~卑劣! バーサス・デザルトゥムポリポス~

 砂漠のタコ――デザルトゥム・ポリポス。

 その狩場たる砂の窪地にプルクラが水を満たし、呼吸を封じた。一気に砂に染み込まないように制御もしている状態なので、水は濁ることなくその中を見通せる。

 砂漠の中に生まれた一瞬のオアシス。

 その底に巨大なタコの姿が見て取れた。

 動物であろうとモンスターであろうと、恐らくそれは神さまであろうとも呼吸は必要だ。生きとし生ける者は空気がないと意識を失う。

 それは陸の生物であろうと、水の生物であろうと変わらない。それぞれの環境に適した呼吸がある。

 では、呼吸ができなくなると生物はどうするのか?

 答えは簡単――呼吸を求めてあがく。

 砂漠の中に埋まっていた足を使って、立ち上がろうと、水の外に出ようと、巨大な八本の足がでたらめに動き回った。


「おおおおおおおおおお!」


 俺は苦しみもがくように暴れまわる極太の足に向かって走る。砂地を掴み、呼吸器官を水の外に出そうとするタコの足。

 暴れ、のたうちまわるように伸ばされた足に向かうのは恐怖でしかない。

 一瞬でも気を抜けばタコ足に弾き飛ばされるか叩き潰されてしまう。砂地に足を取られる中、俺は――いや、俺たちは決死の覚悟でタコ足の動きを読んだ。

 でたらめの中にある規則性。

 暴力的な中でのクセ。

 ランダムに見える中の単調な動き。

 それらを一瞬で見極め、タコ足に向かう。


「――ふっ!」


 盗賊スキル『無音』。

 集中力を高め、聴覚を排除。音の無くなった世界で、俺はもう一段階スキルを高めた。

 盗賊スキル『無色』。

 更に集中力を高め、必要のない情報でもある色を排除する。

 色の抜け落ちた白黒の世界で、時間が間延びした知覚世界。振り下ろされてくるタコ足を目掛け、俺はロープを持ったまま――駆け抜ける。


「――」


 背後スレスレをタコ足が叩き落され、砂地が揺れた。

 その揺れが足に伝播する前に、俺は跳ぶ。

 砂地であろうと地面であろうと、強く蹴れば体は浮き上がる。盗賊スキル『影走り』の脚力をジャンプに応用したもの。

 背面跳びの要領でタコ足を飛び越えると、砂地に着地。

 顔をあげ、浮き上がったタコ足を確認すると、再加速してその下をくぐり抜けた。その際に結び目になるようにロープの先端を通す。


「――ぷはぁ!」


 音と色が一気に戻ってきて、俺はあえぐように息を吐いた。


「お疲れぃ!」


 同時にロープの先端を別の盗賊にバトンタッチ。

 狙うは『ふた結び』と呼ばれているロープの結び方だ。盗賊でもロープや魔力糸に正通した、いわゆる『捕縛術』の使い手たちにとっては基本中の基本みたいな結び方だが……さすがに巨大タコ相手にやるには一苦労。

 しかも、専門的ではない俺にまで出番がまわってくるので、イヤになってしまう。捕縛術の使い手なら、さっきの一瞬でもっと複雑で解ける心配のない結び目を作ってみせるだろう。

 一流の盗賊に並ぶには、俺はまだまだ若輩者なのかもしれない。


「師匠!」


 サティスの呼び声とマトリチブス・ホックたちの、引け、という合図が重なる。

 ロープのふた結びを完成させて、タコ足を引っ張り始めた。

 まったく。

 一流の盗賊ではなく、超一流の盗賊だったようだ。もしかして、俺はこの中で一番の役立たずなんじゃないか、なんて思えてくる。


「師匠、カッコ良かったです。あ、危ないですよ、もっとこっちに」

「冷静に褒めてくれるおまえが一番カッコいい」

「ほえ? 見てるだけだから、誰でもできますよぉ。ふひひ」


 ほぼ最前線で俺の心配をしつつ褒めてくれる最愛の弟子。

 可愛くて好き!


「ほれ、そこのイチャイチャ師弟。危ないからこっち来い」

「「イチャイチャ……」」

「いいから来い!」


 超一流盗賊に怒られたので、俺たちは慌てて離れる。その間にも周囲では八本の足に次々にロープが結ばれていき、それをマトリチブス・ホックの皆さんが引っ張った。


「こういうのを八方ふさがりって言うんですかね、師匠」

「なんか違う気がする……」

「え~っと、じゃぁ、アレだ。八つ裂き!」

「それも違う気がする」


 あれ~、とサティスが首を傾げている間にもタコの足は引っ張られ続け、動きがなくなった。八方から足を引っ張られ、ピンとハリツケにされたような状態になる。

 このまま耐え続ければ――


「窒息させましょう」


 というプリンチピッサの作戦が成功だ。


「プルクラちゃんの魔法で水を操り、タコの顔に留め続ければいいのです。呼吸ができなくなれば苦しくなって暴れるでしょう。足をロープで引っ張りつつ、死ぬまで待てば良いのです。これなら安全に倒せますよね」


 一部、まったく安全でない作業がありましたし、なんならプルクラの頭がビガガガガとおかしくなっているけど、時間も無い中で他に思いつかないのでこの方法を取ることにした。

 それこそ、真正面から正々堂々と戦うよりよっぽどマシだろうし。

 卑怯で卑劣が専売特許の盗賊がこんなに集まってるんだ。

 楽に勝って何が悪い。

 作戦は成功。

 このままジリジリと窒息するまでの時間を待つか、とタコに振り返った瞬間――


「は?」


 砂地が爆発した。

 いや、正確には水柱があがるように砂柱が立ち昇った。なにが起こったのか分からなかったが、上空に吹き上がった砂と共に落ちてくる黒い液体を見て察する。


「スミを吐きやがった!」


 そういや、そんな能力がありましたねタコには! て、やっぱりタコじゃん! ミミックかと思ったけどタコじゃん!

 え、なに!?

 地上で生きるタコもスミが吐けるんですか!?

 意味分からないんですけど!?

 そもそもタコのスミって敵から逃げるための物じゃないの!?

 あ、いま逃げるために使ってますね!

 ちくしょう!

 誰だこんな良く分からん生物を作ったの!

 魔王か!?

 魔王サマか!?

 理不尽な怒りを魔王サマあたりにぶつけようかと言うところで連続して爆発が起こる。加えて、プルクラの悲鳴があがった。


「どうした!?」

「みだ、みだされ、水が、みだ、すいこま、制御しきれ、ない」


 慌ててサティスと共にプルクラの元まで移動すると、目がマジでぐるぐると動いていた。

 あ、これやべぇ。

 今にも眼球が一回転しそう。


「プルクラ、前に水をいっぱい制御しようとしておかしくなってた。それっぽい」


 サティスの言葉に、なるほど、とうなづくが――実際のところなにが起こってるのか分からないのが現状だ。スミを物凄い勢いで吐くだけで、どうしてプルクラがダメージを受けてるんだ?


「ふたりはここにいろ!」


 とりあえずロープとタコ足は保たれている。その間を抜けるようにして砂の窪地へと近づくと、その中には分裂した水の塊が浮いていた。


「どうなってるんだ!?」


 そう思った瞬間に、タコの体が膨らみスミを射出する。幸い方向が違うので爆発は離れたところで起こる。

 しかし、その際に噴射によって水が乱されて泡のように分断された。それがプルクラの負担が増えている理由と推測される。

 ここまで来るのに相当に精神力を使った後だ。単調な動きなら可能だが、こうなってくると元の形に戻すのも無理なのだろう。

 原因は分かった。

 とりあえずプルクラに飲ませるようにスタミナ・ポーションとついでにマインド・ポーションをサティスに投げ渡す。

 それを口の中に捻じ込むサティスを確認して――


「あ、やべ」


 タコと目があった。

 あのなんとも言えない黄色くて飛び出したような眼球に、長方形の長細い瞳が俺の姿を捉える。

 次の瞬間、ヤツが息をしたのが分かった。

 呼吸した。

 水の隙間ができたんだ。

 体が膨らんだかと思うと――タコからスミではなく水が射出される。足元が爆発するように跳ね上がり、俺は上空へ投げ出された。

 ぶわぁ、と放り投げられたかのような視界の中で、心配そうに見上げたサティスと遠くでこっちを見てるプリンチピッサの姿が見えた。


「っく」


 で、なんとか体を制御して砂の上に着地する。

 良かった。

 足元が砂で良かった。

 じゃなかったら、たぶん足が折れてたと思う。


「はぁ~……」


 なんて息を吐いてると慌ててサティスが駆け寄ってきた。


「し、ししし、師匠! めっちゃ飛んでましたよ!」

「あぁ。人間種で一番高くジャンプしたかもしれん」

「新記録ですね!」

「やったぜ」


 思いっきり混乱してるサティスを抱き上げ、とりあえずプルクラの元へと急ぐ。なんかちょっと俺の足が震えてるけど、問題ない。痛いんじゃなくてビビってるだけ。

 大丈夫だいじょうぶ。

 俺は勇者パーティの盗賊であり、この程度で折れる心じゃない。

 だいじょうぶ大丈夫。

 なんて思いつつ、プルクラの元へ駆け寄るとサティスを下ろして状況を伝える。


「呼吸されてるようだ。まだいけるか?」

「あが、ががが」


 ダメっぽい。


「仕方がない。作戦の切り替えだ。プルクラ」

「りょ、りょりょりょりょ」


 プルクラがスっと手をあげるとタコの周囲から水が弾けるようにバシャーンという音がして、水が全て解放された。


「――はぁ、はぁはぁはぁ……! 空が黄色い。太陽が緑色をしています」

「こわ……」


 サティスがドン引きしてる。

 魔導書の使い過ぎはご注意を。

 吸血鬼でもこうなります。

 学園長に報告すると喜びそうだ。再現してくれ、とプルクラに頼みそうだな。かわいそうに。


「あ、プリンちゃんから合図がでたよ、師匠。プランBだ」

「了解」


 ラクダの上でブンブンと剣を振り回すプリンチピッサの合図。混乱することなく、ビビることもなく、次の指示を出せるのはさすがの王族というところか。

 なにより撤退の合図ではないのが素晴らしい。


「本当に責任を取るつもりなんだな」


 怪我人や死人が出るかもしれない。

 それでもやれ、とお姫様はおっしゃっている。


「――ぷはぁ。もう大丈夫です。太陽は青色に戻りました。空の色は白いですが、赤とも思えます」


 逆じゃね?

 なんて思いつつ各種ポーションで回復したプルクラの瞳を覗き込む。

 とりあえず視線は定まっている。なんなら紅の瞳の周囲に金色の輪が見えた。ちょっと魅了の魔眼が発動しちゃってるけど、大丈夫だろう。


「いやですわ、師匠さん。みんなが見てます。ここでなく、もっと暗い場所がいいです」

「よし、戻ったな」


 冗談が言える程度には回復している。


「で、プランBってなんでしたっけ? タコの足を焼いて食べる、がプランCでしたよね」


 いや、ぜんぜんダメだったわ。


「しっかりしろ。と言っても、あってないようなプランだ」

「はぁ」

「臨機応変に」

「最低の作戦ですわね。誰が考えたんですの?」

「俺だ」

「最高の作戦ですわね。さぁ、ブチ殺しに参りましょう」


 周囲を見ると、引き続きタコ足をロープで引き続けている状態で、騎士の何人かが本体へと近づいている。

 どうやら足を切断するのを狙っているみたいだ。

 確かに、足さえ無くなれば吐き出すスミに気を付ければいいだけ。

 しかし――


「くぅ! 刃が通らん上に分厚過ぎるだろ!」

「いいから切れ! 全力で切れ! 新しい剣は帰ったら買ってやる!」


 なんて言いながらも女性騎士たちが何度も剣を振り下ろしていた。

 こうなってくると盗賊に出番はない。

 できることはないか、と周囲を見渡してみても超一流の盗賊たちは何もできず待機しているばかりで、行動を起こしている者はひとりもいない。


「……仕方がない」


 俺はサティスに離れるように伝えて、プルクラを呼んだ。


「どうするんですの?」

「飛ぶぞ。プルクラ、全力でアンブレランスを突き落としてくれ」

「――了解です。弱点はご存知で?」

「タコと同じならな。聞いておいて良かった」


 漁師に偽装していた盗賊から話は聞いた。


「目と目の間。眉間を突き刺すとタコは死ぬ」

「では、そのように」


 深くうなづき、突発的な作戦会議は終了した。


「師匠」

「おう」

「いってらっしゃい!」

「おう!」


 愛すべき弟子に応援されちゃぁ失敗はできんよな。


「いくぞ、ルビー」

「ふふ、了解ですわプラクエリス」


 本名はやめてくれ、と苦笑しつつ俺たちは窪地へと近づく。それぞれの足が引っ張られている状態で振りほどこうとしている砂漠のタコ。

 その位置を確認し、俺は転移の腕輪と発動キーたるマグを重ねた。

 俺の肩に手を置くルビー。

 次の瞬間、巨大タコはその体を膨らませ、俺たちを吹き飛ばそうとスミを吐き出してくる。

 だが――


「アクティヴァーテ!」


 それより早く、俺たちは転移した。

 深淵世界が見える。物語の外側に飛び出した俺とルビーは、一瞬にして真っ黒な空間から太陽の光が凶悪にも降り注ぐ常夏の世界、砂漠へと飛び出した。

 その位置は――上空!

 砂漠のタコ、デザルトゥム・ポリポスの遥か上空に転移した俺たちの体は、もちろん落下しはじめる。


「頼む、ルビー!」

「もちろんですわー!」


 超重量のアンブレランスをかまえつつ、ルビーは落下していく。

 こんな高さ、いくら下が砂だからといって無事なわけがない。

 しかし――下にいるのはタコだ。

 ぶにょぶにょと柔らかい軟体生物だ。

 これくらいの衝撃、受け止めてくれるはず――!

 でも、怖い!


「くうぅぅ」


 情けない悲鳴を噛み殺しながら、俺は先に落下していくルビーの姿を見る。

 巨大タコの眉間にアンブレランスを突き刺し、えぐりこむように突撃するルビー。

 足が固定されていたからこそできた一撃でもあるし、さっき俺が吹っ飛ばされたからこそ思いついた攻撃方法でもある。

 でも。

 二度とやりたくない!


「ぐわっ!?」


 ルビーの一瞬後、俺はタコの体に叩きつけられるように落下した。柔らかいけど、痛いものは痛い。

 ばちん、と跳ねるようにしてタコの体から落ちて、砂の上に転がる。


「ぐぅ……ぁ……!」


 痛さにもんどりを打っていると慌ててパルがやってきた。


「師匠、だいじょうぶ?」

「い、痛い……」

「良かった、生きてる。抱っこしましょうか?」

「なにそれやって欲しい」


 ちょっとだけ身を起こすと、俺の頭を抱きかかえるようにパルが抱っこしてくれた。

 ……生きてて良かった。

 ちょっとやわらかい……


「――あ。いやいや、タコはどうなった?」


 こんなところでパルのぺったんこを味わってる場合じゃない。


「なんか真っ白になりましたよ?」

「え?」


 痛みが引いてきたのでパルの胸から顔を離すと、確かに巨大タコの体は真っ白になっていた。

 しばらくすると、その姿は消えていく。


「どうやら動物ではなくモンスターだったようですわね」


 後に残された『魔物の石』を拾って、ルビーが歩いてくる。当たり前だけど、無事で良かった。アンブレランスも垂直に差し込んだ結果か、壊れていないようだ。

 デザルトゥム・ポリポスが完全に消えた頃、ようやく周囲から歓声が上がり始めた。


「はぁ~」


 俺はびりびりと痛む体を起こしながら、ゆっくりと息を吐くのだった。

 転移の腕輪。

 バレちゃっただろうなぁ……

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