~可憐! 砂漠の海~

 宮殿を後にして――

 拠点に帰ってくるなり、師匠は地図とにらめっこしてる。

 ときおり腕を組んだり頭をガシガシと掻いたり、そのまま頭を抱えるようにしてゴロゴロと転がったりしていた。


「ねぇねぇ、プルクラ。師匠助けてあげられないの?」


 そろそろ夕方っていう時間帯。

 遺跡の中は日中でも涼しいんだけど、今はなんだかちょっと肌寒く感じる。砂漠は昼は暑いけど夜は寒いっていうのは本当なんだ。

 夜になると無敵の吸血鬼になるプルクラだったら、師匠を助けてあげられるんじゃないか。

 そう思ってプルクラに聞いてみたけど……


「無理ですわ。だってわたしも知らないんですもの」

「そっかぁ」


 砂漠の女王さまから依頼――というか命令されたモンスター退治。

 その詳細を聞かされてから師匠はあんな感じに悩み続けている。


「ふぅ。ようやく鎧を脱ぐ許可がいただけました」

「あ、ベルちゃんに戻った」

「この状態でもプリンチピッサと呼んでくださってもいいのですよ?」


 着心地が良い鎧、とは言ってもやっぱり着続けるのは窮屈なのか、ベルちゃんは鎧から簡素なドレスに着替えて戻ってきた。

 簡素に見えるけど、ぜったいあたし達の着てる服より高価だと思う。触り心地とかサラサラしてて気持ちよさそうだもん。


「じゃ、あたしもパルヴァスに戻ろう」


 別に変身してるわけじゃないけど、口を覆ってるオーガの牙みたいな仮面を外す。ちょっぴり口のまわりが涼しく感じた。


「それ、付けてみてもいいですか?」

「いいよ~」


 どうぞ、とベルちゃんに渡すとそのまま装備する。


「わわ。自動的にくっ付くんですね、これ」


 どういう仕組みなんでしょう、とベルちゃんは付けたり外したりした。


「……」


 あたしがプルクラを見ると――プルクラはワザとらしく天井を見上げる。

 マジでどういう仕組みなの、この仮面?


「そ、それよりもベル姫」


 プルクラは話題をそらすように仮面を外し、ルビーに戻った。半分だけ日焼けしてたら面白いのにそんなことには成ってないので残念。


「はい、なんでしょうかルビーちゃん」

「ベル姫もマトリチブス・ホックの皆さまも、誰も聞いたことがないのでしょうか?」

「『デザルトゥム・ポリポス』……砂漠のタコですよね」


 はい、とルビーはうなづいた。

 そう――

 あたし達が女王さまから命令されたモンスター退治の相手は『タコ』だ。

 しかも砂漠にいる巨大なタコ!

 意味わかんない!

 女王さまとの謁見が終わったあと、あたし達はお城の偉い人っぽいお髭の生えた男の人に案内されて、別の部屋へ移動した。

 そこで討伐して欲しいモンスターの情報を聞いたんだけど……


「この魔物は未だに正体を掴めていません。ですが、目撃者や実際に襲われて逃げてきた者の証言を合わせ、冒険者ギルドと盗賊ギルドへの調査依頼を行った結果を申し上げますと」


 おじさんはそこで、少し逡巡するように言葉を止めた。

 もったいぶったんじゃなくて、自分でもまだ信じられていないような結果が出てるから。

 無理もない。

 だって、


「――タコです」


 そう。

 砂漠の地図を見せながら、タコって言わないといけないんだもん。


「ん?」


 あたし達が全員で同じような視線でおじさんを見たのも仕方がない。そんな視線を向けられることを予想していたのか、おじさんは再び繰り返した。


「タコです」


 お髭がわずかに揺れていたので、やっぱり自分でも信用できてない情報っぽい。

 タコ。

 砂漠にタコ。

 しかも巨大なタコ。


「海の中にいる……あの、タコか?」

「えぇ。八本足で骨が無いのに動き回るスライムのような、あのタコです」

「美味しいよ?」

「えぇ、この砂漠国では滅多に食べることはできませんが学園都市に行った際に食べたタコは絶品でしたな。噛み応えがあるのにサクサクと小気味よく歯切れの良い……おっと、失礼。とにかくそのタコです」

「待て。いやいや、待ってくれ」


 師匠は慌てるように手を前に差し出して会話をストップさせた。


「えぇ待ちますとも。よく噛み砕いてください」


 獲ってから時間の経ったタコは、なかなか噛み切れないので。この情報も師匠の中ではそんな感じだったのかも?


「すまないが、大前提の質問をさせてくれ。砂漠に出現するタコとは――よくある話なのか?」

「そんな話があれば、もっと有名になっていると思われます。海に出現する巨大なイカをご存知ですかな? クラーケンと呼ばれていますが」

「それは知っている。英雄譚で海を渡ることになれば必ずと言ってもいいほど出現するお決まりの存在だ」


 あたしも知っている、クラーケン。

 実はモンスターじゃなくって、動物っていうカテゴリー。魔王サマが作り出したものじゃなくって、本当に昔から生きている巨大なイカ。

 英雄譚では船が襲われるんだけど、なんとか撃退したりするやつ。場合によっては船がバラバラにされて、遭難しちゃうやつ。

 でも普通に考えたら船がバラバラになっちゃってるのに、どこかの島に流れつくわけないよね。重い鎧とか着てるんだし。

 って、思っちゃうのはあたしがもう冒険者とか盗賊になっちゃったから、かなぁ~。

 もうちょっと夢見ていたい気分かも。


「そのクラーケンのタコバージョンです」

「ちょっと意味が分からないんですが?」


 師匠の言葉にあたしもうなづいた。

 ちょっとどころじゃないくらいに意味が分かんないです。

 いや、この砂漠が海だっていうのなら分かる。巨大なイカがいるんだったら、巨大なタコだっていると思う。巨大なクジラさんがいるくらいなんだから、巨大なイルカさんだっているはずだ。

 いつか巨大なクジラさんのお腹の中に入る冒険がしてみたい。


「普通に死にますわよ。巨大レクタですら空洞はありませんでしたから」


 ルビーのごもっともなツッコミでした。

 もうちょっと夢くらい見せてくれてもいいと思う。


「夢見る乙女はステキですよ。私も師匠さまといっしょにベッドの中で夢心地でいたいものです!」


 ベルちゃんはちょっと黙ってて。

 夢の意味が違う。


「ともかく、証言を合わせると浮かび上がってくるのがタコなのです」

「……八歩譲って、いや、百歩譲ってタコが正しいとして……スミでも吐いてくるのか?」

「その証言はまだありませんね。岩に擬態していた、という話はあります。自分の身体の色を周囲に合わせるあの擬態ですね」

「擬態ですね、と言われても困る」


 巨大なタコで砂漠に住んでいて変身が得意。


「情報は以上になります。なにか質問は?」

「ハイ!」

「はい、そこの鎧のお嬢さん」

「絡みつかれたらどうなってしまいますか?」


 なにを聞いてるのか、ちょっと良く分からないお姫様の質問でした。


「確か、タコの足に腕を掴まれた者がいましたが……」


 おじさんはペラペラと紙束をめくる。今までの証言とか報告とかが書いてある紙で、あったあった、とその報告を読み上げる。


「掴まれた腕の骨はバキバキに折れていたそうです。幸い、命に別条はなかったので神殿での治療で回復しましたが、後遺症が残っていますね。うまく指が動かなくなってしまった、という報告があります」

「……そうですか、残念です」

「えぇ、もう少し早く治療が出来ていたらと思うと残念でなりません」


 ベルちゃんとおじさんの『残念』の意味がぜんぜん違うような気がして、あたしはちょっと怖かったです。


「他に質問は無さそうなので、以上とします。期限は三日。砂漠を渡るのに必要なラクダはいくらでも用意しますので、申し出てください。こちらは地図です。よろしくお願いします」


 というわけで、あたし達はラクダに乗って拠点まで戻ってきた。

 ラクダのお世話は動物好きのマトリチブス・ホックの人が担当してくれるみたい。


「ウチ、動物が大好きなんスよ。馬のお世話もやってますし、まさかラクダに触れるなんて夢みたいッス! 次に戦うのもタコなんスよね。近衛騎士になって良かった~」


 って喜んでた。

 まさか王宮に仕える近衛騎士がタコと戦うことになるなんて、人生どうなるのか分からないよね。


「師匠さまはお悩み中ですか」

「うん。しばらくひとりで考えさせてくれ、だって。で、転がってる」

「では声をかけてみましょう」


 えぇ!?

 ひとりにして、って言われてるのに?

 このあたりは『お姫様らしい』のかもしれない。ベルちゃんは遠慮することなく師匠に近づいていく。

 もちろんマルカさんも付いていったので、あたしもいっしょに付いていった。

 ルビーはそんなあたし達を少し離れた位置で付いてきてる。会話は聞きたいけど、参加するつもりじゃないっぽい?

 吸血鬼の考えてることは良く分かんないなぁ。


「師匠さま師匠さま」

「んあ、なんだ? あ、いえ、なんでしょうかヴェルス姫」


 師匠は慌てて姿勢を正す。

 その様子を見てマルカさんは満足そうにうなづいた。


「こんな言葉があります。バカの考え休むに似たり」

「……意外と本音は厳しいのですね、ヴェルス姫」


 師匠は顔を手で覆った。


「いいえ、この言葉には元になった言葉があります。下手の考え休むに似たり、です。これには微妙なニュアンスの違いがあります」

「なるほど。言いたいことは分かりました」

「よろしい」


 にっこり笑ってベルちゃんはその場に座る。


「師匠さまは今、どうやってタコを倒すか考えておられますよね」

「はい」

「それも犠牲者ゼロで」

「うっ……」


 考えていることを見透かされたみたいで、師匠は表情をしかめた。


「それこそ『下手の考え』です。師匠さまはあくまで盗賊。騎士を犠牲者をゼロにするための運用法など、できるはずがないのです。素人軍師です」

「……ぐうの音も出ないほどの正論です」

「よろしい」


 師匠はうなだれるように頭を下げ、その頭をベルちゃんはよしよしと撫でた。

 いいなぁ。

 あたしも師匠を負かしてなでなでしたい。

 きっと好感度がめっちゃアップするはず……


「師匠さまは盗賊にできることをやってください。私たちは私たちにできることをやります。よろしいですね、マルカ?」

「よろしくないです、姫」

「ええ!?」


 あれ、いい話で終わりそうだったのに終わらなかった。

 ベルちゃんも驚いてる。


「我々にタコ退治の実績があるとお思いで?」

「食べたことあるじゃないですか、タコ」


 ジロリ、と姫様を見下ろすマルカさん。


「ごめんなさい。冗談を言う場面ではなかったようですね」


 はい、とマルカさんは静かに答えた。


「巨大生物退治ではエラント殿のほうに経験があります。巨大レクタを倒した術をタコに応用できるかと考えていたのでしょう」

「えぇ、その通りです。ですが、あれは状況が良かったし、なにより巨大レクタの足止めには成功していた。だが、今回は違う状況です。タコは自由に動けるでしょうし、場合によっては砂にもぐることも予想できます。そうなってしまうと、どうやって引きずりだせば良いやら」

「足を一本一本引っ張れば良いのではないですか? こう、ロープでもくくりつけて」


 ベルちゃんが縄を引っ張るジェスチャーをする。


「では、ヴェルス姫。あなたがこんなふうに俺に引っ張られたらどうします?」


 師匠はベルちゃんの手をつかんで引っ張る。

 ちょっとだけ抵抗したベルちゃんだけど、うふ、と笑って師匠に抱き付くように飛び込んだ。


「こうしちゃいます」

「巨大タコもそうしてきたらどうします?」

「……つぶれますね」

「つぶれるんですよ……」


 さりげなく師匠の頭におっぱいを押し当ててるベルちゃん。

 でも師匠は考え事で頭がいっぱいだから気付いてない。

 残念だったね、ベルちゃんも師匠も!


「姫様、エラント殿、なんにしても偵察が先なのではないでしょうか?」

「それもそうか……夜の涼しい時間に偵察をしてきます。パル、行けるか?」

「はい、師匠!」

「ルビーは問題ないか?」


 ひらひらと手を振るルビー。問題ないってことらしい。


「では私も含めて四人ですね。マルカ、準備をお願いします」

「ダメです」

「えぇ~……」

「偵察に騎士は足手まといです。斥候でもあるまいし、邪魔をしてはいけません」

「うぅ、分かりました。美味しい御夜食を作って帰りをお待ちしますね」

「ありがとうございます」


 師匠は苦笑しながらもベルちゃんにお礼を言う。

 そしてあたし達は夜の砂漠を移動開始した。

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