~卑劣! さっそく行こうよ、ダンジョンへ~

「――泉に眠る剣、か。それも月に関する物と」


 セツナ殿の言葉に俺はうなづいた。

 先日、砂漠の国で女王陛下からもらった情報だ。いつかセツナ殿に伝えねば、と思っていたのだが幸いにもその機会はすぐに訪れてくれた。

 忘れない内にと、手に入れた情報を伝えると、セツナ殿は考え込むように顎元に手をやる。

 すでに手に入れている情報と頭の中ですり合わせをおこなっているのだろうか。


「役に立つ情報であればいいのだが」

「いや、充分だ。月属性に関する剣の情報はそもそも手に入れておらぬ。ハッキリ言ってしまえば物凄くありがたい情報だ」


 ならば良かった。

 セツナ殿の隣でシュユも首を縦に振っているので間違いなさそうだ。


「やはり月属性は厳しいか」

「厳しいな。もともと月属性事態が稀有ということもあるので余計に」


 属性の中で一番難しい扱いなのが『月』だ。

 火属性、水属性なんかは分かりやすい。

 なにせ燃えたり水が滴ったりするので、目に見えて属性を判断できる。

 逆に分かりにくい属性として上げられるのが『金属性』と『月属性』だったりする。

 金属性の効果としては、『硬質化』だろうか。主に防御面に働く属性なので、目に見えて効果がなく、かなり分かりにくい。

 魔力的な防御アップと混同されることも多く、なかなか見極めが厄介だったりする。

 そんな金属性と並ぶ、分かりにくさナンバーワンが月属性だ。

 夜空にぽっかりと浮かぶ、あの月の属性を持ったアイテムということになるが……その効果は未知数。確かに属性の力が宿っているが、いったいこれが何か分からない、という時には月属性だったりすることが多い。

 主だった効果は『幻惑』とは言われている。

 が、しかし、本当のところそれで合っているのかどうか分かっていない。

 なんだこれ? と感じている時点で月属性の可能性もあるのだが、いかんせん『何か分からない』と『幻惑状態』にさらされているので、そもそも月属性の可能性に行き当たれない。

 つまり、何か良く分からないので夜空に浮かんでいるアレと似ているな。なんていう話から月属性と決められたとも言われている。

 そんな嘘のような話を学園長がしていた。

 もしかしたら、学園長が命名した本人なのかもしれない。

 月には精霊女王さま達がいると噂されているし、精霊女王たちからしてみれば迷惑な話だ。まぁ、いまのところ各属性を司る精霊女王から抗議の声が届いていないので良しとしている。

 そのあたりどうなんですか、ラビアンさま?


「……」


 ――返事が無かったので、良し、としておきます。


「よし。それではエラント、さっそくだが黄金城に付き合ってもらえるか?」

「もちろんだ。日銭は稼がなきゃならん」


 なにはともあれ、今晩の宿代のごはん代くらいは稼いでおきたい。


「迷宮は経験済みだったか。ならば話は早い」


 俺たちは立ち上がり、部屋から出る。

 その際、シュユは七星護剣を持って出る。もちろん、忍術で見えなくするので無駄に狙われる心配はなさそうだ。

 いかんせん、黄金城の治安は最悪を通り越して最低と言わざるを得ない。

 盗みなど日常茶飯事。強力な武器を見せびらかすなど、襲ってくれと言わんばかりの行動なので、認識できなくなることは大きい。

 もっとも。

 無駄に巨大な木で出来た大剣を見て、欲しいと思えるような人間なんていないと思うけど。 三人連れ立ってエントランスに戻ると――イロリのそばにパルたちがいた。


「あ、ひひょー。なゆひゃはんにほほっへほはいはひは」

「なんて?」


 物を食べながら喋らない、と注意してからパルが食べ物を飲み込むのを待つ。なんか白い皮の中に肉とかの具材を詰めた物を食べてる。

 後で聞いたら『肉まん』と呼ばれる食べ物らしい。

 美味しそう。


「ナユタさんにおごってもらいました」

「ちゃんとお礼を言ったか?」

「言いました」


 ならばよし、とうなづいてから――


「ほら、セツナ殿に挨拶」

「あ、そうでした。お久しぶりですセツナさん!」

「ハッハッハ。パル殿は元気ですなぁ。少女は元気なのが一番ですから、最高の状態です」


 分かる。

 俺は再びセツナ殿と握手した。


「ご主人様が申し訳ないでござる」

「ふひひ。師匠で慣れてるから大丈夫。シュユちゃんも師匠を気持ち悪いと思わないでね」

「シュユも、ご主人様で慣れてるでござるから大丈夫」


 ……美少女たちが気づかってくれていた。

 俺とセツナ殿は、こほん、と咳払いをひとつ。

 気を取り直してから弟子と吸血鬼に命じる。


「パル、ルビー。黄金城へ向かう。戦闘準備だ」

「はーい」

「了解ですわ」


 ふたりは手に持っていた肉まんをぱくぱくと食べてしまって、ぺろり、と指先を舐めた。


「連携の確認か。ヘマすんなよ」


 ナユタも立ち上がり、首や手首、足首といった関節を動かす。赤銅色の鱗がパキパキと音を立てるように鳴った。


「確認だが、前衛はルビーとセツナ、それからナユタでいいんだな?」

「あぁ。エラントとパル殿は中衛を頼む。須臾との連携を取って頂ければ幸いだ」


 呼び捨てでいいよ、とセツナに伝えているパル。

 ちょっと照れてるセツナ殿に、ちょっと嫉妬しているシュユっち。

 可愛いなぁ~。

 しかし、それにしても――


「前衛三人中衛三人パーティか。しかも盗賊2忍者1」


 どんなパーティだよ、これ。

 片寄っているというよりも狂ってると表現したほうがシックリくるぐらい、奇妙なパーティになってしまっている。

 俺が苦笑しているとセツナが少しばかり表情を真面目なものに入れ替える。


「まぁ、行けるところまで行ってみるのが良かろう。無理ならば須臾をサポートに切り替えて神官でも雇うつもりだ」

「ふむ。まぁ、やってみないと分からないしな。ポーションは持ってるか?」

「無論」


 腰の帯にぶら下げるようにしてポーションを持つセツナとナユタ。こちらもベルトに装備している様子を見せる。


「では、参ろうか」


 お互いの装備点検を終えたところでさっそく冒険者の宿『風来』から出発する。


「いってらっしゃいませ~」


 にこやかに見送ってくれるマイに手をあげつつ、外へ出た。

 彼女の表情が少々硬いのは……やっぱり俺たちのパーティ構成に不安があるから、だろうか。

 まぁ考えても仕方がない。

 いざとなれば、転移の腕輪で勇者でも連れてくればいいさ。


「――それは反則か」


 パルが不思議そうに見上げてきたが、なんでもない、とごまかしておいた。

 倭国区画から街の中央にある黄金城を目指す。武骨で金属の継ぎ接ぎだらけなお城はどこからでも目立つので、良い目印だ。

 そんなダンジョン入口に向かって歩いて行くと、やはり周囲は冒険者の姿が目立ってくる。時間など関係なく、常に冒険者たちはダンジョンへと向かい、そしてダンジョンから返ってくるのを繰り返している。

 もちろん――帰ってこないパーティもいるが。


「ねぇねぇ、師匠」

「なんだ?」

「どうしてみんな6人なんですか?」


 おっと。

 良いところに目をつけたな、弟子よ!


「素晴らしい観察眼だ」


 俺はパルの頭を撫でてやる。えへへ~、と笑う弟子。なぜかそれを見てセツナ殿を見上げるシュユっち。私も撫でろ、と抗議しているようだ。

 同じように気づいたけど、撫でてもらえなかったのかもしれない。これぐらいは触れていいと思うんだけどなぁ。


「ダンジョン攻略は大勢では危ない。これは分かるよな?」

「えっと。補給とかの関係と、混乱とかで壊滅しちゃうから……ですよね?」


 そのとおり、と俺はうなづく。


「では次に最小単位で考えよう。ダンジョンを攻略するのに、ひとりだとどうだ?」

「無理です。アイテムとか持てる量に限界があるし、見張りもいない状態だと休憩できません」

「そうだな。じゃぁふたりはどうだ?」

「ふたりだと……え~っと、最小単位として考えると良い気がします」

「ふむ。では、俺とパルのふたりでダンジョンにもぐっている時、パルが足を怪我したとしよう。ポーションが尽きてしまって、歩けない。俺はパルを背負ってダンジョンを脱出することにした。さて、こうなった場合はどうだ?」

「……あっ、もうひとり欲しいです。おんぶした状態だと、戦闘になったら逃げられないし戦えないかもです」

「そう。以上の理由からダンジョン攻略の最小単位は3となった。で、そんな最小単位のパーティをふたつ合わせた6人パーティが今のところ最適とされている。まぁ、例外も多いけどな。基本的には前衛が3、中衛が1、後衛が2、となるのが理想ではある」


 更に細かく言うのなら――

 戦士2、騎士1、盗賊1、神官1、魔法使い1……が、もっともバランスが取れたスタンダートなパーティ構成だろうか。

 まぁ人によって言い分は変わってくる。騎士が2のほうが良かったり、神官が2だったりする人もいるが……間違いなく盗賊はひとり必ずいる。

 ダンジョンにおける罠は、一瞬のミスが命取りだ。特に『どくばり』なんか致命的だったりする。

 ちくり、と感じた時にはもう遅い。階層の浅いところであっても出口まで間に合わず、死が待っているのは確実となる。

 とにかく盗賊はひとり、必ずパーティにいれておいたほうが良い。

 まぁ、ふたりいるのは逆に異常だが。

 むしろ盗賊の上位互換とも言われるニンジャがいるので更に異常だが。


「それでみんな6人パーティなんですね。ほへ~」


 パルは周囲を見渡している。

 今からダンジョンに向かう者、ダンジョンから帰ってきた者、なにやら相談があるらしく足を止めている者やら様々なのだが、基本的には6人一組でいるのが目立つ。

 むしろダンジョンから帰ってきたパーティの人数と構成がイビツに欠けていて、一様に下を向いている姿はあまり見たくないものだ。

 まだ神殿に仲間を担いで急いでいる姿のほうが安心できる。死体袋など、引きずっていないほうが良い。

 神殿横の墓標には、名前すら刻まれないのだから。


「おぉ~、見えてきましたよ師匠」

「あぁ」


 黄金城が見上げるほど近くなってきた頃、ようやくその入口が見えてくる。

 正面入口である門は南向きにあり、倭国区画からはぐるっと回り込むようにしないといけない。お城に裏門らしき物はあるのだが、厳重に封鎖されていて入ることは不可能だった。

 もちろんお城を取り囲むようにして背の高い檻のような柵が張り巡らされている。

 格子状になった柵の内側に見えるのは荒れ果てた城の庭。以前がどんな姿だったのかは、すでに想像ができないほどに荒れていた。

 原生的な姿となった植物たちは、背の高い雑草が目立っている。それがまた金属の板だらけの城と良く似合う気がした。

 不気味さという意味で、だ。


「魔王領にあるお城みたい」

「失礼ですわね、パル。もっと綺麗なお城ばかりです」

「魔王サマのお城も?」

「えぇ。綺麗ですわよ。もっと殺風景ですが」


 と、ルビーは肩をすくめた。

 確かに魔王の城っぽくはあるかもしれないが……どちかというと絵本的な『っぽさ』だろうか。ここまで明らかに不気味だと、むしろニセモノを疑いたくなってくるほどだ。


「ん~?」


 入口を目指してぐるりと城を迂回していると、ようやく見えてきた光景にパルがまたしても疑問の声をあげた。


「師匠ししょう。どうして衛兵はあっちを見てるんですか?」


 城の入口には騎士団のように全身鎧を装備した衛兵の姿がある。普通の城ならば、入口の前に立っている彼らは城を背にして入ってくる者を見張っているはずだ。

 だが、黄金城は逆。

 入口を見張っている衛兵は、冒険者たちに背を向けて入口を見張っていた。


「中から魔物が出てこないようにするためだ」


 あぁ~、とパルとルビーが納得した。

 黄金城の本来の目的は、地下迷宮に出現したモンスターを封じること。入口を完全に閉鎖すれば良いのだが、それを是としないのが迷宮の魅力だろうか。


「ときどきルーキーが逃げて出てくる時がある。その際、モンスターが付いてくることもあるからな。だから、あぁして城の中から出てくる者を警戒してるんだ」

「誰も助けてくれないのですか?」


 そこにはちょっとした事情があるのだが――


「その時次第だ。とことん運の無い連中というものは世の中にいるもんだしな。間の悪いことに、入口付近であっても誰とも出会わずに入口まで戻ってきてしまった、なんてことは稀に良くある話と例えられる」

「稀に良くある話……」


 矛盾しているようで、実は間違ってない言葉。

 ほんとにそんなことは滅多に起こらないのだが、滅多に起こらないことは良くある。それがこの黄金城だったりするので、警戒はしておいて損は無い。


「準備はいいか?」


 商人のそれからサムライへと表情を変えるセツナ。

 それに合わせて、シュユとナユタも少しばかり緊張感を漂わせる。


「はいっ」

「問題ありませんわ」


 パルとルビーはうなづく。

 そして俺も――


「あぁ」


 短くうなづいた。


「では、手始めに……」


 セツナは黄金城を見上げる。


「地上三階を目指そう」


 うむ、と俺はうなづいたのだが――


「地下ダンジョンじゃないの!?」


 我が愛すべき弟子は素っ頓狂な声をあげるのだった。

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