~卑劣! ちゃんとご褒美をもらおうね~
砂漠国、デザェルトゥムの宮殿。
その謁見の間にて、俺たちは再び女王陛下と顔を合わせた。
「此度の魔物討伐、ご苦労じゃった」
いや、違いますけど?
なんか女王さまから依頼を受けてタコを退治しに行ったかのような表現になってません、それ?
暇つぶしに無理やり行かせましたよねぇ、女王さまぁ!
「何か言いたそうじゃな、盗賊。発言を許す」
「……いえ、なんでもありません」
「わらわが発言を許すと言ったのじゃ。何か話せ」
このアバズレ年増が!
なにちょっとカワイイ感じの下着を付けてきてるの? あなたには似合ってますけど年齢には似合ってませんからね? まったく。そういうピンクで柔らかい感じの下着は見せるためのものじゃないでしょ、ホントに。ほらぁ、少年がちょっとドキドキしちゃってるじゃないですか。責任取ってあげて――あ、いや、違う。責任取ってあげたら可哀想なことになっちゃうので、何にもしないでください。
「ほれ、どうした盗賊。笑い話のひとつでもしてみせよ」
「――サティスがタコが食べれなくて残念だと言ってました」
「えぇ!?」
突然の裏切りにあったかのような悲鳴をサティスがあげました。
ごめんね。
面白い話と言われて真っ先に思いついたのが、それでした。
「なんじゃサティス。肉だけでは飽き足らずタコも食べたいのか。カカカ、食いしん坊じゃのぅ。良い良い、いっぱい食べる子どもは好きじゃぞ。たーんと食べて、大きくなるが良い。子どもは国の宝じゃ」
「サティスはこの国の民ではないが?」
「――おい、盗賊。水を差すとは空気が読めん愚か者のやることじゃぞ。砂を喰わすぞ。貴様はそんなだからそんなことになっておるのじゃ。ちと反省しておれ。なんじゃその仮面。外しとけ」
えぇ~……?
なにその言われよう……
まぁ、外せと言われれば外すしかないけど。
「よろしい。わらわの前で仮面など不要じゃ。正直に話すが良い」
あぁ。
そういう意味の『仮面』というわけね。
「聞けば犠牲者はゼロ。嘘は申しておらぬよな? いったいどうやったのじゃ、説明してみせよ」
身を乗り出すように質問してくる女王陛下。
どうやらモンスター退治の報告を娯楽か何かと勘違いしているらしい。こちらは命がけだというのに気楽なものだ。
「プルクラの活躍が大きかったです。まず水責めをしました」
「ほう! この砂漠で水責めとは大胆な。砂漠の民ではもったいのぅて実行はできん」
それは確かにそうかもしれない。
この部屋にも豊富に流れてはいるが、基本的には水は超貴重なもの。それを大量に砂漠の中に放出するとは、発想自体が浮かばないだろう。
いや、思いついたとしても無理だ。焼き立てのパンでモンスターを攻撃できるか、と問われれば俺は首を横に振ってしまう。そんなイメージだろうか。
砂漠の民ではないからこそ実行できた、と言える。
「水責めをして苦しんだタコの足を、プリンチピッサ率いる騎士団全員でロープを結んで引っ張りました。あとは無防備になったタコをプルクラがトドメを刺しておしまいです」
嘘はついていない。
本当のところを言わなかっただけ。
後ろからヒシヒシとお姫様とマルカさんの視線が首元に刺さっている気がする。いや、実際に刺さっているので、気のせいではない。
巨大タコ退治に際して、俺は『転移の腕輪』を使った。
現状、どこにも情報が漏れていない人間種の最新技術。しかも、超貴重アイテムである転移の巻物の上位互換ともなれば、パワーバランスを一気にひっくり返すことにもなる。
しかも、エルフ族の秘匿魔法を応用したものだ。
場合によっては、彼らに恨まれてしまうことさえある。
転移とは、協力なアドバンテージを得ることができるもの。
悪いことに使おうと思えばいくらでもアイデアが出てくる最新・古代遺産とも言えた。
他国の城に兵士を大量に送り込むことができるし、なんなら王様の座る玉座に毒を仕込むことも簡単にできる。
そんなものを持っているのに黙っていたことを、プリンチピッサにめちゃくちゃ文句を言われてしまったのだ。
「切り札を隠しているとは酷いですよ、師匠さま! そんなものがあるんでしたら、もっと簡単にタコ退治は終わりました。巨大な岩を準備してタコの上に落とせばよかったのです。あんなに苦労した意味が分からなくなるじゃないですか!」
いやそれ難しいんですよ、姫様。
どれくらいの岩が『自分の所有物』判定されるのか微妙で。転移の腕輪のチャージに半日くらい必要なので、あんまり実験もできない上に砂漠で適度な岩を見つけるのは難し――
「言い訳無用です。そんなアイテムがあるのでしたら、いつだって私の寝室にお邪魔できたのに来て下さらなかったことを私は怒っているのです」
それやったら、今度こそ牢屋にぶち込まれるレベルでは済まないのでは?
「半日でチャージできるのでしょ? 夕方くらいにこっそりと私のベッドに忍んでくだされば、朝には帰れますよ?」
添い寝を希望でしたらマルカさんにお願いしてください。
「うふふ。照れちゃって、師匠さまったら。大丈夫です。私のベッドがギシギシと音が鳴らないのは実験済みですから」
なんでそんな実験をしてるの、この姫様ぁ!?
「だって外で聞かれてしまうのですから、せめてそれぐらいは隠したいじゃないですか」
そうでした……
王族ゆえの悲しみを背負っているのでした。
すいません。
「いいえ、大丈夫――ではありませんので、師匠さまが夜這――遊びに来るのを心待ちにしております。あ、いろいろな大変な準備はこちらでしておきますので、手ぶらで起こしください。証拠は残させません」
なにが!?
なんの準備!?
なんの証拠!?
「うふふ」
このドスケベ姫、怖いよ……
「まぁまぁ、そう言わず。師匠さんも男を見せる時がようやく来たというわけです」
なんでルビーはそっちの味方してるんですか?
「あたしも! あたしもいっしょでいいですか!?」
そこは止めるところだろ、パルパル!
――なんて話がありました。
助けて勇者!
俺、こんなモテたっけ?
死ぬの?
明日、死ぬの!?
「うふふ。というわけで、マトリチブス・ホックと盗賊の皆さま。これは私、ヴェルス・パーロナの重要で大切なプライベートが関わっております。つまり、私が師匠さまと恋仲になれるかなれないか、その重大な岐路に立たされていると言っても過言ではありません。ですので、どうかご内密にお願いします。もしも情報が漏れた場合、パーロナ国の末っ子姫の名であなたを追い詰めますので、御覚悟の上でお願いしますね」
ヴェルス姫はそう言って、優雅にスカートをつまみあげるフリをしつつ、ちょこんと膝を折った。
あぁ、そういうことか。
お姫様はわざわざ『そういう話』にして、情報が流布されるのを禁止した。
上手いなぁ。
これが王族の話術というものか。
なるほど、人の上に立つ者とは機転の利く話の仕方もできるもの。ちょっとしたジョークを交えて分かりやすくするとは、相当に頭が良いのではないだろうか。
末っ子姫。
恐るべし。
「でも師匠さまをベッドの中で待っているのは本当ですよ」
……末っ子姫、恐るべしぃ~。
最後までカッコ良くいてくださいよ、ドスケベ姫ェ……
はぁ~……
「ほほぉ~。プルクラはそんなにも強いのか。わらわの騎士たちと競わせたいものじゃ。どうじゃ、プルクラ? ひとり勝つごとに褒美を追加しても良いぞ?」
おっと。
奇妙な会話を思い出している場合じゃなかった。
女王陛下は興味アリといった表情でプルクラを見下ろす。その視線を受けて、にんまりとプルクラは半分だけの仮面の下で笑った。
「いえいえ、女王陛下。わたしは太陽が苦手でして。太陽の戦士たる砂漠の騎士たちには足元にも及びませんわ」
「謙遜を。そなたの武器はなんじゃ? まさかその美貌とは言うまいな」
「女王陛下の美しい大人の美貌にはかないませんわ。わたしは少し幼さが見えますので」
確かにな、と女王さまはうなづく。
「残念ながらわたしのこの顔ではタコを骨抜きにすることは不可能です。なにせ、初めから骨がありませんので」
「カカカカ。良い言葉遊びじゃ」
「お褒めにあずかり恐悦です。武器はオリジナルの物を使っています。端的に申しますと、硬くて太くてたくましいランスですわ」
「大きいのか」
「えぇ。貫かれては大変なほど大きいですわ」
くくくくくく、とプルクラと女王陛下と、なぜかドスケベ姫がいっしょに笑った。
もうやだ、この女子会。
「よし、戯れはこのくらいにしておくかの」
それがよぅございます、女王陛下。
「さて褒美じゃの。致死征剛剣じゃったか、七星護剣じゃったか」
「はい。そのどちらもが正解です」
「ひまつぶしとは言え、我が国の懸案を解決したのは事実。よって褒美を与えるのが世の常というものじゃ」
それは魔薬をはびこらせていた貴族の話なのか、それとも巨大タコの話なのか。
まぁ、どっちでもいいや。
情報をください。
「わらわが得た情報は『月』じゃ。七星護剣・月。砂漠国では太陽が象徴されておるが、その表裏一体とも言える月もまた我が国にとっては象徴となっておる。裏の顔、というやつじゃな。その月に関連した剣ならば、情報を手に入れるのも容易いというもの」
嘘つけ。
最初から知っていたくせに。
「なんじゃ、不満そうじゃのぅ。月ではなく陽属性のほうが良かったか? ならば、もう少しだけ時間を有するが……あぁ、そうじゃそうじゃ。待ってる間にやってもらいたいひまつぶしが――」
「いえいえ! 月属性で充分です!」
「そうかそうか。エラントが喜んでくれてわらわも嬉しいぞ」
「ありがとうございます、女王陛下」
にっこりと嘘臭く笑う女王さまに、俺は慌てて頭を下げた。
「では詳細を話す。一度しか言わぬから良く覚えておくように」
俺はサティスを見た。
ギフト『瞬間記憶』を持っているサティスなら、話の内容を一度で覚えてくれる。まぁ、ややこしくない話であれば俺も覚えられるけど、こういう場合には役立つギフトだ。
「その剣は泉に眠っておるらしい。非常に美しい泉で、精霊に保護されておる。普通の人間には見えず、鳥だけがその場所を知っておるそうじゃ。おだやかな空気のもと、その泉には月の光のみが落ち、その刀身を照らし続けておる。それはその剣が作り出した幻想とも呼ばれておるが見た者は怪しい魔力に意識が惑うとも聞く。その泉をわらわ達の国では『スペクロ・ヴェレルーナ』と旧き言葉で呼んでおる」
スペクロ・ヴェレルーナ……
「旧き言葉で『鑑月泉』という意味になります」
プリンチピッサが補足してくれた。
「情報は以上じゃ。何か聞きたいことはあるかのぅ? うむ、なんじゃサティス」
「それっておとぎ話ですか?」
「近い。だが、そうとも言い切れん。まず我が国には『泉』が無い。オアシスと呼ばれる物をわざわざ泉と呼ぶことはない。加えて、鳥だけが知っている、という言葉があるが、これも我が国ではおかしいのじゃ。なにせ鳥がおらん。怪鳥の類ならおるやもしれんがの。ドラゴンをトカゲと呼ぶ者はおっても、鳥と呼ぶ阿呆もおらんじゃろう。よって、これは別の国の話となる。言い伝えのようなものじゃな。ギリギリおとぎ話になっておらん状態の」
確かに。
まるでその地方に伝わるような伝承の話にも似ているが、その内容がこの砂漠国のイメージとまったく合致しない。
それこそ、緑豊かな大地の話のようでもあるし、奥深い洞窟の地下深くに眠る最奥のようなイメージでもある。
なんにしても砂漠国とは無縁の物、なのかもしれない。
単純に『月』に関連のある剣、というだけという可能性もあるけど。
「陽の剣に関するそういった話は残っていないのですか?」
「ある。それこそ数えきれんほどに。どうじゃ、全部調べていくか?」
「う……」
それはそれは、とても面倒な気がする。
「カカカ。まぁそうじゃろうて。安心せよ。それはこっちでやる。タコ退治の褒美もやらねば示しが付かんというもの。頑張ってもご褒美がない、なんて言われると人間は働きたくなくなるものじゃからなぁ。無償の愛など、存在せぬよ」
「それは――男女間でも、でしょうか?」
プリンチピッサが問う。
「無論。相手からの信頼や、それこそ快楽を与えてもらっておるじゃろ。無償ではない。一方的な片思いでしあわせになれるのであれば、人間はもっと優しかったかもしれんな」
「ワガママなんでしょうか」
「そうは言わぬよ、姫。二人分を愛せ。さすれば、余剰分ぐらいは振り向いてもらえるやもしれぬ。それでも足りぬなら、その男は阿呆じゃ。さっさと捨てて次へ行け。命短し、恋せよ乙女じゃ」
「心強いお言葉、感謝します」
「くふふ。まぶしいの。そなたのような子を太陽と呼ぶのじゃろうて」
女王陛下はご機嫌な様子でお姫様を見る。
「うむ。では褒美はしっかりと与えた。他の物は外で受け取ってくれ。もしも新しい情報があったら連絡する。ひまつぶしも準備しておくので楽しみに待っておれ」
そう言って女王陛下はあくびをしながら部屋から出ていった。
「ふぅ」
どうやら、余計な仕事を押し付けられるのはひとつで済んだようだ。
良かった良かった。
加えて、不確かではあるが七星護剣・月の情報が手に入った。今度、どこかでセツナ殿に会った時に伝えておこう。
なんにせよ、一仕事終わったので。
「ゆっくり休みたい」
この女子会、なんかヤケに疲れるんだよなぁ……
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