~卑劣! 夜の斥候散歩~

 早足ラクダは砂漠近辺に住む固有の動物であり、砂漠を素早く移動することで知られている。

 背中にはコブが二つあり、なんとも人間種が乗りやすく生まれたものだ、と感心するしかないが、中には砂漠でも生き残れるほどの魔力的な栄養が詰まってるらしい。中には水が溜まっている、という話もあるのだが、この程度の水で生き残れるほど砂漠は甘くはない。

 むしろ、コブを狙って狩猟の対象とされた過去もあるのだが、今でも生き残っているところを見るに、絶滅はしなかったようだ。

 さすがに馬ほど速くは無いが、それでも歩くよりはずっと楽ができるので、砂漠での生活には重宝されている。

 そんな早足ラクダを二頭借りて、俺とサティスとプルクラは夜の砂漠を移動していた。


「寒くないか?」

「はーい」

「大丈夫ですわ」


 砂漠の夜は冷える。

 昼間は灼熱とも言える気温になるが、夜は冬のように空気が冷たい。

 多種多様な信仰によってそれなりの気温が保たれる他国とは違って、太陽神一辺倒な砂漠国では、太陽の姿が見えない夜になると一気に太陽神の神威から外れてしまう。

 その結果、気温がグンと下がってしまうのだ。

 砂漠を死の大地にしてしまっている原因がここにもある気がする。

 もう少し幅広く信仰してはどうだろうか?

 せめて水の精霊女王は信仰したほうがいいと思うんだけど。

 昼間は太陽の光から身を守るために頭からすっぽりと布をかぶっていたが、今は身体が冷えないように布を頭からかぶっている。

 そんな状態でノシノシと早足で歩いて行くラクダくんのコブとコブの間にまたがって砂漠を見渡した。

 向かっているのは北東の方角。

 砂漠は砂だけの大地であり、目標物がなく、下手をすれば迷子になりかねない。

 頼りになるのは空に浮かぶ星だけ。

 しっかりと星の位置を確認しながら移動していく。


「師匠ししょう~」

「なんだ?」


 意外と背の高い早足ラクダに初めはおっかなびっくりとしていたサティスだが、すっかりと慣れたようで話しかけてきた。まぁ、プルクラとふたり乗りをしているので、安心感があるのかもしれない。


「あの光ってるのは何ですか?」


 ちらりと遠方に見えるオレンジの光をサティスが指差す。


「あれは休憩中の人だな」

「へ~……え?」

「昼間に移動するより夜のほうが動きやすいだろ? もしくは夕方くらいから移動していて、夜になったので夕飯を食べている人たちかもしれん。なんにしても、砂漠は見通しがいいからな。光が遠くまで届くからあんなふうにめちゃくちゃ目立つ。隠れるなら、そこみたいな起伏の底やくぼんでる場所で、焚き火やランタンの明かりを覆うといい」


 砂の山があれば、砂の谷だってある。

 周囲から見えないように隠れるのであれば、そこにいるだけで充分だ。

 この広大な砂漠の中で、早々と見つかりはしまい。

 まぁ、それはモンスターも同じ条件なので油断するわけにはいかないが。魔王領から遠く離れているとは言え、凶悪なモンスターが発生する確率はゼロではない。

 なにより、今回の目的はそんなモンスターを発見し調査する目的なわけなので。


「プルクラ――いや、知恵のサピエンチェさま」

「あら。なんでしょうかプラクエリス」


 名前で呼んだら名前で呼び返された。

 うぅ。

 お姫様たちが聞いてないから別にいいけどさ。というか、名前を呼んだだけでうらやましそうな顔をしないでくれます、パルヴァスさん? おまえも捨てた本名を呼んじゃうぞ?


「巨大なタコ、のモンスターに聞き覚えは?」


 俺の質問にサピエンチェさまは大げさなほどに顔を横に振った。黒くてサラサラの髪がぶんぶんと揺れ、前に座ってるパルの顔に当たっている。

 迷惑そうにそれを払うパルがちょっと面白かった。


「残念ながら聞いたことも見たこともありません。そもそも魔物種にタコなんていませんもの」

「顔がタコのような魔物種は?」

「……いますでしょうか? もしかしたら海沿いの支配領に行けばいらっしゃるかもしれませんが、残念ながら出会ったことはないです」


 まぁ、今回はぜんぜんまったく関係ないので、別にいいか。


「正真正銘のモンスターっていうところか、それとも動物なのか。判断がつかないな」


 今まで誰も見たことがない動物、なんてものはいる。

 勇者パーティだった頃、森の中で野宿する時に見かけたのは奇妙な馬だった。長毛種とでも言うべきか、なんかフサフサの長い毛が生えた馬で、とても綺麗だったのを覚えている。月夜にキラキラと体毛が輝いており、金色とも銀色とも言える姿は幻想種のユニコーンを彷彿とさせる姿だった。

 まぁ、ツノは生えてなかったけど。

 水を飲みにきたらしく、そこでバッタリと目が合ったのだが、逃げることなく優雅に去っていった。

 あとで勇者や戦士に聞いてみたけど、そんな種類の馬は見たことないし聞いたこともない、というわけで新種だったんだろう、という結論になった。

 今もあの森の中で静かに生きているのかもしれない。

 そんなふうに、まだ発見されていないだけの生物や、発見されているが報告されていない生物が山ほどいると思う。

 もっとも――


「未確認巨大生物がいるとは考えにくいが」

「また巨大な動物を倒したとなると、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』は巨大生物専門となりますわね」


 それはそれで困った事態となる。

 ディスペクトゥスとしては、勇者支援となる人材との接点を作ること。そのために、この盗賊ギルドで成り上がることにしたのだが……

 そんな専門的になってしまうと、出会える人々が先鋭化してしまう。

 もっと幅広くいろいろな人たちと出会いたいものだが……


「女王さまに期待しよう」


 国がお手上げだった対象を討伐したとなれば、多少なりとも話は伝わるはず。その中心人物が女王陛下なだけに、有能な集団だ、と吹聴してくだされば幸いだ。

 ただし、ギルドマスターが勇者パーティの盗賊、という真実は是非とも隠して頂きたい。

 目的がバレバレになっては困る。


「あ、師匠。見えてきましたよ」


 砂漠の中をしばらく移動すると、第一目標である岩が見えてきた。

 背の高い柱のような岩が立っており、このあたりは砂と石が混じったゴツゴツとした場所になっている。

 大昔はもっと大きかったであろう岩が長年の風や砂嵐で周囲から削れていき、今では一本の柱になったようなところから『一本岩』と呼ばれている。

 何も無い砂漠での貴重な目印のひとつだ。

 一本岩に近づいていくと、足元は本格的に岩となる。これも一本岩と同じ岩であり、どれだけ巨大な岩だったのか、と怖くなってしまうほどだ。

 もちろん岩場はカラカラに乾いた大地なので植物の姿は皆無。

 砂漠の厳しさをイヤでも物語っていた。


「あの岩の根本で休憩だ」

「はーい」


 目印、ともなっている岩なので数人の姿が見えた。商人らしき者もいて、布を広げて商売をしている。


「そこの仮面のお嬢ちゃん、これなんかカワイイよ」

「あ、ホントだ。師匠ししょう、これ買っていいですか?」


 サティスが手にとったのは木を星の形に加工したアクセサリーだ。特に高い物ではないが、こんな物でも植物が皆無な砂漠にとっては売り物になるらしい。


「別にいいが、どうするんだ?」

「プリン姫のおみやげにと思って」

「いいんじゃないか」

「にへへ」


 仲良しでいいねぇ。

 まぁ、あのお姫様がいたらこの商人の持ってる商品を全部買い占めてしまいそうな気がするので、お留守番で良かった気がする。

 早足ラクダの休憩も取れたころ、一本岩を出発した。

 今度はこの場所から東へと向かう。

 夜空に浮かぶ星を目印にして進んで行けば――砂漠のタコ『デザルトゥム・ポリポス』の目撃された場所に到着する予定だ。


「師匠さん。こちらには誰も来ないんですのね」


 一本岩で休憩していた者が出発する者は俺たち意外にもいた。ただし、東に向かうのは俺たちだけで、他の者は別の方向へと移動していく。


「こっちは何にも無いんだ。いや、あるにはあるんだが、少々遠い」

「と、言いますと?」

「この先には鉱石の採掘所がある。ただし、早足ラクダでも三日は必要な距離だ」

「その程度で使われないルートですの?」

「三日間、早足ラクダで休憩なし、というルートだ」

「……休憩しなさいな」

「ごもっともな意見だ。まぁ冗談に近い言われ方なのだが、そのくらい過酷で遠いルートという意味でもあるな。途中には何も無い、永遠と砂漠の中を歩く危険なルート。大量の水も必要だし」

「魔法使いが必須ですわね」


 砂漠においては、神官魔法の『浄化』よりも自然魔法の水を発生させるものが重宝される。場合によっては氷魔法もいいかもしれない。


「そういえばプルクラの魔導書で水は集められるのか?」

「どうでしょう? やってみますわね」


 魔導書『マニピュレータ・アクアム』は水を操る魔法だ。カラカラに乾いた砂漠で、水を集めようとするとどうなのか。

 ちょっと気になる。

 プルクラが魔法を発動させると……遅くではあるが、一応は水分が集まってきているようだ。

 ゼロではないらしい。

 最初は雫程度の物だったが、しばらく時間を待てば徐々に水の塊は大きくなっていった。


「一応は使えるようですわね。では、味見を」

「うわぁ!?」


 サティスが驚くのも無理はない。

 水の塊にプルクラは顔を突っ込んで、水を飲んだようだ。

 豪快というか、頭が悪いというか。


「ぷはぁ! 飲みにくいですわ」


 でしょうね。


「味なんかあったの?」

「ありませんわね。もしかしたら師匠さんやサティスの汗が混じっているかと思いましたが、そんなことは無かったです」

「そのつもりで飲んだんだ……」

「えぇ。汗も血も同じですので。今度サティスの汗を舐めさせてください」

「なんかイヤだ」

「では師匠さんの血で我慢します。汗はサティスに譲りますわ」

「……うん」

「肯定するな。否定しろ」

「いや、師匠が汗だくになってる姿もちょっと好きなので……えへへ~」

「ならいっそ、三人で汗だくになりましょうか。ちょうど世の中には便利な言葉があります。3ぴ――」

「便利な言葉じゃねーよ!?」


 砂漠の夜空に俺の声が響き渡らないことを祈るしかない。

 なんか、直接月まで届きそうな気がして、なんかちょっとイヤだった。聞かないでください、ラビアンさま。全て吸血鬼が悪いんです。

 返事は無かった。

 たぶん、聞こえてなかったんだと思う。そう思う。そう思っておこう。

 うん。

 そんなこんなで移動していくと――


「む」


 どうにも、ゾワゾワとする感覚があり早足ラクダを止めた。


「師匠」

「師匠さん」

「あぁ。なんか……おかしい」


 事前の情報があるからこそ分かる違和感、とでも表現しようか。

 それこそ、知らなければいつも通りの砂漠の風景だ。

 違和感なんて覚えない。

 だが、知っていれば――いるはずがないものをいる、という情報を知っていれば。

 違和感に気付ける。


「デザルトゥム・ポリポスがいる」


 砂漠に擬態している巨大タコ、デザルトゥム・ポリポスを俺たちは発見したのだった。

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