~卑劣! その情報には価値がある~
はぁはぁ、と肩で息をするゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディが笑い終わるのを待つ。
おそらく世界で一番無駄な時間だ。
こんなに無駄な時間は賢者と神官が朝の支度に手間取っている間にモンスターに襲われて、必死で遅滞戦法を取って以来な気がする。
うん。
王族たるヴェルス姫に、こんな無為な時間を過ごさせるなんて処刑物だぞゲラゲラエルフ。
反省しろ。
「興味深いですね、この幻の壁。どこで魔法を使っているのでしょうか? あの受付の男の人も幻なんですよね?」
「たぶんこれアーティファクトだと思うよ。前にモンスターの幻を見せるアーティファクトも見たことあるし、それと同じかも?」
お姫様はその間にギルド内を楽しそうに見てまわっていた。特に幻の壁には興味津々らしく、あっち行ったりこっちに来たり、と何度も壁の間をすり抜けている。
かわいい。
「そうなんですね。よく発見されるアーティファクトなのでしょうか。いえ、アーティファクトがよく発見される、という表現もおかしいですが」
姫様の言うとおり、アーティファクトたる古代遺産は滅多に見つからない。そもそも未発見の遺跡というものがレア中のレアであり、その中に取り残されていた古代遺産を見つけることができる、というのも滅多にないわけで。
現状、アーティファクトは高い値段で取引されている物があるにはある。武器や防具ではない物だとオークションなどに流れることが多く、お金さえあれば手に入るものではあった。
しかしまぁ……ほとんどの人間種はアーティファクトなど一生に一度も縁が無いものであるので。それにも関わらずアーティファクトに縁があるのは、果たして運が良いのか悪いのか。
これも光の精霊女王ラビアンさまの導きか、と俺は首元に巻いた聖骸布に手を触れる。できれば穏やかな試練であって欲しいものだ。
「はぁ~……落ち着いた……申し訳ありません、お姫様。取り乱しました」
ぜぇぜぇ、とお腹を抑えるルクス。
痩せて骨と皮だけ、という印象のルクスだが……もしかして笑い過ぎて大量のエネルギーを消費した結果、めちゃくちゃ痩せている――なんていう事実だったらどうしよう。
ほんとに笑い過ぎなことを反省して欲しい。
「ふふ。笑えるということはしあわせな証拠です、ルクスさま。でも、私の恥ずかしい情報を知ったからと言って笑わないでくださいね」
「そこのエラントに惚れている、という情報で散々笑った後です」
「まぁ、ひどい」
お姫様とルクスはくすくすと笑った。
ほんとに酷いのは目の前に俺がいるということなのでは?
マルカさんは肩をすくめている。盗賊に惚れたのは仕方がない、ということなのだろうか。
吊り橋効果、まだまだ続いているらしい。
いや、嬉しいよ?
こんな美少女に好かれて嬉しくない人間種なんているだろうか?
きっと魔王サマだって嬉しく思うに違いない!
でもまぁ……
嬉しいんだけど……嬉しいんだけど!
ヴェルス姫が王族じゃなかったら良かったのになぁ……堂々と手が出せたのに……!
「む。師匠が調子乗ってる顔してる」
「えぇ。でも乗らせてあげるのが第一夫人と第一愛人の務めというもの。存分に持ち上げてみせましょう」
「なるほど。よっ、師匠! モテモテ!」
「モテる男はつらいでしょうけど、がんばってくださいまし~!」
なんだろう。
めっちゃバカにされてる……
俺のことを好きでいてくれるはずのロリとロリババァが酷い……
「ねぇねぇ、第一愛人さん」
「なにかしら、第一夫人さま」
「あたしが第一夫人だったら、ベルちゃんは第二夫人?」
「そうなりますわね。いえ、ベル姫は王族ですので、王妃……もしくは第一正妃でしょうか」
「おぉ~。みんな第一でいいね」
「みんな師匠さんの『一番』になれますもの。わたし達も仲良しでいなくては師匠さんに迷惑がかかりますからね。オンリーワンなんて意味ありません。誰もがナンバーワンです」
無茶苦茶な理論を展開する吸血鬼だった。
その平和的な考えがあるのなら、全ての呼び方に『第一』を付けるのをやめてもらえませんか? まるで第二や第三がありそうな雰囲気がしますので。
「それで、どんなご用件で来たのかそろそろ本題に入ってもいいですか?」
話を進めてくれるルクスに感謝しつつ、俺は砂漠国の女王陛下から聞いたことを伝えた。
「精霊に保護された泉。普通の人間には見えず、鳥だけがその場所を知っている。その泉には月の光のみが落ち、湖に存在する剣が作り出した幻想が見た者を怪しい魔力で惑わせる。『スペクロ・ヴェレルーナ』と旧き言葉で呼ばれている泉」
俺の言葉を反芻するようにつぶやきたルクスは一瞬だけ宙を見るように視線を動かすと、うん、とうなづいた。
「よし、覚えたぞ」
パルと同じ記憶に関するギフト『瞬間記憶』でも持っているんだろう。まぁ、これがなくては盗賊ギルドの受付なんてやってられないものな。
あらゆる情報を瞬時に覚え、そして引き出さないといけない。
誰でもできる仕事ではないが……そこそこの人間が神さまから与えられている才能でもある。
わりと記憶を司る神さまは気前が良いらしい。
きっと優しい大神なんだろう。
「この『スペクロ・ヴェレルーナ』に関する情報を集めて欲しい。もしくは、いま持ってる情報はあるだろうか?」
俺はそう言いながらカウンターの上に金貨一枚を置いた。
「おいおい、このレベルだっていうのか」
「秘匿されていた情報ってわけじゃないが、俺にとってはSランクの情報だ。できれば掴んで欲しい。前払いだ。得た情報によっては追加で払う」
「先払いされちゃ断れないが……時間は掛かると思うぞ。どうにもギミックがありそうだ」
ルクスは肩をすくめる。
ギミック、か。
「人を惑わせる剣、というやつか」
「それそれ」
七星護剣を求めて得た情報なので、剣が鍵となっているのは当然なのだが……肝心のその剣が正体を隠匿している可能性がある。
「存在が示されているのに、誰も知らない。まるで英雄譚に出てくる伝説みたいだ」
伝説の地、伝説の森、伝説の丘、伝説の湖、伝説の城――などなど。
英雄譚には多種多様な『伝説の〇〇』が存在する。誰も知らないはずなのに、そんな伝説が語られているのは、ある種の不可解な現象だ。
なにせ、誰も知らないし、誰も見たことがないのに明確な場所を示していることは多い。
そんな矛盾した話があるわけがないのだが、まぁ物語なので許されている感じではある。
「森の奥には恐ろしい怪物がいて、誰も生きて帰った者はいない。そんな話に似ていますね」
お姫様も物語を思い出しながら言う。
生きて帰れない理由を知っているおまえは何者だ、という話だ。場合によっては、その話を語る存在そのものが『恐ろしい怪物』の可能性もある。
「残念ながら現実でそんな話になると『幻惑』を疑うのだが……逆にそれを承知の上で探すとなると筋道は立つか。ま、期待せずに気長に待ってるのがいいだろう」
「分かった。金貨一枚で足りなくなったらいつでも追加するので言ってくれ」
「相当だな。そんなに重要な剣なのか?」
ふむ。
もののついで、というやつだ。
もしかしたら他の七星護剣の情報も集められるかもしれない。俺はルクスに七星護剣の話を伝えた。
「ふ~ん。倭国から来たツノの生えた仮面とニンジャ、それからハーフ・ドラゴンか。そんでもって義の倭の国の剣ってわけか。ひとつ疑問なんだが……どうしてこの大陸にあるんだ?」
「そこまでは知らん」
セツナたちの口ぶりからするに、義の倭の国での探索は終了してこっちにやってきた雰囲気もある。
もしかしたら、大陸を一番後回しにして、その他の島々を巡ったあとかもしれない。
なんにしても大陸に残りの六本があるような感じだったのは確かだ。
「了解だ。ついでに何か分かったら教える」
「頼む」
用件は以上だ、と俺は一息ついた。
「お姫様は何か知りたいことはないですか? 今なら特別にお安くしておきますよ」
「そうですね……」
ルクスの目がにやりと笑っている。
どうせ場を俺に関する奇妙な質問でもとんでくるのだろう、と期待している目だ。気持ちは分かるし、俺もそうだと思っていた。
しかし、姫様の口から出たのは、まったく違う真面目な物。
「この街の物乞いをしている孤児の人数は分かりますか?」
「――それを知ってどうするつもりですか、ヴェルス・パーロナ姫」
一瞬にして表情を入れ替えたルクスは、さすがというべきか。いつもの眠そうな表情とは違う、どこか無表情にも思えるもの。
ルクス・ヴィリディがいやでもエルフだと思い出させてくれる。
美人っていうのは、冷たくて怖い印象を持ってしまうのだが、今のルクスがまさにそれだった。
「助けたいと思っています」
「どうやって?」
冷たい印象が、より濃くなった。
つまり、冷笑を浮かべている。
王族相手によくやるよ、まったく。
そんなエルフに対してお姫様は堂々と答えた。
「その答えはまだ出せておりません。ですが、人数によって考えられる規模が変わってきますので把握したいと思いました。もしもひとりだというのなら、今すぐ解決しますので」
もちろん、路地裏で生きる孤児がひとりなわけがない。
でも、それを重々承知の上でお姫様は言ってみせた。
本気で救うつもりだ、と。
その瞳を見て、ルクスは肩をすくめた。
冷たい雰囲気を決して、いつもの眠そうで人相の悪い表情を浮かべる。
「……正直なところ、正確な人数は分かりません。が、しかし……あまり多くないという理由は、悪い意味であります」
路地裏の少年少女は、そう長く物乞いは続けない。
続けられない。
続かない。
中にはパルのように救われる者もいるだろう。ギリギリで冒険者となれた者もいるかもしれないし、仕事を見つけられた者もいるかもしれない。
しかし、悪い意味で、となると理由はひとつだ。
死。
それしか理由はない。
もちろん、そこには様々な理由がある。
だが、結論として訪れる『死』は変わりはない。
餓死か。
怪我か。
病気か。
殺人か。
自死か。
誰にも頼ることをやめた少年少女の末路と結末。
そのほとんどが、死、という一言で済ませられる程度には。
路地裏で生き残るのは簡単ではない。
「……」
パルは何も言わない。
孤児院から逃げ出して、たったひとりで生き残り、そして人生を勝ち得た少女。
そんな彼女を『運が良かった』の一言で済ませられないのは、俺が重々承知している。
だからこそ――
他の孤児たちが生き残れないことを、重々承知している。
それをこのお姫様は、理解していた。
理解した上で、果たして救えるのだろうか。
「毎日変動する数字をお伝えすることはできませんが、それでもある程度把握したらお伝えします」
「分かりました。依頼料はその時にお支払いします」
「後払いを強いるとは、王族らしい」
ルクスは肩をすくめた。
「ふふ。お願いしますねルクスさま。ところで今度いっしょにお食事をしませんか? そこでたっぷり聞きたいことがありますので。師匠さまの行きつけのお店とか、師匠さまがいつごろお風呂に入るのか、師匠さまが目移りされている女の子の存在とか!」
全部俺じゃねーか。
せっかくいい話をしていたのに台無しだよ、ドスケベ姫ェ!
「そいつは楽しみです。たっぷりとネタを仕入れていきますよ」
「ベルちゃんベルちゃん、そのお食事会にあたしも参加したい!」
「それだと、愛人としての立場からわたしも参加せざるを得ませんわね。ドレスコードはありますでしょうか?」
「では、皆さまで情報を共有できる会にしましょう。そうですね、『師匠さまを愛でる会』にしておきましょう。あ、師匠さまも参加されます?」
「ぜったいに行かない」
「「「ざんねん」」」
三人の美少女が声をそろえたのを聞いて、ゲラゲラエルフが再びゲラゲラと笑うのだった。
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