~卑劣! 黄金城・地上2F~ 1

 倒れたゴブリンの身体は黒く闇のように染まり、そのまま空気に溶けるように粒子となって消えていった。


「あれ?」


 モンスターの消え方は人間領であろうと魔王領であろうと黄金城であろうと変化はない。

 いつもどおりの消え方だったのに、パルは首を傾げた。


「金を落とすんじゃなかったの?」

「あぁ~、それか」


 すでに経験している者は苦笑する。つまり、パルとルビー以外はその答えを知っているわけであり、黄金城経験者の誰もが同じような反応をしてしまうもの。

 むしろ通過儀礼というか。

 黄金城初心者が必ず質問すること第一位というか。

 まぁ、お約束の言葉だった。


「良く探すでござるよ、パルちゃん。シュユも手伝うでござる」

「え!?」


 シュユが地面に這いつくばるようにして探すのを見て、パルは驚く声をあげた。


「もしかして――」

「そのまさか、のようですわね」


 パルとルビーもシュユのように地面に顔を近づけて探す。

 そう!

 つまり!

 ゴブリン程度のモンスターが落とす金って、めちゃくちゃ小さい!

 というのが質問の答えだ。

 床に這いつくばって探さないといけない大きさ。

 なので、ゴブリン程度を倒しても効率が悪いので放置するパーティも多い。最弱種と言われているコボルトなんて、もしかしたら見つからない可能性もあるんじゃないかな。

 というわけで、美少女たちが地面に這いつくばって探している。

 パルはホットパンツだし、ルビーは黒タイツをはいているから良いものの――シュユっちは前垂れだけ、みたいなニンジャ装束。

 非常に……ひっじょ~うに、目のやり場に困る。

 というか困った。

 でも見ちゃう。


「良い」

「うむ」


 同意してくれたセツナ殿が好き。

 しかし、次の瞬間にナユタに頭を叩かれた。


「まったく。旦那も旦那だがエラントもエラントだ。そういう時は後ろを向いているのが紳士ってやつじゃねぇのか? ああん?」

「言い訳もできないな」

「うむ」


 はぁ~、とナユっちは大きくため息を吐いた。


「あった!」


 そんなことをしているとパルが見つけたらしく、ちっちゃな指先でつまみあげた。砂よりも少し大きめの粒、という感じの金だ。


「これ、どうしたらいいの?」


 お財布に入れておくにしても、ぜったいに見失う自信はある。それほどまでに小さい粒であり、ポケットの中にある砂や埃と見分けるのも大変だ。


「これに入れるでござるよ」


 シュユが取り出したのは黄金城で使われているケース。フタが付いているだけで、なんら特別な物ではなく、手のひらに収まる程度の大きさ。

 ポン、とフタをあけて、パルは慎重にケースの中に金を落とした。


「ふぅ~……緊張したぁ~」


 モンスターを倒すよりケースに金を入れる作業のほうが難しい。まったくもって本末転倒な気がするが、そういうものとして受け入れるしかない。


「今のでおいくらなのでしょうか?」

「100アイリスくらいか。上級銅貨1枚」


 安いですわね、とルビーは言うけれど、本来ゴブリンを倒して得られるのはゴブリンの石であり。それを売ったところで10から15アイリスくらいなので、10倍の結果は得られているんだけどね。

 もっとも。

 この黄金城では、銅貨なんておつりでさえも使われていない。砂粒程度の金をたくさん集めてようやく意味を成すので、お金を稼ぐのも大変だ。

 とりあえず金を発見できたので、俺たちは再び隊列を整えてから歩き出す。

 といっても、二階への階段はすぐ近くだった。


「ここから二階へ行ける」


 入口から2フロア分くらい歩いた先にある横幅の広い階段で、ランタンやたいまつの明かりは上までは届かない。

 まるで闇の中に向かって階段が伸びているようにも見えた。


「一階はまだ奥があるけど。そっちの探索はしないの?」


 パルの疑問にセツナが答える。


「してもいいが……出現するのはコボルトやゴブリン程度。お金を稼ぐにも連携を確認するのも不適当なのでな。さっさと二階へ登るほうが実りがある」


 さっきも一撃で終わってしまったし。

 もう少し数が多かったり、強いモンスターでないと無意味な戦闘ばかりになってしまう。目的に合致しないのは確かだ。

 異論はないか、とセツナは俺たちを見るので、問題ない、と俺はうなづいた。


「では、二階へ向かおう」


 古ぼけた石の階段を登っていく。

 幅は広いが、定期的に登られているので埃などは積もっていない。そんな状況だというのに、他のパーティと出会わないのは、やはり不思議な力でも働いているのだろう。

 出会う時は出会ってしまうが、出会わない時はとことん出会わない。

 黄金城の摩訶不思議さと厄介さに辟易としつつ、階段を登っていくと何事もなく二階へ到着した。


「罠とか無いんですのね」

「さすがに生活圏には作らんだろう。寝室には罠があるかもしれんが」


 ナユタの答えにくすくすと笑ってルビーは答える。


「催淫の罠ですわね。夜這いされる成功率があがります」

「なんで迎え入れる方向の罠なんだよ」

「王族など、跡継ぎを作ってナンボですわ」


 言い方ァ! と、全員でツッコミを入れることになった。

 というかなんだそのナンボっていう表現。

 どこの国の文化だよそれ。


「さて、どうする? このまま真っ直ぐ三階を目指してもいいし、攻略の練習として二階を探索しても良い」


 選ぶ権利はお前たちにあるぞ、とセツナ殿はこちらを見た。


「パルはどうしたい?」

「探索したいです!」

「じゃ、探索するか」

「ちょっとちょっと師匠さん。わたしには聞いてくださらないの?」

「ルビーはどうせ探索だろ」

「……聞いてくれなかった寂しさと理解してもらえる嬉しさ。どっちを噛みしめたらいいのでしょうか?」


 両方噛んどけ、とナユタが笑う。

 その言葉通り、ルビーは両方の意見を噛みしめるようにして……無表情になった。いや、もしかしたら半分だけの仮面の下で笑っているのかもしれない。

 なんにしても嬉しさと寂しさを同時に感じると、対消滅を起こすのだろうか?

 ちょっと疑問ではある。


「地図の製作は須臾に任せる。問題ないな」

「はい、ご主人様」


 シュユは新しい紙と下敷きとなる板を取り出すと、階段を登ってきた最初のフロアを書き込む。

 この場所は部屋になっており、真正面と左側に扉があった。

 さて、どちらへ進もうか?

 多数決の結果――俺とセツナ殿が左の扉で、女性陣が全員まっすぐの扉を指差した。


「「あれぇ?」」


 探索つったら、まず横だろう!? 真っ直ぐ行くと次に進んじゃう感じだよね!?

 とセツナ殿と目を合わせあった。


「師匠、行きますよ~」

「ご主人様~、前衛が遅れたら意味ないですよ」

「「あ、はい」」


 多数決に負けたのなら仕方がない。

 ――というよりも、女性陣の総意ならば仕方がない。という感じがする。ので、俺とセツナは素直に従って真正面のドアを開けた。

 すると、扉の先は左右に別れた通路であり、すぐ左側は行き止まり。その左手には扉があるので、どうやら左側の扉の先が繋がっているらしかった。


「じゃぁ、こっちに進みますわよ」


 ルビーが通路の左を指差す。シュユが見える範囲の地図作製をするのを待って、左側の扉を開いた。


「む。戦闘準備だ」


 どうやら中にモンスターがいたようだ。真っ暗な中に潜む何か。ずるり、と這いずるようなかすかな音と細長い身体がほのかに照らされる。

 ぬるりと微妙に反射する体は――ナメクジ!


「ジャイアントスラッグだ」


 こりゃまた連携の必要のないモンスター。

 巨大ナメクジで、非常にゆっくりとした動作をする。攻撃方法は粘度の高い液体を吐いてくることで、相手を絡め取る。

 その体の遅さとは違って、液体を吐く速度はそれなりに速い。

 獲物を動けなくすることでゆっくりと捕食するという……まぁ、もしもやられたとしたら、めちゃくちゃ最悪なことになるモンスターである。

 ぬめぬめの巨大ナメクジにゆっくりゆっくりかじられていくので。

 人思いにさっさと殺してくれ、となる。

 まぁ、そんな悲劇的な最後をむかえた冒険者など、数えるほどしかいないだろうけど。


「近づきたくありませんわね」

「あたいもだ。後衛、頼んだ」


 はーい、とノンキに返事をして俺とパルとシュユは各々の武器を投擲する。体が巨大なだけになかなか倒し切れなかったが、液体を避けつつ無事に倒すことができた。


「金はどれくらいの大きさかなぁ~」


 ナメクジの歩いた後のキラキラが残っている状態なのに、パルは遠慮なく落ちた金を探している。シュユっちは若干引いていた。

 その間に部屋の中を探索していると――


「おっ、宝箱発見」


 黄金城名物、『宝箱』を発見した。


「宝箱ですって!?」


 まるで獣耳種の耳を立てるようにルビーはその言葉を聞きつけ、紅い瞳を輝かせながらやってきた。


「宝箱、たからばこっ……って、これですの?」


 ルビーがガッカリするのも仕方がない。

 なにせ、手のひらに乗るくらいの小さな箱だ。素材は金属だろうか。鍵穴すら見当たらないシンプルな箱である。

 しかし、昔からこの場所に放置されたような雰囲気はなく、どこか新しさすら感じさせる箱。

 迷宮名物『宝箱』であるのは間違いない。


「中身はなんですの~!」


 と、ルビーがそのまま開けようとするので襟首をつかんだ。


「待て待て自殺志願者」

「失礼な。わたしほど『性』に執着している者はいません」


 ……いま、なんか若干意味合いが違ったことを言われたような気がしないでもないが。

 まぁ、いい。


「なんで宝箱なんてあるんですか、師匠?」


 無事に金を発見したパルとシュユがきたので説明してやる。


「分からん。有る物はある」

「えぇ!?」

「まぁ、これも迷宮のアーティファクトの力なんだろう。もしかしたら、この迷宮全体が『人間を誘い込むための罠』という可能性もあるくらいだ」

「人間を食べてる……?」


 パルの言葉は言い得て妙だった。


「なるほど。もしかしたら無尽蔵に湧き出る金のツボの魔力源かもしれないな。もしくは、この迷宮を維持するため、なのかもしれん。とにかく部屋の中に宝箱があることは多々ある」


 さて、と俺は地面に置かれている箱に警戒しつつ近寄る。

 周囲に危険は無し、と。


「パル、罠感知だ」

「はいっ」


 ナイフを持ってコンコンコンとパルは箱を叩いた。反応なし。

 次いで、箱のフタとの間にナイフを滑り込ませると――プツ、となにやら手応えのようなものがあったのが見て取れる。


「なんか切れたっぽい。糸?」

「ふむ。とりあえず切れたということは解除できたんだろう。念のために壁に向けて開けてみろ」

「はい。3、2、1」


 ゼロと同時にパルがフタを開けるが――何も起こらなかった。


「ふぅ」


 箱を見てみると、どうやらフタを開けるのに連動させて針の先が飛び出す簡易的な罠になっていた。


「おそらく毒針だろう。持ちそうな場所に穴でもないか?」

「あ、ここ。ここに穴があります」

「フタに引っ張られて糸が仕掛けを作動させる。という感じかな」


 なんにしても解除成功。

 おめでとう、と俺はパルの頭を撫でた。


「それで、中身はなんでしたの?」


 後ろから覗き込んでくるルビー。そんな彼女にパルは箱の中身を見せる。


「金?」


 真ん中にポツンと小さな金があった。

 ゴブリンの金と同じくらいだ。


「開け損ではありませんか!?」

「ま、そんなもんだ。迷宮の奥へ行くとイイ物が入ってたりするらしいぞ。中にはアーティファクトに匹敵するアイテムもあるとか、ないとか」


 あくまで噂だけど。

 神さまが装備してた武具に匹敵するという意味合いで『ゴッズ・アイテム』とか呼ばれたりしている。

 あくまで噂に過ぎないけど。

 だって誰も見たこと無いし。


「よし、次に進もう」

「お宝が待っていますわ~!」


 すっかりとルビーの目的が変わってしまったので、苦笑しつつ俺たちは二階の探索を続けるのだった。

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