~卑劣! 仲間ではなく『同志』であり『理解者』~

 黄金城は倭国区画にて。

 シュユとナユタと無事に合流することができた。

 あとはセツナだけ。


「こっちでござるよ」


 ということで、セツナ殿がいるところにシュユが案内してくれる。他の冒険者と同じように『冒険者の宿』を利用しているらしい。


「ナユタさんは何やってたの?」


 さっそくナユタに肩車してもらっているパル。

 仲良しでいいのだが、ただでさえ目立つナユタにプラスして美少女がまたがっているものだから、注目を集めまくってるな。

 まぁ、仕方がない。

 せいぜい『ディスペクトゥス』の宣伝ということで、役に立ってもらおう。


「さっきのか? ルーキー共が無謀な冒険するんでなぁ。基礎を鍛えてやってるんだ。死なれちゃ寝覚めが悪い」

「ほへ~、そうなんだ。ねぇねぇ、師匠。黄金城のモンスターって他より強いんですか?」


 そんなことはないぞ、と俺は首を振る。


「敵の強さは一緒なのに、わざわざ修行?」

「だからこそ厄介なんだよ」


 どういうことですか、と聞いてくる弟子に俺は説明してやる。


「戦闘訓練など受けたことがないルーキーでも、まぁコボルトやゴブリン程度なら倒せる。そいつらを一日倒し続けていれば、まぁ、宿代くらいは稼げるかもしれない。という考えで、いきなり黄金城に来る冒険者も多い。修行も兼ねれるし、儲けも多いからな」


 故郷で冒険者として活動するよりかは、遥かに早く経験値とお金が手に入るだろう。

 ただし――


「そういうのは程なくして死ぬヤツが多い」

「それは……実力不足からでしょうか」


 話を聞いていたルビーが聞いてくる。

 俺は首を横に振った。


「違う。実力があっても無かっても関係ない。死ぬのは経済面からだ」

「貧乏で死ぬんですか」


 死んじまうなぁ、とナユタは苦笑する。


「まず、黄金城での食事も宿泊も恐ろしいほど高い。唯一、安全が確保された中で安いのが馬小屋での雑魚寝だったりする。日中は冒険で稼ぎ、少ない稼ぎで食事を取って、満足に眠れない馬小屋で眠る。すると、どうなる?」

「……疲れて動けなくなって、死んじゃう?」

「おおむね、そんな感じだ。訓練もしていない者がそんな環境で動き続けられるわけもなく、蓄積した披露で判断を間違う。それは戦闘中かもしれないし、罠の見極めかもしれない。お金を稼ごうと、無理してダンジョンの奥へ挑んでしまうかもしれない。引き際を誤るのかもしれないし、些細なことで街中で無謀なケンカを仕掛けた時かもしれない。なんにしても、精神的にも実力でも強くないと、ルーキーが生き残れる場所ではない」


 ほへ~、とパルはうなづいている。

 理解しているのか、していないのか。


「俺らも、今日中にはダンジョンにもぐる必要があるからな」

「はーい……え!?」

「もうダンジョンに挑むんですの!?」


 黄金城の初日にやることは決まっている。

 お金を稼ぐこと、だ。

 ともかく物価が恐ろしいほどに高い黄金城周辺では、まずダンジョンにもぐってモンスターを倒し、金を手に入れるところから始めないといけない。

 もちろん手持ちのお金を使ってもいいし、多少の余裕はあるのだが……


「油断してると、すぐにお金が尽きるぞ」


 甘えていてはダメ、という戒めを込めて。即断即決で動かなければ、黄金城周辺で生きていくことは難しい。

 もっとも――実は転移の腕輪があるので、都度パーロナ国の自室に帰れば問題なかったりするのだが……それはまぁ、最終手段ということで。

 こういうシビアな環境も、パルの訓練には必要なことだと思う。ちょうど良いレベルアップの機会を、無駄に甘くしてももったいないだけだ。


「大変なんだね。シュユちゃん的にはダンジョンってどうだったの?」

「まだ地下1階までしかもぐってないでござるが、地図の製作もあってなかなか進めないでござる。なかなかハードでござるよ」

「そっか~。あ、地図も自作するんだ……売ってないの?」

「売ってるでござるよ。でも未踏の地に行った時に書けないと意味ないでござるからな。その時の練習にもなるでござる」


 なるほど~、とパルは納得している。

 俺も納得した。

 まぁ、ダンジョンの地図は売ってるのは売っているのだが、やっぱりアホみたいに高い値段をしているので。紙とペンを買って自作したほうがよっぽど安上がりなのは間違いない。


「師匠は地図を持ってないんですか?」

「前回来た時は依頼者からの提供があってな。それを利用させてもらった。使った後は……どうしたっけ? 賢者が預かってたからそのままか」


 賢者の持っている亜空間スキルに荷物を放り込んでた。迷宮ではかなり便利なスキルだったが、あれが深淵世界だとすると、いつかどこかで転移中にぶつかりそうで怖い。

 そういう意味では、俺の亜空間スキルでもいつかどこかで右手の中に向こう側の何かを掴んでしまう可能性もあるわけで。

 賢者の下着とか間違っても触りたくない。

 うわぁ。

 想像しただけでイヤだ。

 俺はブンブンと右手を振っていると、パルは首を傾げた。

 なんでもない、と苦笑しておく。


「ついたでござる。ここがシュユたちが利用している冒険者の宿『風来』でござるよ」

「おぉ~。なんか……変な家!」


 パルの正直な感想に笑ってしまった。

 なんというか、木造建築で作られた家であり、壁は土壁で屋根は何か植物の茎のようなものを大量に刺したような形でうず高く積んである。

 風合いもあって、かなり黒く染まっているが、ずっしりとした印象のあるしっかりとした建物であるのは間違いない。

 大陸の建物とは構造も見た目もぜんぜん違うのだが、むしろ義の倭の国ではスタンダードなお屋敷と言った具合か。

 むしろ、周囲の建物が大陸風と倭国風が混ざった物になっているので、変な建物なんだけどね。


「ただいまでござる」

「あ、おかえりなさい~」


 出迎えてくれたのは宿の娘だろうか。リンリー嬢のような看板娘と思われる。

 薄い緑色……確かうぐいす色と呼ばれている色合いのキモノを着ていて、可愛らしい。年齢はパルよる上に見える。ギリギリか。いや、だがそれがいい。


「エラント殿がご主人様と同じ目をしているでござる……」

「――なんの話だ、シュユっち」

「シュユっち!?」


 奇妙なあだ名を呼ぶことでごまかせた。

 ふぅ。

 危なかったぜ。

 というか、なにをやってるんだセツナ殿。おまえを慕うこんな可愛いニンジャ娘がいながら他の女の子を色の付いた目で見るとは何事だ――


「じいいいいいいぃ~」


 弟子が俺を疑う目で見ていた。


「……すいませんでした、パル」

「ルビーにも謝って」

「はい。すいませんでした、ルビー」

「わたしは許してあげますわよ。だって第一愛人ですので」


 そんな俺たちのやり取りをパルの下でゲラゲラと笑うナユタ。


「その人たちがシュユちゃんの言ってたお客さん? もっと遅いって聞いてたけど……」

「予定よりかなり早かったでござるなぁ。あ、男の人がエラント殿で、こっちがぱるば……ぱるヴぁす……パルちゃん、黒い人がルビーちゃんでござる」


 シュユっちの適当な紹介に、俺たちは頭を下げて挨拶した。


「初めまして。冒険者の宿『風来』で働いている大川麻衣と申します。どうぞごゆっくりお過ごしください」


 オオカワ・マイ。

 おかっぱに切りそろえた髪をはらりと揺らして、マイは頭を下げた。

 う~む。

 可愛らしい……


「そら、降りろパル。いつまでもあたいの上に乗ってちゃ足が腐っちまうぞ」

「はーい」


 とん、と飛び降りたパルはそのまま宿の中を見渡した。

 エントランスともいうべき現在の場所は、ちょっとした憩いの場所にもなっているのか、広い空間にいくつか椅子が置いてある。

 不思議なことに、部屋の中に焚き火がしてあり、その周囲には四角く小さい布団のようなものが置いてある奇妙な椅子があった。


「なにこれ?」

「囲炉裏でござるよ」

「イ・ロリ?」


 なぜこっちを見た?


「イロリだ。変なところで切るな。確か、料理をする場所じゃなかったか?」

「そうでござるよ。これ、おだんごでござる」


 白くて丸い小さな一口サイズの物。

 おだんご、と呼ばれる食べ物らしい。


「おぉ! これ食べ物なんだ! 食べていい?」

「下級銀貨1枚でござる」

「たっッか!」


 えぇ~、とうめくようにパルはイロリに刺すようにして焼かれているおだんごを見つめる。

 おだんごはチリチリとした炭火で焼かれて、いい感じにこげていた。

 馴染みのない食べ物だが、美味しそうには見える。


「自分で持ってる物を焼いて食べるのなら無料ですよ」


 マイがそう言って、手で指し示したのは――商人が座ってるスペースだった。どうやら食材を売っているらしい。

 美味い……いや、上手い商売だこと。


「ほら、パル。これで我慢なさいな」


 どこから取り出したのか、ルビーがパルに干し肉を手渡した。


「わーい」


 さっそくチリチリと焼き始めるパル。

 かわいい。

 いっしょに隣に座りながら焼いて、いっしょに干し肉を食べたい……


「エラント殿、ご主人様はこっちでござる」

「あ、はい」


 とりあえずパルたちはイロリに夢中のようなので、先にセツナ殿に挨拶をするか。ナユタがいるので、まぁ危ないことをしていたら止めてもらえるだろうし。

 シュユに案内されて宿を進む。

 途中で靴を脱いで廊下にあがり、二階の奥の部屋へと案内された。


「ご主人様。エラント殿が参られました」


 薄い、まるで紙のような物で作られたスライド式のドアをあけると、中にはセツナ殿が床に座っていた。

 随分とくつろいでいる様子で窓の外を眺めていたらしい。

 相変わらずのツノの生えた白い仮面は、こんな時にも付けているようだ。


「これはこれはエラント殿。こんなにも早い到着をするとは思わなかったよ」

「ちょっとした裏技があってね。まぁ、呼ばれた限りには出来るだけ早く到着するのが良いと思って」

「それは助かる」


 セツナ殿は居住まいを正すように座りなおすと、俺に向き直った。


「此度の不躾な呼びつけ、まことに失礼した」

「あぁ~、いや、問題ないよ」


 俺も慌てて膝をつくと、セツナ殿を見習って頭を下げる・


「そう言ってもらえると助かるよ。で、ここからが本題なのだが……聞いてもらえるだろうか」

「今さらだな」

「それもそうか。ハハハ」


 シュユはセツナ殿の隣に座ったのだが……ちょっぴり前垂れの下が見えちゃった。相変わらず紙一枚というか、オフダ一枚というか。

 ぱんつ、買ってあげてください。

 と、思わなくもないが、そのままのほうが良い気がするので、俺には何も言う権利がない。


「エラント、協力して欲しいことがある」

「ダンジョン攻略か」

「いかにも。話が早くて助かる」


 だろうな、と俺は肩をすくめた。

 黄金城に呼び出された理由など、他にはあるまい。

 むしろ、勇者の受けた依頼こそイレギュラー中のイレギュラー。黄金城で人探しなど、無謀なことこの上ないし、なによりこの街で行方不明となれば、すでに末路は決まっているようなもの。


「七星護剣の関係か」

「あぁ。どうやら宝物庫に七星護剣の一振りがあるようでな。確かな情報だ、とは言い切れないところではあるのだが、確かめぬわけにもいかない。そこでエラント達にも協力をして欲しく思い、メッセージを送らせてもらった」

「問題ない。ちょうどパルの戦闘訓練をしたいと思ってたところだ。ここなら、存分に戦わせてやれる。少しばかり危険だが」

「死んではどうにもならんので、無茶をするつもりはないよ。だからこそ協力を願う理由でもあるのだが」


 確かに、と俺は肩をすくめる。

 なにせ三人でダンジョン攻略など無謀を越えて自殺レベルだ。

 しかも前衛ふたりで中衛ひとり。

 回復役とサポート役がいないパーティでダンジョン攻略など、有り得ない話だ。

 しかし――


「バランスは最悪だけどな」

「ハハハ。前衛三人に中衛三人。問題はないだろう」

「どんだけだよ。せめて神官が欲しいところだなぁ」

「そうなると7人パーティになってしまう。拙者も無駄に命は背負えんよ」

「……ま、そうなるよな」


 6人、という数字には意味がある。

 多ければ多いほど良い、とならないのがダンジョン攻略の肝だ。


「ところで七星護剣なんだが……何本集めたんだ?」

「こちらに来てから二振り回収した。須臾」

「はいでござる」


 シュユが忍術を解除したのか、部屋にあった荷物が見えるようになる。

 特徴的で冗談のように大きい木剣が、確か『七星護剣・木行』だったか。

 と、なると――


「その赤い短剣と黒い長剣か」

「あぁ。持ってみるか?」

「いいのか?」


 もちろん、とセツナ殿に渡された短剣と長剣を持ってみる。どちらもそれなりに重く、なにやら力の流れを感じる。

 不思議な感じだ。

 マジックアイテムとはまた違う感覚であり、アーティファクトのようでもあるが、今まで触れてきたどの古代遺産とも違う。

 それだけに特殊な武器であることは簡単に見抜くことができた。


「赤い短剣が火行で黒い長剣が金行だ」

「火属性の短剣に、金属性の長剣か……」


 持っただけで分かる通常の剣とは違う何か。それが説明できないような、奇妙なもどかしさのような物を感じるが、なにより強さのようなものを感じる。

 総じて、どこか気分が高揚してくる。

 だからこそ分かる。


「危険だな」


 俺は早々に剣を床に置いた。


「ふふ、意外と小心者だなエラント」

「おまえのように大胆には生きれないよ、セツナ」

「はっはっは」


 と、セツナ殿は笑っているが……隣でシュユっちがちょっと抗議があるような目で見てますよ?


「ご主人様は意気地なしです」

「いや、それとこれとは別だろう須臾」

「いっしょです」

「いっしょかぁ……すまぬ、エラント。どうやら拙者は情けない人間だったようだ」


 そんなセツナ殿に対して俺は立ち上がって握手を求めた。


「いいや、おまえは素晴らしい人間だ。なにせ、こんな可愛い子を隣に置きながら我慢ができるんだ。誇っていい。いや、おまえこそナンバーワンだ!」

「お、おぉ! 分かってもらえるかエラント……!」

「分かる! 分かるぞ!」

「理解者がいてくれた! これほど嬉しいことはない!」


 というわけで、俺たちは硬い握手をしたのだった。


「えぇ~……」


 なぜかシュユっちは呆れた表情で俺たちを見ているでした。

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