~卑劣! 勇者との思い出・黄金城編~
深淵世界を経て転移した先に、トン、と軽く着地したのは――
「おぉ~」
「見渡しの良い場所ですわね」
切り立った崖の上だった。
まるで地面そのものがズレて出来たような崖であり、その下には少しばかりの森が広がっているのが見渡せる。そこまで深い森ではないが、木の密集度は高い。
今日は生憎と天気が悪いらしく分厚い雲が空を覆っている。
そのせいか、それとも雰囲気のせいか、肌寒いを通り越してハッキリと寒いと言える程度には空気が冷えていた。
冷たい風が吹き、パルとルビーの長い髪を揺らしている。
「あれが黄金城?」
崖から落ちないようにと地面に手をついて、パルは身を乗り出すように遠くに見える黄金城へ目をこらした。
その名を聞けば、キラキラと黄金色に輝いている城を想像するが――そんな想像を真正面から裏切るが如く、武骨で薄汚れていて、まるで砦か要塞のように成り果てたお城の姿が見える。
近づいてみればもっと詳細が分かるだろうけど、この場所からではさすがに詳細は分からない。
スキル『千里眼』でもあれば可能かもしれないが……
あれは広大な草原で狩りを行ってきた者が習得できるスキルであり、冒険者や盗賊がホイホイと簡単にマスターできるものではない。
「本当に黄金ではないのですね」
パルの横に立ちながらルビーは手でひさしを作り見ている。まぶしくもないのでポーズなのだろうけど、どうにも人間臭いというか、年寄り臭く感じてしまった。
ロリババァなので間違っては無いんだろうけど。
「ところでここは何ですの?」
黄金城へ直接転移するわけにもいかないので、俺が選んだ場所がこの崖上だった。
「ちょっと思い入れがあってな」
「勇者サマとの思い出でしょうか。見張りでもしていたのですか?」
ここで野宿したのは確かだし、周囲を見渡されるのでモンスターを警戒するのも役に立ったのだが――
「いや、その崖から勇者と立ちションをしたのを覚えてるだけだ」
転移先があやふやだったりすると、どうなってしまうのか怖いので。特に思い入れの強い場所がどうしても候補にあがってしまうために、この場所となった。
「うわぁ、きたないっ」
パルが慌てて崖から離れる。
失礼な。
もう何年も前の話だよ!
……いや、でも汚いのは確かというか、恥ずかしい行為のような感じなので褒められたものではない。
「男の子ですわね」
ルビーはクスクスと笑う。
「では記念にわたし達もしましょうか。パルは右がいいですか、左がいいですか?」
「やんない!」
残念、とルビーはわざとらしく肩をすくめた。
やられても目のやり場に困る。
「あんまりモタモタしてるとモンスターに遭遇するかもしれん。さっさと街道に出るぞ」
「はーい」
「了解ですわ」
崖を迂回するような形で降りると、そのまま森の中に入る。覆い茂っている木々のせいで、森の中は暗い。天気も悪いので、夕方みたいな雰囲気だった。
いかにも何かが潜んでいそうな雰囲気。
モンスターだけでなく、危険な野生動物も襲ってくる可能性もあった。
「パル、警戒しながら進め。先頭を頼む」
「はいっ」
良い練習になる、というわけで周囲の警戒をパルに任せる。
俺は後ろを警戒しながら、森の中を真っ直ぐに進んだ。
「ふふ、仕事が無いので楽ちんですわ」
「油断してるとルビーから襲われちゃうよ? 頭からカジられたり」
「まぁ怖い。頭が無くなっても師匠さんは愛してくださるでしょうか?」
「いや、それはマジで自信が無い」
「酷いですわ。わたしの顔だけが目的でしたのね……よよよ」
「ルビーの顔は好きだから、あとは性格をなんとかしてくれ」
「……マジでひどいことを言われましたわ。慰めてくださいまし、パルパル」
「あはははは!」
なんて無駄話を交えつつも森の中を進む。
それなりに目立つ崖でもあるので、今までも野営地に選ばれていることもあり、うっすらと獣道のようなものが出来ていた。
それを辿っていくと、ほどなくして街道へと出る。
運悪く、動物やモンスターと遭遇することはなかったらしい。
幸先は良さそうだ。
街道はもちろん舗装されているわけでもない剥き出しの道なのだが、もうすっかりと『道』になっている。
それもそのはず――
「ほへ~、人がいっぱいだ」
かなり往来が激しいからだ。
まるでパーロナ国王都の中央通りレベルで馬車が頻繁に行き交い、そのわきを人が歩いている。
つまり、左右に歩道があって中央に馬車がすれ違えるほどの幅があるのだ。初めは森があったはずなのだが、すっかりと木が道に沿うようにして切れている。
長年、人が通り続けた結果が、境界線となって見えていた。
「凄いですわね。まるでお祭りがある日のストルティーチァ城のようです」
ストルティーチァ城って……四天王のひとりである愚劣のストルティーチァの城か。
「……お祭りをしているのか、魔物も」
「ストルティーチァは花嫁を迎え入れるといつもやっていましたわね。おかげで財政難だと嘆いていましたわ」
「部下も大変だなぁ」
「いえ、嘆いていたのは本人です」
……じゃぁやるなよ。
と、思った。
本人に言う勇気は、今の俺にはない。というかイケメンだったよな。何人の花嫁がいるんだよ、ちくしょう!
任せた、勇者よ。
いつかぶっ飛ばしてくれ!
「冒険者ばっかりだ。ジックス街の冒険者ギルドよりも多いかも」
歩いている者のほとんどが冒険者であり、パーティを組んでいる者が多い。ベテランとも思えるパーティから明らかなルーキーまで、さまざまだ。
中にはソロと思われる者もいるので、黄金城の魅力が分かるというもの。
皆、お城の地下迷宮という言葉と一攫千金を夢見ているのだろう。
「師匠さん師匠さん、今回はどうします? エラントと愉快な仲間たちでいきますか。それともディスペクトゥスの愉快な仲間たちでしょうか」
「どっちにしろ愉快なんだな」
はい、とルビーは悪びれずにうなづいた。
本気で『愉快な仲間』のつもりらしい。
「ディスペクトゥスでいくか。セツナ殿に合わせると、それっぽい気がする。迷宮を攻略するから、名前も売れるだろ」
「了解ですわ」
ルビーはそういうと、まるで背中から取り出すようにいつもの仮面を取り出す。俺とパルはそれを受け取ると、顔に装備した。
吸い付くような感じで顔に密着する仮面。
ほんと、どういう仕組みなんだか。
「そういえばセツナ殿の仮面も留め具やヒモが見当たらなかったな」
もしかしたら、それなりのマジックアイテムかアーティファクトなのかもしれない。わざわざオーガのようなツノがあるので、攻撃力がアップする効果とかあるのかも?
「師匠、はやくはやく」
俺がセツナ殿の仮面について考えを巡らせていると、パルが手を引っ張った。
「あせらなくても黄金城は逃げないぞ、パル」
「誰かに攻略されちゃうかもしれないじゃないですか」
「だったらいいんだけど」
「どういうことです?」
俺は苦笑しながら歩き出す。
その隣を歩きながらパルが見上げてきた。
手を繋ぎながら歩くのでドキドキするかと思ったけど、口元はオーガのような牙が見えるデザインの仮面。
ドキドキしなかった。
残念。
「残念ながら迷宮攻略はされない。みんなモンスターが落とす金が目当てで、真面目に迷宮攻略してるヤツがほとんどいないんだ」
「なんですの、それ!?」
なぜか後ろで聞いていたルビーが怒った声をあげた。
「なんでおまえが怒る」
「怒りもしますわ。なんとロマンの無い! ロマンの欠片も無い! 男の子ならば一度は夢見るものでしょうに……英雄となる自分の姿を! それこそ崖の上からおしっこするのをやってみたいと思う程度には!」
なんかとんでもないことを言い出したので、周囲の冒険者がチラチラと俺たちを見てるんですけど?
恥ずかしいのでやめてもらえます?
「一攫千金も夢でいいじゃないか」
「そっちは他の方法でいくらでもありますわ。でも、迷宮攻略の栄誉はひとりにしか与えられないんでしょう?」
「それはそうなのだが……一度でも黄金の味を体験してしまうと意思が薄れるというかな。危険と隣り合わせ。いつ灰になってもおかしくはないが、ここにいる限り一生安泰で生きていける幻想を抱いてしまう。それこそ依頼が尽きないんだからな」
俺は肩をすくめた。
「もちろん、腕試しに挑む者も多いからルビーが思ってるほど冒険者は腐っちゃいないぞ」
「ではなぜクリアされていないのです? 攻略も腕試しの一環でしょうに」
「単純に恐ろしく不可能に近いからだ」
どういうこと、とパルとルビーが首をかしげた。
「単純に迷宮が広いのと、深く潜るにつれてモンスターが凶悪になること。まだ解読されていないリドルもあるし、トラップも多い。考えてもみろ。迷宮で毒針が刺さり、解毒できない状況で、どうやって助かる?」
「……死にますわね」
「解毒剤は?」
「もちろん用意するだろうが……さぁ、パル。いくつ持っていく?」
「え!?」
パルは思わず自分の腰を触る。
そこに装備されているのはポーションとハイ・ポーションの瓶だ。残念ながら解毒剤は持っていない。
「え、え~っと、一人ひとつ?」
「じゃぁ毒ガスの罠を発動させてしまった。仲間が全員毒になる。さっきの戦闘で敵から毒をくらって解毒剤をひとつ消費してしまった。全員分の解毒剤はないぞ。さぁ、誰を犠牲にする?」
「え、えぇ!?」
「迷宮の中で思わぬお宝を見つけた。でも荷物がいっぱいだ。さぁ、何を捨てて、何を拾う? ただし、あまり重い物を持つと帰りの戦闘に影響が出るぞ」
「難しい問題ですわね」
「そんな選択肢をいくつも迫られるのが迷宮だ。もちろん『迷宮』と呼ばれているだけに迷路となっているので、現在地を見失い迷う心配もある。しかも、どこまで深くもぐればゴールなのか、まだ誰も知らない」
「うへぇ」
「なるほど。納得ですわ」
ルビーは肩をすくめた。
「吸血鬼さまには、そんな迷宮は関係ないだろうけど」
「そんなことしませんわ、師匠さん。わたし、これでもロマンチストなので」
「知ってる」
俺は苦笑する。
万が一の場合にはルビーを頼ることになりそうだが。
しかし、それ意外のことでルビーを頼ろうとすると、たちまち彼女に嫌われてしまうだろう。
一度で見限られるかもしれないし、三回でおしまいかもしれない。
なんにしても、ルビーの『退屈殺し』に付き合うしかない。
「わぁ~! 師匠ししょう~、見えてきましたよ!」
街道を歩いて行くと、段々と黄金城の姿が見えてきた。
パルのように感嘆の声をあげる人は他にもいる。冒険者はもちろん、商人も声をあげていた。
夢見ていた場所にようやく辿りつけたのだろう。
それはルーキーもベテランも関係ない。
立ち止まり、思わず城を見てしまうのは――心が揺れたから、なのかもしれないな。
「ボロッボロですわね」
ルビーも嬉しそうにお城を見たのはいいが、どちらかというと城の風合いがボロボロなのに気を取られたようだ。
「誰も手入れなんかできないからな。仕方がない」
「そのくせ、窓には全部金属が打ち付けてあるんですのね。あれではどんなステキな城だったとしても武骨でブサイクになってしまいます。むしろ要塞ですわね」
ルビーの言うとおり、城の窓という窓には金属の板が打ち付けてあり、ぜったいに中からモンスターが出てこないようにされている。
それも相まって、黄金城というよりは『鉄錆城』と呼ぶのが正しいように思えた。
今日の曇天もあって、かなり鈍い色に見える。
周囲の若者たちの歩く速度が速くなっていく。もう待ちきれない、という感じで人々が足早になる。それを追い越すように馬車が駆け抜けていった。
そんな馬車の幌には多くの冒険者たちが座り込んでいて、ちらりと外を見ていた。
重い荷物を背負った商人もいれば、噂だけでここまでやってきた旅人の姿もある。怪我人や死者が山ほど出るので、神官の姿まであった。
賑やかな街とは違った、また別の賑やかさ。
どこかピリピリとした空気に混じる熱い想いと眼差し。
夢と冒険の地。
喧噪と狂騒の街。
戸惑いと不条理の世界。
一攫千金と名誉のために。
「ようこそ、黄金城へ」
自然とつぶやいてしまった俺の言葉に。
果たして少女たちは答える。
「はいっ」
「来ましたわ」
少年少女関係なく。
老いも若きも関係なく。
大人も子どももお姉さんも。
ワクワクさせてくれる場所が――この黄金城だった。
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