~卑劣! 配られたカードで勝負するしかないのさ~

「おはようございます、師匠……」


 むにゅむにゅと目をこすりながらサティスが起きてきた。


「砂漠では目をこすらないほうがいいぞ。細かい砂が目を傷つけるかもしれん」

「ふぁ~い……ふあ~ぁ~」


 まだまだ眠いらしいサティスは大口を開けてあくびをしている。女の子が口を大きく開けて見せてくれるのは、なんというか油断しているというよりも、親愛の証とでも言おうか。

 見えている奥歯を触りたいというか……舌をつかみたいというか……

 う~む。


「師匠さま師匠さま」


 そんなことを考えていると後ろからヴェルス姫に呼ばれた。


「はい、なんでしょうか姫様」

「あ~~~」


 俺がマジマジとサティスを見ていたせいで気付かれてしまったらしい。

 お姫様が俺に向かって口をあけて見せてくれる。

 ……なんていうのかな。

 こう、ちょっと恥ずかしそうに開けてて、舌がちょっと左右に揺れている……

 まるでチロチロと俺を挑発するように、それでいてちょっぴり不安で恥ずかしいような、そんな心情が読み取れるお姫様のお口の中――!


「くぅッ! や、やめてください姫様」

「んぅ。ダメでした?」

「男の心をもてあそばないでいただきたい……!」

「ふふ、誘惑成功ですね」


 そんなやりとりを朝からやりたくない。

 いや、夜は夜で大変に困るので、困るんだけど。困るよね。

 サティスが顔を洗いに行ってたので良かった。きっと見てたらマネするだろうし、美少女がふたりでそんなことをやってたら、たぶん我慢できなくなる。

 そして、俺はマルカさんに殺されるだろう。

 素晴らしい人生だった。

 来世は両親に捨てられず、イケメンに生まれたい。


「姫様、朝食の準備が整いました。エラント殿もごいっしょにどうぞ」


 はーい、と返事をしてお姫様はテーブルに向かう。

 どこから準備したのやら、ちゃんと椅子とテーブルがあって、その上に優雅な朝食が準備されていた。

 まぁ、さすがに貴族や王族が使うようなしっかりとしたテーブルでもないし、椅子も簡素なもの。それでも遺跡の中に持ち込むにしては充分な代物だろう。


「へへへ、大工の息子だったんで昔は親父に仕込まれたんだ。材料さえあればこれくらい作れるぜ」


 と、自慢気に語る盗賊がいたので、彼の仕業らしい。

 器用なもんだ。

 いや、盗賊だもんな。

 逆に言うと、大工仕事なんかで細かく繊細な指の動きを習得していたからこそ、盗賊としても一流になれた可能性もある。

 しかし、大工という仕事がありながら盗賊になっている彼にいったい何があったのか。知りたいような知りたくないような……


「ルビーちゃ――プルクラさまはまだ寝ているのですか?」

「あいつは朝が弱いタイプなんです。昨夜、というか明け方まで偵察任務がありましたからね。少し眠らせてやってください」


 まぁ、眠る必要なんてないんだけどな本当は。

 それでも『寝る』という行為をするのはプルクラなりの矜持なのだろうか。単純に夢の世界を楽しんでいる可能性もあるけど。


「ふあ~ぁ~」


 あくびをしながらサティスが戻ってきた。今度は口を手で隠している。髪が少し濡れてるし、まだまだ眠そうだ。


「ほれ、サティス」

「ふぁい」


 スタミナ・ポーションを渡して、濡れてる髪をぬぐってやる。なんかちょっとうらやましそうに姫様が見てたし、なんならマトリチブス・ホックの女性たちも俺たちを見てた気がする。

 いいじゃねーか、普通のやり取りだよ、普通の。

 どこの師弟でもやってることだと思う。

 まぁお城で過ごしている近衛騎士には縁の無い世界なので仕方がないか。


「ふぅ。ようやく目が覚めた気分」

「根本的には寝不足だ。あまりスタミナ・ポーションに頼らないように」

「はーい」


 そんな返事をしつつお姫様の隣に座るサティス。俺も席につくと、メイドさん達がさっそく料理を運んできてくれた。


「そもそもいっしょの食事をして良いのだろうか……」

「気にしないでください。それにエラントさまは今、姫様の上司ですので」


 メイドさんがくすくす笑いながら答えてくれた。

 そういう設定は守られるわけね。

 朝食メニューはパンとベーコンエッグにサラダとリンゴ。カリカリに焼いたベーコンに卵をふたつ落として焼いた贅沢メニュー。残念ながらサラダの質は低い。しかし、砂漠国でサラダが食べられるということ、そのものが贅沢な行為とも言える。

 いったいどこから仕入れてきたのやら。

 ありがたいことなので、しっかりと味わって食べた。

 朝食を食べ終わるとミルクティをいれてもらって、しばしの休憩。


「ほへ~」


 すっかりと緩んでしまったサティスのほっぺたを突っつきたくなったのを我慢しつつ、偵察の結果をみんなに話した。


「共有してきます」


 俺の話を聞いてマルカさんと盗賊はそれぞれみんなに伝播させる。情報共有は組織において大事だ。たとえ末端でも、知っていると知らないとでは、取れる選択肢が変わってくる。


「それにしてもタコって立つんですね」


 興味深そうに聞いていたお姫様は、誰もが疑問に思う事柄をつぶやく。


「あたしも知らなかった。こーんなおっきいタコだったよ。それが頭だけ持ち上がってて気持ち悪かった」

「確かに。想像するだけで気持ち悪いですね。立ち上がるのはアレだけでいいですのに」


 なに言ってんの、このドスケベ姫。

 ――よし、逃げよう。


「どこへ行くんですか、師匠さま」

「ちょっと対処法を考えてきます……」

「立ち上がれ、民衆! ということですね」

「……あ、はい」


 ぜったい違うことを考えてただろ、姫様。

 とりあえず俺は席を立ち、少し離れたところで座り込む。

 はてさて、どう対処したものやら。

 まず大前提として、犠牲はひとりも出したくない。傲慢なのは分かっている。それでも目指したい目標ではあるので、それを大前提として作戦をくみ上げたいところ。

 できれば一撃で終わらせられるような、特殊な攻撃があれば良いのだが……


「う~む」


 俺の持っているカードでは、やはり攻撃力が弱い。最大の攻撃が、転移を利用したバックスタブ。もしくは完璧強奪での内部破壊。

 同じサイズの相手には充分な殺傷能力があるが……巨大な相手ともなると無意味となる。ナイフを刺したり、肉体の一部を剥ぎとったところで殺せはしまい。


「弱いなぁ」


 この右手に掴めるものは、やっぱり何も無いらしく。

 俺は、拳を握りしめては開ける、という無駄な行為を繰り返した。


「……」


 サティスにはまだ『必殺スキル』と呼べるものがない。なにせ修行中の盗賊だし。まぁ、そもそも必殺なんて言ってる時点でちょっと勇者っぽいけど。

 なんだよ、必殺技って。

 そんなもんがあるのなら、魔王を一撃で倒してこい。必ず殺せるんだろ?

 とは、思ってしまう。

 普通にスキルって言っとけ、スキルと。

 というわけで、残念ながら今回はサティスに期待できない。

 だとすれば――


「ふむ」


 俺は未だに眠っているプルクラを見た。

 なぜか指を組んでお腹の上におき、仰向けで寝ている。さっきまで普通に横向いてませんでした? 起きてるなぁ、あの吸血鬼。

 しかし、現状で一番の攻撃力を誇るのがこの吸血鬼。

 夜の状態は言わずもがな、昼間の状態でも、だ。

 まぁ、武器のおかげでもある。

 単純明快に、重たい武器はそれだけで強い。

 超重量を振り回せる時点で強いし、なにより武器の重さはそのまま攻撃力へと繋がる。戦士が使っているバトルアックスが巨大なのも、単純な攻撃力の話でもあるわけだ。

 重い物をぶつけると、痛い。

 めちゃくちゃ単純な話だけど、それは剣で斬るよりも上だ。なんなら、ルーキー冒険者におススメしたい武器は棍棒と言える。

 なにせ剣には技術がいるし、手入れも必要となる。下手な斬り方をしたり、壁や地面を叩いてしまうと欠けたり折れたりする。

 その点、棍棒は心配はいらない。技術なんて有って無いようなものだ。手入れも必要ないし、壁や地面を叩いたところで折れはしない。素人の女性にだって使える武器だ。

 それを先鋭化させていった結果にバトルアックスやアンブレランスに行きつくと思う。

 勝手な想像だけどね。

 そんなアンブレランスをタコに叩き込むのが一番だが――


「!?」


 フと視線をあげればプルクラがこっちを見ていた。

 目を開けて。

 怖いからやめてください。

 俺がびっくりしたのを楽しむように、吸血鬼はニチャァと笑った。

 性格悪いなぁ、もう。

 俺より卑劣なんじゃないのか、この支配者さまは。

 いや、吸血鬼なので性格が悪くても当たり前なのかもしれないが。


「師匠さま師匠さま」

「はい、なんでしょうか姫様」


 思考が中断されたのを空気で感じたのか、お姫様が声をかけてくる。

 タイミングをうかがう技術は、まさに一級品。

 さすが王族。


「良い案は浮かびました?」

「いえ、残念ながら。今は手持ちのカードを確認しているところです。残念ながらジョーカーがアレっぽいのでイヤになりそうなところでした」


 俺が指差すとプルクラはピースして笑った。

 こんなヤツに全員の命運を託すことになるかと思うと、マジでイヤになる。

 吸血鬼に人間種の運命を託すなよ、という話だけど。


「マトリチブス・ホックは自由に使ってください。師匠さまの命令で忠実に動きます。もちろん私も数に入れてくださいね」

「それは許されないでしょうけど、ありがたく思いますプリンチピッサ」

「えへへ~。撫でてくれてもいいんですよ?」


 俺はちらりと周囲を見渡す。

 まぁ、マルカさんは忙しそうなので大丈夫か。

 というわけで姫様の頭をなでなでした。


「し~しょ~」

「うわ、びっくりした!?」


 サティスが俺の死角から現れた。こ、こいつ、完璧に気配を消していて、しかもさっき見渡した時にもしっかりと隠れていたな。


「成長したな、パル。師匠は嬉しいぞ!」

「ごまかしてもダメです。浮気です。噛みます」

「あいたー!?」


 はい、すいません。

 姫様の可愛さに気配察知がおろそかになっていました。浮気です。油断しました。ごめんなさい。

 ちょっぴり歯型の後が残る程度の痛さでした。

 ちゃんと加減してくれている優しい弟子の愛に感謝だ。


「まったくまったく。師匠はモテモテなんですから油断しないでください」

「ふふ。師匠さまはカッコいいしステキですもの。チャンスがあればいつでも誘惑しますからね~」

「プリンちゃんもズルい」

「え?」

「噛みます」

「えー!?」


 逃げる姫様を追いかけるサティス。

 本当なら死刑物の行為だぞ、それ。


「はぁ~。タコも逃げてくれたらいいのに」


 いや……さすがに大量の人間で襲い掛かれば逃げるか。

 ゴブリンも逃げるし、オーガだって逃げる。野生の動物だって、食べようと思っている人間が反撃してきたら逃げるわけで。

 アホみたいに死ぬまで戦うのはボガートくらいなものだ。

 そんなバーサーカーでもない限り、タコも不利と分かれば逃げるはず。

 しかし、逃げた先に罠を仕掛けるにしても――


「大き過ぎるし、なんなら砂漠だ」


 落とし穴を設置するのも不可能だし、他の罠を仕掛けるにしても時間が足りない上に相手のサイズが大き過ぎる。


「却下」


 そもそも砂の中に足を隠していたということは、潜る可能性だってあるわけで。

 う~む……?


「いっそ海のタコを地上に引き上げるほうが簡単かもしれん」

「それです!」


 後ろから姫様が飛び込んできた。

 分かってたけど避けるわけにはいかないので、甘んじて抱き付かれておく。決して役得ではない。俺はクッションになっただけである。決して喜んではない。勘違いするなよ。柔らかい。


「あたしも!」


 その後ろからサティスも抱き付いてきた。

 美少女サンドイッチの完成である。真ん中が姫様。俺が具になりたかった。

 いやいや、違うちがう。

 混乱している場合ではない。


「何か思いつきましたか、姫様」

「はい。私にいい考えがあります!」


 自信満々にうなづくヴェルス姫。

 はてさて。

 何を思いついたのやら。

 背中に圧し掛かる美少女の重みに喜びつつ、俺は姫様の案を聞くのだった。

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