~卑劣! みんなで行こうよ盗賊ギルド~

 商業区に到着するまでにも姫様はきょろきょろと鎧兜の下で周囲をうかがっていた。


「何か気になることでも?」


 逆に鎧を脱いで普段着のマルカさんがヴェルス姫に聞く。

 高身長のマルカさんなので、もしかしたら鎧の下は筋骨隆々なのではないか。とも思っていたが、一見して普通の女性騎士と変わらないように見える。

 ただし、細く研ぎ澄まされたかのような肉体だ。力ではなく速度に特化したタイプだと予想できる。

 持久力もなかなか有りそうだし、近衛騎士団の団長を務めているだけはある。隙の無い立ち振る舞いもあり、姫様に届く一撃を放つにはかなりの労力が必要そうだ。

 さすが近衛騎士の代表を務めているだけはある。


「路地裏で生きている人を探していました。なにかヒントになれば、と思って」

「このあたりにはあんまりいないよ。食べ物屋さんとか、そっちに行かないと。あとは神殿の近くとか。でも、そっちだと路地裏で生きる孤児はいないけど」


 詳しい説明ができてしまうパルに、なんとも思うところはあるけれど。

 それを救おうとしてくれる姫様がいるのだ。

 トータルして『良いこと』としておきたいところ。


「師匠さん」

「ん、どうしたルビー?」


 後ろからルビーに呼ばれたので振り向く。

 なにか気付いたことがあるのだろうか。


「先ほどマルカ騎士をジっと観察しておいででしたが……点数にすると何点でしょうか?」


 点数?

 人を評価するのはあまり得意ではないのだが……そうだな、甲冑に隠れて見えなかったとは言え、その実力を見せなかったのは盗賊的に評価が高い。

 相手を侮らせる、のは重要だ。

 なにせ『初見』という一番優位に働く状況でもっともプラスになる。もちろん相手の知能や知性が高ければ関係ないかもしれないが、小物であればあるほどに優位になるわけで。

 それを鑑みるに――


「95点はいくんじゃないだろうか」

「なるほど。それは1000点満点中ですわよね?」


 なんでだよ……


「100点満点中の95点だ。なんでそんな不当に下げるんだ? 立派じゃないか、マルカさん」

「むぅ。見損ないましたわ、師匠さん」

「えぇ!? しかし、そうは言っても実力はあるだろう。正々堂々と勝負すれば彼女が上なのは間違いないぞ」


 試合形式で挑めば、俺では勝てそうにない。

 せいぜい引き分けにもっていくのが精一杯くらいか。

 実際にやってみないと結果は分からないけど。


「マルカ騎士は『攻め』でしょうか? どちかというと『受け』タイプに見えます。そのあたりから師匠さんの認識が間違っているのでは?」

「んん? なにも攻めないからといって点数が下がるわけではあるまい」

「それはそうですが。好みというものがありますわ。師匠さんもどちらかというと受けですので、評価が下がりそうなものですけどね」


 まぁ、確かに俺は様子見から入るタイプかもしれないが……それでも攻める時は一気に攻める戦闘をしていると思うぞ。

 彼我の差が分からないような愚か者ではないので、それこそ初見の強みで一気に活かせて倒すというのは、無駄に疲れなくても済むしな。

 もっとも。

 それは、彼我の差を見誤ればこちらが一気に終わってしまう話でもある。

 勇者パーティ時代にギリギリの綱渡りでやっていけたのは、運が良かっただけなのかもしれない。


「マルカ騎士が上になっている姿は想像できませんわ」


 まぁ、じっくり足を止めて戦うのが騎士の戦闘スタイルでもあるし。


「俺だって後ろを取れば、そこそこやれるぞ」

「師匠さんはバックが得意と。ふふ、ワンワンスタイルがお好みとは、新しい知見です。意外とケダモノですのね」

「またそうやって下ネタに持っていく……」

「え?」

「え?」


 違ったの?

 え、いまのルビーが言ったヤツって下ネタだよね? え、もしかして違った? ワンワンスタイルってそういうことじゃないの!?


「最初から下ネタでしたが?」

「え!?」

「え!?」


 最初から!?


「くふっ、ふふ、あはは。もう、なんの話だと思ってましたの師匠さん」

「俺は普通に強さとか戦闘の話だとばっかり……」

「わたしはマルカ女氏の身体の話をしていました。師匠さんが95点なんていう高得点を言いますので、ついつい盛り上がってしまいました」

「ぐ、ぬぅ……」


 そういう意味では、え~っと、あ、いやいや、女性に点数を付けるなんてもってのほか。

 全ての女性は美しいです。

 みんながみんな百点満点だよ!

 ――嘘です。

 パルとかルビーとかヴェルス姫が百億万点で、あとはみんな20点くらいなんじゃないんですか? 知らないけど。うん。


「ここだよ~、ベルちゃん」


 そんな全世界の女性に怒られそうなことを思っていると目的地に到着した。


「ほほぉ。ここが盗賊ギルドがあるんですね。符合は是非、私に言わせてください」

「いいよ~」


 酒問屋『酒の踊り子』。

 中に入ると、いつもどおり筋骨隆々の店員が店番をしていた。すでに顔なじみになっているものの、符合をきっちり伝えることは重要だ。

 加えて、ときどき符合が変わったりするので、ちゃんと情報収集ができているかどうか、という盗賊の能力チェックにもなっている。

 日々油断することなく生きるように。

 そんなメッセージも込められているのかもしれないな。


「いらっしゃい、鎧のお嬢ちゃん。おつかいかな?」


 店員も目の前にいるのがお姫様だと知っているはずだが、遠慮なく声をかけている。

 プロだねぇ~。


「はい。珍しいお酒を買ってくるようにお父さまに頼まれまして。初めてのおつかいですので、ちょっとドキドキです」

「ははは、嬢ちゃんにはちょっと早い店だが遠慮することはないぜ。なにを頼まれたんだい?」

「珍しいお酒を探して来い、と言われました」

「なるほど。いろいろあるがお父さんがいつも何を飲んでいるのか、それとも好みは分かるかな?」

「お酒の種類は私には難しいですね。マルカ、試飲させてもらってください」

「分かりました。試飲のお願いはできますか?」

「応ともよ。どんなものが好みか分かりますかい、姐さん」

「そうですね、ノティッチアかフラントールが旦那さまの好みです」

「なるほど。それなら奥の部屋にありますぜ。どうぞどうぞ」


 というわけで、変則的に符合を複数人でそろえる、という力技で突破。そもそもお酒が飲めない子どもに『試飲』のワードを言わせるのは、なかなかハードな条件だ。


「パルはひとりで来るとき、どうするんだ?」

「試飲させてもらえる? って聞いてます」

「ストレートだな」

「ある意味ロックですわね」

「水割りもおススメですぜ」


 大人のお酒を交えた冗談にカワイイ弟子は可愛らしく首をかしげた。


「早く早く。パルちゃんルビーちゃん、行きますよ~」

「そんなに慌てたら転んじゃうよ、ベルちゃん」

「そうですわよ。足元にお気をつけて」


 パタパタと走っていく美少女とマルカさん。俺は肩をすくめて店員にチップを渡しておく。


「また暇ができたら飲みましょうや。いい店がまだまだいっぱいある」

「ありがとう。でも今度はうるさくない店にしてくれ」

「ははは。じゃぁ女性のいる店がいいですかな」

「却下だ」


 丸太のような腕を器用に縮こませて肩をすくめる店員に苦笑しつつ、俺は奥の部屋へと移動する。

 テーブルの下にある隠し階段にきゃぁきゃぁと騒いでる美少女たちに呆れつつ、マルカさんの剣が引っかからないようにしつつ、テーブルの下にもぐりこむ。

 階段を下りていくと、次第に怪しい煙が霧のように立ち込めてくる。

 ちょっとした罠なのだが、さすがにお姫様が気付けるはずがないので、こっちこっち、と俺とパルで指をさした。


「壁の中に入るんですか!?」

「ニセモノの壁だよ~。ほらっ」

「まぁ!」


 壁の中に手だけを突っ込んでみせるパルに習って、お姫様はおっかなびっくりと手を差し込む。幻の壁なので触感など何も無いので、つんのめるような感じでお姫様は壁の中に入った。


「お、おぉ……?」


 マルカさんもちょっとビビってたのが面白かったです。


「これはこれは末っ子姫さま。それに護衛の騎士さまも。盗賊ギルドへようこそ」


 さすがのゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディも座ったままではなく、立ち上がって姫様を迎え入れる。慇懃に礼をしてみせ、意味深な笑みを浮かべつつ頭をあげた。

 珍しくかしこまっているな。

 もっとも――いつもどおりの薄着に短パン姿であり、身体中に紋様のように入れられたイレズミを消せるわけもないし、ガリガリに痩せ細って病的に刻まれた目の下のクマを隠せるわけもないので、存在自体が失礼にも思えた。


「初めましてルクス・ヴィリディさま。ヴェルス・パーロナです」


 鎧兜を取り、サラサラとした金髪を流しながらもお姫様は頭を下げた。


「お姫様に頭を下げてもらえるなんて光栄です。生きてきて良かった」

「ふふ。嘘がお上手なんですね」


 バレたか、とルクスは肩をすくめた。


「あいにくと年下に敬意を示すのは苦手なので。いつもどおりにやらせてもらいますよ、お姫様」

「もちろんです、ルクスさま。私はただの末っ子姫ですので。なんの権力も持たない無意味な王族として扱いくださいな」

「ははは、こわいこわい」


 ゲラゲラエルフが普通に笑う程度の『おどし』にはなっているようだ。

 おぉ、こわいこわい。


「で、お姫様がなんの依頼ですか? 情報を売って頂けるのなら、ちょっとは色を付けますが」

「では、私のお婿様が師匠さまだ、という噂を流すにはいくら必要でしょうか?」

「そりゃ高くつきますよ、姫様。冗談の類なら簡単ですが、噂ともなると信憑性が必要だ。実際にそのロリコンと一夜を共にした、なんて事実が必要になってくる」

「やりましょう」

「やりません」


 マルカさんが全否定してくれた。

 助かった。


「ぶふっ、ひひひひひひひひ……」


 まぁ、笑うよな。

 マルカさんのツッコむタイミング、ちょっと食い気味で最高に良かったものな。

 ゲラゲラエルフが耐えられるはずがない。


「ふひゃははは、あはははははは、ひひひひ、ふふ、へへへへはははははああはははははははははははは! だめ、ごめん、ゆるし、ゆるひへへへへへへへはははははは!」


 ダメだこりゃ。

 王族の手前、ちょっとはカッコ付けたりして我慢するかと思いきや、はやくも化けの皮が剥がれている。

 いや、そもそも仮面すら被る気がなかったか。


「うひひひひひひ!」


 ゲラゲラエルフの笑いが収まるまで、いったん休憩しまーす。

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