~可憐! 出発前の挨拶でイチャイチャ~

 遠征に行くとリンリーさんに告げると――


「えぇ!? またどっか行っちゃうのー!?」


 リンリーさんは声をあげて、ガッカリと肩を落とした。

 今の時間はお昼休憩。

 リンリーさんが休んでいるタイミングで話をしに行ったら、おやつのクッキーと紅茶を用意してくれた。

 宿の裏庭に新しく設置したテーブルに座ってのお茶会。

 ちょっと貴族になった気分なんだけど、もしかしたらベルちゃんが来た影響なのかもしれない。

 黄金の鐘亭に泊まってたベルちゃんとそのお世話をしてたリンリーさん。

 緊張したりしてヘトヘトに疲れてた様子だったけど、結局は楽しかったって言ってたし、なによりベルちゃんが優しくて好きになった、とも言ってた。

 真っ白なカップにミルクティを注いでもらって、焼き立てのクッキーを食べる。まだほのかにクッキーが温かくて、美味しい。

 ミルクティも甘くてクッキーに良く合う。

 あぁ。

 しあわせ~。


「もう、仕事ばっかり。パルちゃん大丈夫? 危ない目にあってない? 怖かったら私がエラントさんに言ってあげるからね」

「ふぁいふぉうふふぁいふぉうふ」

「え、なに? 口にいっぱい入れたまま喋らないで」


 あはは、と笑うリンリーさん。

 そこまで怒ってるわけじゃなさそう。でも、やっぱりお話できる相手がしばらくいなくなるっていうのがイヤっぽい。


「んくっ……ふぅ。大丈夫だよ、師匠めっちゃ優しいもん」

「そう? ん~……あんな男のどこがいいのか、私には分かんないわ」


 むぅ、と難しい顔をするリンリーさん


「師匠はリンリーさんのおっぱいに全然興味ないから、いいんじゃないの?」

「それはそれで何か問題がありそうで……でも……う~ん……?」


 複雑な乙女心、ってやつかも。

 普通の男の人だったら、誰もがリンリーさんの大きな胸に目を奪われてしまう。

 どんなに隠しても、どんなに普通にしてても、どうしても目立っちゃうし。ちょっと急いだり走ったりすると、バインバインと揺れてるので余計に。

 だいたいの男の人って大きいおっぱい好きだもん。

 でも、師匠は違う。

 揺れてるリンリーさんの胸を見て、めっちゃ嫌そうな表情を浮かべる時がある。

 それを見て、あたしは心底安心したりするんだけどね。

 あぁ、ぺったんこで良かった!

 そう思っちゃう。


「普通に私を見てくれる人は現れないのかなぁ。胸なんて関係なく好きって言ってくれる人が現れて欲しい……」

「リンリーさんカワイイのにね」

「みんな胸ばっかり見るんだから。私がどんな顔をしてようが関係ないんでしょ」

「いっそのこと丸坊主にしてみるとか?」


 あたしの冗談にリンリーさんはケラケラと笑う。


「誰も気づかなさそう。イザとなったらやってみるわ。それでも近づいてくる男がいるのなら、本当に私が好きか、本当におっぱいが好きなのかの二択ね」


 結局それって今までと一緒じゃないの?

 って思ったけど、声には出さなかった。

 胸が大きいっていうのは、やっぱり大変そうだ。

 ――フと視線を感じる。


「あ、師匠だ。やっほ~」


 ウチの窓からこっちを見る師匠だったので、手を振った。

 師匠も手を振ってくれたので、覗いてたわけじゃないみたい。

 たまたま窓を見たらあたし達がいた、って感じかな。


「もうパルちゃんってば。すぐエラントさんに気が散っちゃうんだから。真面目に私の話も聞いてよぉ~」

「今度お酒でも飲む?」


 大人って良くお酒を飲みながらそういうことを話してる気がするし。

 飲み会?

 あたしもやってみたい。


「パルちゃん飲めるの?」

「ちょっと飲んだことあるよ。ふわふわ~ってなって気持ちいい感じ」

「へ~……じゃ、やってみる?」

「うんうん!」


 リンリーさんと飲み会が決定したところで師匠がやってきた。


「準備はできてるのか、パル。忘れ物しても助けてやれんかもしれんぞ」

「はい、師匠。バッチリです! あ、師匠も良かったらお茶会に参加してください」

「え? いいのか?」


 師匠はリンリーさんを見る。


「どうぞどうぞ。どうせエラントさんはパルちゃんしか興味ないんでしょ」

「リンリー嬢に興味あるって言ったら問題になるだろう」

「嬢って言わないでください」

「失礼。で、なんでそんな不機嫌なんだ?」

「なんでもないですぅ~」


 えぇ~、と師匠は困った顔であたしを見た。


「またあたし達が遠征に行くから、リンリーさんは寂しいんだって」


 そうか、と師匠はガシガシと頭をかく。


「すまないな、リンリー。パルも、もうちょっと落ち着いて遊びたかったりするのか?」

「あたしは平気ですよ。リンリーさんはひとりぼっちだから」

「彼氏でも欲しいみたいな感じか?」

「違いますぅ!」


 リンリーさんは、ぷい、と横を向く。その動きに連動しておっぱいがぶるんと揺れると、師匠がやっぱりイヤそうな顔をした。


「砂漠の女王陛下には、急いでもらいたいものだ」

「何がです?」

「いや、なんでもない」


 新しく開発してもらってる『胸の小さく見えるブラジャー』は、今のところ秘密。リンリーさんを驚かせるという意味もあるし、他の商人に出し抜かれないように、という意味もあるので。

 でも、黄金の鐘亭に泊まりに来る一流商人の男の人たちは、おっきいおっぱいが好きな人ばっかりだろうから、そもそも開発には反対かもしれない。

 ん?

 ということは、出し抜かれるのを警戒しているんじゃなくて、邪魔されるのを警戒しているのかもしれない。

 リンリーさんの胸が小さくなったらガッカリする人たちばっかりだろうし。

 徒党を組んであらゆる妨害工作を仕掛けられそう……

 そういう意味では、やっぱり胸が小さく見えるブラジャーは秘密にしておいたほうがいいってことだ。


「ねぇねぇ、エラントさん。エラントさぁ~ん」

「なんだ……いや、寄ってくるな気持ち悪い。胸を寄せるな、俺にくっ付けるな……!」

「酷い……でも、逆にそれが信用できるのがイヤだ……」

「なんだその理不尽……」


 師匠も、盗賊を信用なんてするな、と言っているのがちょっと面白い。ぜんぜん相性が良く無いのにそれが逆に良いみたいになってる。

 なので、ちょっと悔しいから師匠の腕にくっ付いておいた。

 ぴと。

 師匠はちょっぴり反応するけど、リンリーさんみたいにイヤがりはしなかった。

 ふふ~ん。


「むぅ。パルちゃんばっかり甘やかして」

「リンリーは他人だろう。弟子でもないのに甘やかさんぞ、俺は」

「普通、弟子には厳しくするものなんじゃないんですか?」

「弟子は大切するだろう、普通」


 そうだよな、と聞いてくる師匠。

 あたしは、うん、とうなづく。

 大切にされてま~す。

 えへへ~。


「デレデレのふたりじゃないですか、もう。あ~ぁ~、いいなぁ。私も連れてってくださいよ~。お仕事休むので。料理とか作れますよ?」


 リンリーさんは師匠の腕を掴む。

 それを引き剥がしながら師匠は答えた。


「一手、遅い」

「どういうこと?」


 あたしも分かんなかったので、師匠の腕に絡まりながら首を傾げた。


「お姫様といっしょに遠征に行くんだったら連れていけた」

「いや、それはそれで怖いので遠慮します。でも、なんで今回はダメなんです?」

「場所が悪い。行き先は黄金城だからな。知ってるか?」

「名前だけ」


 どうして黄金城だと連れていけないんだろう?

 そう思ったら師匠が説明してくれた。


「申し訳ないが、あそこはアホみたいに治安が悪い。おまえさんみたいな容姿は、一発で暗がりに連れ込まれる」


 ひえっ、とあたしとリンリーさんの声がそろってしまった。


「じゃ、じゃぁパルちゃんも危ないじゃないですか」

「もちろんパルだって危ない。女だったら何でもいいっていう末期の男もいるだろうし、パルみたいなカワイイ少女がいいっていう変態もいるだろう」

「エラントさんみたいな?」

「うん」


 否定しなかった。

 師匠、強い。


「というわけで、ちょっとリンリー嬢には遠慮してもらいたい。嬢になるのなら、むしろ推奨はする」

「嬢って呼ばないでください。って、推奨するってどういうことですか?」

「ほぼ冒険者だけの街と言っても良い。娼婦は年中人手不足というのが現状だ。そんでもって、一日で恐ろしい金額が稼げる。ただし、物価が恐ろしいほど高いので、さっさと切り上げる必要があるが」

「……さっさと切り上げるって、それって可能なの?」

「いわゆる『足抜け』か。まぁ……ほとんど不可能だな」


 はぁ~、と大きくリンリーさんがため息をついた。


「どういうことですか、師匠?」

「あぁ、簡単な話だ。黄金城のダンジョンで金が手に入るだろ。そうすると、それを目当てに集まってきた商人は値段をあげて物を売る。相手が金を持っているから、いくらでも値段を釣り上げられるわけだ。そうすると、周囲もどんどんと値段があがっていき、意味が分からないくらいに物の値段が高くなる。一時期リンゴ一個が金貨一枚、なんてことにもなったんじゃないかな」

「えぇ!?」


 中級銅貨一枚で買えるリンゴが金貨一枚だなんて!

 めっちゃ高い……


「まぁ、大げさな話だ。実際には金貨ではなく、銀貨程度だったか。ちゃんと管理して物の値段をコントロールしないと経済がおかしいことになるらしいので、商業ギルドが入ったらしい。俺には難しくて良く分からなかったが。詳しくは学園長あたりにでも聞いてみるがいい」

「う。あたしもお勉強はちょっと……」


 だよなぁ~、と師匠とふたりで笑っておく。


「似た者師弟よね、パルちゃんとエラントさん。初めはそんな感じじゃなかったのに」

「あ、ほらほら。ペットは飼い主に似るって言うじゃないですか、リンリーさん。あたしもそれです」

「なんで自分をペットに例えるのよパルちゃん。もっと便利な言葉があるわよ。ねぇ、エラントさん?」

「似た者夫婦か?」


 それそれ、とリンリーさんはニヤニヤと笑った。


「んふふ。夫婦もいいけど、あたしはペットでもぉ~」


 師匠に可愛がってもらえるのなら、なんでもいい。


「まぁパルちゃんがいいのならそれでいいけど。エラントさんもニヤニヤしない。盗賊なんでしょ」

「失礼。リンリー嬢も似たような旦那さんが見つかるといいな」

「嬢って言わないでください。はぁ~……ちょっとはイイ男でも紹介してくださいよ、エラントさん」

「えぇ~……イイ男か~」


 師匠が珍しく悩んでいる。

 なので、あたしはこっそりと師匠に聞いてみた。


「勇者サマとかダメなんですか?」

「アウダか……アウダか~……いや、どうなんだ? 賢者と神官に当てつけになるんじゃないだろうか。いや、それも有りか。うん。隣の宿屋の旦那がアウダってのも、悪くない人生な気がする」


 うんうん、と師匠がうなづいている。

 やばい、なんか失敗した気がする。

 具体的には神官さんと賢者さんに、めっちゃ恨まれる気がした。

 ごめんなさい。


「や、やっぱり戦士サマで。ヴェラトルさん、ヴェラトルさん」

「ヴェラか。う~ん、あいつはスケベだからな……リンリー嬢が一番苦手なタイプかもしれん。というか、あいつ王様になるのが夢だからな。結婚すると、奥さんはそのまま王妃さまになるぞ。リンリー嬢はそれもイヤがりそうじゃないか」

「あぁ~、確かに……」


 結婚って難しいのかも。

 なんか好きな人とずっといっしょにいられる物、みたいに思ってたけど。もっともっと複雑なのかもしれない。

 でも、好きな人とずっといっしょにいて、家族になって、子どももできたりして、それでしあわせに生きていけたらなぁ~、なんて思う。

 ていうか、師匠とそうしたい。

 結婚した~い。


「師匠」

「なんだ」

「子どもは何人欲しいですか?」

「3人だ」

「分かりました。あたしとルビーとベルちゃんでひとりづつですね」

「そういう計算なの!?」

「あれ!? ひとり3人づつってことですか!?」


 師匠のえっちぃ~。

 と、言ったところでリンリーさんが凄い目でこっちを見てた。


「本気でイチャイチャするのなら、帰れ」

「「すいませんでした」」


 というわけで、リンリーさんに挨拶も済ませたので。

 ちょっと黄金城まで行ってきます!

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