~卑劣! 黄金城・地上2F~ 2

「あぁ~、今回の宝箱もガッカリでしたわ……」


 ガックリと肩を落とすルゥブルムさん。

 いくつかの部屋を探索し、随分と地上二階の地図も出来てきた頃合い。今は隠し部屋の先にいたゴブリン集団を倒して宝箱を開けた後だ。

 やっぱり小さな砂粒大の金が入っているだけの小箱。ロマンの欠片もそこには入っていないので、ルビーはくちびるを尖らせた。


「地上階に何を期待している。本番は地下からだぞ」


 謎に出現する宝箱。

 冒険者を危険へと誘う仕掛けでもあるが、その見返りは地下へ進むごとに多くなる。もちろん、罠の危険度も増していくので開けないで放置という手もある。

 ルビーは全てを容赦なく開けるタイプのようだ。

 分かってたけど。


「おまえさん、真っ先に死ぬタイプだなぁ」

「セツナさんまで酷いですわ。死ねるものなら殺してくださいな」


 吸血鬼であることを隠し通すつもりはなかったが……ルビーとしては早々とバラしたいものなのか。


「やはり、ルビー殿は人外か」

「あなたと同じ鬼ですわ。吸血鬼と呼ばれております」


 ルビーは自分で口の両端を引っ張り、にっ、と牙を見せる。

 可愛らしい表情なのか、それとも別の理由か、セツナは少々動揺して顔をそむけた。


「あら。サムライは口の中がお好きのようですわね」

「そ、そんなことはないぞ?」

「あ~ん。ほら、見てくださっていいのですよ。れろれろれろ~」

「舌を動かさないでくだされ」

「んふふ~」


 逃げ回るセツナの前に回り込むようにしてルビーが口の中を見せつけている。

 いいなぁ~。

 俺も真正面からルビーの口の中を楽しみた――いやいや、違うちがう。


「はぁ~ぁ~あ~、ヘンタイどもめ」


 ナユタさんが呆れてらっしゃる。

 そのヘンタイにはルビーだけではなくセツナ殿や俺も含まれているような気がした。

 言いがかりもはなはだしい。これだから12歳以上の女性はいやだ。

 やっぱりロリがいい。

 うん。


「ようやく金を回収できましたよ、師匠。えへへ、ケースがいっぱいになってきました」


 パルはカシャカシャとケースを振る。

 それなりに集まってきた証拠でもある音が随分と心地良い。音の正体が金ということもあって、余計にそう感じるのかもしれないな。


「この調子だと今晩の宿代くらいにはなりそうか」

「おぉ~、やったぁ!」

「食事代は厳しいかもな」

「えぇ~!?」


 コロコロと表情の変わるパルの頭を撫でて、隠し部屋から出る。

 まぁ、隠されているもなにもすでに調査済みではあるので、壁に『隠し扉有り』とラクガキとか張り紙とかがされているんだけどね。

 ルーキー用のチュートリアルのような物か。

 つまり、迷宮でも隠し扉は存在するぞ、というのをここで示してくれているのかもしれない。

 もっとも。

 ルーキーが儲けの少ない地上階をしっかり練習する余裕があるのかどうか。

 できれば全員、一度は地上階を経験してもらいたいものだ。


「こっちでござる」


 シュユが製作した地図を頼りに案内してくれる。といっても、この程度の空間ならまだ地図が無くても大丈夫なのだが、練習ということでやっておいたほうが良い。


「パルも地図を描いてみるか?」

「いいんですか?」

「地図製作は空間把握の能力が重要となってくる。部屋の大きさや通路の長さ、それらが正確でないとズレてきて、なんか酷い目に合う。逆に言うと、空間把握能力の訓練に最適だったりするのでやっておくといい」

「なんか酷い目って……なんです?」

「部屋と部屋が重なったりしてな。戦闘している内に今どっちの部屋にいるのか分からなくなった。描いてた本人が」

「……それ、誰が描いた地図なんです?」

「戦士だ」

「あ~……」


 納得されちゃったぞ、ヴェラ!

 地図製作は持ち回り制にしてたので、ヴェラの時にやらかしやがった。迷宮で迷子は、最悪そのまま死につながるし、なんなら罠の位置とかも初期化されてしまったようなもの。血の気がハッキリと引いたのが分かった。

 まぁ、現在地がふたつあると仮定して進み、なんとか特徴的な場所まで戻ってこれたので助かったんだけど。

 というわけで、地図製作は神官と賢者の役目になった。

 安全第一である。うん。


「おぉ、なんだろうこの部屋。丸い?」


 通路の先に待っていたのは丸い部屋だった。他の部屋が全て四角だっただけに丸い部屋が現れると際立って変に感じてしまう。


「恐らく儀式的な意味だったのだろう」


 セツナ殿は部屋の中に建つ柱に手を沿わせる。やはり埃も付いていないし、あまり汚れてもないので、しょっちゅう人が来ているようだ。

 幸いにもモンスターはおらず、宝箱も無い。

 素通りできるようなので、そのまま進もうと思ったが――ここもまた進む先が左右に別れていた。

 右と左、その両方の扉に差異は無い。

 果たして、どっちに進むべきか……


「む」


 全員で足を止め、静止する。

 ちょっとした『音』が聞こえてきた。左の扉の先だ。


「これは……戦闘中か」


 バタバタと慌ただしい足音ではあるのだが、どこか軽い。浮き足立っているというよりも、まだまだ戦闘に慣れていない感じか。

 声も聞こえてきた。

 うわずってはいないが、すこし緊張の色がにじんでいる声。


「ルーキーか」


 さて、どうする?

 と、俺はセツナに振り返る。セツナもまた声と戦闘音で判断したのだろう、少しばかり考えてから俺とパル、そしてシュユの顔を見た。


「揉めるのは面倒だからな。偵察してきてもらえるか?」

「了解」


 滅多に他のパーティに出会わないが、起こる出来事は『稀に良くある』のが迷宮というもの。

 出会うはずのない存在『マーフィーズ・ゴースト』にちなんで『マーフィーの法則』と呼んでいるとかなんとか、学園長に聞いたことがある。

 まぁ、なんにせよ他パーティと出会う時は出会ってしまうものだ。

 戦闘中に横入りをされて、弱ったモンスターを倒されて分け前を要求する、なんてことは時々発生する。

 そういった事をやっていた場合、迷宮の外でもトラブルが舞い込む可能性もあるので、できるだけ他パーティとの接触は避けたい。

 しかし、この先が三階への階段だったりした場合、必ず通らないといけないわけで。

 そういった可能性があるのかどうかを偵察してこい、というセツナの考えだ。


「行くぞ」

「はい」

「了解でござる」


 ひとりでいいんだけど、ふたりとも付いてくる気マンマンなのであえて三人で行くことにした。

 丸い部屋の左の扉を開けると、戦闘音がよりハッキリと聞こえる。やはり足音は軽い。ハーフリングだけのパーティかと思わせるくらいだ。

 そのまま通路を進んで行くと、扉もなく次の部屋へとつながっていた。

 そこでは――


「防御かためて! 次、いきます!」

「はいっ! あ、横から狙ってるよ!」

「魔法うつからねー!」

「待って待って、まだ早いから! きゃぁ!?」


 そんな『女の子』たちの声が聞こえてきた。

 思わず俺とパルとシュユは顔を見合わせる。

 足音が軽い、ということは、そのまま体重の軽さを表し……そして、この声の感じから導き出される答えは――少女オンリーのパーティ!?

 そんなバカな!

 きっと監督役かリーダーがいて、今は訓練中に違いない……と、思いつつも通路をこっそりと歩いて進む。

 見つからないように気配遮断をして通路から覗いてみると――

 モンスター相手にわっちゃわっちゃと戦っている少女たちがいた。

 もちろん、彼女たちしかいなかった。


「……」


 見たところ、パルよりも年齢が低そうだ。装備も貧弱で、バックラーしか持っていない女の子もいる。

 後衛の女の子はポーションすら持っていないんじゃないだろうか。

 6人パーティではある。

 基本的な構成であることは分かる。

 相手はゴブリンとコボルトだ。それに対応して、しっかりと戦えているが、少しあせり気味だろうか。

 年齢と経験値のわりに、優秀な気がする。

 でも。

 あまりにも。

 あまりにも、見ているのが怖い光景だった。

 毎日、この迷宮で何人もの冒険者が命を落としている。それはモンスターに殺されたり、罠にハマったり、裏切りにあったり、失敗したり。

 そんな『当たり前』を受け入れさせるには――少女たちはあまりにも幼過ぎるように感じた。


「……」


 俺たちは無言で丸い部屋まで引き返す。


「どうだった?」


 セツナ殿に、どう説明しようか。

 それを迷いつつも、俺たちは見たままの状況と奥に続く扉は無かったことを伝える。


「……」


 その報告を聞いたセツナは、非常にシブい顔をした。いや、仮面で隠れていても伝わるってくらいにシブい顔をした。

 たぶんきっと、俺も同じ顔をしている。

 だって。

 だって俺たちロリコンだもの……


「ダメでござるよ」

「あたしもそう思う」


 俺たちが迷っていることを察して、シュユっちとパルパルに釘を刺されてしまった。


「わたしは別にいいと思います。こんなところで死ぬには、あまりにも惜しいとは思いませんか? 人間種とは尊いものです。それが未来ある若者でしたら尚更ですもの。性別は関係なく助けてあげてはいかがでしょうか」


 人間大好きな吸血鬼の意見なので、参考にしちゃいけないと思うけど。

 なんというか、人道的というか……マトモというか……

 逆になんで魔王直属の四天王なんですか、あなた。と、問いたいくらいの意見だった。

 しかし――

 どこか救われる気がした。

 そうだよな。

 むざむざこんなところで、若くて可愛い女の子たちが危険な目にあって死ぬには、惜し過ぎる空間だもんな。

 ちょっとくらいアドバイスとか手助けをしても良い……のかなぁ~……

 分からん。

 いや、本当は自己責任なので関わり合わないほうがいいに決まっている。

 決まっているのだが……

 う~ん……?

 というわけで、最終的な意見として俺たちはナユタを見た。


「あたい!?」


 みんなの視線を受けて、ナユタは驚く。


「今のところ意見は2対2だ。那由多の意見に拙者らは従うよ」

「そ、そりゃないぜ旦那ぁ。えぇ~、あたいはどっちでも良かったんだが……」

「那由多姐さま、ここはハッキリと断るべきでござる」

「そうだそうだ~」

「いや、でもチビっこ達なんだろう? う~ん……」


 まさか自分に意見がまわってくるのか思ってもみなかったらしく、ハッキリと意見を決めてなかったらしい。

 なんだかんだ言ってナユタは優しいしなぁ。パルを肩車してあげるくらいにはちっちゃい子が好きっぽいので、なかなか俺たち側の意見に偏っているようにも思えるが……

 さて、どうしたものか――


「ん?」


 ナユタの意見がまとまるのを待っていると。

 扉の先から、ドタドタと慌てて駆けてくる音が聞こえたのだった。

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