~卑劣! 生足魅惑のタコ野郎~
デザルトゥム・ポリポス。
旧き言葉で『砂漠のタコ』という意味であり――
目の前で広がっている違和感の『正体』だと予想できた。
砂漠という砂の起伏が多い場所で、大きく砂がえぐれるようにヘコんでいる。砂崖、窪地とでも表現しようか。公園の砂場を掘って出来た穴のようでもある。
その中心には一本岩と同じような岩石がたたずんでいた。
一見すると、普通の景色だ。
砂漠で偶然にも砂が風で吹き飛ばされ、その底部分に鎮座していた巨大な岩が見えることもあるだろう。
一本岩が比較的近いこともあり、砂の底でこんな所まで岩が伸びているのか――
そうとも思える。
だが……
「砂の上に乗っていますわね」
「あぁ」
プルクラの指摘したとおり、砂崖の底に位置する岩は砂の上に乗っている。下から出てきたわけじゃなく、あとから砂の上に置かれたような形になっていた。
もちろん、有り得ない景色ではない。
過去、なんらかの原因で一本岩あたりの岩が破壊され、ここまで飛んできた。しばらく砂に埋もれていたが、風の関係で姿を表した。
なんていうことも有り得る。
しかし、それにしても――
「綺麗過ぎるな」
一部分は砂に埋もれていたり、岩の上に砂が乗っていたりするものだ。なにせ、砂の底にあるのだから。
しかし、いま窪地の底にたたずんでいる岩は、綺麗過ぎた。少しも砂にうずもれるような様子もなく、また、砂がかぶっているような姿でもない。
だからこそ違和感が有る――いや、むしろ『岩感が無い』というダジャレ的な感想でもいいな。
まぁ、おじさんって思われたらイヤなので言わないけど。
でも学園長なら褒めてくれそう。
「ほう、上手いじゃないか盗賊クン。言葉遊びは、それこそ言葉で遊んでこそ、だよ。『くだらない』と言うその言葉自体が遊びから生まれたようなものなのだから、是非とも遊んでくれたまえ。あぁ、もちろん私とも遊んでいいよ。是非とも乳繰り合おうではないか。私のおっぱいはぺったんこだから、クリクリはできないかもしれないがね」
なんて言ってくれる気がした。
「どうしました、師匠?」
「――なんでもないです」
「なぜ敬語?」
「きっとえっちなことを考えていたのですわ。ほら、タコですもの。にゅるにゅるですので」
「あぁ~」
あぁ~、ってなんだよ、あぁ~、って!
考えていません!
敵を目の前にして、そんなこと考えるわけないじゃないですかぁ~。
やだなぁ~、もう。
「おっほん。それ以上近づくなよ、サティス」
「はい、気を付けます師匠」
タコと言えば、あの長い八本の足が想起される。あまり生きてる状態のタコを見たことはないが、それでも売られているタコ足は長い。
茹でるとクルルンと巻いている状態になるみたいだが、個体差はあれど太くて長くて大きい物がほとんどだ。中にはサティスの身長を越しそうなくらいに大きな物も見たことがある。
あの長さを考えると、この巨大な砂漠のタコの足もかなりの長さを誇るのではないか。
そう予想して当然だろう。
近づくにしても相手の間合いを把握しないと危険だ。
さて、どうしたものか……
「ねぇねぇ、プルクラ」
「なんでしょう?」
「ちょっと死んできて」
サティスが怪しい岩を指差しながら言った。
「ぶっ殺しますわよ、小娘」
「あ、ごめん。言い方間違えた。あれあれ、アレよ、アレ。眷属死んできて」
再びサティスが岩を指差しながら言った。
「語彙が先に死んでるようですわね。つまり、眷属召喚してタコの動きを知れ、ということですわよね?」
「そう、それ」
「待て待て。それをやるにも準備が大事だ」
眷属が近づいた後のタコの動きが予想できない。眷属を殺しただけで終わるのか、それとも俺たちまで襲い掛かってくるのか。
しかも、未だにモンスターなのか動物なのかも分からない。
動物であれば、それこそ縄張りさえ近づかなければ動かない可能性もあるし、人を襲う理由は食べ物として見ている可能性もある。
逆にモンスターならば積極的に人間種に襲い掛かってくるので、縄張り意識や食料の問題では無く人を襲う存在となる。
いや、モンスターも人を喰うんだけどね……
魔物種も食べているんだから、モンスターも食べる……そういうものなんだろうけど。
う~む。
あいつは今ごろ、別の街の肉屋と話をしているのだろうか。ちゃんと話を聞いてもらえて、人の肉を食べないように説得できているのだろうか。
ちょっと心配だなぁ~。
「……」
ま、それよりもこっちの心配が先か。
「ラクダを下げるぞ。いつでも逃げられる準備をしておく」
「は~い」
プルクラにタコの監視を頼み、俺とサティスは早足ラクダを連れて少しだけタコから離れた。
その状態でラクダに待機してもらって、スタミナ・ポーションを混ぜた水をジャブジャブと飲んでもらう。
いざという時は、これで逃げてもらえるはず。
「頼むぜ」
ポンポンと叩くと、眠たげな目で俺を見てくるラクダ。
何か言いたげな気がしたが……残念ながら盗賊スキルを磨いても動物の心情を読み取ることはできない。
こういうのは信頼関係がなせるワザなので、毎日いっしょにいてお世話してくれる人には勝てないものだ。
その場にラクダを残して、俺とサティスはプルクラの元に戻る。
「ただいま~」
「おかえりなさいまし。動きはありませんわ、師匠さん」
「そうか」
ふむ、と俺は腕を組んで考える。
まずは――
「なんにしても、アレが本当にタコかどうか確かめないといけないよな」
全員で違和感は覚えているものの、あの岩が本当にタコだという証拠は掴めていない。
本来ならギリギリまで近づいてナイフを投擲するのが一番だが――
「頼めるか、プルクラ」
「お任せくださいな。師匠さんのためなら眷属の一万匹や十万匹の命など、軽いものです」
「……実際のところ、それは可能なのか?」
十万匹の大群が召喚できるのなら、今すぐ魔王を物量で押し殺せる作戦を立てるが?
「調子に乗りました。そんなことをしたら、わたしは塵も残らないでしょう。せいぜい百もいかない程度かと。試したことはありませんが」
「魔力か」
はい、とうなづきながらプルクラは影から黒いオオカミを召喚する。まぁ、夜という時間であり星明りがわずかなので、本当に影から出てきたのか怪しいところではあるが。
「ごめんなさいね、オオカミさん。わたし達のために犠牲になってくださいまし」
「わんわん、大丈夫だワン。ご主人さまのためにボクは犠牲になるワン。次に召喚されるときは愛されるオオカミになって、ご主人さまといっしょにベッドで眠りたいワン」
裏声でイヤなことを代弁するプルクラ。
眷属オオカミもそれに同調するように俺を潤んだ瞳で見てくる。
「やめてくれ。なんか非常に申し訳ない気分になってくる」
「冗談です。師匠さんやサティスと違って、ゼロから作り出した影だけの存在です。命令を聞いている、というよりも、オオカミのふりをしている影の塊と思ってください。なんでしたら――」
どぷん、と黒オオカミは足元からせり上がった影に飲み込まれ、影が再び地面へと戻った時には黒ゴブリンになっていた。
「これなら多少はマシでしょう」
「肉屋のゴブリンさんを思い出す……」
「もう! パルパルまでワガママですわね! じゃぁ、こうします!」
サティスの注文にキーッとなったプルクラは再び影を操ってゴブリンをなんだか良く分からない黒い塊にした。
「スライム?」
「スライムでもありません。何か黒い塊です」
「「何か黒い塊……」」
名前すら無い物として顕現された、影。
まぁ、これに感情移入しようと思っても無理なので、犠牲になってもらうのはいいのかもしれない。
「行きなさい、何か黒い塊」
命令も必要ないはずなのに、わざわざ言葉で命令するプルクラ。面倒臭いことが嫌いなくせに、こういうところは律儀というか、なんかもう俺たちへの当てつけのような……
歩いているのか転がっているのか良く分からない影は、そのまま砂漠の急坂を下りていく。いや、落ちていくというほうが適切か。
どんどんと岩へと近づいていった。
「……ひとつ思ったのだが」
「なんでしょうか?」
「あれは敵認定されるんだろうか?」
「……さぁ?」
適当だなぁ、もう。
というところで黒い塊は岩まで到着する。触れるか触れないか、というところで止まった。
「どうします? 攻撃してみますか?」
「できるのか?」
「ぱんち、くらいなら」
体当たりとかではなく、パンチできるのか。
凄いな、何か黒い塊クン。
「よし。合図といっしょにやってくれ」
「分かりました」
何が起こるのか分からない。
ので、俺たちはいつでも動ける体勢を取り、その間にプルクラは何か黒い塊から腕を生やすように拳の形を作った。
その瞬間――
岩がぬるりと動く!
「なっ!?」
攻撃はまだ仕掛けていない。だが、攻撃の意思を感じ取ったのか岩の擬態が一瞬にして解かれてタコの姿が現れる。
想像していた赤い姿ではない。
どちらかという白。
いや、未だに完全に擬態が解かれていないのかもしれない。岩はタコの頭……正確には胴体部分であり、まるで押しつぶすように何か黒い塊クンが下敷きになった。
「……確かめるヒマもなくホンモノでしたわね」
そんなノンキにプルクラがつぶやいている間にも砂漠のタコは特徴的な飛びだしたかのような瞳をぎょろぎょろと動かし、砂の上にいる俺たちを発見した。
「下がれ!」
俺はサティスにそう言ってから自分も後方へと下がる。
「わわわわ」
サティスが驚く悲鳴をあげるのも無理はない。砂の中から巨大な吸盤付きの足が持ち上げられて、俺たちを狙って振り落としてきた。
巻き上げられる砂埃。
煙幕のように跳ね上がる砂を避けるようにして、俺とサティスは早足ラクダの元まで急いだ。
そのままジャンプしてラクダにまたがると手を伸ばしてくるサティスを拾い上げる。
「すまん、プルクラ!」
「おまかせを! 別にこのまま倒してしまっても良いですわよね?」
「あぁ!」
砂埃の向こうに巨大な影を見上げるプルクラ。
なんだ、と思ったらタコが四本の足を使って立ち上がっているのだ。
いや、あれを立ち上がってると表現して良いのかどうか分からないが、とにかく体を起こしている。まるで歩くように砂の底から出てきて、こちらを見下ろしてきた。
「さぁ、時間を稼ぎますわよ――って、ええええええ!?」
プルクラが戦闘準備だ、とばかりに対峙したところでタコは上から降ってきた。
「ひぎゃああああぁぁ……!?」
正々堂々と八本の腕を使って戦うつもりはまったくなく、単純に上からプルクラを押しつぶしてしまった。
まぁ、タコの口って足の付け根にあるそうなので、単純にプルクラを食べようと思ったのかもしれないが。
ともかく――
「一瞬にして負けましたよ、師匠」
「そうだな……さすがの吸血鬼もタコには勝てないか」
「弱いですね、四天王」
「アホのサピエンチェだしな」
「仕方がありませんわ。大きさが違いますもの。こういう時は愚劣のストルティーチャにお任せしておくものです」
しれ~っと俺たちの影から現れる吸血鬼。
どうやら影の中に沈んで難を逃れたらしい。
「ふたりとも酷いですわ。弱いだの、アホだのと。少しはわたしの心配をしてくださってもよろしくなくて?」
だってあの程度で死ぬんだったら、苦労なんてしないし……
「むぅ。真夜中に襲われても文句は言えませんわよ、師匠さん。パルなんて影の底に沈めて邪魔できなくしてやるんですから」
あ、それは困りますぅ。
「え~っと、そのストルティーチャさまは強いのか?」
というわけで話を反らしておいた。
あからさま過ぎる話題に転換にサピエンチェさまは半眼になりつつも答えてくれる。
優しい。
そういうところ好きです、吸血鬼さま。
「ストルティーチャの正体がちょっとしたドラゴンですので。巨大モンスターには巨大魔物をぶつけるのがセオリーです。人間種の形に戻ると全裸なのが少しいただけませんが」
ドラゴン対タコ。
見てみたい気もするが、見たくない気もする。
それはともかく――
距離を取ったからなのか、タコはそれ以上俺たちを追いかけてくることなく、再び砂埃の中から姿を消した。
どうやら岩に擬態しているのは本体だけで、足は周囲の砂に埋めているらしい。範囲は目測ではあるけれど、砂がへこんでいるくらいの大きさ。
なんとなくアリジゴクという虫を思い出した。
「しかし……まさか立ち上がるとは思わなかった……」
「あたしは足にびっくりしました」
「倒したご褒美を師匠さんからいただこうと思いましたのに。残念です」
なんにしても偵察は完了した。
持ち帰って検討しよう。
さて……
どうしたもんかなぁ~……
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