~卑劣! 倭国の愉快な仲間たち~

 倭国区画とも呼ばれるその入口。

 あからさまに、周囲の様子がガラリと変わるラインが見えるほどに、区画の違いがアリアリと見えた。

 それは建物だけでなく人々の姿からも言える。

 特徴的な『キモノ』と呼ばれる衣服は、不思議なことに『日出ずる国』や『群島列島タイワ』の一部の国とも共通点があったりした。

 一枚の布、と表現したらいいのか、それとも男女共通のワンピースみたいなもの、と言っていいのか分からないが、布を体に巻いて腰の部分を紐や帯で止める、という服と言えば伝わるだろうか。

 そんな中で、より一層と特徴的なのが彼女の服――ニンジャ装束と呼ばれるものだ。

 真っ白な布で身体のラインが分かるほど密着しており、袖口や前垂れにようになっている部分の縁には赤の布で補強してある。横から見れば脇腹から下が大胆にスリットが入っているようにも見え、下着をはいていないのが分かる。

 限りなく防御力がゼロに近く見えるのだが、それなりに丈夫ではあるらしい。

 と、少しだけ義の倭の国に立ち寄った時に見聞きした覚えがあった。


「お早い到着でござる。思わず人違いかと思ったでござるよ」


 にはは、とニンジャ娘――シュユが笑顔を見せた。

 短かった黒髪は以前より少しだけ伸びていて可愛らしい。いつもこんなカワイイ娘が隣にいるなんて、セツナ殿はしあわせの絶頂ではないだろうか。

 いや、そうに違いない。

 これをしあわせと感じていないなら、俺がぶっ飛ばしてやる。

 そう思った。


「わーい、久しぶりシュユちゃん。元気だった?」

「はい。パルちゃんも元気そうでござるな。ルビー殿も――」

「ルビーちゃんと呼んでくださいシュユ。もしくは、プルクラちゃんと」


 あ、はい。と、シュユはルビーの気迫に圧されつつもそう返事をした。


「ルビーちゃんも元気そうでなによりでござる」

「ござる娘もご機嫌でなによりですわ」

「シュユのことはちゃん付けで呼んでくれないのでござるか……」

「わたし意地悪ですので」


 さっそくルビーにイジメられてるシュユ。

 かわいい……!


「エラントさんもお元気そうでなによりでござります」

「エラントちゃんと呼んでくれ」

「「「は?」」」


 新・美少女三人組が俺の顔を見た。


「調子に乗りました、ごめんなさい」


 素直に謝るのが良いと判断した。

 俺は謝ることができる大人なんだ。

 うん。


「で、その仮面はなんでござるか? ご主人様のマネっ子のようでござるが……」

「カッコいい?」

「カッコいいでござる!」


 パルの仮面を見てシュユはテンションが上がっている。


「一応、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』として活動する時に付けている。いわゆる『看板』みたいなものだ。名前もパルはサティス、ルビーはプルクラと名乗っている。今回は名前よりも顔を売るつもりで来たから、気にせず好きに呼んでくれ」

「心得たでござる」


 俺の説明に大した疑問も抱かず、シュユは素直にうなづいた。


「シュユちゃんだけ? ナユタさんはどこ~?」

「姐さんなら、あっちの修練場でござる。案内するでござるよ」


 そう言ってシュユが歩き出す後ろを俺たちは付いていった。

 倭国区画は中央に建つ黄金城から北東の方角にある。ほとんどが平屋で木造建築が多く、岩やレンガはほとんど使われていない。

 さすがに本国とは違って、区画内を歩いている人は普通の冒険者が多いが、商人なんかは倭国人の姿が目立っていた。

 商人に倭国人が多いため、売っている物はそれなりに偏っているようだ。武具の類も、普通の剣よりも反りがある片刃の物が多い。

 通りには他にも屋台があり、焼き魚や焼き鳥といったものが売られていた。煙をパタパタとうちわであおいでいて、香ばしい類のにおいが漂っている。


「いいにおい~。食べたい……」


 じゅるり、とよだれを垂らしそうな勢いのパル。

 フラフラと屋台に吸い込まれていきそうになるのを、服を掴んで阻止した。


「後にしとけパル」

「は~い。シュユちゃんシュユちゃん、後でいっしょに食べよ~」

「もちろんでござる。おごるでござるよ」

「え~、悪いよぉ。自分で払うから」

「恐ろしく高いでござるよ?」

「え?」


 パルは屋台まで素早く移動すると、そこに提示してある値段を見て悲鳴をあげていた。


「師匠!」

「なんだ?」

「さっさと迷宮に入りましょう」

「あせるな。まずは挨拶してからだ」


 は~い、と返事をするパルの頭をポンポンと撫でてやる。

 それをシュユがじ~っと見ていた。


「パルちゃんはうらやましいでござるな。シュユも頭を撫でられたいでござる……」

「セツナさん、撫でてくれないの?」

「ご主人様はなかなかシュユに触れてくれなくて……」

「師匠~、代わりにシュユちゃん撫でてあげて」


 ……ウチの弟子が、恐ろしいほど魅力的な罠を目の前に設置しつつ無邪気で純粋な瞳で俺を見てくる件について。


「――断る」


 揺れる心を必死に押し殺して俺は返事をした。

 もしもシュユちゃんを撫でてみろ。

 ぜったいその場面をセツナ殿に見られてしまって、なんかこう一悶着あって、俺は殺されそうになるんだ。

 そうなるに決まっている。

 俺は詳しいんだ。

 他人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまえ。なんて言葉もあるくらいだし。


「うぅ。やはりシュユには年上の殿方に好かれるような魅力が無いのでござるなぁ……」

「ち、ちが――」

「年下はいいですわよ、シュユ。カワイイし、甘えてくるところがたまりません」


 いや、なに言ってんのロリババァ。

 おまえからすれば、人類種のほとんどが年下なんだけど!

 下手すればエルフも年下が多くなりそうな気もするし!


「そのアホの話は聞かなくていいぞ、シュユ。俺は単純にセツナ殿に悪いから撫でないだけで、もしもセツナ殿がいなければ、今すぐ君に触れている。撫でたい。甘やかしたい。むしろ触りたい。それぐらい魅力的で可愛いので自信を持ってくれ」

「師匠が堂々と浮気してるぅ。しかも微妙にえっちなこと言ってるし! 女の子にカワイイとか魅力的だ~、とか言っててナンパしてるみたい!」


 パルが半眼でにらみつけてきた。

 どうしろっていうんだよ、もう!


「うりゃ」

「ひゃう」


 なんかムカついたのでパルのほっぺをむにむにと両手で挟んで顔をブサイクにしてやった。

 はっはっは、これでも可愛いなんて反則だなぁ、パルは。


「あぁやって隙があればイチャイチャしている師弟です。シュユも攻めにまわってみてはいかがでしょう?」

「シュ、シュユが攻めでござるか……うひ、いいかも」

「意外と素質ありそうですわね、あなた……」


 そんな話をしていると、ちょっとした広場に到着した。修練場、という文字が適当な板に書かれているが、すでに朽ち果てそうなほど傷んでいる。

 適当な杭とロープで区切られたところに、木で作られた人形が並んでいた。ルーキーが打ち込みの練習をするための物として置かれており、今も若々しい少年少女が汗を流しながら木人形を剣で叩いている。

 そんな修練場の中心には人だかりができており、やんややんやと盛り上がっている連中がいた。

 中には酒を飲みながら座っている連中もして、見世物でもあるのか、とも思ったが――


「ほれほれ、どうした。次を打ってこい、おぼっちゃん。それともお嬢様と呼んで欲しいかな?」

「く、くそぉ!」


 特徴的な鱗の皮膚を持つ長身の女性――ナユタが木剣を振るっていた。相手をしているのは、それこそシュユと同じくらいか、少し上の年齢と思われる少年。

 まさに駆け出しといった雰囲気のある少年であり、装備している防具がまだまだピカピカだ


「やぁ!」

「そんな大振りじゃ当たるものも避けられるぞ。しかも屋内だ。剣は小さく触れ」


 大上段から振り下ろす剣をナユタは木剣の柄で受ける。受けとめた隙をついてナユタは足で少年の腹を蹴り、距離をあけた。


「そらそら、追撃が来るぞ」


 アドバイスをしたお手本のように、ナユタは素早く木剣を振る。少年よりも遥かに身長が高いはずなのに、剣の振りは少年よりも小さく細かい。

 良い見本だ。

 その気になれば、少年の膝をも横薙ぎで斬れそうなほど、と言えるだろうか。


「うわ、わわわ!」


 少年は防御するので手一杯だ。

 いや、防御させてもらっているという感じだな。

 ワザと剣に当てるように木剣を振るっている。いつでも斬れるぞ、ということなのだろうが、少年の心が折れないか心配になるなぁ。


「姐さん、容赦なさ過ぎでござる」


 シュユがちょっぴり眉根を寄せていた。

 容赦のない訓練、というよりも意地悪な訓練と言ったほうが的確か。

 それでもなお喰らいつこうとしている少年の好感度が俺の中で上がっていったが――


「が、がんばって……!」


 少年のパーティメンバーらしき神官の女の子が祈るような感じで心配そうに応援していたので、少年よブザマに負けてしまえ、という俺の中の悪い心が鎌首を持ち上げてしまった。

 この子、ぜったい彼女じゃんかー!

 ちくしょう!

 いいなぁ!

 俺なんか幼馴染っていうか、孤児院で仲良くしてくれたのは勇者だけだったんだぞぉ。女の子の友達なんていなかったのにぃ。

 いいなぁ……幼馴染っていう言葉に憧れが広がるぅ……


「……いやいや」


 申し訳ない。

 今の俺にはパルとルビーがいるから大丈夫。無茶をすればパーロナ国の末っ子姫もいるので、きっと大丈夫。

 清く正しい大人になろう。

 いや、正しくない。その上、清くもない。

 でも。

 うん。

 まぁ。

 ブザマな大人になってしまった俺を許してくれ……!


「おっと。どうやら客人が来たようだ。ここまでだな」

「ふぎゃぁ!」


 少年はついに額に一撃をもらってしまい、その場で仰向けに倒れた。周囲で見学していたものはヒュゥだの、いいぞ~、だのと声をあげてナユタの剣捌きを褒めている。


「うるせー、ダメ人間ども! さっさと仕事に戻れ!」


 シッシッ、と手を振ってナユタは見物者たちを解散しろ、と促すが解散する様子はなく、今度は少年を応援するように声をあげていた。

 ……なんだかんだ言って、イイ人たちなのかもしれない。

 少年はそんな大人たちにお礼を言いつつ、打たれた額を抑えていた。そんな少年を気づかうように神官の女の子が近づいて助け起こしている。


「ひゅーひゅー! あっついねぇ!」「いやはや若い者の恋愛は見てて心がなごむ」「いいから早くやっちゃえよ!」「今晩あたりか!?」「いいや、もっとじっくり進めるもんだ!」「そうやってると、ズルズルとキッカケを失うんだよ!」「そうだそうだ、サパっとやっちめぇ!」


 訂正。

 悪い大人たちだった。


「おまえら、本当に解散しろ!」


 ナユタが大声をあげて本来の武器である槍を振り回し、地面に叩きつけた。ずしん、と響く音に悪い大人たちはゲラゲラと笑いながら解散していく。


「はぁ~、まったく。変なとこ見せちまったな」


 長くざんばらな乳白色の髪を掻き上げるようにしながらナユタは苦笑しつつ、俺たちの前まで歩いてきた。


「思った以上に早かったな、エラント。パルとルビーも元気そうでなによりだ」

「ナユちゃんも元気そうでなにより」

「少年の性癖を歪める訓練ですよね、分かります分かります。がんばってくださいまし、ナユちゃん」

「ナユタって呼んで!?」


 ちょっぴり赤くなりつつも絶叫するナユちゃんが可愛かったです。


「あぁ?」

「俺は何も言ってないぞ!?」


 思っただけで口には出してないです。

 ホントに。

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