~卑劣! 寄り道はしないよ~
遠征の後は必ず学園都市に立ち寄ってから帰るのが常になっていたが――
「今回は無しだな」
「サチは元気かな~」
「あの神官娘は大神ナーとよろしくやっていますわ、きっと」
「誰だれ? 誰の話をしているんです?」
なんて話ながらも、俺たちは全員でジックス街へ転移してきた。全員問題なくそろっているかどうか、周囲の人たちと確認して、無事を確かめる。
ノンキな三人娘たちを除いて、全員でホゥと胸を撫でおろした。
「まさかこの短期間で砂漠国まで往復できるとは……」
どこか常識が崩壊してしまったような感覚なのか、マルカさんが甲冑兜のバイザーをあげてジックス街の外壁を見上げている。
行きの時にも利用した死角になっている街の角っこ。幸いにも誰にも目撃されることなく、無事に転移できたようだ。
仮にも誰かがいて、重なってしまった場合はどうなるのか。
想像するのが怖い。
とりあえず、改良か改善を学園長には急いでもらいたいものだ。
「なんだか夢みたいな出来事だった……夢じゃないよね……?」
さっきまで砂漠国の遺跡の中にいたので、ちょっとした明るさのギャップもあるのだろう。戸惑っている人も多い。
それと共に、やはり転移の巻物など高価な上に数も少なく、おいそれと手に入るものでもない。人生で一度も使うことのないアイテムと思われているので、転移経験は貴重とも言えた。
夢を疑うのも無理はないか。
加えて、やはり気温の違いをハッキリと感じられるので秋の肌寒さが身に染みる。
「姫様、風邪を引かないように」
「はい。気を付けますね」
王族だと風邪を引いても神官魔法ですぐ治してもらえるだろうけど。それでも風邪を引いてしまうよりは、引かないほうが良いに決まっている。
「それでは皆さま、帰りましょう。私たちの家へ!」
ヴェルス姫が、ビシィ、と指を明後日の方向へ向けてみんなに合図をした。
そっちは街の入口でもなんでもない方向なんですけど?
「姫様の家ではありません。エラント殿の家です」
「いずれ私の実家になるので問題ないのでは?」
「姫様の実家はお城です」
ここにもお城を実家という人間がいた。いや、もうひとりは吸血鬼なのでマルカさんの常識をルビーと比べてしまうのもどうかと思うが。
なんにしても盗賊たちは散開して素早くジックス街に溶け込んでいく。姫様と俺たちの周囲を取り囲むようにしてマトリチブス・ホックの皆さんが護衛の壁を作ると、ジックス街へと入った。
「……やはり物乞いの姿がありますね」
物々しい雰囲気で歩くことになるので、嫌でも目立ってしまう。そんな俺たちを見に街の人たちは集まってきた。
その中にはもちろん物乞いの姿もある。
ヴェルス姫はそれを見てつぶやいた。
「どうにかできないものでしょうか……」
さすがに王族の近衛騎士相手に両手を差し出す愚か者はいず、近づいてはこない。
だが、それでも彼らの視線は俺たちに向いている。
どこか恨めしい視線で。
どこか憎しみを込めて。
俺たち――いや、ヴェルス姫を見ていた。
それでも表情を変えず、威風堂々と歩いてみせる姿は『さすが』と言える。
まぁ、実際には彼らに聞こえないと割り切った上で、それなりに弱気な発言をしているが。
「彼らを減らすことは不可能なのでしょうか。砂漠国とは違うやり方で」
「それでしたら、学園都市へ行ってみるのもいいですよ」
俺がそう告げると、ヴェルス姫は見上げてくる。
「そうなのですか?」
「はい。年中……いえ、それこそ寝る間を惜しむほどに人手不足ですので。物乞いなど、あっという間に雇われてしまいます。縦にも横にも膨れ上がるほどに拡張していってますからね。まぁ、中には危険な仕事もありますけど」
表には出せないヤバイ実験とか絶対にやってるだろうからなぁ。
まぁ、ホントに『表に出せない』危ないものは犯罪者を利用してやってるみたいだけど。エクス・ポーションの実験とかね。
はてさて、大罪を犯した人間がどれほど学園都市の暗部で処理されてきたのか。お墓など何も無い最期っていうのは、ちょっと恐ろしいものがある。
もしかすると――
それを容認しているからこそ、ハイ・エルフへの訪問者が減っている理由かもしれない。
……いや、あそこで研究している人間は全員が狂っているわけで。たかがその程度で、という認識っぽいから違うか。
でもそれでいくと、あのラークス少年も狂ってることになるのか。
あそこで生まれた人間種の倫理観っていうのがどういうものになるのか、ちょっと気になるところではある。
「仕事……仕事ですか」
ふむふむ、となにやら考え込むようなポーズを取るヴェルス姫。
「ベルちゃん、何かするつもり?」
そんなヴェルス姫にパルが話しかける。
「あんまり近づくと、逃げちゃうよ?」
「どういうことです?」
「あたしもそうだったんだけど、路地裏だと全てが敵だから。ごはんで釣られて襲われそうになったこと、何度もあるの。だから、孤児は優しい人に近づかない」
「……そうなんですね」
それは分かる。
無償の愛など無い、と砂漠国の女王陛下が言っていた言葉そのものだ。
優しい言葉は、そのまま『甘い言葉』に変換することができる。飢えている子どもに食べ物を差し出して、そのまま襲ってしまうなんて方法は、この世に腐るほどあり触れている話だ。
だからこそ少年少女たちは知っている。
親に捨てられ、孤児院に馴染めなかった彼らは知っている。
物乞いをしているくせに知っている。
他人からのほどこしで生きてるくせに知っている。
迷惑そうに食べ物をくれる人間が信用できて、優しそうに食べ物をくれる人間が信用できないことを知っている。
ある種、矛盾めいたことだが。
でもそれが真実なのだ。
悲しいことだけど。
「どうすれば……どうすればいいでしょうか。全員を助けられるとは思っていません。いえ、助けるという考え事態がおこがましいとは思いますが。それでもパルちゃんを見てると思うのです。こんなイイ子なのに、と」
「あたしは悪い子だよ。盗賊だもん」
「イイ子ですよぅ」
ヴェルス姫はパルに抱き付く。笑顔でキャッキャと戯れる美少女たちだが、その話の内容がこんな深刻なものだとは、周囲の人間からは気付かれまい。
難儀な道を進もうとしているな、ヴェルス姫。
パルと出会ったしまったのが運の尽き、というやつか。
俺もそうだったけど。
いや、運の尽きではなかった。幸運の女神とも言える。パルと出会えてなかったら、今ごろはホンモノの『悪い子』になってたかもしれないしなぁ。
「お気持ちは分かりますが……どうするのかお考えはありますのベル姫。あ、わたしにも抱き付いてくださっていいんですのよ?」
「抱き付きたいのはやまやまですが……ルビーちゃんはちょっと怪しいにおいがします」
「触りませんわよぉ。ちょっとしか」
ちょっと触るんだ。
そのあたりのこと、もうちょっと詳しく――あ、いえ、なんでもないです。
「ルビーちゃんは子どものフリをしている気がします。エルフの方々と同じ雰囲気がありますよ?」
「ふふ、どうでしょうか。でも、乙女に子どもも大人も、魔物もエルフもありませんわ」
……とても良い言葉なのだが。
どうにもルビーが言うと胡散臭いのは何故なのだろうか……
「ではわたしから抱き付きましょう」
「きゃぅ」
むぎゅ~、と抱き付かれるお姫様。ルビーとほっぺをくっ付けて、くすぐったそうに目を閉じている。
超かわいい。
でも抱き付いているのが吸血鬼なので、ちょっと見方を変えると襲われているようにも見える。
超不安。
いや、超不穏。
「私は、せめて孤児だけでも助けたいと思っています。もちろん傲慢な考えなのは承知です。パルちゃんと出会っていなければ、こんな考えを持ちもしなかったでしょう。それを含めても傲慢で上から目線の押しつけがましい考えです」
「そうでしょうか。偽善でも助かる人間種がいるのであれば、それは救われた話になりますわよ。ねぇ、師匠さん?」
「それは俺の下心を言っているのか?」
「パルパルへの思いが恋だというのなら、下心ですわ。それが愛なら誰も文句はありません」
手厳しい。
俺は肩をすくめた。
「どうしてパルちゃんを弟子にしようと思ったのですか、師匠さま」
「……正直な話、心が弱ってたんだろうな。ひとりぼっちがイヤだったのかもしれん」
逃げようと思えば、簡単に逃げられた。
たかがブラフに負けた程度で――ロリコンだと言いふらすぞ、と脅された程度で、俺の人生に傷なんか付きはしない。
だって、もう砕けた後だったからな。
勇者パーティから追放された。
その事実に、今から思えば俺の心は弱りに弱り切っていたんだろう。
パルを弟子にすれば――パルを弟子として育てるという目標があれば。
人生を無為に過ごす恐れを払拭できる。
ひとりぼっちにならなくてすむ。
誰かと共に。
別の人生を歩むことができる。
知らず知らずのうちに、そう判断してしまったのかもしれないなぁ。
と、今さらながらに思った。
「結局、自分で助からないといけない。孤児院に所属していない孤児は、それこそ自分でその道を選んだんだ。だからこそ、ただ手を差し伸べるだけでは真の意味で助けることはできない」
「自分で自分を助ける、ですか」
ヴェルス姫のつぶやきに、俺とパルはうなづく。
「何かできることがあったら、あたしも手伝うよベルちゃん」
「本当ですか? ありがとうございます」
にっこりと笑うお姫様。
それに対してパルもにっこりと笑った。
恐らく思うところもあるはずだ。傲慢な王族の話でもあるし、自分勝手な自慰行為とも言える。
そんな考えができるのならば、もっと早く行動を起こして欲しかった。
そんなことでできるのならば、もっと早く実行して欲しかった。
そんなことが可能だと思っているのなら。
それは思い上がった理想論者でしか、有り得ない。
パルには、お姫様を罵倒する権利がある。
でも、パルは否定しなかった。
偽善を偽善と語り、それでも何かやろうとする王族の甘えた末っ子を。
否定しなかった。
「……ヴェルス姫」
「はい。なんでしょうか、師匠さま」
「俺も手伝う。これでも孤児ですので。俺みたいな人間は少ないほうがいい」
盗賊スキルが自然と身に付いたような子どもなんて。
いないほうが自然なのだから。
「ありがとうございます、師匠さま。それでしたら早速……」
「何か仕事でもありますか?」
「はい。是非、私のベッドにお越しください。これから生まれてくる子どもを大切に育てれば孤児がひとり減ります!」
はーい、前言撤回しまーす!
パルパル~、パルパルさ~ん、口汚く罵ってくださって良いですよ!
俺が許す!
「愛とはベッドの中から生まれるものです!」
なに言ってんの!?
このドスケベ姫がぁ!
「姫様」
「なんですか、マルカ。いま大事な話をしていますので邪魔しないでください」
「大切な話をしているときに冗談を交えると、割りと本気で好感度が下がりますので、気を付けてください」
「……失礼しました師匠さま。ちょっと師匠さまに協力を頂けるとなって舞い上がってしまいました。マルカもごめんなさい。混乱していたようです」
姫様は正気に戻られた。
もしも願いが叶うなら、一生正気でいてください。
「俺は清楚がお姫様が好きです」
「あたしは面白いお姫様が好き」
「わたしはえっちなお姫様が好き」
「つまり、私はみんなに愛されてるというわけですね! やりました!」
やはり王族。
都合の良い部分だけしか聞こえないフリは得意ですね。
なんて、そんなことを言うとヴェルス姫のお父さまにぶっ殺されそうになると思うので黙っていよう。
長生きできる秘訣である。
誰も卑怯や卑劣とは言うまい。
「はぁ~」
ため息をひとつ吐きながら。
我が家を目指して、とぼとぼと歩くのだった。
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