~卑劣! 背負える覚悟とその人数~

 照りつける太陽の下で、俺はひとつ息を吐いて周囲を見渡した。

 ここまで来るのに一苦労だったのは、やはり人数が多いから。

 さすがにメイドさんは遺跡でお留守番だけど、マトリチブス・ホックのほぼ全てと盗賊が全員そろって砂漠を移動するのは、ちょっとしたキャラバンにも思える。

 砂漠で荷物運びに適した道具は無い。荷馬車や引き車など、車輪の付いた物は全て砂に取られて本来の性能を発揮できない。

 ソリも考案されてはいるみたいだが、やはり雪の上のように滑るわけではないので軽い荷物しか運べず、本末転倒。

 結局ラクダに頼るしかなく、つくづく人が住むのに適していない土地だと分からせられる。


「んふふ~」


 そんな中でも元気なのが子ども達だ。


「プリンちゃん、お水」

「は~い。あ、これ岩塩ですわ。いっしょに舐めます?」

「師匠の舐めた後がいいな」

「それは確かに、そう」


 不穏な会話が聞こえてくるが、残念ながら都合良く俺には聞こえなかった。

 そういうことにする。

 というか、そういう会話をするお姫様を子ども扱いして良いのかどう。


「それにしても歩き心地が面白いですね、砂漠というものは」


 砂漠のタコを討伐するのに付いてきたプリンチピッサはご機嫌な様子で砂の上を歩いている。

 サティスにもらった星のアクセサリーを首からさげており、それが歩くたびにゆらゆらと揺れていた。


「姫様、そろそろ」

「はーい」


 マルカさんに言われて、お姫様は素直に下がる。後方に待機した早足ラクダに乗せてもらうと、影鎧のバイザーを上げて周囲を見渡した。

 視線が高くなった彼女には、きっと壮大な景色が見えていることだろう。

 どこまでも高い空と、刺すような太陽の光。

 その下で整然と並ぶ騎士団と盗賊の姿が。


「がんばってね、サティスちゃん」

「プリンちゃんも気を付けて」


 砂の上でサティスは器用にぴょんと飛んでみせる。ぽん、とふたりは手を合わせた。ハイ・タッチならぬハイロー・タッチというところか。


「師匠さま、どうぞ私に勇気を」

「俺は別に勝利の女神ではないんだがな」

「私にとっては勝利の女神以上の存在です。なにせ、命の恩人なのですから」

「たまたま弟子がピンチだっただけさ」


 そう言いつつ、俺はラクダの上から差し出されたプリンチピッサの手を取り――手の甲にくちづけをした。

 もちろん影鎧の上からなので問題ない。

 これ、普通はお姫様がやる行為なので逆なんだけどなぁ……

 英雄譚の主人公がお姫様やお嬢様、助けたヒロインなどなど、そういった女性から幸運のキスをもらうのが定番だ。

 大抵は手の甲にくちづけをするのだが、ちょっぴり年齢層が高めの物になると一晩の愛だったりする。なんかこじれた作品だったらヒロインがざっくりと髪の毛を切ってお守りにしたりする。

 あれ、普通に考えたらドン引きだよな。

 人毛を持ち歩いて最終決戦に挑むとか、わりと狂気染みた光景だ。でもまぁ、本来は上の毛ではなく下の毛を戦争に持って行ったというところから来てる話だと思うし、そこそこマイルドにした結果、狂気染みたことになってしまったと思われる。

 俺がパルの髪の毛を持っていてみろ。

 たぶん勇者は爆笑するけど、賢者と神官は物凄い表情で俺を見るに違いない。

 なんて思いつつ、お姫様の手甲から口を離した。


「ふへへ」


 プリンチピッサはちょっと表情をゆるめ、そのまま自分の手の甲にキスをした。


「間接キス……しちゃいましたね。うふふ」


 うふふ、じゃねーよ!

 子どもか!?

 子どもだったわ!

 でもカワイイからイイ!


「あ、ズルいズルい! 師匠、あたしもあたしも~!」

「はいはい。分かったから落ち着け」


 俺は砂の上に膝をつき、差し出されたサティスの手の甲にもキスをした。革グローブの上からです。素肌ではない。


「えへへ~」


 同じようにサティスも間接キスしてる。

 子どもっぽくて良い。

 うん。

 素晴らしいな!

 ちょっとやる気が満ちてきた。

 今なら勇者なんか簡単にぶっ倒せそう!


「ななんんあなな、なんでもい、いから早くしてくださらなななないかしら。いいい今すぐ全員の頭を冷やすことも可、能ですのよ、今のわたたたたしなら」


 そんな俺たちを半眼で見下ろす吸血鬼。

 プルクラは早足ラクダの上から俺たちを見下ろしつつ、眼球が揺れていた。いや、揺れているのは眼球だけでなく喋る言葉も不安定に揺れている。

 焦点が俺に合っていないのにこっちを見ているのが、なんかちょっと怖い。


「頭が、頭の中の何かががしびれています。おか、おか、おかしくなりゅぅ」


 ちょっと危ないかもしれない。


「急いだほうが良さそうだ」

「そうしてくだだだだださいな、愛しののの、師匠さん。ん、んんんん……あば、あだ、あとあとあとでたっぷり可愛がってくださいいいいいい。いいい、今なら何をされても喜びます。記憶が消えていきそう。あぁ、震える。頭が、頭の中身がこぼれそう、こぼれる、こぼれた」


 なにそれ怖い。


「もうちょっとだけ我慢してくれ」

「はいナ」


 謎の語尾を付けつつプルクラは空を見上げた。

 釣られて俺も空を見上げる。

 太陽が揺れていた。

 今にもこぼれてきそうな気がしてゾっとしたが、ここは吸血鬼の頭の中身に耐えてもらうしかない。


「よし、合図は頼むぞプリンチピッサ」

「お任せを。そのために来たのですから」


 まぁ、過言ではないよな。

 俺や盗賊の誰かが命じるより、ホンモノのお姫様がやるほうが士気が違う。なにより、俺に命を預けてくれるはずがないマトリチブス・ホックの皆さんだ。姫様ではないと逆に危ないだろうと思う。


「……」


 だからこそ、姫様には戦場へと来てもらうのを許可した。

 砂漠のど真ん中に、くぼんだ砂地。その中央には相変わらず岩に擬態しているタコがいて、獲物が来るのをジッと待っている。

 それは動物的でもあるし、罠を仕掛けて待つミミック的でもあった。いや、むしろミミックその物と言えるか。

 暑い日中は物陰に隠れたくなるもの。砂が深く谷や崖のようにくぼんでいる場所があれば、休憩場所にしたいもの。更に岩影があるのならこれ幸いと近づいてもおかしくはない。

 休憩場所に選ぶということは、すでに疲れているということだ。更には砂山を降りていくことになり、危険だと分かった時には崩れる足場で逃げる術はほとんど無い。

 その巨体に似合わず、狡猾さの塊のような存在だった。

 加えて、八本の足を砂地に埋めるように隠しているし、なんなら立ち上がって本体への攻撃を遠ざけるという防御方法。

 攻撃も砂を巻き上げての煙幕を利用した体当たり、などなど。

 言ってしまえば巨大タコというよりも『巨大ミミック(中身だけ)』というのが正解なのかもしれない。


「……」


 ミミックと言えば、宝を求める冒険者の醍醐味だ。

 さぞお姫様にとっては楽しい気分に違いない。


「……」


 いや、言い訳か。

 責任の所在を、姫様に押し付けたいだけかもしれない。マトリチブス・ホックに犠牲者が出てしまうことの恐怖を、姫様に代替わりしてもらいたいだけなのかもしれない。

 俺は――

 人の命は奪って来た。

 襲い掛かってくる夜盗や、私利私欲に駆られたバカな盗賊を殺してもきた。

 でも。

 誰かを助けたことはあるけれど、誰かの命を背負ったことはあまり無い。


「……」


 俺はパルヴァスを見る。


「ほえ?」


 俺の視線を受けてパルヴァスは首を傾げた。

 この子の命は、俺が背負っている。

 でも――

 たったひとりでこの重さなんだ。

 とてもじゃないけど……俺にはマトリチブス・ホックの命も、盗賊たちの命も、背負いきれない。

 だから姫様に背負ってもらう。

 あぁ。

 なんて。

 なんて。

 なんて卑怯な……自分がイヤになる。

 まったくもって卑怯で卑劣な考え。

 どおりで勇者パーティから外されてるわけだ。なにより、光の精霊女王ラビアンの加護を受けたのが俺ではなく、あいつだという意味がイヤでも理解できる。

 同じ環境で育ったというのに、この差。

 生まれ持っての卑怯者だったということだ。


「賢者が嫌うのも分かる」


 俺がぼそりとつぶやいた言葉に対して、パルは少しだけ考えてから言った。


「賢者さんはアホです。だって師匠はイイ人だもん」

「……ありがとう。しかし『賢者』を堂々とアホと断言する人間を俺は初めて見た」

「ふひひ」


 頭を撫でてやるとパルは嬉しそうに笑ってくれた。

 俺の表情から何かを察知したんだろうな。人の顔色をうかがう能力が高いってのは、盗賊としてはイイ事なんだろうけど――いや、いいか。

 今はパルの優しさに甘えておこう。


「わたわたしもおわわわすれなくく」

「やばい。マジで震えてるな」


 ラクダの上でプルクラが中空を見つめていた。

 瞳から光が消えている……死んだ魚のような目をしていた。こわい。

 俺はもう一度周囲を見渡した。

 そこには、八つに別れたマトリチブス・ホックと盗賊たち。穴のように開いたくぼんだ砂地を取り囲むように配置しており、先頭に位置する盗賊には一流の中でも特に実力のある者たちが担っている。

 そういう俺も、八つの内のひとつを担当しており責任は重大だ。

 ひとりでもミスれば失敗。

 プラン変更を余儀なくされて、いきあたりばったりの戦闘になる。予定通りに行くことだけを想定した作戦だった。

 なにせ――時間がない。

 あのシースルー女王め。

 たった三日でなんとかしろ、とか無理に決まってるじゃないか。ちくしょう。どうせなら十二歳くらいの女王陛下に会いたかったなぁ。その頃もスケスケの服を着てたんだろうか。もう謁見の間で顔をあげろと命令されてもあげられなくなっちゃうね。平伏したい。


「師匠。プリンちゃんが位置についたよ」

「おう」


 煩悩を頭から追い出す。

 ――よし。

 俺はもう一度、深く呼吸をする。そして周囲を見渡して、なにも問題がないことを改めて確認した。

 空を見上げて、揺れる太陽を確認すると――投げナイフを取り出し、その光を反射させる。

 それを合図と受け止め、後方でプリンチピッサが反応するのが分かった。

 これから始まる戦闘と。

 その重責を背負う責任と。

 少しの高揚。

 それを含めて、彼女はラクダの上で抜刀した。 

 漆黒の剣は砂漠の中でも目立つ。

 一条の黒い筋のように。

 戦闘開始の合図は掲げられた。

 次の瞬間――

 砂漠では有り得ない量の『水』が空から落ちてくる!

 雨が降るのではない。

 水が落ちる、とハッキリと形容できるほどの大量の水が砂漠のタコ、デザルトゥム・ポリポスの頭へと落下した。

 プルクラの持つ魔導書『マニピュレータ・アクアム』を使って、遺跡の水を丸ごとここまで運んできたのだ。

 しかも周囲の水分を集めながら、である。

 もちろん大規模な集団を日中に移動させるにはかなりの量の水が必要だ。それを確保するという意味でもあったが、それ以上に攻撃に使用した。

 そう。

 俺がこの巨大タコをミミックと改めた理由が、お姫様の立案した作戦のせい、でもある。


「皆さまタコだの巨大タコだのとおっしゃいますが待ってください。砂漠にタコはいません。そんな当たり前のことを、タコっぽい見た目だけでタコと決めつけられたのでは、タコも困るでしょう」


 果たしてタコが困るのかどうかは分からないが、ごもっともな話だった。


「見た目が人間種だからといって、中身が人間種じゃないことは私も経験しました」


 レッサーデーモンに襲われたお姫様だからこそ、の意見。

 なるほど。

 あまりにも俺たちは見た目と名前に引っ張られていた。

 頭みたいな胴体があって、飛び出した目があって、なんかにゅるにゅるしてそうな軟体で、八本の足があれば、それはタコか。

 いや、タコなんだろうけど。

 でもそれが海ではなく、砂漠のど真ん中にいて『タコ』だと言えるだろうか。

 もしも海の中にいるタコが地上でも生きていけるなら。

 この巨大タコを間違いなく『タコ』と断定しても良かっただろう。

 だがしかし。

 タコは地上では生きていけない。

 魚と同じように、水の中でしか生きていけない生物だ。

 そう。

 海の生物は地上では生きていけない。

 逆に――地上の生物は、水の中では生きていけない。

 だったら、このタコは――巨大ミミックは、水の中では生きていけないはず!


「今だ!」


 俺が声をあげた瞬間、まるで水の中で溺れるように八本の足たちが砂の中から現れ、呼吸を求めるように這い出してくる。

 ここからは盗賊の出番。

 八つに別れた盗賊チームが、その足を目掛けてそれぞれ移動するのだった。

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