~卑劣! 舐められる師匠~

 パーロナ国の末っ子姫ことヴェルス・パーロナ姫。

 彼女に許されたのは、たったの一週間。

 その最終日がやってきた。


「今日でお別れなんて、まるで嘘のようです。そうは思いませんか、師匠さま」

「俺的には、現在の状況が嘘であって欲しいです……」


 身体に圧し掛かる重み。

 ベッドの上で目が覚めたら、ヴェルス姫の顔があった。

 一瞬、夢かと思った。

 だって俺の上にお姫様が乗っているんだもん。


「いったいどうやって……んん……?」


 これでも盗賊の端くれ。一流には届いていないかもしれないが、それでも勇者パーティの一員を立派にこなしていたと自負している。

 王族のお姫様に寝込みを襲われるような失態を犯すはずがない。というか、ヴェルス姫に俺に気取られないように近づいてくる技術があるのなら、是非とも勇者パーティに加わって頂きたいのだが?

 そう思いつつも、ピリピリと痺れるような痛みがある肩に触れると――


「針……」


 盗賊スキル用の針が刺さっていた。

 たぶんこれ、毒だ。

 眠っていたのではなく、眠っている最中に毒で意識を飛ばされていた。


「なんてことしやがる……」


 パルにはこんな芸当、まだ不可能だ。きっとお姫様が雇った中にいた盗賊のウチの誰か。ちくしょう、めちゃくちゃ優秀じゃないか。

 一流どころじゃない。

 超一流!

 是非スカウトしたい!


「誰に頼んだんです、姫様」

「秘密です。名を明かさないという条件のもと、協力を取りつけました。残念ながら、報酬をたっぷりと払います、と約束したのですが断られてしまいまして。なんと無料で請け負ってくれたのです。いるのですねぇ、世の中には正義の味方が」


 これを正義というのなら。

 ロリコンは博愛主義と言えてしまうぞ。


「姫様、重いので降りていただければ……」

「レディに対して、酷い言い分ですよ師匠さま。それに、私は重い女ですので」

「このままだと俺は重罪になるのでは?」

「半分背負ってさしあげます。罪の重さもふたりで分け合えば世間の冷たい目もなんのその、です。いつでもどこまでも逃げる覚悟は決まっていますので」

「……いや、でも、あの……朝でね、ちょっとね……刺激が強いとですね……」

「うふふふふふ」


 いやぁ!

 もぞもぞしないでぇ~!

 動かないでください、姫様ぁ!


「ふふ、うふふふ。いいんですよぉ~、師匠さまぁ。このままぁ、私が大声をあげればぁ、ぜったいにマルカが突撃してきます。前回はわたしが裸なだけで言い訳が立ちましたがぁ、今回は師匠さまが裸になっていてぇ、んふふふ、お元気な姿を見れば言い訳が立ちません。立ってますけど。えへへへへへ」

「ま、待ってくださいヴェルス姫」

「待ちません」

「いや、俺にも心の準備というものが」

「大丈夫です。見るだけです。痛くしませんので」

「ヴぇる、ヴェルス姫」

「んふふふふ」


 ええい、この野郎!

 野郎じゃなくて美少女だけど!


「おい、いい加減に止まれ、ヴェルス」

「ひゃい!」


 ……思わずキレそうになって呼び捨てにしてしまった。

 で、でも、お姫様は動きを止めて、ちょっとおっかなびっくりと俺から離れる。

 止まってくれたので……結果オーライ……?


「あ、あぁ~、師匠さま。師匠さま師匠さま! そんな強い言葉を使われるなんて……あぁ、好き。やっぱり好き。嘘いつわりなく、本気で好きです! ドキドキが止まりませんわ。もっと、もっと私の名前を呼んでください! め、命令を、命令をしてください!」


 もしかしてアレか。

 王族なので、周囲から優しくされるのが基本であり、身内以外から名前を呼び捨てにされる機会など無いので、クリティカルヒットしているのかもしれない。

 よ、よし!

 弱点が分かったのなら、こっちのものだ!

 一気に逆転できる!


「ヴェルス、俺の上から降りろ」

「は、はい……こ、これでよろしいですか?」

「そのままベッドから降りろ。気を付け、だ」

「ひゃぃ」


 ……なんか返事がトロンと溶けてない?

 というか、顔もゆるみきってる気がする……

 やべぇ……かわいい……

 ちょ、ちょっと触るくらいなら……


「師匠おおおおおおおおおぉぉぉぉああああああああああ!」


 ヴェルス姫に手を伸ばそうとした瞬間、俺の部屋の扉が物凄い勢いで開いた。風圧で前髪が、ぶわり、と浮いてしまうほどに。


「ヴェルちゃんの声がしたぁ! あああああああああ、やっぱりいるぅ! マルカさーん! マルカさーん! ここでしたああああ!」

「そこでしたか姫ええええええええ!」


 俺の部屋に近衛騎士団『マトリチブス・ホック(本気)』がなだれこんできた。フルアーマー装備で、抜刀している人もいる。

 彼女たちは一斉にお姫様を包囲すると、一気に担ぎあげて確保した。

 お姫様扱いじゃなくて、荷物扱いのようだ。


「や、やだやだやだ、離してください! 私は、私は師匠さまと添い遂げるのです!」

「許されるものですか! さぁ、部屋に帰ってお着替えです。今日、王都に帰るのですからね!」

「いやあああああ! 師匠さま、師匠さまぁ!」

「申し訳ありませんでした、エラント殿。以後、このようなことが無いよう監視の目を強化します。まだ夜も開けて間もない時間に失礼いたしました!」


 嵐のような勢いで女性陣は去って行った。


「……疲れた」


 俺は起こしていた身をベッドの上に再び倒す。ぼふん、と枕が悲鳴をあげるが、俺の頭をしっかりと受け止めてくれた。

 今はおまえの柔らかさが救いだ。ありがとう枕くん。無言で俺を慰めてくれるのはおまえだけかもしれない。助かる。


「よいしょ、と」

「……なにをやっているパル」

「せっかくなので、師匠と添い寝をしようかと。二度寝ってあらゆる意味で気持ちいいですよね」

「ドスケベ弟子」

「ち、違いますぅ。普通ですぅ。普通の女の子はこれぐらいえっちなんですぅ」

「自分でえっちって言ったぞ、この弟子」

「お姫様はもっとえっちなんですから、これくらいゼロと同じです」


 そう言いながらパルはベッドから出る気はなく、むしろ俺に絡みつくように腕に手をまわしてきた。


「くっ付くなよ、甘えんぼか?」

「甘えんぼです」

「そっちは認めるのか……乙女心は難しいなぁ」

「んふふ~。じゃ、足も絡めちゃいます」

「おふっ」

「あ、ごめんなさい。当たっちゃった……当たった? え、なにが? なんで?」


 パルが布団の中を覗き込む。


「し~しょ~。ベルちゃんと何してたんですか?」

「何にもしてなかっただろ」

「むぅ。あ、でもこれってあたしにチャンスが?」

「ないない。そのうち収まる」

「へ~。んふふ」

「見るな見るな。ほら、二度寝するぞ」

「は~い」


 と、ふたりで仰向けになって天井を見た瞬間――


「「こわ!?」」


 ルビーが眷属を使って覗いているのが分かった。

 いや、頼むから目玉だけを天井に顕現するのはやめてくださいませんか?

 本気で怖いです。

 なんて――

 そんなことが最終日の朝にありましたとさ。


「ひどいですよねぇ、私はただ師匠さまの部屋にお邪魔しただけなのに」

「黙って来るから悪いんだよ、ベルちゃん。今度はあたしも誘って」

「ふふ。それだからダメなのですよ、小娘たち」


 なんだと、とパル。

 小娘!? とヴェルス姫。

 朝食のガレットを食べながら三人娘たちは今朝の顛末を話し合っている。なので、食の進みは遅く、俺はすでに食べ終わってしまった。

 とろ~っと黄身があふれ出る半熟のたまごが濃厚で美味しく、野菜とハムに良く絡んで美味しかった。

 サンドイッチも好きだが、ガレットもいいなぁ。ただし、これは最高級の材料で作られたものであり、腕前も一流の料理人が作ったガレットなので……

 毎日食べようと思っても、食べられないのがつらいところだ。 

 いいなぁ、王族。

 こういうところはうらやましい。


「どうぞ。食後のミルクティです」

「ありがとうございます」


 メイドさんにお礼を言うと、彼女はにっこりと笑ってくれた。

 うん。

 優しく微笑んでくれると十二歳以上の女性でも素直に受け入れることができる。俺のことを好きでもないけど、普通に優しく接してくれるメイドさんとは素晴らしい存在かもしれない。

 やっぱりいいなぁ、王族。


「自分から師匠さんの部屋へ夜這いに行くなんて、まだまだ青いですわ」

「だってあたし子どもだもん」

「小娘……私が小娘……」

「乙女だったら、師匠さんが我慢できないように仕向けなさいな。女は黙って、ベッドの中で殿方を待つものですわ」

「「た、確かに!」」


 なにが、確かに、だ。

 この三バカ娘たち。

 いや、色ボケ小娘ども、とでも言おうか。

 朝から酷い話題で盛り上がっている。


「ル、ルビーさま。その……待っている時の姿はどうすれば良いのでしょう? 脱いだほうが?」

「なにを言っているのですベル姫。きっちりパジャマは着ておきなさい。殿方に脱がせる楽しみを省かせてはいけません。世の中には、半脱ぎという状況が好きな人間種もいます」

「「半脱ぎ!」」


 ドスケベ弟子とドスケベ姫が俺を見た。

 俺はミルクティを飲みながら、違うちがう、と手を横に振る。

 まぁ、確かに服を全部脱がせてしまうと『情報』が無くなってしまうので、言いたいことは分かる。

 つまり、服に価値があるのだ。

 たとえばメイドさん。このメイド服を着ているからこそメイドはメイドなのであって、それを取り除いてしまうとただの器量が良くて完璧で美しい女性になってしまう。

 それではダメだ、という人が取る行為が半脱ぎなんだろう。

 知らんけど。

 逆に言うと、それはその女の人を好きなのではなく、その情報に価値を見い出しているタイプだ。つまりメイドさんであれば誰でもいい、という受け取り方もできる。

 知らんけど。

 その点、俺なら服を着てようが全裸だろうが、パルとルビーとヴェルス姫を等しく愛せる自信はある。

 知らなくはない。

 うん。


「ただし、気を付けてくださいましパルパル、ベルベル」


 ズズ、とルビーはテーブルの上に身を乗り出すようにして凄んでみせる。


「パンツタイプのパジャマですと、脱がせる際に腰を浮かせないといけません。それは乙女の協力が必要不可欠。ですので、殿方が気を揉む可能性が発生します。ただでさえぱんつという最大の障壁があるというのに、その手前にもうひとつの壁があると躊躇してしまうでしょう。ほら、鍵がふたつ有ると防犯に役立つ、とも言うではないですか」

「なるほどぉ……」

「勉強になります、ルビーさま」


 ふたりは深々と頭を下げた。

 下げるな、と言いたかった。


「……」


 俺はマルカさんを見る。

 こんなこと言ってるんですけど、いいんですか、教育とか、そういうの。と問いかけたかったのだが、なぜかマルカさんも、ほほぉ、と真剣にうなづいている。

 ……ダメだこりゃ。

 誰か、マルカさんに良い感じの紳士を紹介してあげてください。

 じゃないと、末っ子姫の周囲がダメになる……

 ほら、そこの窓の外で周囲の監視をしてる女盗賊さま。笑ってないでなんとかしてくださいよぉ。もしかしてあんたか? 俺に毒針を刺したヤツ。ちくしょうが。

 そんな朝食も終わって、ヴェルス姫の帰宅準備をパルが手伝って、ついにお別れの時がきた。

 俺たちは姫様を見送るために中央広場に集まる。

 豪華な馬車が到着して、物々しい雰囲気になっているので、住民たちがなんだなんだと見物していた。

 その中央にいるのは、なんとも気が引けるが……見送らないわけにもいくまい。

 中央広場で商売をしている人たちごめんね、と思ったが――集まってくる野次馬たちにジュース屋のお姉さんが喜々としてジュースを売っていた。

 逆に儲かっているようだ。

 商人ってそういうものだよね……


「楽しかったです。またすぐにでも遊びに来ますね。お父さまを脅してでも」

「それはやめてあげてください」


 たぶん、俺が怒られるんだと思う。いや、ぜったい。ぜったい俺のせいにされるよぉ。助けて勇者ぁ……


「またね、ベルちゃん」

「パルちゃんもお元気で。ぜったい、ぜったい報告してくださいね」

「うん! ちゃんと教えるから」


 何を報告するんだ、我が愛すべき弟子は。

 内容を聞くのが怖い……


「ルビーちゃんもまた色々とその知見を私に与えてくださいね」

「喜んで。なんなら実戦的なテクニックを教えてさしあげてもよろしいですわよ」

「ホントですか!?」

「えぇ、お任せを」


 うふふふふ、とルビーとヴェルス姫は笑っている。

 いや、カッコ付けてるけどその吸血鬼、経験ゼロですからね?

 ただただ知識だけをたくわえただけのむっつり吸血姫ですので勘違いしないでね。いや、そういう意味では似た者同士なのか、ルビーとヴェルス姫。

 なんという因果か。

 世間とは意外と狭いものである。


「最後に師匠さま」


 そういうと、ヴェルス姫は近づいてくる。


「お耳を貸していただけます?」


 ナイショ話だろうか。

 俺はお姫様の身長に合うように片膝を地面に付くようにして身を屈めた。ヴェルス姫は俺の横に立つと、音が漏れないようにと耳を両手で覆って、口を近づける。


「師匠さま……動かないでください。平常心、平常心ですよ」

「?」


 なんだ、と思ったら耳にゾワリとした感覚。

 思わず表情が動きそうになったが、なんとか耐える。

 俺、いま……王族の末っ子姫に耳を舐められているのか……!


「ん~、れろれろ……ん、ちゅ~、ちゅっ」


 最後は音が漏れそうな勢いだったが、なんとかバレなかったらしい。


「――という話ですので、よろしくお願いしますね師匠さま」

「分かった。あ、いや、分かりましたヴェルス姫」


 俺はうやうやしく頭を下げる。

 何か重要な命令をされたかのように見せておかないと、後が怖い。


「ふふ。それでは、ごきげんよう。師匠さま、パルちゃん、ルビーちゃん。またね」

「はい」

「まったね~」

「ごきげんよう」


 ヴェルス姫は馬車に乗り込み、窓からも手を振ってくれる。それは馬車が出発しても続いて、パルも手を振り続けた。

 やがて馬車が見えなくなり、周囲の人々も馬車を追いかけたり解散していくと、パルも振っていた手をおろした。


「はぁ~。楽しかった」

「良かったな」


 俺はパルの頭を撫でてやる。

 こういう時、少しの寂しさが押し寄せてくるもの。楽しかった思いが強いほどに、ちょっとした消失感が襲ってくるものだ。


「ねぇねぇ、師匠」

「なんだ?」

「今度はあたし達が遊びに行きましょう」

「……許可でるかなぁ」

「出ますよぉ。だって友達だもん」

「おまえとルビーは友達だけど、俺は違うから無理じゃね?」


 そうかなぁ、とパルは首を傾げている。

 どこからくる、そうかなぁ、なんだそれ。

 忘れてない?

 王族ですよ、王族。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない立場の人ですからね、本当は。


「では、次はわたしが誘拐してきますわ。邪魔をされたら城を滅ぼすまでです」

「それだ!」

「やめてください、お願いします」


 第二の魔王とかには、なりたくない。


「ところで師匠。さっきベルちゃんに何て言われてたの?」

「なんでもない」

「えぇ~、教えてくださいよぉ」

「なんでもない!」

「あ、逃げた!」

「追いますわよ、パル!」

「うん!」


 実は耳を舐められてました、なんて言えるか!

 ちくしょう!

 あのドスケベ姫め!

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