を充実させたほうがいい」
分かります、と少女たちは困ったような表情を浮かべた。
「でも、これがギリギリでした。そうでなければ、明日からは娼婦だったので……」
「それは――ご主人さまの命令か」
果たして少女たちは答えなかった。
無言。
それがなによりの『答え』ではあるし、それがなによりのご主人さまの力を示している行為でもある。
加えて、常識的に考えて彼女たちが娼婦となったとしても息は短い。
なにせパルとそう変わらない年齢の少女たちばかり。そんな彼女たちが娼婦になったところでロリコンしか相手をしないからだ。
逆に言うと、そんな性癖を表立って宣言できるような男か女など、早々といないので……彼女たちが野垂れ死ぬのは時間の問題だとも言える。
「ひでぇ話だ」
ナユタがガシガシと髪をかきながら、しゃがんだ。
「時間があればあたいの所へ来い。倭国区画の訓練所にあたいはいる。いつもルーキーを鍛えてやっているんだ。今さら三人ほど増えたところで変わりはない」
「は、はい! ありがとうございます!」
そういうことなら――
「盗賊職は君か」
「は、はい。ウチの名前はエリカと申します」
「では、エリカ。君も訓練所に来るといい。時間があえば、俺が盗賊職の基本を教えよう。弟子もひとりいることだしな」
そう言って、親指で後ろを示す。
そこには――扉の陰からじ~っとこちらを見てくる弟子の姿があった。
「ひっ!?」
「パル、ルーキーを威嚇すんな」
「師匠の浮気者」
「ちがいますぅ~、俺のは親切ですぅ~」
「セツナさんのほうが優しい」
「うぐぅ!?」
なぜかその一言が俺のハートにクリティカルヒットした。
「ふむ。パル殿も私の魅力に気付かれたようで。申し訳ないなエラント殿。安心せよ、彼女は私がしあわせにしてあげます」
「おい……いま、なんつった? ああん!? ぶっ殺してやる!」
「ハハハハハハハハハハ!」
いや、冗談って分かってたよ?
分かってたんだけどね?
一瞬にして怒りゲージがマックスになり、気が付いたらセツナ殿に殴りかかってました。もちろん避けられたけど。
「避けんな!」
「ハハハハハハハ!」
「そのほがらかな笑い声がムカつく!」
「ハハハハハハハ!」
「じゃぁシュユは俺がもらうからな! ひとつも遠慮なんかしてやるもんか! めちゃくちゃにしてやる!」
「おい貴様、いま何と言った!? 聞き捨てならんなぁ、このロリコン盗賊が!」
「うるせー、ロリコン仮面!」
というわけで。
めちゃくちゃしょうもない理由でセツナ殿とケンカしました。
あとでパルとシュユに怒られて、ちゃんとごめんなさいをしましたので、安心してください。
パーティ崩壊とか、そういうのではないので。
ほんと。
ごめんなさいでした。
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