~卑劣! 高く売れるには理由があるのです~

 砂漠国から帰ってきた後。

 ヴェルス姫はジックス街での『遊び』を楽しんでいた。もちろん自由がそこまで保障されてるわけではないが、それなりに街を見てまわることもして、知見を広げていたようだ。


「ふひぃ~」


 宿『黄金の鐘亭』の食堂にて、俺の目の前に座っている看板娘であるリンリー嬢は大きくため息をついて、重そうなふたつの胸をテーブルに乗っけている。

 ぶにょん、と押しつぶされた様子が、なんとも息苦しそうにも思える。

 まぁ、俺にとっては気持ち悪い光景でもあるのだが。

 よくこんなものをみんな見たがるよなぁ。

 意味が分からん。


「なんですか、エラントさん」


 いや、と肩をすくめておく。


「疲れているようだな」

「そりゃ疲れますよぅ。だって、王族ですよ、王族」


 現在、ヴェルス姫はパルとルビーといっしょに遊びに出かけている。

 宿の中に護衛と警戒の役目のあるマトリチブス・ホックの女性騎士が残ってはいるが、お姫様がいる時間帯よりはほのぼのしている感じでもあった。

 中には気さくに話しかけてくれる騎士もいて、リンリー嬢と話しているのを見ることもある。


「貴族が泊まったりすることもあっただろうに」

「あぁいう人たちは、ここまで大規模じゃないし。そもそも、あんまり私たちに関わろうとしないので」

「そういうもんか」


 俺は肩をすくめつつも水を飲む。

 これが酒だったら、確実に愚痴を聞かされているな。とも思ったが、酒じゃなくても愚痴を聞かされていることを思い出し苦笑した。


「末っ子姫さまは気さく過ぎなのよ。なんでパルちゃんが平気なのか分かんない」

「さぁ、なんでだろうな……」


 領主さまに会うってだけでガチガチに緊張していたパルだし、王族に会ったりしたら気絶してもおかしくなかったのに。

 出会いが良かったのか、それともヴェルス姫の人柄の良さか。

 どちらにしろ、人生は誰と出会って、どう転ぶか分かったものじゃない。

 もしも俺が親に捨てられていなかったら勇者と出会うこともなかったし、もしも俺が勇者パーティを追放されていなかったら、パルと出会うこともなかった。

 誰と出会い、どう付き合っていくのか。

 それは、とても難しい話のようにも思える。

 もっとも。

 そんな言い訳がましいことを言っておいたとしても――


「師匠のことを好きな人は敵じゃありません。味方でもないけど」


 パルの発言である。

 もしかしたら、ヴェルス姫を友達じゃなくてライバルとして見ているのかもしれない。

 まさか、そんなとんでもない理由で仲良しになっているかもしれない、なんてリンリー嬢に語れそうにもないよな。

 いや、姫様が俺のことを好きだと言っている様子は何度か目撃されているんだけど、それを俺の口から語るのはちょっと遠慮したいというか、なんというか。


「ちょっと好感度を下げたい気分だ」

「小さい子からモテますよね、エラントさん」

「――もう一回言ってくれ」

「は?」

「あ、いや、なんでもない」


 こほん、と俺はワザとらしくセキをした。


「ところでリンリー嬢」

「嬢って言わないでください」

「失礼。リンリーのお土産なんだが……」

「あぁ、なんか特別な物だって聞いているんですけど。なんでまだもらえないんです?」


 パーティの準備でもあるんですか、とリンリー嬢は笑いながら言った。


「いま開発中だ」

「開発中!?」

「あぁ。作ってもらってる最中なので、もうしばらく我慢してくれ」

「は、はぁ……」

「ちなみに俺の取り分は5%ある」

「なんで!? なんで私のお土産なのにエラントさんにも5%の権利が!?」

「小さくなるからな。期待していてくれ」

「何の話!?」


 答えを言ってしまったらつまらないと思うのでボヤかしておいた。まぁ、期待感が高まっていいだろう。


「えぇ~……?」


 リンリー嬢は胸の下で腕を組んで悩んでいる。

 ぷにょん、と持ち上がった巨乳が気持ち悪いなぁ、まったく。ホント、小さくなれ。むしろぺったんこになったらもっとモテるのに。


「む。エラントさんも私の胸を見るんですね」

「バケモノがいたら警戒するだろ、普通。生き物は、本能的に大きい物を恐れるんだ」

「失礼な。というか、エラントさんって大きいの嫌いですよね」


 ふひひひ、とリンリー嬢が悪い顔を浮かべた。


「なんなら挟んであげましょうか」

「な、なにをだ……」

「触ってもいいんですよ~?」

「いや、遠慮する。や、やめろ! 近づくな! こっちに来るな!」

「あはは、ほれほれ~」

「うわぁ~!? 寄せるな、持ち上げるな、気持ち悪ッ!? やめてくれぇ!」


 と、俺が恐れおののいていると――食堂に顔を見せた店主が半眼で俺と娘を見ていた。

 もちろん、リンリー嬢のお父さまである。


「リンリー」

「な、なぁに……お、お父さん……」

「客人に迷惑をかけるとは、おまえも偉くなったものだな。王族のお世話をして調子に乗ったか?」

「い、いえ……そ、そんなことないです……」

「仲良くなるのは問題じゃねぇ。まぁ、冗談を言って楽しむこともあるだろう。だが、その方法を間違えるな」

「は、はぁい……」

「まったく。さっさと嫁入りしちまえ」

「イヤだ。だって、言い寄ってくる男って全部これが目的でしょ」


 指をさすな、指を。


「そこの客人ならいいじゃねーか。むしろそれを嫌ってる」


 お父さまが俺を見る。

 俺は全力で首を横に振った。


「ははは。全力で娘を拒絶される父親ってのも、悲しいなぁ……」


 なぜかお父さまは肩を落として出ていった。


「今の、俺が悪いのか?」

「複雑な心境ね。私は平気だけど」

「さっさとイイ男を捕まえてくれ。そうすりゃ皆がしあわせになる」


 無駄な争いが起こらなくなる。

 と、お父さまは肩をすくめた。

 最近は、どうにも黄金の鐘亭に宿泊する商人たちで牽制が劇化しており、表面上では何も起こっていないようにも見える。

 しかし、水面下では激しいマウントの取り合いが発生しており、しばらくは落ち着きそうにない。

 こういう時って、案外普通に声をかけた者が商品をかっさらうパターンもあるので、今がチャンスでもある。

 まぁ、ヴェルス姫が滞在している間はノーチャンスだけど。


「それじゃ俺は出掛けてくる」

「はいはい。パルちゃん達が帰ってきたら伝えとくね」

「よろしく頼む」


 と、そう言って黄金の鐘亭から出たところで近衛騎士集団とばったりと出くわした。


「お出かけでしょうか」

「あぁ、ちょっと――」

「あ、師匠だ。どこ行くのー?」


 さすが我が愛すべき弟子。俺を見つけるのが上手いですね。


「師匠さま、お出かけですか? 私もお供します」


 ヴェルス姫も駆け寄ってきたので、俺はすっかりと騎士集団に囲まれた状態になった。知らない人から見れば、包囲されたような状況に見えるかもしれん。

 大罪人だと噂されなければいいのだが。

 しかもここ中央広場だし。

 人目が多いし。


「出掛けるには出掛けるんだが……それはちょっと難しいかもしれないです」

「どうしてです? ハッ、もしや娼館へ遊びに……?」


 誰が行くか、このドスケベ姫がっ!

 と、叫びそうになったのを寸前でこらえる。後ろでルビーが笑っているので、心を読まれたような気分だった。

 眷属って心の声は漏れないですよね?

 バレてたら、ちょっと生きていけないです。


「盗賊ギルドへ行きます。さすがにこの護衛状態で行くには……一応、秘匿されたギルドですし」


 集団で行けば、怪しいことこの上なくなってしまう。


「盗賊ギルド! それは是非とも行ってみたいです」

「いや、しかし……えぇっと……」


 お姫様が足を踏み入れるような場所じゃないんだが。


「それでしたら、わたしにアイデアがあります」


 面白くなりそうだ、とばかりにルビーが発案した。


「また鎧を来て行けばいいのです」

「あはは。まさかベルちゃんが鎧で出歩くなんて思ってもみないからバレないよね」

「それはそうかもしれんが……」


 マルカさんを見る。

 彼女は鎧兜のバイザーをあげて、少しだけ俺に近づいて発言した。


「安全は確保されていると思いますが、懸念がひとつ」


 ふむ。

 マルカさん的には盗賊ギルドへ行くことはオッケーなのか。


「王族たるもの、いずれ必ず使用することになりますので。どんな立場であろうとも、です。そうなる前に多少の経験と縁は有利に働くでしょう」


 なるほど。

 そういうのを含めて、盗賊ギルドへ行くことはむしろ推奨されるのか。

 じゃぁ、懸念ってなんだ?


「こほん……そ、そのぉ……姫様の教育に悪そうな物が無いかと……」

「彼女のベッドの下を掃除してから言うべきでは?」


 ぜったいエッチな本とか隠してるだろ、このお姫様。


「わ、分かっていますよ。ですが、知識とホンモノでは圧倒的な経験の差というものがありましてですね」

「言わんとしていることは分かります。まぁ、大丈夫でしょう。娼婦がウロウロしているわけではないので。ただ……」

「ただ?」

「ガラの悪いエルフがいます」


 マルカさんがいぶかしげに眉根を寄せるのも無理はない。

 ガラの悪いエルフなんていう概念。そもそもエルフって種族的に美男美女であり、長命種であることから性格の良い者がほとんど。

 老人がどこまでも優しいように、エルフ族って優しい人が多い。

 いや、まぁ、『外』に出てくるエルフしか俺は知らないけどね。

 そんな中で全身に紋様のようなイレズミがあり、タバコの煙を口から吐き出しながら姿勢悪く椅子に座るガリガリに痩せたエルフをお姫様に見せて、果たして大丈夫なのだろうか?

 そう思ってしまった。


「危険なのですか?」

「いや、危険ではないですが。『やさぐれエルフ』という言葉は言わないようにしてください。どうにもこの言葉が許せないらしいですので」


 リンリー嬢に『嬢』と言ったら拒絶されるように。

 ルクス・ヴィリディに『やさぐれエルフ』と言ってはいけない。

 どうなってしまうのかは……まぁ、盗賊ギルドの受付を敵に廻してしまう、という意味合いだけで充分だろう。

 楽に死ねたらいいな、という感じか。

 むしろ、生き恥、という言葉がピッタリなのかもしれない。

 なにせ『情報』を扱う組織だからね。


「分かりました。姫様、着替えを。他の者たちは編成を。プランBだ。行き当たりばったりのほうじゃないやつだぞ」


 ハイ、と近衛騎士の女性たちは返事をして、いそいそと移動したり始める。中には兜を取って走っていく者もいるので、私服で護衛するのかもしれない。

 まぁ、物々しい集団で盗賊ギルドへ行く訳にはいかないので、それなりの対策なんだろう。


「ではしばらくお待ちを」

「わたしはお着替えを手伝いますわ。パルはどうします?」

「師匠と待ってる~」

「では、着替えてきますね。ふふ、デートの待ち合わせみたいです。もしくは、結婚式のお色直し」


 ざざ~、と波が引くようにお姫様ご一行は俺の家へと向かった。

 集団がいなくなり、かなりの人目を引いていたが……それなりに日常を取り戻していくのは住民が慣れてきたのかもしれない。

 非日常もいつもやっていれば日常だ。


「ジュースでも飲むか」

「おごってください」

「おごるおごる。というか、弟子に払わせる師匠って最悪じゃね?」

「あはは。あたしは情けない師匠も好き」

「頼もしいお弟子さまだ」


 なんて会話をしつつ中央広場の一等地に屋台をかまえるジュース屋へ。いつもどおり、のほほんとジュースを売っているお姉さんに声をかけた。


「いらっしゃいまー」


 相変わらず、せ、を言わない。


「お姫様の相手、大変そう~。やっぱり、わがまま~?」

「そんなことないよ。ベルちゃん、めっちゃイイ子だよ」

「おいおい、パル。あんまり余計なこと喋るなよ。このお姉さん、情報収集してるぞ」

「あ、そうだった」


 慌てて両手で口をおさえるパルパル。かわいい。


「友達の友達を売ったりしないよ~。ちょっと気になっただけ~。いっしょにお風呂入ったんだって~?」


 売る気まんまんじゃねーか!


「どうだった? 成長具合」

「あたしより大きかった」

「なるほど……。色は?」

「売る気まんまんじゃねーか!」

「そっちの色は聞いてない」

「冷静に誤解してんじゃねー!」


 最低だな、このジュース屋。


「冗談だよ~、冗談。この世にはついていい嘘と悪い嘘もあるけど、冗談はどこで言っても大丈夫~」

「そんなわけあるか。貴族に冗談を言って殺された人間もいるぞ」

「空気の読めない人もいるのね~」


 それは貴族に言った言葉なのか、それとも殺された人間の間の悪さを揶揄っているのか。

 判断が難しい。


「はい、オレンジジュースとぶどうジュース」

「わ~い、ありがとう~」

「で、なにか売ってもいい情報はない?」


 にっこりと笑っていたお姉さんが目を開く。

 はいはい、盗賊モードですね。


「ない。王族の情報など、早々と手に入らん」

「もったいない。末っ子姫の髪の毛とか高く売れそうなのに」

「え、そうなの!? いくらいくら?」

「安く見積もって……一本で上級銀貨1枚ってところね」


 ――妥当、いや、少し高いか。

 いや、しかし王族の髪の毛が100アルジェンティで手に入るのなら、お得……


「師匠の変態」

「な、なんのことだ!?」

「くひひひひ。弟子に表情を読まれるとは、エラントくんも落ちぶれたねぇ」

「おまえにクン呼びされる覚えはない」

「あ、ひどい。おっと――」


 お姉さんの表情が盗賊からのんびり糸目少女に切り替わる。

 どうやらお姫様のお着替えが終わったらしい。

 意外と早かったな……慣れたせいかもしれない。


「お待たせしました、師匠さま。あら、ジュース屋さん。一杯おいらくかしら?」

「色は何色?」

「色? オレンジ?」

「ほうほう。毎度あり~」

「絶対にやめとけ」


 ジュース屋のお姉さんの額に俺はチョップを叩き込むのだった。

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