~卑劣! 黄金城周辺の基礎知識~
黄金城に近づくにつれ、剥き出しだった大地は徐々に舗装の後が見えてくる。
ただし、これは相当に古い物であり、石畳のような名残があるだけ。すっかりと地面に埋まっているような物もあるし、欠けて割れてしまっているものもある。
絶え間なく踏まれ続けた結果か、それとも経年劣化か。
そんな地面を踏みしめながらも周囲の人々の興味はやはり黄金城に向いていた。
なにせ、近づけば近づくほど――
「不気味ですわね」
「うんうん」
薄汚れたお城の壁面に金属の板が貼り付けている窓。近づけば見えてくるのは、より一層と詳細が分かってくる。
古ぼけた、というより時代遅れの装飾に、風雨にさらされた壁面は灰色を通り越して黒に近づきつつもある。
だからといって倒壊させまい、という補強の後は死人に鞭打つが如く。
それらが相まって、黄金城の姿を不気味に演出していた。
更には城を取り囲む背の高い鉄柵も見えてくる。
黄金城の中に大量の魔物がいるので、それが外に出ないようにという処置なのだが。どこか監獄を思わせる雰囲気にしてしまっていた。
「私の実家のほうが、まだマシですわね」
「吸血鬼のお城なのにね」
むしろ目の前の黄金城こそ『魔物の城』と呼称するには相応しいので、パルの言ってることも間違ってはいない。
だが、そんな不気味さも街中に入ってしまえばすぐに霧散してしまった。
「わ、すごい」
「にぎやかですわね」
黄金城の城下街とも言える場所は、それこそ吸い込まれていく冒険者や商人の数だけ賑わっている。
その賑わいは、普通の街とはまるで違っていた。
荒れくれ共が騒ぎを起こしているかのような、どこか騒然とした賑わいだ。
その証拠に近くの飲み屋ではケンカが勃発しており、周囲の人間は止めるどころかヤレヤレヤレと囃し立てている。
「さぁ、どっちに賭ける? カカカカカ!」
ケンカを仕切り出して賭け事にする男まで現れる始末。
しかもこれが夜ではなく朝から行われているのだ。
ゲラゲラと笑う者もいれば、その正反対もいる。
まるで誰かの葬式みたいに、沈痛な面持ちで街の外へ向かう冒険者もいた。
「師匠……今のって……」
「……仲間を失ったんだろうな」
見るからに傷心しているというか、声をかけられる雰囲気ですらない。キッカケひとつで、今にも崩壊しそうな雰囲気のままフラフラと荷物も持たずに歩いて行く姿を見送るしかない。
「大丈夫でしょうか」
「あれも冒険者のひとつのゴールだ。故郷にでも帰って、全てを忘れ、しあわせに暮らす手もある」
彼が、孤児ではなければ――の話だが。
「なんであの人、怪我ひとつしてないんでしょうか。変ですよ、師匠」
「確かなことは言えんが、罠じゃないか」
「どういうことです?」
「例えばの話だ。少し大きめの落とし穴がある。自分は最後尾を歩いていたら、罠が発動して前を歩いている全員が落とし穴に落ちた。慌てて中を覗けば全員が串刺しになっており、助けられる方法は無かった」
「無傷の理由としては充分ですわね。そこで自分も穴に飛び込む蛮勇は、誰も持ち合わせていないでしょう」
あえて蛮勇と呼ぶルビーに対して、俺は肩をすくめた。
プラスもあればマイナスもある。
もしかすると、負の面こそ強く出るのかもしれない黄金城をパルは再び見上げた。
「大丈夫か、パル」
「イケます」
「おう」
俺はパルの頭を撫でる。
にっこりと目を細めて、パルは俺を見上げた。
「さて、どちらへ向かいますの? ニセ商人とニンジャ小娘とトカゲ女はどこにいるのでしょうか?」
ケンカを売る言葉遣いに苦笑しながらも、俺はこっちだ、とふたりを案内する。
以前に訪れている記憶が、そのまま役に立つ。
「師匠はどうして黄金城に来たんです? 勇者サマが挑戦したかったの?」
「依頼で来たんだ」
依頼? と、パルとルビーの声が重なった。
「ちょっとした貴族の頼みでな。黄金城に向かった貴族の三男と連絡が付かない、と。それを探してきてくれ、と勇者が頼み込まれたわけだ」
ノーと言えない勇者。
ではなく。
ノーと言わないのが、アウダクスという人間だ。
「死んでいた、というオチでしょうか」
「俺もそう思ったんだけど、なんと生きてた。黄金城の地下街にいて、帰るに帰れない状態になってた」
「地下街なんてあるんですか!?」
パルは思わず地面を見下ろす。
もちろん、それは砂漠国の地下とは違うものであり――
「迷宮の中にある街だ。地下5階。ちょっとした休憩ポイントが段々と発展していき、今ではひとつの小さい街になっている」
「すごいすごい! そんなところまであるんだ!」
嬉しそうにパルはぴょんぴょんと跳ねた。
なかなかどうして、冒険者らしい振る舞いじゃないか。そういうのを聞いてワクワクしてしまうのは勇者も同じだった。
「いくぞ、エリス! まずは迷宮を攻略しようじゃないか!」
「アホか。まずは情報収集だ。俺はギルドを当たってくる。怪しい場所には近づくなアウダ」「冗談だよ。分かってる分かってる。エリスも気を付けて。僕たちは神殿にでも聞き込みをするよ。ヴェラには娼館を当たってもらおうかな」
「ガハハ! その情報収集は得意だな。料金は共有財産から出るよな! な!」
「出ません。このスケベ戦士。勇者さまに近づかないでください。スケベが移ります」
「そうですわ。下品なこと、この上ありません。ほら、勇者さまこっちです、こっち」
「ちっ。潔癖な神官さまとケチな賢者さまだぜ、まったく」
「「なんですって!」」
そんな会話を覚えている。
その後、目的の人物が地下5階の街にいることが分かり、救出に向かうとなった時は、勇者がやたらと嬉しそうだったし。
「さぁ、続きを攻略しよう」
「アホか。さっさと帰るぞ」
「えぇ~」
「えぇ~、じゃねーよ。魔王を倒して、また来たらいいだろ」
「魔王を倒した後だと魔物がいないかもしれないじゃないか」
「そのほうが安全だろうが」
「え?」
「え?」
という、アホな会話も覚えている。
心底楽しそうにしてたなぁ、あいつ。勇者じゃなくても、アウダは冒険者になっていたかもしれない。
まぁ、そうなると俺も付き合って盗賊をやっていただろうから……あんまり俺の運命は変わらないのかもしれないな。
「師匠、こっちですか?」
「そっちそっち。そっちに義の倭の国の人たちが集まっている場所がある」
黄金城を囲うようにして城下街と呼ばれる地域は広がっているのだが、ある程度を目的とした区画が自然とあったりする。
代表的なのが神殿の集まる『神殿区画』。
怪我人の治療のため、神官が常に常駐しており、お城の近くにある。もちろんあらゆる神さまの神殿があるわけではなく、主に戦いに関した神が多い。
戦闘を司る神、冒険を司る神、勝利を司る神に加え、宴を司る神の神殿もあっただろうか。
そういった神殿区の他にも、ちょっとだけ特色が色濃く出る場所がある。
それが黄金城の住居区とも言える『冒険者の宿』だ。派手に大きな宿もあれば、馬小屋のようなみすぼらしい店もある。
冒険者なら一度は憧れるロイヤルスイートも、お金さえあれば誰でも宿泊できるのだが、いかんせん常泊できる者はいまい。なにせ高すぎるので。
そんな冒険者の宿には、それぞれ客人を引き込もうと商人たちが特色を出した結果、『義の倭の国』の人が作った冒険者の宿があり、そこを中心として『倭国区画』というものが生まれた。
もちろん他にも『日出ずる国』の人たちを主体とした『日ずる区画』もあるし――『群島列島タイワ』の人々が中心となった『タイワ区画』もある。
どの島国も特徴的な武器や暮らしがあるので、自然と集まったとも言えるし、商人の思惑通りとも言えた。
とりあえず、倭国区画に行けばセツナ殿と会える可能性が高い。
そういった説明をしてやると、ルビーは瞳を輝かせた。
「なんと素晴らしい! 黄金城を楽しめるだけでなく海の向こうの国まで楽しめるなんて。もっと早く言ってくださいまし、師匠さん!」
「そうは言っても、やっぱりホンモノとは違うぞ? 大陸文化と混ざって独自になっている部分もあるし」
「それはそれで楽しめるので問題ありません。他国の文化は興味深いですわ。挨拶はキスだとおっしゃるのなら、よろこんで口づけします」
「靴を舐めろって言われても?」
パルが意地悪で言った言葉も――
「もちろんです。裸で過ごすのが文化であれば、わたしは喜んで脱ぐでしょう」
「脱ぎたいだけじゃん」
「パルもいっしょに脱ぎましょう。そして靴を舐めてキスをしましょ」
「せめて順番は逆がいいなぁ。キスしてから靴を舐めたい」
否定しないのかよ。
イヤだよ、そんな国。
ウチの娘たちの将来が不安です。
「あ、そうだ。パル」
「なんですか?」
「時間が出来たのなら日出ずる国の区画に行ってみるがいい」
「ほえ? なんでですか?」
「あの国、異常なまでに『食』にこだわってる節があるからな。美味い料理が多い」
「え~! 行きたい行きたい! 師匠ししょう~、いっしょに行きましょう~」
「はは。じゃぁ、いっしょに行くか」
「はーい」
……パルとデートの約束をしてしまった。
ちょっと嬉しい。
「じ~~~~……」
「分かった分かった。ルビーとも行くからそんなに見るな」
「ふふ。言葉にしなくても通じるなんて。これは最早、夫婦といっても過言ではないのではないでしょうか」
「目は口ほどに物を言う、なんて言葉もあるぞ」
「照れちゃって。かわいい師匠さん」
「……で、ルビーはどこか行きたい場所でもあるのか?」
「娼館に行きたいです」
「却下」
「却下だよ」
「なんで小娘が否定してるんですの! 口を挟まないでくださいまし!」
「うるさい色ボケばばぁ!」
「キー!」
「キシャー!」
お互いの口に指を突っ込み合ってケンカをするふたり。
いや、ルビーがやるのはまだ分かるんだけど、凄いなパル。俺、吸血鬼の口の中に自分の指を入れる勇気なんてないぞ?
こういう一見して無謀とも取れる行動を平気で取れるヤツこそ、勇者の隣に立てるんだろうなぁ。
そんなふうに感心していると――
「エラント殿、パルちゃん、ルビー殿!」
聞き覚えのある声が聞こえてきたのだった。
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