~卑劣! 風よ。あいつに届いているか~

 ドスケベ姫ことヴェルス・パーロナ姫が王都に帰って数日。

 秋もそれなりに深まったきた頃合いであり、逆に言ってしまうとそろそろ冬も近づいてくる空気感。

 朝の静かな空気の中に肌寒さを感じる。

 夜明け前の空に、少しの星が混ざっているのが冷たい空気の中で良く見えた。


「あいつは大丈夫かな」


 今日はパルが練習だと称して部屋に侵入してくることも、ルビーが訓練と称して襲い掛かってくることも無かったので、平穏な目覚めだった。


「……」


 いや、まぁ、それを『平穏』と感じる程度にはドタバタな日常だったりするのだが。

 どうにもお姫様の残した影響は色恋……じゃなくて色濃いようだ。


「はぁ~」


 もしかしたら勇者も神官と賢者に同じ目に合わされているのだろうか。

 そう思うと地獄のような日々な気がする。

 頑張れ。

 頑張ってくれ。

 俺は遠く離れた故郷で、おまえを応援することしかできない卑怯者だ。

 と、自分を卑下するしかない。

 便りが無いのは無事な印……というのは良く聞く話だが。あいつがいる場所が場所だけに、便りなんて送るヒマもなさそうなので、心配ではある。


「ま、大丈夫だろうけど」


 なにせ、逆に言ってしまうと――あの賢者と神官が付いているのだ。

 むざむざと死にはしないだろう。


「分かりませんわよ。恋を叶えた女は一瞬にして少女に戻ります。あの神官サマと賢者サマが勇者に抱かれていた場合、腑抜けになっている可能性はありますわ。恋する乙女は強いですが、愛に溺れた女は最弱です」

「――影の中で完璧に気配を消した上に、俺の独り言から心情を推察するのはやめてくれないか、吸血鬼さま」

「うふふ。おはようございます。盗賊ともあろうものが自分の影に魔物が潜んでいることに気付かないなんて、『腑抜け』になってしまったのでしょうか?」

「残念。俺は腑抜けになる勇気を持っていない」

「それこそ残念ですわ。勇者になれる日をお待ちしておりますのに」


 ずぞぞぞぞ、と俺の影の中から出てくるルビー。

 間違いなくバケモノの所業なのだが、ゆっくりと出てくるのが黒髪ロングの美少女なので怒るに怒れない。むしろ似合ってるのが困りものだ。


「はい、師匠さん。おはようのちゅー」


「ウチにそんな文化はありません」

「いいではないですわ。パルも見ていませんので」


 というわけで、ちゅーされてしまった。


 ……今日も一日がんばろう。

 そう思いました。


「パル~、朝だぞ」


 ルビーのちゅーに気を良くした俺は、そのままパルを起こしに彼女の部屋へと行く。扉に罠チェックしてから、開けた。

 もちろん罠なんて無かったけど、一応やっておいて損は無いだろう。

 だって乙女の部屋だし。


「ぅは~ぅい……もうちょっと寝ますぅ……」

「珍しい。どうした?」

「昨日は夜遅くまで……なんでもないでひゅ……んにゅ……」


 パルはお寝坊さんをするみたいで、まだぐじゅぐじゅとベッドの中で布団にくるまっていた。

 ……夜遅くまで何してたんだろ。

 師匠、気になります。


「ダメですよ、師匠さん。乙女にも知られたくないことはありますわ。殿方だってあるではありませんか、ちょっと情けない瞬間が」

「俺には無い」

「では師匠さんが赤ちゃんみたいにバブバブとおかしくなっちゃうまで攻めてあげますわ。もしくは泣いて謝るまで。覚悟の準備はよろしくて?」

「すいませんでした」


 今この瞬間が、ちょっと情けない姿、だった。

 ま、パルはひとりで訓練していたのだろう。廊下を歩く気配をしていたし、ルビーもその訓練に付き合っていたかもしれない。

 勇者パーティと出会ってから、パルの訓練に対する真剣度は上がった気がする。

 もともと、パルは自分ひとりでも生きていけるように、と俺へ弟子入りしたのだが。その意識は少し変わってしまったようだ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか……

 いや、どう考えても『悪いこと』なんだよなぁ。

 申し訳ない。

 俺の勝手な予定にパルを合わせてしまっている。

 でも、絶対に死なせはしないから安心して欲しい。

 確実な方法を模索して、魔王サマに挑みたいと思っている。むしろ、不意打ちや暗殺で終わらせたいところだ。

 勇者にはガッカリされるかもしれないけど。


「さて」


 そんなことを考えつつ、朝食の準備をする。

 昨日の夜にみんなで作ったコーンスープを温め直して、ルビーにはミルクを買いに行ってもらった。

 あとは買い置きのパンを並べて、と。


「できた」

「おはようございます~……」


 まだ眠そうなパルがぐじゅぐじゅとしながら起きてきた。寝ぐせが付いた髪の毛が可愛らしい。

 そんなぴょこんと跳ねた髪を撫でつけてやる。


「タイミングいいなぁ、パル。あまり無理はするなよ」

「……うぅ、バレてました?」

「もうちょっと上手く気配が消せるようになるといいな」

「そうしたら、あたしも師匠の部屋に侵入してもいい?」

「いいぞ。やれるもんならな」

「む。あたしのこと舐めてますね。ビックリしてもしりませんからね、師匠。朝起きたら隣に裸のあたしが寝てても!」

「できてから言え、できてから」


 ケラケラと笑うパルの頭を手櫛で整えてやって、可愛い弟子の完成だ。もちろん、寝てる時も寝ぐせが付いているときも、いつだって可愛いけどな!

 それからミルクを買ってきてくれたルビーを待って、朝食となった。

 みんなでいただきますをしてから、食べていく。


「今日は何をするんですか、師匠」

「そろそろ戦闘訓練を本格化させたいとは思ってる。基礎訓練とスキル修行ばかりじゃ飽きるだろ?」

「あたしは師匠がいっしょならどんな訓練でも楽しいです」


 えへへ~、と笑うパル。

 かわいい。

 結婚したい。


「わたしはそろそろ冒険者レベルを上げたいですわ。未だに1だというのが逆に面白いのですが、幅が広がりませんので」


 そういえばそうだった。

 いまいち連続して依頼を受けていないので、経験にブランクがあると査定されていてもおかしくはない。加えて、しょっちゅう遠征で留守にしているので、冒険者ギルドからのルビーたちの評価は最低になっていると考えられる。

 実力と評価がここまで乖離した冒険者もそうはいまい。

 確かにレベルを上げておくのは重要だな。レベル1のままでは得られる情報が最低限になってしまうし、特殊な依頼をまわしてもらえるわけがない。

 高ければ高いほど有利に働くこともあるので、冒険者レベルも上げたいところ。


「実戦経験として、討伐依頼を受けまくるか」


 しばらくはモンスター退治を請け負ってみるのもいいかもしれないな。


「はーい」

「了解ですわ」


 と、話がまとまったところで――


「ん?」


 キラキラと目の前に魔力の粒子が集まってくる。風も無いのに、どこか舞っているような感じで魔力が収集していった。

 それが次第に形を取り始める。


「『メッセージの巻物』か」


 離れた対象に『文字』を送るスクロール。転移と同じくエルフ族に伝わる深淵魔法が応用されているらしい。が、その詳細は極一部の者しか知らない。

 ……そういえば転移の腕輪がヴェルス姫ご一行と盗賊たちにバレてしまったんだったか。

 人の口にフタをするのは至難の業。

 唯一の方法は物理的に喋れなくする方法しかないので、いずれ漏れることは必須。そうなってしまうと怒るのは学園長――ではなく、エルフ族かもしれない。

 なにせ深淵魔法は秘匿されているらしいので、その最先端の技術が大きく話題になるのは避けたいところだろうし、なによりエルフ族たちですらまだ持っていない物だ。

 なんか逆恨みされて消されるんじゃないか。

 森の中でエルフに襲われたら、ちょっと無事に済む未来が見えない。

 そうなったら魔王領に引きこもることになりそうだ……


「なになに、誰からだろ」

「また勇者サマからでしょうか。ラブレターでしたら破けますのに、メッセージの巻物は厄介ですわね」


 破いてやるなよ、ラブレター。

 というか勇者からのメッセージをラブレター扱いしてくれるな。

 ルビーにツッコミを入れる前にメッセージが完成する。

 キラキラと輝く魔力の光で文字がかたどられた。


「『黄金城・セツナ』……」


 メッセージの巻物には時間制限がある。あまり長い文章だと読み切る前に魔力が霧散してしまったりするので、短い言葉で伝えなくてはならない。

 という前程は確かに分かるのだが……


「シンプル過ぎるな」


 内容を読み解く間が充分にあるので、俺は思わず笑ってしまった。


「セツナってことは……シュユちゃん達からだ。何の用事だろう?」

「黄金城、というところに居るということでしょうか。それとも黄金の城にまつわる何か、という意味でしょうか?」


 霧散していくメッセージの魔力を目で追いかける。

 程なくして風に乗るように光の粒子は消えていった。


「恐らくセツナ殿たちは黄金城にいる。手伝ってくれ、ということだろう」


 手伝う?

 と、パルとルビーは首を傾げた。


「知らないのか、黄金城」

「知らな~い」

「名前を聞いたことがある、ような、無いような……そんな曖昧なものですわ」


 ふむ。

 まぁ、パルが知らなくても不思議ではないし、ルビーは魔王領で生きてたのだから知らない可能性もあるか。


「黄金城は、冒険者なら必ず一度は訪れたい場所ではあるな」

「なになに? 伝説のお城とかですか? 黄金っていうくらいだからピカピカのお城?」


 パルが楽しそうに身を乗り出した。


「残念。黄金城はボロボロだ」


 あれ~、とパルは乗り出した身体を元に戻した。


「ボロボロなのに黄金とは……どういうことですの?」

「黄金城の地下は巨大な迷宮になっている。そして、そこに発生するモンスターは必ず金を落とすんだ。魔物の石の代わりにね」

「「キン!?」」

「そう。だから黄金城と呼ばれている」


 どういうことどういうこと、と美少女ふたりは身を乗り出してきた。


「落ち着け。えっとな、黄金城にはこんな伝説がある。昔むかし、とある王様は『金の湧くツボ』を発見した。そのツボからは毎日金が湧き、それは尽きることなく溢れ続ける。その国は金のおかげで豊かで平和になり、王様はそのツボを大切に保管した」


 恐らく、今で言うところの古代遺産・アーティファクトなのだろうが……その能力というか効果が恐ろしいツボではある。


「もちろん、そんなツボがあるのならみんな手に入れたいと思うだろう? 実際にツボは狙われたりした。だから、王様は地下深くの宝物庫にツボを保管した。そして、誰も近づけないように、と迷宮を作ったそうだ。すると、どうなったと思う?」


 俺は苦笑交じりにパルへと問いかけてみる。


「分かりました! 誰も迷宮の奥に辿りつけなくなった!」

「半分正解」


 半分だけ? と首を傾げるパルに答えを教えてやる。


「いま、俺たちが直面している問題はなんだ?」

「えぇ~っと……魔王サマ?」


 そのとおり、と俺はパルの頭を撫でた。

 えらいえらい。正解です。


「じゃぁ魔王サマが現れたら、世界はどうなった?」

「えっと……魔物、モンスターが現れるようになりました」

「どんな条件で?」

「人がいないところで闇が深いところ……あっ」


 そのとおり、と俺はうなづく。


「黄金城の地下迷宮にはモンスターが現れるようになった。しかも不思議なことに、無限に湧きだす黄金を核として。奥へ迎えば向かうほど凶悪なモンスターが黄金を抱えて待ってるってことだ。しかもそのゴールには無限の黄金を生み出すアーティファクトが待っている。冒険者が憧れるのも無理はないだろ?」


 無限とも思える程にモンスターが絶え間なく湧き、そして金を落としていく。

 修行にも腕試しにもピッタリであり、一攫千金も夢じゃない。

 冒険者が一度は訪れたいのが黄金城というわけだ。


「ひとついいでしょうか師匠さん」

「どうぞ、なんでも」

「どうしてそこまで詳細な情報があるんですの? 噂ではなく、迷宮の生み出された理由まで分かってるのは不思議ですわ」

「簡単な理由だ。その黄金城を作った王族はまだ残っていて、魔王サマが現れた時に真っ先に逃げ出してお城を放棄したのが、しっかりと記録として残っているからだ」

「ツボを置いて、逃げ出しちゃったんだ」


 パルの言葉に俺は肩をすくめる。


「懸命な判断だと俺は思うけどね。足元から無限に湧いてくるのは金じゃなくてモンスターだからな。おちおち眠ってもいられないだろう。むしろ城からモンスターが出てこないように、徹底的に閉鎖したのは英断だ。そして、黄金城で手に入れた物は、全て拾った者に権利があるようにした。つまり、ツボだけじゃなく宝物庫に眠る全ての宝物の権利を捨てた。持ち帰った人に与えてくれたんだ」


 そして生まれたのが『黄金城のダンジョン』というわけである。

 そこにあるのは自己責任のみで、誰かが助けてくれるのも気まぐれ。

 見殺しにされても、裏切られても、ましてや闇討ちされても文句は言えない場所。

 状況によっては人間種でも敵になる。

 ありとあらゆるトラップとリドルが待ち受け、何千何万という人間種を飲み込んできた。

 ニュービーからルーキー、ベテランからロートルまで。

 ありとあらゆる冒険者が集まり、そんな彼らが持ち帰ってきた黄金を加工するドワーフが現れ、やがて商人たちが集い、冒険者の宿が立ち並び、一夜の夢を見させてくれる娼婦たちが集う。

 荒れ暮れどもの集う城。

 夢と希望と憧れと絶望と死。

 隣り合わせの灰と青春。

 地下迷宮。

 黄金城。


「では、各自遠征の準備だ」

「はーい」

「了解ですわ」


 さて。

 ちょっとばかり、気合いを入れないといけないな。

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